20 これはやばい
「いい天気だな」
今日も今日とて、アルバートはそう切り出してきた。
「そうですわね」
この返事も、いつもと変りない。たまに「そうですか?」とか、「雨ですけど……」と天気によって差異がでることはあれど、内容のなさは同じである。
正直、どうして執拗に天気の話を切り出すのだろうと、こちらとしては首を傾げなくもない。
少なくとも私の記憶にあるアンジェリカに出会う前のアルバートは、そこまで天気に関心を持っている人間ではなかったので尚更。
これがセルジュの言う、アンジェリカに魅了されていた副作用と言うやつなのだろうか。
そのまま、ぎこちなくティーカップに口を付けたアルバートに、私はため息をついた。
いつもこうだ。
王家の森から戻って以来、アルバートは毎日私を訪ねてくるけれど、再会した時の熱意はどこへやら。
パーシヴァルでのことを思い出したくないのか、あまりその話はしたがらない。
最近では、わざと避けているようにすら感じられる。
「そろそろ、本題に入ってはいかが?」
「え?」
しびれを切らしてこちらから口火を切ると、アルバートは一瞬ぽかんと口を開けてひどく間抜けな顔をした。
「パーシヴァルのことです。わたくしに、アンジェリカからかの国を取り戻す手伝いをせよとおっしゃるのでしょう?」
するとアルバートは、一瞬本気で何を言われているか分からないという顔になった。
これにはこちらが首を傾げてしまう。
おかしいだろう。
てっきり、アルバートは自国のためにパーシヴァルの騒乱の種を除きたいのだと思っていた。再会した直後にも、過去から逃げるなと私を鼓舞したほどなのだから。
アルバートはしばらくしてようやく私の言葉を理解したのか、慌てて頷いた。
「そ、そうだ。辛いだろうが、協力してほしい。かの王宮からアンジェリカを除き、君の名誉を回復しなくては……」
「別に、わたくしの名誉なんてどうでもいいですわ。そんなものでお腹は膨れませんもの。もしそのためにあの国に戻れと言うのなら、やっぱりこのお話はお断りいたします」
「いや! 勿論そのためだけという訳ではない。前にも言ったと思うが、アンジェリカによってあちらの王宮は現在ひどい状態だ。おそらく俺や君が知るよりも、事態は悪化しているだろう。俺はこの国の王子として、そして自らの過ちを正すために、彼女の暴虐を止めねばならないと思っている。もうこれ以上、彼女やその周りにいる男たちのせいで、不幸になる人間を出してはいけないんだ。俺は……」
自ら手にかけたという、貴族子息のことを思い出しているのだろう。
彼はテーブルに乗せた拳をきつく握りしめた。
「お綺麗なおためごかしね」
思わず、冷たい言葉が口から零れ落ちる。
この男には、誰かのためにという言葉を使ってほしくなかった。
綺麗な言葉なんて、もうたくさんなのだ。
そんな言葉で誰かを、この男を信じようなんて気にはとてもなれない。
「最初に申し上げた通り、わたくしはもうあの国と関わりたくないのです。本当はその名を耳にすることすら嫌。あなたがこれ以上耳当りのいい御託を並べ立てるようなら、わたくしはすぐにでもこの城を出ます。あの時はできなかったけれど、今はヒパティカがいますもの」
そう言って隣の席でむしゃむしゃとスコーンを咀嚼する少年を一瞥した。
グリフォンの姿になった彼に乗れば、たとえ女一人でもアルバートの手につかまることなくこの国を出ることができるだろう。
ではなぜ今日までそうしなかったのかと言われると、その理由は自分でもよく分からないのだが。
ただなんとなくだが、再会した日以外まるで何もなかったような顔で天気の話を繰り返すアルバートが、以前のように取り乱すところを私はもう一度見たいのかもしれない。
こんな意地の悪いこと、公爵令嬢だった時は考えもしなかった。
「そんな……」
握りしめられたアルバートの拳が、ぶるぶると震えだす。
「呆れました? あなたの知る正義感溢れるセシリアはもうどこにもいないのです。ここにいるのは、疲れ果てて倦んだ意地の悪い女一人ですわ。ですからわたくしの協力を得ようなんて甘ったるいお考えは、改められた方が――……」
そこまで言って、私は言葉を途切れさせた。
なぜかと言うと、先ほどまで震えていたアルバートの手が素早く私の手を攫い、まるでおとぎ話に出てくる騎士のように私の指先に口づけていたからだ。
それは振り払う間もないほど、あっという間の出来事だった。
「素敵だ……」
「は?」
「いや、以前から君は美しかったが、つらい経験を経てまるでまるで蛹から羽化した蝶のように、趣深い色彩を放つようになった。君の毒にならば、俺は喜んで殺されよう……」
いや、本当にどうした。
彼の言葉には突っ込みどころが多すぎて何から指摘していいか分からないほどだった。
まず蛹だったということはそれ以前は芋虫だと思っていたのかとか、毒がある蝶ってそれ蛾じゃないのかなどなど。
しかし何を言ったところで、アルバートは止まりそうにない。
救いを求めるように周囲に目をやれば、少し距離を置いてこちらを見守っていたセルジュは頭を抱えているし、レイリはお腹を抱えて爆笑している。
「は、離してください!」
とりあえずアルバートの背中がむずがゆくなる口上をやめさせようと試みるが、彼は陶酔したような顔でこちらを見上げている。
なんだこれは。
レイリが術を施した副作用だとしたら、人の尊厳を根こそぎはぎとるなんて厄介な副作用だろうか。
先ほどまでの強気な自分はすっかりなりを潜め、どうしてもっと早くこの城を去らなかったのかと私は心底後悔した。
辺りには相変わらずレイリの笑い声が響いている。
なんで私ばかりこんな目に――どうしても、そう思わずにはいられなかった。




