46 道程
州都に入った時は私とアルバート、それにヒパティカの三人きりであったのに、出る時には馬車一台と荷車三台。それに周囲を固める傭兵とレオンの裁量で貸し与えられた公爵家の私兵が十人以上と、私たちの集団は当初よりもかなり大所帯になっていた。
放逐されたとはいえ元公爵令嬢なので高価な馬車に乗り慣れないとは言わないが、それでも底辺に近い生活を送ってきただけにどうにも落ち着かない。
外を見るための窓に張られた大きなガラスに、感心するよりも盗賊が狙ってくるのではと不安を覚えるのは、市井の危険さを嫌というほど思い知らされた反動かもしれない。
馬車の荷台で女たちと共に運ばれていた時の方が、体への負担は大きかったが気がまぎれたという意味ではましだった気がする。
思えば、王都にいた頃の私は女性が苦手だった。
もちろん男性が得意だったかと言われればそうではないが、私と交流があった女性たちも、アンジェリカが現れ彼女が王太子であるライオネルの寵愛を受けるようになると、それまでの態度を一変させた。
こぞってアンジェリカのご機嫌取りをするようになり、そのためには私をないがしろにするのも厭わなかった。
嫌がらせの類はしょっちゅうで、最初は律義に傷ついていた私もそのうち心が鈍化して友を作ろうなどとは考えなくなった。
テオフィルスに来てから働いたお針子工房にいつまでも馴染めなかったのは、その考えのせいでもあるかもしれない。
私にとって周囲の人間はすべて敵で、よくしてくれる相手もどうせいつかは裏切るのだろうという考えを捨てることができなかった。
少しだけ――ほんの少しだけ申し訳なかったなという考えが浮かぶ。
最後は逃げるようにあの工房をやめてしまったが、私にもう少し余裕があればあそこの人たちとも仲良くすることができたかもしれない。
結局あの女性たちと共にいて居心地の良さを感じたのは、彼女たちが私をもと公爵令嬢だと知っていてそれとなく気を使ってくれていたからなのだろう。
彼女たちが騎士団所属だったなんていまだに信じられない気持ちもあるが、実際もとは農民とはいえ盗賊相手にだれ一人欠けることなく戻ってきたのだから。
「セシリア、どうかした?」
いつの間にか自分の考えに没頭してしまっていたらしく、気づくとヒパティカが心配そうにこちらの顔を覗き込んでいた。
アルバートは以前のように傭兵に扮しているので、馬車の中は私とヒパティカの二人きりだ。
「なんでもないの」
この不安を話したところで、ヒパティカには首を傾げられてしまうだろう。
彼はまだ、世の中の事がよく分かっていない。
そこでふと、このままではいけないのではないかということに気が付いた。
さすがに彼のような見目のいい青年が、今のまま子供のような喋り方をしているのはあまりに不似合いだ。
王都に着いたら魅了に取り憑かれた人々を戻すために、ヒパティカを連れてあちこちに出入りすることになるだろう。
だが、このままでは不審がられてしまうかもしれない。
「ヒパティカ」
私が名前を呼ぶと、ヒパティカはまるで飼い主に呼ばれた犬のように全力でこちらに注目しているのが伝わってきた。
この態度が不快なんてことはちっともないけれど、やはりこのままではいけないだろうと私は決心した。
「ヒパティカ。王都に着くまでお勉強よ」
私は、王都に辿り着くまでにヒパティカを一端の紳士に教育しようと決心した。人間と関わり始めて一年も経たない彼には酷なことかもしれないが、場に即した態度ができるようになればきっと今後の彼のためにもなるはずだ。
たとえ私がアンジェリカとの対決に敗れて彼を一人にすることになっても、人との接し方を教えておけばこの先彼が困ることはないだろう。
そんなことを私が考えているなんて、きっとヒパティカは想像もしないに違いない。
その無邪気とも言える不思議そうな顔を見て、私はそっとほほ笑んだ。
ヒパティカの顔が少しひきつったような気もしたが、きっと気のせいに違いない。




