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39 追い詰められて


 私の意気込みをあざ笑うかのように、音沙汰もないまま一時間が過ぎ、二時間が過ぎた。

 出入りの商人が待たされるのは当然としても、なんの連絡もなくこんなに待たされるのはさすがに妙である。


「なにかあったのかしら?」


 セリーナも不思議そうにしている。

 本来の目的とは別だが、持ってきたミモザは生花なので、できれば早く確認してもらって乾燥させてから王都に運びたい。

 ミモザはとても乾燥しやすい花なのである。その分ドライフラワーには向いていると言えるが、一方で生花のまま持ち歩くのには向かない花だ。


「あの、私ちょっとお手洗いに行ってきます……」


「あら、大丈夫?」


「はい。使用人の方に話を聞けば、なんとか行って帰ってこれると思います」


 本当は間取りが完璧に頭に入っているので迷う心配はないのだが、正直にいう訳にもいかないのでそう説明しておいた。


「そう。いついらっしゃるか分からないから、できるだけ早く戻ってきてね」


 私は頷いて、そっと部屋を出た。

 部屋に面した廊下に、人の姿はない。広大な屋敷はがらんとしていて、なんだか寂し気だ。

 それはレオン以外の家族が社交シーズンで出払っているせいだろうか。

 私は使用人に見つからないよう細心の注意を払いながら、長い廊下を進んでいった。目指す場所は、レオンの居室だ。

 セリーナには悪いが、レオンと二人きりで対面できるのなら、それに越したことはないと思った。

 できることなら、セリーナには私がセシリアであると知られたくない。

 私は人目のある場所を避け、屋敷の中を大きく迂回してレオンの部屋へと向かった。家族が暮らす場所は、応接室がある一角とは離れた場所にある。

 時折通りかかる使用人をなんとかやり過ごしながら、まるで泥棒になったような気持ちで先に進んだ。

 それにしても、先ほどから通りかかる使用人の顔に全く見覚えがないのは、一体なぜなのだろうか。

 確かにこのマナーハウスは、城というだけあって広大であり雇っている使用人の数が多い。なので全員の顔と名前を憶えているわけはないのだが、それでも。

 見たことのある人間ならば一目見ればそうと分かるはずだが、一向に知った顔に巡り合わない。

 通り過ぎる使用人すべてが見知らぬ顔なのである。

 やり過ごした人数が十人を超えたあたりで、流石にこれはおかしいのではと思い始めた。

 屋敷も内装もそのままなのに、まるでそこに住む人間すべてが入れ替わってしまったような違和感を覚える。

 小さな不安を抱きつつも、足を先に進めた。

 知り合いがいないのならば好都合だ。早くレオンの部屋に辿り着こうと足を速めた、その時。


「そこで何をしているの!」


 鋭い声が響いた。

 聞き覚えのある声だ。

 ゆっくりと、私は声のした方を振り返った。

 自分が想像している人物とは違いますようにと、祈りながら。

 だが、やはりと言うべきか、そこには見覚えのある人物が立っていた。

 この屋敷で働く全てのメイドを取り仕切る、古株のメイド長。

 当たり前だが、その顔には見覚えがあった。職務に忠実すぎるあまり鬼軍曹のあだ名を持つ、厳格な女性だ。

 正直、可能性がある中でもっとも会いたくない相手であった。

 しかし見つかってしまったものはしょうがない。

 私はなんとかヒパティカの毛皮を使って顔を隠しつつ、うつむき気味に相手の顔を見た。


「あなた、屋敷の人間ではないわね? 一体ここで何をしているの!」


 答えなければ今にも警備の人間を呼ぶぞという雰囲気だ。むしろ、すぐに呼ばれなかっただけ幸運といえるかもしれない。


「わ、私は本日、領主様の召喚により参りました商人でございます。なんでも王都に届ける黄色いミモザの花をお求めとのことで、商品をお持ちして急ぎ参った次第でして」


 大丈夫だと自分に言い聞かせつつ、必死で説明する。


「だったら、応接室に案内されたはずでしょう? なんでこんなところにいるのですかっ」


 やはり鬼軍曹は、簡単には誤魔化されてくれないらしい。


「それがその、お手洗いを借りようと思ったのですが迷ってしまいまして。ちょうどよかった。場所を教えて頂けますでしょうか?」


 丁寧にこれ以上ないほど遜って言うと、鬼軍曹はまるでこちらの真意を測るようにじろじろと私の顔を観察し始めた。

 さすがにこれはまずい。髪の色を変え化粧で雰囲気を変えようが、私の顔を知っている人間にじっと見られては正体が露呈するというものだ。

 どうにか彼女の意識を逸らせないだろうかと思考を巡らせるが、そう簡単に名案は浮かんでこない。


「あら、あなた……」


 そしてメイド長は、何かに気付いたかのように更に私に近づいてきた。

 どうするべきか考えすぎて、逆に頭が真っ白になってしまった。ここでばれたら一体どうなる。彼女は私を不審人物ではなく、勝手に帰ってきた不義の子として警備の人間に引き渡すのだろうか。

 また嘲笑を浴び、謂われない非難に耐えねばならないのか。ぐるぐると辛かった当時のことが思い出される。

 さっきまであれほど心強い気持ちでいたというのに、自分の中に膨らんでいた自信が急激にしぼんでいくのを感じた。

 逃げ出したい。今すぐここから悲鳴を上げて。

 だがそうするわけにもいかず、かくなる上はヒパティカの翼で逃げてやろうかと本気で考えた、その時だった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 素敵なファーを着けてるわね。 かな?(笑)
[一言] 「メイド長がセシリアに気づくか気づかないかは置いといて何だかんだで味方になる」に缶ジュース3本賭けます
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