44 話し合い
とりあえず商会にいては落ち着かないということで、私たちは宿泊している宿屋でレオンと話すことになった。
月熊商会が手配してくれた宿屋は商会からすぐ近くなのだが、そこに行く道すがらなんとも落ち着かない心地を味わった。
それは昔のように弟が懐いてきてくれて嬉しいはずなのに、どうしても素直に喜べないせいだ。
弟にされたことを、私はまだ過去にはできていないのである。
宿に行くと、レイリが待っていた。呼びつけておいて遅いぞと言われ、なんだか私はほっとしてしまった。
再会したばかりだが、レイリは相変わらずレイリのままだ。
宿屋につくと、私たちは借りている中で一番大きな部屋に集まった。私とヒパティカが寝起きしている二人部屋だ。
アルバートは私とヒパティカが同室になることに難色を示したのだが、ヒパティカが私から離れることを嫌がったのでこういう部屋割りになった。
椅子は二脚しかないので、私はヒパティカと共にベッドに座った。椅子にはアルバートとレオンが座り、レイリはといえば不敵な笑みを浮かべてなんと何もない空中に腰かけている。
私ももっと力を付けたら、同じことができるようになるのだろうか。
別にそれほど羨ましくはないなと思いつつ、目の前の話に集中する。
「レオン、正気に戻ったのですね……?」
疲れ切っていたので、私は回りくどい前置きをする余裕もなく本題に入った。
弟は部屋に入る前からずっと、痛みをこらえているような顔をしていた。大の大人が今にも泣いてしまいそうな、そんな顔だ。
「姉様、僕は……っ」
突然レオンが勢いよく立ち上がったことで、彼が腰かけていた椅子が倒れた。
「あんなこと、するつもりじゃなかった! どうしてあんなことをしたのか……っ。姉様が父上の子供でないはずがないのに。そんな馬鹿なことあるはずがないって否定しなきゃいけなかったのに、僕は!」
感情が昂っているのか、レオンが早口で気持ちを吐露する。
そして彼は、ベットに座っている私に駆け寄ってきた。先ほどのように抱きしめるつもりなのか、それとも跪くつもりなのか。
分からないけれど、その瞬間私は恐怖を覚えた。
それは、本当はレオンの魅了が解けていなくて、このまま彼に殺されるんじゃないかという恐怖だ。
仲のいい弟が何を言おうとも、私は既に彼を信じきれなくなっているのだった。
恐怖で悲鳴が口から漏れた。
怖い――弟がどうしようもなく。
「やめろ!」
アルバートが、羽交い絞めにする形でレオンを止めてくれた。
部屋の中に、気まずい沈黙が落ちる。はあはあと荒い息が聞こえると思ったら、息を荒げているのは自分自身だった。
「やれやれ、重症だね」
場を和ませるように、レイリが言う。
彼女の遠慮のなさが、今はありがたい。
「落ち着け。セシリアの気持ちも考えろ」
アルバートがレオンをなだめている。
レオンの落胆ぶりは明らかだった。けれど私は、彼に大丈夫よと言ってやることができなかった。
私も何度も、同じような顔をしてレオンを見たはずだ。けれど彼は、何度も皮肉げな笑みで今日のように私を罵倒するだけだった。
「俺も同じだ、レオン。セシリアをとても傷つけた後、正気に戻って彼女に許しを請うた。でも気づいたんだ。許しを請うことは相手の慈悲に期待することだ。沢山の物を失ったセシリアに、これ以上何かを求めるなんてしてはいけないんだ」
アルバートの言葉は、思ってもみないものだった。
その言葉を聞いたらなぜか、荒かった呼吸が少しずつ楽になっていくのを感じた。
「ごめん……」
崩れ落ちるように、レオンは椅子に再び腰かけた。
そんなレオンに、アルバートがこれまでの経緯を説明していく。まずアルバートが隣国に戻った際、様子がおかしいと判断され魔女の治療を受けたこと。
副作用に苦しめられたが、一年後になんとか完治し商人を介して私を保護したこと。
原因と思われるアンジェリカを排さなければ、パーシヴァルの状況はどんどん悪化し取り返しのつかないことになりそうだということ。
そのために今、魔女であるレイリと魔女の素養がある私で、王都に向かっているということ。
「魔女ですって? そんなのおとぎ話じゃ……」
「おとぎ話じゃないのは、お前もよく分かっているはずだレオン。どうして俺たちが揃いも揃って一人の少女に恋をし振り回され、自分の大切な人までそうと気づかずないがしろにしたのか。他に説明のしようがない。お前はライオネルの婚約者である義妹と通じて領地での謹慎を言い渡されてここにいるそうだが、今もその義妹をそこまで愛しく思うのか? 何を犠牲にしても、誰を傷つけても構わないというほどに強く?」
アルバートの問いに、レオンは力なく首を横に振った。
「本当に、自分がどうしてあんなことをしたのか分からないんです。最初あの子が家に来た時、驚いたけれど優しくしようと思いました。けどそれがいつの間にか、彼女に好かれたくてたまらなくなって、そのためなら何でもできると思うようになってしまった。どうしてだろう。そんなつもりじゃなかったのに。父上が僕たちの母上を放逐すると聞いた時も、止めなきゃいけないのに僕は喜んだんです。ちゃんとした証拠だってなかったのに!」
当時を思い出しているのか、レオンが苦し気に叫ぶ。
「アンジェリカの力はそういう力だとしか、言いようがない。けれど今日、お前は正気に戻った。まだ遅くない。お前はしばらく王都には戻るな。謹慎が解けても、しばらくは体調不良だと言って領地に篭っておけ。余計なお世話だとは思うが、その間に領地を立て直すんだ。ここに来るまでに聞いた話では、近年急に税率が上がって公爵家の領民は大変な思いをしているようだぞ。俺たちも、ここに来るまでに食い詰めた農民たちに襲われたんだ。このままでは、治安が悪化して他の商人も通らなくなる」
我が家は、テオフィルスとの交易で富を得てきた家だ。
そのことが分かっているからか、レオンも青ざめた顔で頷いた。
「分かりました。でも、姉さまとアルバートはどうするんですか?」
できることならここに残ってほしいと、その顔に書いてあった。
けれど私には、まだやることがある。
「王都に行くわ。こうなった元凶と対決しにね」
「そんな、危ないんじゃ……」
レオンが止めようとするが、私はここで立ち止まる気なんて全くなかった。
もしここで歩みをやめてしまえるような弱い覚悟だったとしたら、最初から安全なテオフィルスを出たりしなかっただろう。
「もう決めたの。それに、危ない目にならこの一年何度も遭ってきたわ」
そう言うと、レオンは責任を感じたのか黙り込んでしまった。
「安心しろ。お前たちの母親はうちの国で保護している。だから――少しでもセシリアに罪悪感を感じているのなら、協力してくれないか?」
「協力、ですか?」
どうやらアルバートは、レオンの私への罪悪感を利用して何かを引き出すつもりのようである。
人の弟に勝手に何をと思うが、今のアルバートが私に不利益になることをするとは思えないので黙って見守ることにした。
「ああ。俺たちは大手を振って王都に行く方便が必要なんだ」
アルバートの言葉に、レオンはよく分からないと言いたげに首を傾げていた。




