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夢見る暗殺者  作者: 瀬戸 生駒
夢見る暗殺者
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第2話

 「ゆーワケで、事件のことを聞きに来ました」

連続通り魔事件の対策本部が置かれている、兵庫県警三宮警察署。

適当な制服警官を捕まえて、名刺を差し出し、言葉を添える。

「えと……あの……」

困惑の表情を浮かべる若い警官に、釉葉はとっておきの営業スマイルを浮かべて

「衆議院議員、斉藤事務所の折原釉葉。ゆずは、です」

「そうですか……。しばらくお待ちください」

関わり合いになるのがイヤなのか、次のスケープゴートを探すように、その警官は奥へと消えていった。


 その姿が完全に見えなくなったのを確認して、山下が肘で釉葉のウエストをつつく。

「山下君、根性あるなー。こんなとこでセクハラするかぁ?」

「って、ボケてる場合やないやろ、ゆずっち!

 バカ正直に全部話したらアカンって!」

山下の言うことにも一理ある。

というか、おそらくは山下の方が常識的な正論だろう。

が、実際問題として、こちらに都合のいい話だけをオブラートに包んで話したところで、役に立つ情報が得られるとは思えなかった。

遠回しにピントをぼかしつついくら話しても、返ってくるのはそれに見合った、やはりピントをぼかした話か、新聞報道と大差ない、警察の公式見解止まりだ。

勝負球は内角高めのストレート!

ホームランを打たれるかもしれないけれども、三振を狙うなら強気で投げ込まないと!

それが釉葉の信条だった。


 たっぷり一〇分ほども待たされて、釉葉達は応接ブースに通された。

応接室じゃない。

警官の詰めているフロアの一角をパーティションで区切って、安っぽい椅子とテーブルがあるだけの、一坪ほどのスペースだ。

飲み物が欲しかったら、自分で自販機に買いに行けっていうおざなりさ。

パーティションには、覚醒剤撲滅などのポスターが何枚か貼られているが、それが調度のすべてという空間に、一人の親父が立っていた。


 上着は羽織っていない。

カッターシャツにモスグリーンのネクタイを無造作に巻き付け、ブラウンのズボンはかなりくたびれている。

年齢は、斉藤代議士と同じくらいだろうが、ただ代議士に比べても圧倒的な悪人顔で、その目に宿る威圧感も桁違いだ。

そのくせ、身体全体からは、飄々とした空気さえ漂わせている。


 もっとも、相手を値踏みしていたのは、お互い様だろう。

釉葉はセミロングに伸ばした髪を少し明るく染めて、ブルーベースのパンツスーツ。

飾りっ気のないエナメル風味の黒のパンプスで足下を締めている。

山下は、一張羅の濃紺スーツに、やはり定番のストライプネクタイ。

街の喧騒にはぐれたら、そのまま今生の別れになっても気づかないようなほど目立たない、ありきたりなサラリーマンスタイルだ。

あくまで裏方に徹して決して目立たない、それが代議士事務所の職員には求められる。

その彼らが自ら警察署に来て名刺交換を求めるというのは……例がないわけではないが、よくある話でもない。


受け取った名刺の肩書きには「警部」の文字がある。

年齢からいっても、ノンキャリアのたたき上げだろう。

彼は鬱陶しそうに、確認の意味合いを色濃くにじませて、ゆっくりと口を開いた。

「これは……政治家の、政治的な問い合わせ、ですか?」

「そうです」と応えたら、話はここで終わっていた。

その意味するものは、野党系国会議員による警察組織への叱責と圧力、転じて与党政権に対する攻撃材料で、警部はより上位の署長か本部長に話を回す。

釉葉達としては、少なくとも今回に限っては警察や政府をバッシングするのが目的ではなかったし、現場を知らない幹部と話して、警察の公式見解を繰り返し聞かされても意味はない。


 釉葉はパタパタと手のひらを振りつつ、あからさまな作り笑顔を浮かべて

「あー。ちゃいますちゃいます。

さっきの人にも言うたんですけど、こういう事件が続いたら、うちの代議士の評判にも関わってくるでしょ?

逆に、私らが手伝って、少しでも役に立てたとなったら、先生は安泰ですやん?

やから『あっち』の方の話です」

「なるほど……そちらの都合はわかりました。

が、それでウチに何のメリットが?」

警部の口調が、なおいっそう険しさを増した。

「本職」の仕事に素人がくちばしを突っ込んできたところで、事態が好転するとは思えない。

万が一にでも好転しようものなら、「本職」の面目は丸つぶれだ。

しかも、成果は、その素人が票として持ち帰ろうと。

あるいは事件そのもの、人間の命すら票かせぎの具としか見ていないのなら、憤りすら覚える。


 言いながら斉藤代議士の意図に気づいた釉葉は、心の中で微修正し、できるだけ口調を変えずに

「あー。警察って聞き込みとかするんでしょ?

けど、警察に好意的な人ばっかりやない思うし。

うちの先生、一応市民派・庶民派で通ってるし、こういう人らとアンチ警察の人って、重なる思うんです。

したら、お互いが組んだら、聞き込みの穴が、かなり埋められるんじゃないかなーって。

警部さんらは犯人を捕まえたいわけやし、うちはもっと単純に『協力してる』って事実そのものが欲しいわけです」

要約して日本語に直すと、犯人逮捕という「実」はゆずるから、市民のために協力というアピール、「名」が欲しい、と。


 間をとるように、警部は自販機でコーヒーを一本だけ買ってきて噛みしめるように飲み干し、さらに間を置いてため息を一つ。

たしかに、警察というだけで目の敵にする連中は少なくない。

彼らはしばしば反政府的で、往々にして野党系の潜在的支持者でもある。

彼らには、斉藤衆議院議員の名は有効だろう。

さらに、警察権力だけでは捜査令状だの何だのと手続きの面倒な相手にも、代議士の忖度は有効かもしれない。

警部は、現実や実務の現場に立つだけに、ある種の超法規的な「代議士」という錦の御旗の強さも知っている。

犯人逮捕が長引いて、5人目の被害者が出たら目も当てられないし、一日でも早い犯人逮捕が、なによりも自分たちにできる被害者への供養になるだろう。

警部は、いつの間にか打算的になっている自分に気づき、それを「正義」で振り払うかのように頭を振って、釉葉に右手を差し出した。

「たしかに。では、こちらからも改めて『協力』をお願いしましょう。

ただ、わかっているとは思いますが、連携と連絡は密にして、決して独走しないように。

それと、わかっているとは思いますが、間違っても危険な行動はダメですからね!」

「らじゃ!」

釉葉は出された右手をスルーして、自分の右手を額に当て、敬礼をまねて見せた。


 「ゆずっち、やるなー」

警部に先導されて警察署の廊下を対策本部に歩きながら、山下が釉葉に耳打ちした。

ずっと二人で動いていたはずなのに、もっぱら釉葉が一人でしゃべっていて、こいつは何をしていたんだ?

そんな疑問の浮かぶ釉葉に、山下はあっけらかんと

「ボクなんか、あんな腹黒い含みのある会話、よーせんわ」

「ほほう。それを日本語に直すと、山下君は私にケンカを売っている、と?」

歩くスピードは緩めず、かすかに首をひねる釉葉に

「ちゃうちゃう。ボク、子供の頃はヤンチャしてて、警察ったら追いかけられるか説教されるかばっかで、ちょっと苦手なんよ」

こいつ何してたんだ?

釉葉は思った。


 階段を二階に上がったところに、対策本部の木板がかかった扉はあった。

TVニュースとかでたまに見るけれども、この手の木板はたいてい達筆な墨書で、誰がどんな気持ちで書いているのか、釉葉はかねがね疑問に思っていた。

警部がノブを回して扉を開けると、意外なほど広い部屋には三〇あまりのスチール机が並んでいた。

どの机の上も、書類やファイルが山と積まれ、読むだけで大変そうだ。

てか、絶対に読んでないと、自らも事務所で書類仕事もする釉葉は確信した。


 部屋の広さとスチール机に比べて人影はまばらで、4人ほどがタバコを吹かしていた。

警察署一階の、市民の人目に触れるフロアは禁煙だが、この手の根を詰める部署は、喫煙が黙認されているらしい。

警部は、釉葉達を部屋の入り口に待たせたまま、一番奥の、ひときわ大きい机でパソコンのモニターを覗いていた制服警官の傍らに立ち、背筋を伸ばして何か話している。

ときおり釉葉達の方を指さして、制服警官が何度か頷いた。

やがて警部に手招きされて、釉葉達もその制服警官の前に立たされた。


 お決まりの名刺交換のセレモニーがあって……受け取った名刺に「警視」の文字列を見とがめ、釉葉は改めて相手の顔を見直した。

どうひいき目に見ても、警部より一回り以上年下にしか見えない。


 彼からは、一連の事件について説明を受けたけれども、新聞記事をもう一度聞かされるようなもので、真新しい話はない。時間の無駄。

関西で生まれ育った釉葉には、アクセントに乏しい標準語はお経にしか聞こえない。

整った、しゅっとした顔立ちと併せて、オカマにすら感じる。

丁寧な口調で、釉葉の時計やアクセサリーを褒めてくれて、一通りは気がつくようだけど・・・お茶も出さず、いつまで立たせておくつもりだ!


 釉葉は早々に相手に見切りをつけ、話の相手を警部に絞った。

無人のスチール机から適当に椅子を引き出して腰を据え、一連の事件の共通点と相違点を尋ねた。


 いずれの事件も犯行は深夜で、凶器は発見されていないが、おそらくサバイバルナイフ。

ただ、今回の、4人目の事件に限っては、いくつかの相違点があるらしい。

その前の3人は、正面から胸や腹を何度も刺して失血死させているのに対し、4人目は背後からの2カ所のみ。

しかも、その2つの傷はほかの3件に比べてはるかに深く、首筋から突き上げるように刺された一撃は脳にまで達し、即死といっていいほどだという。

しかし、4件の事件すべての犯行時刻に前後して、バイクのエンジン音が聞かれていることから、犯人が犯行を重ねてスキルアップしたものか、あるいは模倣犯が現れのか、警察はその両方を視野に入れて捜査をしているらしい。

 まるっきりの無能でも、給料もらって暇つぶししてるんでもないと、釉葉は心の中で侮っていたことをわびて、三宮署をあとにした。

誤字脱字のご指摘がございましたら、できるだけ慌てて直します。

それ以外にも、感想など賜れましたら喜びますので、お気軽にメッセ&レビューいただければ幸いです。

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