第15話(完結)+エピローグ
数日過ぎた頃、釉葉に貸与されたPHSが鳴った。
吉本巡査部長だ。
「おひさ。明日、時間かんまん?」
「あ、おひさ。明日も何も、今電話であかんの?」
連絡は早く随時に。
時間をおくと、フィクションが混じって、言ってる本人にもファクトがわからなくなる。
「帰ってきてん。
鈴村警視からも話があるらしいから、お父さんトコに僕と一緒に……」
「アホ!帰ってきてんなら、すぐ連絡し!」
日赤の個室に鈴村警視と吉本巡査部長を招くに当たって、釉葉はネクタイを締めた。
女性の場合、スーツでもノーネクタイが最近の流行だが、フォーマルって意味を強調するために。
普段は病院支給の患者着だけの折原社長も、ガウンに袖を通した。
約束の時間ぴったりにノックがあって、2人が、2人だけが入室してきた。
釉葉達も、オリハラから派遣されている社員には席を外させている。
鈴村と吉本はアイロンのしっかりかかった制服に身を包んでいる。
敬礼ではなく、2人は頭を下げる形の挨拶をした。
病室備え付けの簡易椅子ではなく、病院長に言って、ちょっと高級な椅子を運び込んでもらっている。
応接室に折原社長が行けば簡単だが、点滴チューブは外れても腹筋が弱っていて、上体を起こすのには、まだリクライニングアシストのあるベッドが必要なので、そのあたりは勘案してもらおう。
促されるまま、椅子に座るべきか逡巡した鈴村だが、隣の吉本を見て、浅く腰掛けた。
「事務的な連絡としましては、社長を襲撃した容疑者を逮捕しました。
実行犯はもちろん背後関係もほぼ明白になりましたので、捜査本部も程なく解散されます」
「「……で?」」
釉葉達父娘の声が重なった。
「あ。あくまで純粋な業務連絡で、オチやボケはありませんよ?」
「それでも関西人?」
口角を上げる釉葉に鈴村は
「大阪府警じゃなくて、兵庫県警ですから」
と苦笑で返すが、その表情を崩すことなく
「警察なんて因果な商売で、人を見たら身内だろうが何でも疑わないかんのです。
本当に失礼で申し訳ないとは思うんですが、お気づきだとは思いますが、お嬢さんも少し。
本当に申し訳ございません」
吉本も同じように頭を下げる。
釉葉は慌てて
「監査役も同じですよ。
社員や役員が結果を出したら、褒める前に変なことしてないか調べるのが本業みたいなもんですし」
そう言うと父親を見て
「社長になったら、信じて裏切られても美談ですが、監査役なら無能です」
フォローする釉葉から目をそらし
「吉本くん。車から私のノートパソコン持ってきて」
と、席を外させた。
ここからが本番か。
吉本の足音が遠ざかるのを確認して
「お嬢さん。松永さんが殺された夜、ウチのと会ったあとに福原行きましたね?」
無言で舌を出す釉葉と、険しさを浮かべる折原社長に
「お嬢さんも大人ですし、まだ独身ですから、無粋は言いません。
というか、あれでお嬢さんのアリバイがはっきりしたのと、お嬢さんの出した慰労金が決め手でした」
「うん?」
「お嬢さんが入金した直後……ゆーても翌日ですが、松永さんの遺体が発見される前に全額引き落としたのがいまして。
銀行のカメラでも、筆跡でもソイツが特定できました」
「出し子から芋づる?」
鈴村警視は苦笑して
「長田の暴力団ですが、金額が金額なんでアルバイトじゃなくて組員使ったのがアレですわ。
でもって、松永さんの殺害に使われた凶器と、三宮の横断歩道で組員殺害に使われた凶器に付着していた繊維片が一致しまして。
物証も状況証拠もそろったら、一網打尽ですよ」
「失礼します」
ノックもそこそこに返事も待たず、吉本が戻ってきた。
鈴村がパソコンを開き、指紋認証をする。
「個人名とか固有名詞はニュース報道を待っていただくことになりますが、実行犯も黒幕も身柄確保しています。
ただ、社長への襲撃はともかく松永さんの方は否認していますが……2人殺して殺人未遂に銃刀法違反ときたら、数え役満確定ですから否認するでしょうが、物証がしっかりしているので、自供は必要ありません。
ただでさえ、最近は自供の信頼性や任意性がやかましいですから、物証が主で自供はオマケです」
少し間を開けて
「まぁ、本人の自供じゃ情婦と一緒にいたってなってますが、そんなん証拠能力ありませんし」
というと、鈴村は吉本巡査部長に居住まいを正し、
「キミにも、ちょっと窮屈な思いをさせて申し訳ない。
昇進の推薦には私も名前を添えさせてもらう」
吉本も背筋を伸ばし、黙って敬礼の姿勢を取った。
月が変わって、県警を含む県職員の人事異動が新聞発表された。
吉本は、所轄署から出ることはなかったが、ちゃんと警部補に昇進していた。
今日は釉葉の実家で、その祝賀パーティだ。
折原社長も車椅子ではあるが退院して職場復帰し、辣腕を振るっている。
「みんな予定通りとか言うけど、ボクあの事件で本部長表彰もろてん。
東京で缶詰になってただけで……かえって肩身が狭いんです」
吉本の、愚痴とも冗談ともつかない言葉に、ほどよくアルコールの回った皆が笑った。
「なんか鈴村さんが言うには、コイツが鍵やったらしいから……ちょっと早いけど、内助の功でもろとけ」
折原社長の軽口に、吉本は
「それも言われたんですけど、同僚の何人かが『内助の功は「こう」でも「攻め」か』って笑うんですよ。ワケわからんです。
そらゆずさんは、どっちかって言わんでも攻めですけど、なんかやらかしたんですか?」
だれも……もちろん釉葉が答えるはずもなく、ただ笑って流した。
一段落ついて、酔いも度を超しつつあるのか、吉本がこぼした。
「長田の暴力団ね。「金の話は女の声で電話があった」ゆーてたんですけど、そんな記録はないし、その場しのぎのでまかせですわ。
まー、実際現場に小さな足跡があったんですけど……ゆずさんの靴とは足紋がちごうてたし、デリヘルでも呼んでたんちゃうかって。
実行犯の幹事長は、数え役満で終わりでしょうし、舎弟頭は破門、組長は引退で……本当の黒幕は、繰り上がりで組長になった若頭ちゃうかってのが、ウチらの見方です。
ま、すぐつぶしますけどね。あんな小さな組」
「お父さんが撃たれたんは?」
問う釉葉に吉本は
「幹事長が自供したんでは、松永さんを脅そうとして、その流れ弾らしいです。
8発中4発当たって、凄腕のプロかと思うたら、当たったんは2発、それも1発はかすっただけで、それがお義父さんに。
ヤクザやいうたかて、鉄砲の腕なんか、サバゲやってる中学生以下ですからね。
動きながら撃って当てるなんて、ほんま、まぎらわしい!」
「俺の方がオマケか」
折原社長が苦笑する。
「てか、勝手に動いて勝手に損したんまでは、俺らも知らんわ」
「そうそう。鈴村さんに聞いたら、これまではオリハラに便乗して小銭稼いでたんが、今回は大きく先走ったって。なんで?」
「あの人、そんなんまで話してたんか。
ほら、上が分裂して抗争してるやん?そこでドカンって上納金出したら、上に上がれるって思うたらしいわ。
株で裏目考えんあたりが、所詮は末端ヤクザやな」
なるほど。
オリハラは、関西地場の家電量販店チェーンを傘下に入れようと考えた。
通販に押され、店舗を構えての家電量販店はジリ貧の未来しかないが、オリハラのエンドユーザーから格安で最新機器を仕入れて在庫の回転を良くすれば、元は取れると読んだ。
が、探りで1万株ほど買って、そこのIRから詳細を聞き出そうとした矢先に、株価が暴騰し、その金額で買収したら元が取れないと踏んで、あっさり売り払った。
1万株では、折原社長の入院費にも足りないが、身内だけのこのパーティくらいはまかなえる。
暴騰の原因が、オリハラが買収しようってのを確定事項と早合点して、暴力団がアホみたいな買いを入れたためなら、自業自得だ。
メンツで商売している暴力団と違い、民間企業はリスクとリターンを常に考え、撤回に躊躇がない。
躊躇がないと言えば、釉葉も人を破滅させることに、一切の躊躇がない。
「殺す」と言うことを特別視していないため、決意や覚悟などの、いわゆる「殺気」を持たない。
オリハラの社長令嬢であり、自身も一部上場企業の監査役としては、その「無思慮」が「信賞必罰」と周囲にとらえられ、人望を集めて自分の後継者と目されているが、これから妻となり母となったとき、夫や子供にどう接するだろうか?
ひょっとしたら……自分が撃たれて生死の境をさまよっていたとき、正気を疑うほどに取り乱していたと聞いた。
あるいは「身内」は別枠なのかもしれない。
その「枠」が広がることは、嫁いだあとでも、あるいは本当に自分の後を継いでくれたとしても、持ち前の信賞必罰に「情」が加わるのは、悪いことではない。
折原社長は、他では決して見せない「父親の顔」をして娘を見つつ、釉葉に声をかけた。
「俺のスーツのポケットにタバコがはいっとるきん、取ってきてくれ」
「もう、禁煙したらええのに! 私に子供ができたら、タバコ禁止な!」
「したら、おまえは帰ってくるな」
書斎に向かう釉葉の背中に強気を装うが
「……孫、か」
自分がタバコを吸えなくなる日は、そう遠くない。
ならば。
タバコを吸うペースを上げて元を取ろうと、折原社長は考えた。
まだ経験はないが、「孫」は手強いと聞く。
おそらくは、娘よりも。
それはそれで楽しみだと、折原社長は人差し指を曲げて唇に当てた。
「エアタバコの練習でもしておくか」
自嘲が漏れた。
●エピローグ
釉葉と吉本は、2人して頭を抱えていた。
自分たちの結婚披露宴が、席次どころか誰を呼ぶかすら決まらない。
本人達は身内で小さくやりたかったが、血縁者だけを呼ぶとなると、折原家が呼べる人間は、いない。
逆に職場関係を入れると、関西政財界のトップクラスが来かねないし、そうなるとバランスとしては県警本部長を呼ばなければならないが、無理な相談だ。
職場ではなく「友人」にしようという案も出たが、釉葉の「友人」が高校時代の学友で止まっているのに対し、吉本の友人は職場がらみが主で、そうなるとやはり「職場」がらみで、振り出しに戻ってしまう。
いっそサイコロを転がしてランダムにしてやろうかとすら考えたが、それは明言できないし、とすれば変な憶測を呼びかねない。
マリッジブルーの1つめだ。
あとはもっぱら釉葉側の問題になるが、柚葉は結婚を機に、少し会社を離れようと考えていた。
それを自分の会社の社長に伝えると、時に対立することすらある相手が「社長の椅子なら空けます!」と言い出した。
さらに現場の店長クラスがそろって「一緒に辞めます!」と言い出したので、それは保留になった。
少し長めのハネムーン休みなら、彼らも妥協してくれるだろうか。
さらには吉本も。
警部補昇進の推薦人に鈴村警視がなってくれるとは聞かされていたが、その前に県警本部長まで名前を連ねていた。
ノンキャリアが警部補になるのには、過ぎた名だ。
一般企業で言えば、主任が係長に昇進するのに、社長の推薦があるようなもので、人事も困る。
額面通り「警部補昇進」でいいか、あるいは「警部昇進」の含みまであるか、判断がつかない。
吉本は兵庫県警で、できれば地域課の交番勤務で警察官として終わりたかった。
が、もし今「警部」になってしまうと、40前には「警視」が見えてしまう。
そうなると、兵庫県警ではなく日本中を飛び回らされかねない。
あまり自分の未来を小さくするのもバカだが、せめて兵庫県警で終わりたい。
かといって、そういえば「向上心がない」と人事に見られかねないし、同僚からは「嫁の逆玉」という陰口は避けられない。
となると、職場の居心地は悪くなり、警察を退職するしかない。
未来は、あるようでない。
ふっと手を止めて、吉本は隣に座っている柚葉を見た。
釉葉は首を傾けて、両掌を上に開いて見せた。
ふっと息を吐き
「なるようにしかならんな」
「うん。なるようになれ、やね」
釉葉は笑うが、そうじゃない。
彼女を守れる警察官になりたい。
彼女に守られるのではなく。
せめてもの男の意地だ。
彼女を中心にして、その周囲を、地域を守りたい。
吉本は、拳を握りしめて見せた。
「うん。がんばらなアカンな」
そういう釉葉こそが、おそらくラスボスだろう。
ラスボスすらも守る勇者か……。
なまじっかなRPGの主人公よりも、自分の前途は難易度が高い。
人生イージーモードなんて、とんでもない!
とりあえず、披露宴に呼ぶリストに、名前を連ねる。
彼らに災いあれ!
呪いを込めて、ペンを走らせた。
おつきあい、ありがとうございました。
タイトルの「暗殺者」ですが、墓場に足を突っ込んだのが誰で、落とし込んだのが誰かわからないのと、そもそも釉葉は事件解決でも犯人逮捕でもなく、単に仕返しをしようとしていたというオチ(?)だったりします。
なお、主人公達が使っているのは、いわゆる「関西弁」(別名「吉本弁」)ではなく、神戸風味です。
余談ですが、「兵庫県警三宮署」は存在しません。「警視庁七曲署」くらいのノリです。
誤字脱字等気がつかれましたら、ご指摘ください。
できるだけ慌てて直します。




