第1話
ちょきちょきちょきちょき……。
ぺとぺとぺとぺと……。
自分のデスクに腰掛け、黙々と新聞を読みあさり、必要と思われる、こじつけたら関連がないとも言い切れないような記事にまで目をやって、見つけたらコピーしてハサミで切り抜き、ファイルに入れる。
そのとき、新聞社名と日付が欠けることのないように留意して。
一面にくくるようなトップ記事ならまだしも、たいていは2ページ目か4ページ目、時には郷土出身力士の成績の横に、おざなりな記事があったりするから油断できない。
大きな見出しがあるわけでもなく、わずか3センチ四方の記事を探し出し、スクラップブックに貼り付ける作業をしながら……折原釉葉は不機嫌だった。
就職氷河期に、親のコネで潜り込んだ会社というか、地元選出代議士の事務所だけれども、採用の時に 聞かされた9時~5時というのは建前で、7時には自主的に出勤して、このスクラップブックを作らなければならない。
週末も、2週に1度は電話番のため、やっぱり自主的に出勤しなければいけないし、選挙が近づくと二十四時間休日返上が続く。
そのくせ残業手当のたぐいは一切出ない。
万が一選挙に落ちたら、その日のうちにクビも事務所もなくなる。
もちろん退職金なんてない。
これで代議士が厚労族というのが、笑うしかない現実だったりする。
釉葉が入所3年にも満たず、この事務所の女子職員の中で一番の古株というのが、職場環境のひどさを如実にあらわしているようだ。
「ゆずっちー。今朝も相変わらず低血圧なん?」
うるさい!だまれ山下!
釉葉は胸の内で毒づいた。
三十路前だというのに、前頭葉がかなり後退して、十歳は老けて見える。
銀縁眼鏡の奥の目はつぶらだが、安っぽいストライプのネクタイのせいで、中身まで安っぽく見えてしまう。
もっとも、「秘書」の肩書きももらえない「職員」の場合、給与の相場は三〇万円に遠く届かず、実際安いんだけど。
「先生がこの前、部会で質問したやん。そのスクラップ!」
「ゆーても厚労の小委員会やろ?そんなん載らんて」
「ひょっとしてあったら、特オチで大目玉やん!アンタも探して!」
このスクラップ。選挙の時にアピールに使ったりして、ここの代議士のような野党系で当選三回クラスだと、かなり重要なアイテムになるらしい。
と、言っても。
そもそも、この「質問」というのが、たいていはゴシップ週刊誌記事の後追いで、それを霞が関の役人に「質問」の形になおさせた物。
ついでに言うと、「質問」に対する「答弁」を用意するのも、しばしば同一人物だったりする。
国家規模の、マンパワーの無駄遣いじゃないだろうか?
そんなことを考えつつ、釉葉と山下はスクラップブックの作成に励みつつ……一時間と根性が持たずに、気分転換に三面記事に目をやった。
ぱっと目には、同じように「仕事」をしているように見えるけれども、一家惨殺とか高速道路で玉突き事故とか、派手な事件や事故は、不謹慎ではあるけれども心が和む。
「うあー。中区でまた殺人やって」
山下のこぼしたつぶやきに、釉葉が言葉を重ねる。
「四人目、やっけ?」
新聞の見出しには、「連続通り魔か」とある。
この3ヶ月で、神戸市内。つまりはここの選挙区で、4人も殺されている。
パターンは共通していて、一人で深夜歩いていて、ブスリ!ってやつ。
「けど、この新聞社がアホなんか、警察がアホなんか」
「あん?」
山下が苦笑するのに目をやると、彼はうれしそうに記事の一部を読み上げた。
「『殺人事件の疑いで』やて。『鋭利な刃物』ったらナイフやろうけど、そんなんで胸と首刺されとって『疑い』も何もないやろ」
「ええやん。『疑い』やったら迷宮入りしたとき、『自殺』ってできるんちゃうん?」
「できんできん」
自分もノっといて言うのもずいぶんだとは思うけれども、仮にも代議士事務所で、朝っぱらから和気藹々とする会話じゃないな。
そう思いながら、小さなオチもついたところで、釉葉は腰を浮かせた。
キッチンスペースで、コーヒーを入れるために。
そろそろ代議士の来る時間になる。
ここの主、斉藤衆議院議員は、事務所ではドリップしたブルマンしか飲まない。
市民派・庶民派という立場で、外に出たら缶コーヒーかインスタントばかりになるので、事務所内では贅沢がしたいようだ。
その「贅沢」がブルーマウンテンブレンドっていうのが、小市民の限界か。
釉葉としてみたら、本気で通ぶるのなら、サントスの方がかっこいいと思っている。
9時前に自動車のエンジン音がして、事務所のドアがノックもなく開かれ、グレイのスーツ二人組が入ってきた。
ここの主、斉藤代議士だ。
「若さ」がセールスポイントらしく、眼鏡はかけずにコンタクトレンズ。肌も、不自然に小麦色をしている。
さすがに五〇の大台を超えて、ウエストのあたりにはだいぶ貫禄もついてきたけれども、顔つきだけは無駄に思えるほどに若々しい。
昭和時代の熱血ドラマの主人公をそのまま中年にしたら、きっとこんな感じになるんじゃないかと、常々から釉葉は思っている。
もちろん、口には出さないけど。
もう一人は、三〇手前の、ちょうど山下と同世代の青年で、代議士より一回りスリムだが、どことなく似通った面立ちをしている。
七三にぴっしり髪を分けてフレームレスの眼鏡をかけた姿は、こんなところにいるよりも、どこかの商社か銀行でデスクワークをしている方が、絶対に似合うだろう。
が、彼こそが代議士の政策秘書で、ついでに言うと一人息子でもある。
国会やマスコミのマイクの前では「議員の世襲反対」を声高に叫びつつ、一人息子を政策秘書にしているあたりに、本音と建て前がうかがわれる。
しかも「政策秘書』とは名ばかりで、実際の主な仕事は代議士の専属運転手。
あるいは有力支援者との懇談に代議士に同席して、置物のように座っているだけだ。
コレで釉葉達の3倍近い給与を国からもらっている。
それを考えると、釉葉達は時には殺意すら覚える相手ではあるが、その矛先が代議士に向く前に自分が矢面に立つのが、彼の本来の役目かもしれない。
そう考えると、時に哀れみすら覚える。
けれども二人は、釉葉達の複雑な感情を読み取ることもなく、あるいは毎朝のことで鈍感になっているのか全く気にもとめず、一番奥の自分の机に行くと腰を下ろした。
さっきまで釉葉達が作っていたスクラップブックを一瞥し、目を皿のようにしてチェックしていた新聞が、テーブルの右手にたたまれて置かれているのを無造作に広げて、口を開いた。
「例の連続通り魔のことやけどな」
斉藤代議士の話を要約すると。
今回殺された被害者というのが、同じ選挙区の対立候補の後援会幹部で、この機会にその後援会を引っかき回してグダグダにしてしまおう、と。
仕事の割り振りは、斉藤代議士は、そこを地盤にしている県議や市議に会う。
秘書や幹部スタッフは、電話や講演会のセッティングとマスコミ対応。
そして釉葉達は、警察に行って情報を仕入れてこい、と。
「なんでですのん?」
思わず問い返した釉葉に、斉藤代議士は椅子に背中を預けたまま
「やるっても、マトモにいったらキツイがな。
いうか、俺の選挙区でこんなん続いたら『あいつ、なにしてるんや!』ってなるやん。
やから……おまえらで何とかせぇ」
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