41 最悪の再会
いよいよその時がやってきた。
「開けるぞ」
アルバートの言葉に、こくりと頷く。
ノックをして、先に彼が部屋に入った。間髪入れず、私がそのすぐ後に続く。
「遅かったですね 道に迷いましたか」
少し笑いを含んだ声が、アルバートの背中の向こうに聞こえた。
聞き覚えのある声。もう二度と、聞くことはないと思っていた声。
「おや、そちらの方は……?」
私の存在に気づいたのだろう。部屋の主が訝し気な声を出した。
「ああ、お前に会わせたい人がいて連れてきたんだ」
「会わせたい人……?」
アルバートの背後から足を踏み出し、思い切って彼の隣に並ぶ。
ちょうど一人掛けのソファから立ち上がったところなのか、その人物は部屋の真ん中で不思議そうにこちらを見つめていた。
私と同じ色味の薄い金髪に、菫色の瞳。
成長して健康になったとはいえ、その肌の色は白く体格も男性の中で言えば華奢な方である。
幼い頃などは、よく女の子と間違えられた。いたずらっ子で、時折ドレスを着て私と入れ替わって大人をからかったこともある。
けれど本当は優しくて、人を傷つけるような嘘は絶対につかなかった。
そう――アンジェリカと出会うまでは。
「初めまして」
挨拶こそしたものの、一向に名前を名乗ろうとしない私にレオンは不思議そうな顔をする。
それでもアルバートの知り合いということで、レオンがこちらに近づいてきた。
さすがに間近で見たら、気づかれてしまうだろう。髪の色を変えようと、化粧で雰囲気を変えようと、私は私なのだから。
「初めまして。私は――」
握手をするために差し出された手が、空中で止まった。
これでもかというほど目を見開き、レオンはこちらを凝視している。
緊張の一瞬だ。レオンがどう出るかは未知数だった。
顔には笑みを張りつけつつも、口の中はまるで砂漠を行くかのごとく渇いている。
「ごめんなさいね。お久しぶりの間違いだったわ」
完全に硬直してしまったレオンに、ヒントを一匙。
それを受けて、レオンの表情は確信のそれに代わった。
「姉様……っ」
レオンの穏やかな顔に、忌々しそうな表情が宿る。
離れたら少しは変わるなんて、そんなことは全然なかった。レオンは記憶にある彼のまま。私を疎んで追い出すことに手を貸した、壊れた弟のままだった。
「アルバート!」
なんと厄介なものを引き込んでくれたのだとばかりに、レオンがアルバートを睨みつける。
その態度は、明らかな拒絶。
けれど不思議と、私の心は凪いでいた。なぜだろうか。以前の私ならば、いくら慣れたとはいえ弟にこんな態度をとられれば、少なからず傷ついたはずなのに。
弟に嫌われることは、私にとってつらいことだった。ある意味、婚約者のライオネルに嫌われるよりも。
けれど今の私は、もうこれが魅了という魔女の術の効果だと知っている。優しかった彼の本心ではないのだと分かっている。
それだけでこんなにも違うものかと、新鮮な驚きを覚えた。
操られていたなんて関係ない。もう誰も許さないと思っていたけれど、アルバートに再会したことで、きっと私は変わった。
恨みに取り付かれるだけで、そのためだけに生きていたような私だが、もう一度頑張ってみてもいいのかもしれない。
今度は、私の大切な人たちを取り戻すために。
「何しに戻ったのですか? あれだけ無様な姿をさらしておいて、まだ足りないのですか?」
レオンの顔が、醜悪に歪んだ。
私をせせら笑うように、口元には笑みが浮かぶ。
「レオン、お前……っ」
今までは見て見ぬふりをしていたアルバートが、怒りを覚えたのか顔を険しくした。ああこの人は本当にもう違うのだと、なぜだか今になってそう思った。
そしてレオンに歩み寄ろうとするアルバートの服の裾を引いて、私は彼を止めた。
「待って」
「セシリア、だが……」
アルバートの顔は、困惑で揺れていた。
だが私は、彼の困惑には答えず、じっとレオンを見つめた。
「なんです。憎いのですか? あなたを追い出したこの弟が」
私はただ黙って、レオンをじっと見つめ続けた。
さすがにおかしいと思ったのか、レオンもやがて口を閉じ、まるで警戒するようにこちらをにらみつける。
部屋の中に、何とも言えない沈黙が落ちた。空気は緊迫している。
私はじっと、レオンを見つめ続けた。睨みつけていたわけではない。ただ、驚いていたのだ。
レオンが暴言を吐き始めたタイミングで、私には今までに見えなかったものが見えていた。
それはレオンを取り巻く、黒い沢山の羽虫だった。こんなに大量の羽虫は、見たことがない。それらはどんどん数が増え、やがてレオンを覆ってしまったのだ。
私は不快感を覚えた。だが、奇妙なことにレオンもアルバートも羽虫について言及しない。
おそらく彼らには見えていないのだろう。
羽虫の集団はいよいよレオンを中心に黒い球体のようにおし固まり、ぶんぶんと低い羽音を立てた。
私は本能的な嫌悪を感じ、思わず口を押さえる。
「セシリア?」
私がレオンの言葉にショックを受けていると思ったのか、アルバートが気づかわし気にこちらを見ていた。
私はそれ以上彼が近づいてこないよう、手のひらを突き出し彼の動きを制した。
「セシリア?」
「くるわ」
アルバートが、首を傾げる。
「くるって、何が……」
「私から離れて!」
咄嗟に叫ぶと、私は襟巻のふりをしていたヒパティカを首から外して放り投げた。




