それぞれの正義
不意の攻撃にパールは眼を見開き驚愕した。無数とは言わないが、その数十と言う武器は間違いなく己に向かって来ていた。
いや、武器なんて一つでも怖い。パールは心こそ己の信念を突き通す。見かけによらず頑固とは言わないが、真っ直ぐな性格だ。だが、己の身体能力は儚く、ナイフ一本でも負けてしまう自信がある程だ。なぜそんなパールが委員長なんて勤まるかは一瞬疑問が浮かぶ。
が、その性格と非暴力でクラスをまとめようとする姿勢はなるほど、ダブルガーデンの志向にふさわしく武力でものを言わせない分、真にクラスをまとめあげられるものだろう。
それでもどうしようもない事もある。
ブラック以外にも暴れん坊の困り者やんちゃ者もクラスにはいるものだ。集団で集まれば多かれ少なかれ全くそんな人間がいない方がどうかしている。
困ることも多いが、その度に誰かに助けられている。自分でできる事は限られている。それは、パールがよく理解していることだ。だからこそ、助けは断らない。
助けを、乞う。
それは、ごく自然で当り前で必然だ。少なくても、パールはそう考えている。
だから、人が困っていることがあれば率先して力になろうとする。そうやって生きてきた。例え、異人と揶揄されようとも。
(貶されようとも影に生き、それでも迫害を受ける事があっても、でも、ボクはこうしてここに生きている。そして、こんな絶望的な状況であっても、……ボクは一人じゃない)
「……せっかくの祭りだろ?つまんねぇ事してるんじゃねぇよ」
気付けば、パールに迫っていた武器は持ち主の手を離れ周囲の地面を突き刺し、転がっていた。
ダイヤは、己の持つ訓練用の剣の切っ先を真っ直ぐ向け、宣言する。
「全員まとめて相手してやるよ。雑魚が束になろうが、雑魚は雑魚だからな」
それまで冷静を突き通していたブラックの仲間たちに、それとは逆の感情が芽生えた。
冷静さを欠いた矛先は、完全にダイヤに向けられた。これで、この場にパールを狙う者はいなくなった。
ダイヤは、相手から間合いを取りつつゆっくりとパールのいる位置から距離を置く。
(こいつのために戦うんじゃない。自分の為に戦う。そう、俺はずっとそうして生きてきた。人に群れるということは、人に頼るということ。それは、己を弱くすることの同義だ。
本当は、自分でできる事まで頼ってしまうことになる。弱さや甘えは捨てろ。この状況を、今を生き抜くために)
背後に確かに感じるパールの存在から、意識を離し、その全てを目の前に向ける。獅子は、どんな獲物を狩るときも全力で挑む。それこそが自然の摂理。生き残る方法だ。
眼前に迫りくる己を殺そうとする脅威に立ち向かう。
サファイアは、闘技場と外を繋ぐ通路の影に隠れながら、中の様子を眺めていた。
通路には、闘技場が全く使用されないことを良いことに、授業で使用される予定だった教材の入った段ボールやいつか使用されるのではないかと言うロッカーが敷き詰められていた。その影にサファイアはひっそりと身を潜めていた。
息を殺し、気配を消しながら中の様子を覗き見る。
(どうして、この闘技場でバトルが起こっているんだ?どうして、ダイヤとパールが囲まれている?いや、そんなことはどうでもいい)
(……なぜ、パールに獣のしっぽが生えている?)
短くも、確かに生えているそれは、間違いなく異人の証しだ。
異人。忌み嫌われる存在。出現したのは最近の話ではない。
二世紀ほど前からその存在は確認されていた。だが、各国の進撃が進むにつれ増加していることは確かだった。異人とは、異国同士の間に生まれる子供なのだから。
進撃し浸食し属国となれば、その二国間に関係は繋がり、家族ができる。その家族にはごく稀ではあるが異人が出現するという。
異人と言うだけでなぜ迫害を受けるか?
人は、自分とは違う存在を懸念し己の下に見下し、虫けらのように踏みにじる。それが人間の本性。共生しようなんてのは、この戦乱の世には生まれない。
戦乱は、人の本性をさらけ出す。
その不安定な環境に生き残るために己以外の敵は排除しようとする生存本能を覚醒させる。
異人は、その形容を引き継ぐだけではなく、何らかの性格・能力が獣化される。それに関する事件が過去多発した。
例えば、サメの異人は突如人を襲い、噛みちぎり街を滅ぼしたとか。
例えば、他種のひなを狙う鷹の異人は、人知れず子供を襲い、喰らい、その街から子供たちが姿を消したとか。
例えば、奇妙な武器を持った異人が軍隊を一つ滅ぼしたとか。嘘か誠かは分からない。
だが、自分達の敵であることは間違いない。そう教えられてきた。どの国も子供たちに武術を教えるときは二つの意味を伝える。
一つは、自国を守るため。
一つは、異人を討伐するため。
それは、サファイアも例外ではない。だからこそ、その衝撃は計り知れないものだった。
己の敵と認識していた異人。それが、己が友と認めたものの正体だったのだ。
(なぜあんな存在がここに?自分は騙されていたのか?いや……)
これしか方法がなかったのだ。
彼らが生きる方法。
忌み嫌われながらもこの人間社会で生きる方法は、影で生きる事。
人であるが、人でない存在。人をマネ、人のように生きる。人真似。人に真に似る。だがそれはあくまで真似であって、人になれるわけではない。
騙すことは悪いことか?
いや、人を傷つけない嘘は必要だとサファイアは考える。戦場で、自分をかばって倒れた少女の顔を思い出す。
植物状態になり、ダブルガーデンに来るまではサファイアは毎日のようにお見舞いに通っていた。今日こそ、目覚めると信じて。そしてその度に自分は強くなったと報告した。
もう弱さは見せないと誓ったから。例え、本当にまだ強くなって無くてもこれが己に懸けた十字架だから。
パールは良い友達だ。それは今でも変わらない。今思えば、自分は異人と呼ばれる者に会ったことはない。噂も、全て人から聞いていただけだ。
――先入観。
サファイアは己の中のその存在を今気付いた。本物を目の前にして。
パールは間違いなく、最高の友達だ。同じ委員長と言う仲間であり、親友。そう言える存在だった。いや、『だった』では無い。今でもそう思う。そう思える自分にサファイアは驚いた。
あの、異人を友達と言える存在が己の中に存在する。
ゲームの中の化物のように、ヒーローに倒される怪獣のように、戦隊にやられる怪物のように倒される事が当たり前と思っていた異人を親友と言える自分が確かにいるのだ。
(異人って、化物じゃないのか?)
人に聞かれたら笑止されるような考えが頭を過った。
でも、じゃあ自分はそれを踏まえたうえでどうする?
視線をもう一度パールに向ける。その状況は不利だ。
数も、能力も何もかも。
しかも、パールは異人。先入観でいえば、助ける価値もない。
でも、その隣にはダイヤがいた。心もとない武器を握りながらも互角以上に渡り合っているダイヤが。
あの場所にいるなら、ダイヤもパールが異人だということは気付いているだろう。それでも戦っている。
いつもなら間違いなく逃げてしまいたい状況だ。
でも、もし、自分が助けにいけばこの状況を打破できるのであれば?
逆に、助けに行かなければ二人が死んでしまうのだとしたら?
強くなりたい。大事な人を物を失いたくない。
いつの間にか、サファイアは自分の手が汗を握っていることに気が付いた。
あの場所に行って、助かる保証なんてない。むしろ、死んでしまう可能性の方が大きいと思う。
それでも。
今ここで逃げてしまえば、もう自分は二度と前に立って戦うことができないような気がする。
いつか大切なものを守れるような人になる。その大切なものはパールやダイヤも例外ではない。
友人として一緒にいて楽しい、この学園生活の中で最も仲の良いパール。
いつもはぐらかし、人にひどい事ばかり言って群れようとしないが、実は人想いのダイヤ。
二人とも、自分に大切なものだ。
……大切なものをなくすのはもう嫌だ。
その時、サファイアはふと闘技場の客席の影で一瞬きらめく物を見た。
幾つも襲う刃を軽々とこなす。迫り来れば避け、斬りつけ、飛び道具なら他へ当たるように軌道を変える。
「こいつ、攻撃が当たらないぞ」「動きが予想できない」「こんな人数を一人で相手できる奴がいるのか」
他を圧倒する無双でダイヤは戦っていた。だが、その動きは決して何かの武術に当てはまるものではなく、己の経験則による動きだ。戦いの経験値。野生の勘。野獣の勘。
通常の環境で育たなかったからこそ、その能力は誰よりも変わっていて誰よりも強かった。
己の剣の届くところで、こんな温室育ちの人間には負けない。周囲の攻撃をかわしながらも、ダイヤの向ける視線は一つだ。
ブラック。エクスデス・ソード・ブラック。『剣の国』の出身にして『剣の国』のプリンス。今回の事件の元凶。つまり、ブラックを倒せば全てが終わる。
だが、それまでの道のりは近くも遠かった。
ブラックはと言えば、大剣を肩に抱えてほくそ笑んでいた。早くここへ来いよ、と言わんばかりに。
確かに、ブラックの仲間は弱い。正直相手にならない。だが、その数だけは立派でブラックの元へは中々辿りつけない。
どうにかしてこの状況を打開しなければ……。そう思案した時だ。ダイヤはふと、一つの違和感に気付く。
(待て、これはおかしいぞ?)
そう思い、ダイヤは思考を張り巡らせる。
確かな疑問を抱き、周囲に目を配る。視界に飛び込んでくるのは武器だ。片手剣・双剣・大剣・火縄銃・ショットガン・バズーカー・拳銃・槍・斧・盾・ガンランス・くない・トライデント・竹刀・ハンマー・布・ヌンチャク・モーニングスター・鎖鎌……おかしいおかしいおかしい。
なぜ、どうして、『弓』が無いんだ?
図書館でダイヤを襲った弓。つまり、確実にブラックの仲間には弓を扱うやつがいたはずなんだ。
己の眼球を寸分狂わず放つ弓は、精密で正確なかなりの腕前だ。そいつがこの場にいない?
なぜ、己はこの場に全員居ると思ったのだろう?なぜ外野からの攻撃を考えなかったのだろう?
―――なぜ自分は、闘技場の観客席から自分を狙っている者に気付かなかったのだろう?
観客席から、確かな輝きが視界の端で見えた。
―――この状況は、不利だ。
正直、余り正確ではない周囲からの攻撃をかわすのは容易だ。だが、この状態であの正確な弓が放たれれば、確実にやられる。
ブラックが高笑いを上げた。
そうか、仲間が見るからにやられながらも余裕でいたのはこういうことか。どんな状況でも、布石の一つや二つ引くのは定石と言うやつだ。
弓矢が、放たれた。その弾道は正確にダイヤの心臓をめがけ、飛んできた。どういうわけか、その弾速は図書館とでは比べ物にならないほど速い。
ここにあるどの武器よりも速い。
間に合え。
己の剣速を最大限にし、弓矢の軌道に向ける。その閃光のように一瞬の最中だがダイヤは悟った。
……ダメだ、後三ミリ間に合わない。
ふと、弓矢が見えなくなった。だが、まだ自分まで弓矢は到達していない。いや、よく考えたら自分の前が大きな影になっていた。一瞬視界を失ったと思った。いや、違う。少し視野を広くする。
なぜだ?気付けば、自分の前に誰か駆け寄ったのか?いや、この風貌は……。
―――なぜお前がいるんだ、サファイア?
「その精密さが、お前の敗因だ!」
弓矢に向け真っ直ぐ放たれたサファイアの槍。矢先と寸分も違えず交わった槍先は、弓のベクトルを反転させた。
針に糸を通す以上に精密な槍。
弓以上。槍異常。
切っ先はダイヤ達に向いたまま戻った弓矢は、描いた軌道を真っ直ぐ折り返して持ち主に帰って行った。正確な腕を持つその弓使いは、突如のでき事に奇声を上げ、己の弓に打ち抜かれてその場に倒れ込んだ。
「『速さ』と『精密」が俺の槍の強さだ。相手が悪かったな」
「サファイア。来てくれたの!」
「お前、一体どうして……」
サファイアは首を振る。
「この状況で余計な話すことは野暮だ。全てはこれが終わってからだ」
精悍と言い放ったサファイアだが、視線を落とすとその足は震えていた。表情も固く、先程のでき事は偶然にもうまくいったと本人も驚いているようだ。
だが、助かった。そのサファイアの勇気は間違いなくダイヤの命を救ったのだ。その感謝の気持ちを込め、ダイヤは一つ頷く。
今は、戦いの最中だ。集中を切らした方が死ぬのは、経験則で嫌と言うほど理解している。
「サファイア。俺の国に支配されながらもその力は健全と言うわけか。数少ない武術の成績『五』を収めながらも、そのチキン性から仲間に誘うことを止めたが、まさかあのチキンに邪魔されるとはな……」
「チキンチキンうるさいわ。俺は、俺はもう……」
足が震え、腕が震え、口が震え、体が震える。平和を慈しみ、戦いを嫌う心優しいサファイアはその身体能力とは逆に戦いには向かない。
強くなれば、この性格が無くなる。だが、そうならなかった。いや、そうなる自分から逃げ続けた。そして、一人の大事な人を傷つけた。
もう、あんな経験は嫌だ。何回も何十回も何百回も考えたこと。今こそ、その自分を……倒すんだ。
「俺はもう、逃げない。逃げたくない。誰かの為に戦う。闘えるようになる。もう二度と、人を傷つけたくないから。それが、俺の『正義』だ」
ダイヤとは違い、温室育ちで育ったサファイア。
だがそれでも、そこにはいつもは無かった、確かな『強さ』が宿っていた。
「『正義』か。面白い事言うじゃねぇか。確かに闘うには己の『正義』が『信念』が必要だ。何のために戦っているか理由を見失うことは戦う資格を失うということだ。この世に『悪』は存在しない。正義の逆もこれまた正義だ。
言うなれば、『正義』になれなかった『正義』は運が『悪』かっただけだ。
サファイア、俺はその信念を持つ奴を軽蔑したりしない。震えながらもここにいる事を評価し、称讃しよう。だがな、この『異人』の味方をしようと言うなら、俺は容赦しない。俺の正義は『異人』と言う化物を討伐し、戦乱の世で人々を支配することだからな。
どうだ?その身体能力、放っておくには惜しい。今なら俺の仲間にでも……」
「俺がここに立っている時点で、その答えは出ているはずだが?」
ブラックに恐怖し、強がってみても隠れ逃げ回っていたサファイアは、真っ直ぐ対峙していた。その態度に、ブラックはつまらなさそうに鼻を鳴らした。サファイアは、ブラックの仲間に向き直る。
「ダイヤ、こいつらは俺がなんとかする。だからお前は、そこの問題児を何とかしろ」
ダイヤに背を向け、二人はお互い背を預け合った形になる。
サファイアはブラックの仲間を。
ダイヤは事件の黒幕、ブラックを。
一人がやられれば、もう一人もやられる。互いに命を預け合った状況だ。その状況を理解し、把握したうえでダイヤは精神を一つに集中させて言い放った。
「任せた」
その言葉は、今まで人を信用してこなかったダイヤからは考えられない言葉だ。
人を避け、孤独に、孤高に生きてきたダイヤ。その生き様は知らずとも、期間は短くとも共にダイヤと過ごしたサファイアにとって、驚愕にも値する言葉だった。でも、だからこそ誰のどの言葉よりも力が漲った。
ダイヤを狙う攻撃をサファイアが槍で一掃するのを合図に、ダイヤはブラックの下へ駆けだした。これまで剣を構えすらしようとしなかったブラックは、真剣な顔つきになって、振り下ろされる剣を受け止めた。
金属特有の高音が鳴り響く。互いの力が均衡し鍔迫り合いになる。が、その均衡は長く持たなかった。
なぜなら、力を加える度にダイヤの握る剣の刃が、みるみるブラックの剣に飲み込まれるかのように斬られていったからだ。
その衝撃に焦り、一歩引いて間合いを取るが、気付けばダイヤの持つ剣には刃がほぼなくなっていて、虚しくも儚い音を立てながら地面に転がっていた。
だが、ダイヤは顔色を変えず、ブラックに対し、力強くこれでも対等だという態度で対峙していた。それに対し、ダイヤの剣が失われたことによって、ブラックは余裕の表情が浮かんでいた。
「ヒャーハハハハッ。見たか?驚いたか?絶望したか?俺の持つこの『アルテマ』には、最高級金属ルビカライト鉱石が使用されているんだ。そりゃ、剣の国のトップを司る剣だからな。そんじょそこらの金属ならハムみたいにスライスできるぜ?」
ブラックは己の大剣『アルテマ』を構えながら、自慢げに高々に宣言した。勝てるものなら勝ってみろと。俺の勝ちは確定したと宣言するかのように。
それでも、ダイヤはブラックに立ち向かった。ほぼ刃を失ったと言っても良い剣でブラックの大剣をまともには受けずに受け流し、拳でブラックの体に一撃を加えた。
その一撃に、若干表情を歪ませるが、もう前のようには負けないとブラックは立ちはだかっていた。その様子を見て、再びダイヤは間合いを取る。
「よっぽど戦い慣れをしているなお前。確かにお前は強い。強い奴は好きだ。だが、俺の前に立つ奴は敵だ。だからこそ、お前にとっておきの技を見せてやるよ」
その言葉に、ダイヤは疑問を浮かべるがその横でパールが焦燥しながら声を張り上げた。
「危ないっ!ダイヤ、逃げて!」
大きく大剣を構えるブラックに対し、パールの言葉を無視してダイヤは興味があると言わんばかりにその攻撃に備えて構えた。
「その態度、度胸。賞賛に値する、が……それがお前の命取りだ!」
声を上げながら気を溜め、その高ぶる力を剣に伝える。
「消散する刀!」
ブラックの姿が忽然と消えた。ダイヤが感じるのは、己に迫る殺気のみだ。
一瞬、閃光の様な一閃が見えた。
気付いた時には、目の前は鮮血が散り舞っていた。
ブラックが先ほどよりもぐっと間合いを詰めて、姿を現わす。だが、ダイヤの下には届いてない。
血は舞っている。だが、痛みは感じない。
眼だけで体を探る。だが、体に傷は無い。
そういえば、自分とブラックの間には一つの小さな影がある事に今更ながら発見した。そこで初めて、突然のでき事に自分の集中力が乱れていたことに気付いた。
その影は、子供のように小さかった。手足が短く見える緑色の服を纏っていた。だが、ダイヤの知っている瞳の輝きは失われていた。
「パール!」
突然のでき事にいつも呼ぶ『委員長』というあだ名ではなく、名前で呼んだ。
そうしないといけないと思ったから。
そうしないと、どこかに行ってしまいそうな気がしたから。
サファイアも気付くが、気を回す暇がない。
ダイヤは思わず、手に持つ剣を投げ捨てて、己を庇ったパールを抱き上げた。
「おい、大丈夫か?しっかりしろ!」
その言葉に、わずかながら、パールに少し意識が戻った。
「だ、…大丈夫だよ、ダイヤ。ボクの異人としての能力の一つは『自己回復』だから。これくらいなら、何とか生きられるよ」
「お前、なんでこんな……」
「ははっ……いつもクールなダイヤが、ここまで、慌てるなんて……やっぱり君は面白いよ」
そう言うパールだが、ダイヤの目にはパールの体力がみるみる失われていくのが目に見えていた。
衣服が邪魔で細かなところは見えないが、確実に胴が大きく裂け、普通の人間であれば即死のレベルだ。
その光景に、ダイヤの中で焦燥感が高まる。脳内では、一つの光景がよぎっていた。消えゆく命。自分の両親が死にゆく時に感じたものに酷似した感覚が湧きあがった。
「落ち着いてダイヤ。……ブラックのあの技は突進しながら、相手を倒す技、なん…だ。剣どころか、姿すら見えない。それにその大剣の重さやブラックの、力に、スピードも加わって運動量は莫、大、なもの。一対一の戦いなら防ぎようのない、剣の、国の、秘術だよ」
パールにそう言われ、ダイヤもその技を以前聞いたことがある事を思い出した。それは、この世に生きる人なら一度は聞いたこのある有名な技。その最強さは有名だが、その使い手はごく少数だ。それほどに難易度の高い術だ。
突進するかのように駆け、瞬時に目の前の相手を斬り裂く。ダイヤの記憶が正しければ、本来は軽い剣で行う技だ。それを、己の身長ほどはある大剣、おそらく数百キロもある剣で扱われた事は聞いたことがない。
その力は、間違いなく他を圧倒するものだ。
「ヒャハハハハハハ。バカめ。本来のターゲットが身代わりになってどうするよ?こりゃ、とんだ儲けもんだ。委員長がここまで馬鹿だとは思わなかったぜ」
腹を抱えながら笑うブラックに、パールはかつてないほどの鋭い眼光を向けた。その眼は、普段は愛くるしい小動物の目がどう猛な肉食動物に変わっていた。
「……けるな」
パールは、傷ついた体を、自力でわずかだけ起こす。
「あ?」
「ふざけるな。ボクはどんなことがあろうと、自分がどうなろうと仲間を絶対に傷つけたりしない」
仲間がやられるのを見て笑うお前とは違う。
全てのものを見下し、己が儘にするお前とは違う。
「すべての人と友達になれば、戦争は消える。仲良くなれば、楽しい。でも、だからこそ、側にいてほしい人が死ぬのは嫌なんだ。ボクがどれだけ非力だろうと関係ない。どれだけ笑われても関係ない。命を掛けても、ボクは夢のために……」
夢の為に頑張るんだ。
それは、この場の誰も知らないパールの過去の経験から出したパールの結論。
おそらくは、異人の異人らしい扱いを幾度と受けてきたであろうパールが出した答え。
怨むのではなく、敵を倒すのではなく、人と仲良くし共に暮らそうという決意。
その決意には、どれほどの覚悟が必要なのだろうか?同じ社会でも、身近に嫌な人はいるものだ。
それは人や異人は関係ない。
ごくごく自然なもの。
普通は距離を置くか争うか。
それが自然の行動であり、気持ちだ。
それを、仲良くなろうと言うのだ。
自分を仲間と見ない人たちと。
自分を怪物と見る人たちと。
……自分を殺そうとしてくるものを。
ダイヤは思う。
自分にはできない、と。
両親を殺され、狙われ、迫害されてきた自分にはそんな感情を生きる事ができない。
「それがお前の正義か?委員長。悪いが、夢物語を描く頭の沸いた奴にはもう付き合う気はない」
再び、ブラックは構える。
「そこの賺した野郎と一緒に、死ね」
さっきのバニッシングソードは見えなかった。防ぐことはまず不可能だった。委員長が庇ってくれなければ、まずやられていたことは間違いないだろう。
ダイヤは己に問う。
自分はここへ何をしにきた?
そんなのは簡単だ。闘いに来たんだ。
―――いや、違う。そんなの言い訳だ。
俺は、確かにパールを助けに来たんだ。その理由は正直自分でも分からない。分からなくても良いじゃないか。
しかし、助けに来たはずなのに、助けられてしまった。
自分は何をやっているんだ?
てっきり、こいつらは『委員長』と言う職を全うするために関わっているのだと思っていた。自分に関わっても何のメリットもない。自分に関わっても面白くない。自分に関わっても傷つくだけ。自分に関わっても、……不幸になるだけ。
そう思っていた。
だが、違った。
今も多勢を一人で相手するサファイア。自分の腕の中で虫の息になっているパール。本当にそれだけなら、こうやって命を賭けてまで自分を守ってくれない。
『いつか必ずあなたに、あなたと一緒にいてくれる仲間が現れる。だから、あなたはその仲間のために生きて。あなたは決して一人じゃない』
霞がかかっていた記憶がふと鮮明になった。母が言った最後の言葉。自分に残した最後の言葉。
仲間とは、自分と同じ種族がなるんじゃないかと思っていた。だけど、違う。こいつらは違う。自分をそんな小さな世界で見ていない。
一緒にいたいから、楽しいから、心地良いから。そんな理由で自分を守ってくれているんだ。
じゃ、自分はどうすればいい?どうしなければいけない?そんなことは分からない。今までずっと一人で生きてきたダイヤにはそれが分からない。
でも、本当は答えを知っている。こういう、自分が迷っている時にすること。
その答えは、『自分がどうしたいか』。
ただそれだけ。
このままでは、間違いなく自分はパールと一緒にやられるだろう。自分に問う。それでいいのか、と。
良いわけがない。
これからすることは、今までのものを全て失うかもしれない。だが、それでもダイヤはこいつらの為に代償を払っても良いと思った。
例え、やっとできた『仲間』が『敵』になろうとも。
胸に光るダイヤモンドに手を伸ばす。掌にちょうど収まる程の大きさもあるダイヤモンド。自分の家族との絆。
それを、勢いよく引きちぎった。
「ブラック、もうお前の好きにはさせない」
「好きにはさせない?はっ、よく言うぜ。武器もないくせに。これからてめぇは俺に……」
「武器なら、ある」
「あ?」
手に持つダイヤモンドを上に向かって、放り投げた。ダイヤモンドは太陽の輝きを受け、煌めきながらぐんぐんと天に向かって伸びる。
「召喚!」
ダイヤの叫びに呼応し、ダイヤとダイヤモンドの間には一つの妖しく蒼に輝く、幾何学的模様の描かれた円陣が出現した。
ダイヤモンドが円陣を潜ると、その原型は無かった。白色金属の輝きを持つリボルバーを備え、茶色に装飾された銃の様な持ち手。だが、その先の銃口があるべきところには、鈍くも蒼く輝く刃が備え付けられていた。
刀身には、一つ輝くダイヤモンドが備え付けられていた。
それは、どこの誰も見たことがない武器。
それは、人々が阿鼻叫喚した異人の持つ武器。
「俺の武器、『ガンブレード』だ」
そう言ったダイヤの姿は、頭に狼の様なピンと尖った耳が生えており、眼も鋭くなり、妖しく輝いていた。
獣の特徴を持つ体。異人の証拠。
その場にいた、全員が息をのんだ。サファイアやその相手たちも動きが止まっている。それほど衝撃の大きなものだった。
かつて、人々を脅かし今となっては異人を代表する恐怖の存在は、今自分達の前に立っているのだ。
「ヒャ、ヒャ……ヒャーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
沈黙を破ったのは、ブラックだった。それは、始めは驚愕し恐怖の色も見えたが、今となっては嬉々とした表情をしていた。
「あの、伝説の、異人がこんな所にいたなんて、俺はなんてラッキーなんだ。委員長なんてもうどうでもいい。お前を倒せば俺は英雄だ。革命への一歩が踏み出せる」
高々かに笑いを上げるブラックとは相対的にダイヤは黙々と黙り続ける。嬉しさのあまりに、ブラックは手で顔を覆い、天を仰ぐ。
「本当に生きていたなんてな。あの『親を討伐された』異人がよ」
(なぜ、こいつが俺の親が殺された事を?)
「どういう、こと?」
息切れ切れでパールがブラックに問う。その様子がおかしすぎてブラックはさらに笑う。
「どういうことだと。そんなことも分からないのか?当時、あの記事には『遠征』と書いてあった。だがよく考えてみろ。何の目的もなく、軍が遠征に出ると思うか?あったんだよ、『目的』が。異人討伐って言うな」
「なんだと?」
サファイアも加わる。始めて聞く情報だ。自分が知っているのは、軍が突如襲撃されたという事。人が襲われたということ。ただそれだけだ。
「あの森には、怪物が棲んでいたんだ。まだ、戦乱の激しかった中、『剣の国』の男と『銃の国』の女が互いに国を裏切って住んでいた。それだけなら何も問題なかったが、あろうことか、そいつらは怪物を生んだんだ。『異人』という怪物をな。その情報を聞きつけた俺の親父は討伐命令を出した。だが、その結果がそいつらの生み出した、まだ幼少の異人に全滅させられたんだ」
がっかりしたよ。たった一人に何やられているんだと。
つまり、ブラックの父である剣の国の総司令官がダイヤの家族を襲ったのだ。平和に平凡に暮らしていた生活は、崩壊。そこから一人逃げ切り、当時まだ幼少だったダイヤは両親から授かったガンブレードで復讐したのだ。
「じゃ、あの噂の異人は、ダイヤは何も悪くないじゃないか」
サファイアが茫然とした表情で言った。
「何を言ってやがる、軍を一つ潰したんだ。立派な危険因子じゃないか」
さぁ、前座は終わりだとブラックは改めて構える。
「さて、ちんけな武器を、見せてくれよ。その力をよ」
「もちろんそのつもりだ」
一度大きく間合いを取り、両腕で持った銃身を下ろして構える。だが、ダイヤとブラックの間には広く間があった。
「ガンブレード。その実態は謎に包まれている。だが、こんなに距離を取ったってことは、それは剣と言うより銃なのか?」
「それは見てのお楽しみだろ?」
意地悪く、意地汚くダイヤは不敵な笑みを浮かべていた。自分の力を信じるかのように。己の力量に自信があるように。
指先に力を入れ、一気に引き金を引いた。銃身に備え付けられたリボルバーが回り、豪快な金属音が鳴り響いた。だが、その砲身、もとい刀身からは何も飛び出さない。飛び出ない。しかし、その振動は確実に刃へ伝わっていた。
「どうした?不発か?」
「不発じゃない。誘発だ」
そう言ってダイヤは斬りかかるかのように、斬りつけるかのようにガンブレードを構える。距離があるのに。走って間合いを詰めなければ、その刀身は空を空しく掻くだけなのに。
だが、それでもダイヤは思いっきり剣を振った。真っ直ぐ縦に。剣は弧を描き、そして空を斬った。弧、半円。
だが、その弧は、軌跡は宙に残っていた。いや、正確にはブラックに向けて飛んでいたのだ。
余裕をかましていたブラックも流石に虚を突かれ、慌てて己の武器でその弧をはじいた。
「斬撃が、飛んだだと?」
なるほどと、ブラックが新たな発見に気分が高ぶった。
ガンブレード。
剣と銃。剣ではなく、銃でない。だが、その両方である。その実態は、斬撃を『飛ばす』。間近で斬りつけるかのような斬撃を遠くから飛ばす。近距離攻撃ではなく、遠距離攻撃。
「それが、ガンブレードの実体か?」
ブラックはたった今の考えを、質問をダイヤにぶつけるが、その反応は薄く、浅く無表情で無反応だった。
「くくくっ、まあいい。所詮それだけの剣ってことだろ?銃ってことだろ?こんな奴に軍は破れたのか?」
呆れるぜと、ブラックは肩を落とす。所詮はそれだけ。あの有名な、凄惨な異人はこの程度だったのか。だが、手を緩める理由にはならない。
「曲芸を見してくれたお礼に、良いもの見してやるよ」
ブラックは、己の右腕を突きだした。真っ直ぐと真正面に。
そして、眼を閉じて精神を統一したかと思えば、腕に力を入れ始めた。
その腕には何もなかった。剣もなく隠し武器もない。だが、そこになかったものが『生まれ』始めていた。
それは決して汗ではなく、物ではなく、動物でもない。始めは小さかったが、徐々にその体積を増やし、掌に載るほどになったそれは間違いなく『炎』だった。
「お前、そんなことができるのか」
流石のダイヤも驚いたが、しかし、こちらも興味深さの方が大きいようだ。その反応に得意げに答える。
「これが、『魔法』ってやつだ。古代文明の遺品。滅びた文明。滅びた術。今では使える奴はほぼいない。だが、俺は古代書物からこの力を得た。異人。お前を倒すためにな」
掌の上に鎮座する炎の明かりを受けながらブラックは言った。古代文明の魔法。そんなの見たことも聞いたこともない。サファイアやパールだって驚いている。平常でいるのは、ブラックとその仲間だけだ。
「良いぜ、来いよ」
「この炎を怖がらずに受けて立つとは、本当に惜しいぜ。仲間になってほしいくらいにな。ま、お前を倒すためのだが」
ブラックは照準を定める。見据える。そして、情けも容赦もなく言い放った。
「フレイム」
その言葉を合図に、炎は、炎玉はダイヤに向けて勢いよく飛んだ。飛んできた。
しかし、その炎が己に辿り着く前にダイヤは己のガンブレードを奮った。
飛ぶ斬撃に飛翔する炎玉。
その二つは空中でぶつかり、そして、炎玉が二つに引き裂かれた。二つに分離した炎玉は軌道を失い、機動を失い、勢いを失って、ダイヤの前の両脇で火柱を上げ、そして消沈した。
だが、その程度ではブラックは怯まなかった。
「誰が一つと言った!」
ブラックは両腕を突きだし、振り、六つの炎を同時に投げてきた。それに合わせて、ダイヤも高速と言っても良いほどの剣速で斬撃を飛ばした。それぞれの軌道を描き、二つの勢力がぶつかり合った。
ブラックにダイヤの斬撃が当たる事は無かった。同時にダイヤに炎が届く事もなかった。互いに打ち消し合い、相殺していた。その力は一見互角の様だが、力と精神を込めて魔法を出していたブラックに対し、ダイヤは一人涼しい顔をしていた。
「俺に……、ガンブレードに斬れないものは無い」
驕るわけでも、優越な態度を取るわけではなく、ただ淡々と事実を述べた。
だが、これで終わりかという態度がブラックの勘に触れた。両者は無言で間合いを詰めてぶつかった。
「近距離なら、そのふざけた武器じゃ厳しいだろ?」
「それはどうかな?」
ダイヤは不敵な笑みを浮かべる。不敵。敵ではない。敵にもならないと言うが如く。
ブラックは視線をダイヤの手元に移した。
正確には、ガンブレードの引き金の部位。そこには、ダイヤの指が掛けられていた。振り回す時には掛けてられていなかった人差し指が。鍔迫り合い、力の掛かるこの状況でなぜ?
「ガンブレードはただの飛び道具じゃねぇよ」
引き金を引いた。
リボルバーが回り、爆音とともに、衝撃が二人の間を走った。ガンブレードの切っ先を通じて、その振動は『アルテマ』にも伝わった。
しかし、無傷なガンブレードに対し、相対する部位を中心にアルテマにヒビが入った。最高級金属ルビカライト鉱石。その硬さは他の金属を圧倒し、一振りで金属すらもハムの様に斬り裂く。その剣にヒビが入った。
「お前の剣はルビカライトかハムカライトか知らないが、俺のガンブレードにはオリハルコンが使用されている。どんな金属でもガンブレードの前では無意味だ」
「オリハルコンだと?」
オリハルコン。それは伝説上の最強の金属。最も固く、最も重い金属だ。その入手方法は分からず、各国の王が眼の色を変えて探している金属だ。
「嘘だ、そんなものがお前なんかに、異人なんかに……」
「嘘かどうかは、お前の剣を見たらわかるだろう?」
アルテマには、間違いなくヒビが入っていた。嘘の様で本当のこと。これまで無傷で耐えてきたアルテマを知っているブラックにとって、非現実の様な現実。
舌打ちを鳴らし、一度ブラックは距離を置いた。
「なるほど、これで二つの謎が解けたぜ。当時の情報では、軍の武器が全て壊されていたとあった。その真相は、お前がこうやって全ての武器を破壊したってわけか。アルテマでもこのダメージだ。そこらの武器なら一発で潰れるだろう」
「なかなか、推理力があるじゃねぇか」
「なんの、俺は二つと言ったんだぜ?もう一つ分かった事がある。ガンブレードが斬撃を飛ばすことが可能な理由。それは、振動によって極限まで上げられた切れ味が、斬れ味が空気までも斬っているんだろう?その斬れ味なら、それだけで普通の武器を破壊することも可能だろう」
それが、ガンブレードの力だ。そうブラックはたった一度の斬り合いで解いたのだった。流石のダイヤもこれには虚を突かれた。
「すごいな。だが、どうする?その謎解きはつまり、遠距離も近距離も自分が負けるという答えだぜ」
「確かに、もう一度鍔迫り合いになれば、このアルテマでもやばいだろうだけどよ」
そう言って、ブラックは構えを取った。その構えから発動する技。一度見た技。本人ごと消失するバニッシングソード。
「オリハルコンは最強であるとともに、最も重い金属でもある。そんな武器で衝撃を引き起こすんだ。お前の腕はもう限界に近いはずだぜ?」
そう言われたダイヤの表情はいつもとあまり変わらないが、その顔には冷や汗が浮かび呼吸が激しく、いかにも辛そうな様子だ。
「もうお前が引き金を引きぬく事は無いだろう。その時はお前の腕が使い物にならなくなる。そして、このバニッシングソードなら、俺自身視界に入れる事が難しいお前は、このアルテマを傷つけることは不可能だ」
チェックメイトはお前の方だ。
戦いはダイヤに優勢どころか不利な状況だ。その証拠に、ダイヤのガンブレードを握る手も弱く震え、今にも落としてしまいそうなほどだ。
ダイヤはもう武器が振るえない。
「トドメだ」
ダイヤを、伝説の異人を倒すことによって『勇者』、『英雄』となる。
それは、自分の夢への一歩だ。
その期待を、夢を、希望と力をアルテマに込める。
「消散する刀!」
ブラックは駆け、普通では視認することのできないほどの速さでフィールドを駆けまわった。
そして、ダイヤの死角となる背後に回り込みその刃で体を引き裂くために振り抜いた。
だがおかしい。その手には感触がなかった。
いや、最も奇妙なことは、目の前からダイヤが姿を消しているということだ。
「確かに、お前の動きは普通のやつじゃわからないだろう。だがよ、この異人化している俺の能力は『身体能力強化』だ。その動きを見て、それ以上の動きをすることなんて造作もない」
獣の様な耳を頭上に生やすダイヤ。そのモデルは狼。狼と言えば、集団で行動しその知力と身体能力で獲物を狩るが、ダイヤのはまた別だ。
『一匹狼』。
群れから離れ、一匹で、一人で自然の中を生き抜く。誰にも頼らない。頼れない。信じるは己のみ。己の身。その為に、身体能力はさらに強化される。
後方から聞こえた声に反応して振り返ると、空気を引きずるかのような眼光を残し、移動したダイヤがいた。
普通の人ではない。化物の力を持つ異人。皆が忌み嫌い、恐怖する存在。その恐怖をブラックは覚えたのだ。
敵うものが一つもない。自慢の力も、武器も、技も何もかもが通用しない。常識すらも凌駕する存在。それが異人だった。
奇声を上げて、ブラックはアルテマを振った。
恐怖に耐え抜き、己に勝つために。
そのアルテマは、ガンブレードによって軌道を防がれた。防がれてしまった。
「俺を倒しても自由になることは無い。異人は常に忌み嫌われ、殺されるべき存在だからだ」
「その時は、闘うまでだ。悪いが俺はそれ以外の方法を知らない」
「邪魔するものは倒す。それがお前の『正義』か」
「正義なんて大層な言葉なんて使わない。これは、俺の『生き様』だ」
異人として生まれ、異人として育ったダイヤの結論。最も、これからどう変わるかは分からない。パールとサファイアに出会ったから。自分とは違う人に出会ったから。
だからこそ、変わるのだと思う。戦いとは別の場所で暮らしていたあの頃の様に。人は、異人は変わるものだから。
最も、自分があの凶悪な異人と知ったからにはもうあの二人と話し、笑い合うことはできないだろう。これからまた、影に生きる事になるだろう。それでも、後悔はしない。その二人を守る事ができたのだから。
「終わりだ」
引き金を引いた。鈍く重い振動はそのままアルテマを粉砕した。しかしその衝撃はアルテマだけに留まらず、ダイヤの腕をも砕いた。骨の折れる気持ちの悪い音がダイヤの左腕から聞こえた。それでも、握力がほぼ失われた、残された右腕を奮いブラックを斬った。
武器を失ったブラックは抵抗をするどころか、腕を広げ、臆せず勇敢にその刃を受けた。破れるとも一人の戦士。鮮血を流しながら倒れゆく姿は雄々しくも、偉大だった。




