終
これが、己の正義を貫き通した男の姿だった。
ガンブレードを腕に引っ掛けるように持ったまま、ブラックを見下ろす。その眼は怨みが籠るというよりは、どこかさびしさを覚えているような眼だ。
つまり、ダイヤは理解しているのだ。
どれほど恨み、怨もうとそれを仕返すことはできない。いや、正確には断つことができない。
やられたらやり返す。その感情は当たり前で当然だ。
両親の復讐は軍の討伐で完了している。
しかし、それでは何も解決していない。得るものがないから。失ったものしかないから。復讐をして、残ったのはそんな虚しさだ。幼少ながらもその事をダイヤは理解した。
だから、ガンブレードという強力な武器を持ってもそれで国を滅ぼそうとか考えなかった。
ただ、自分が生き残るために武器を奮った。両親の形見であり、生きるための道具。正直、なぜ自分にこのような武器を授けたかは謎だ。
闘うことを希望したのだろうか。この世の中で。異人が殺されて当たり前の世界で。自分が殺されて当然の世界で。
時には、醜くも金の為に命を狙う者もいた。
その影響だろうか。ダイヤは真っ直ぐ信念を持った人間は嫌いではなかった。
ガンブレードのダイヤモンドの部分に触れると、ガンブレードは元の首飾りの状態へと戻った。それと同時に、ダイヤの異人としての象徴でもある狼の耳も消えた。
「傷口は浅い。早く治療すれば死ぬことは無いだろう」
ダイヤは茫然と立ち尽くしていたブラックの仲間達にそう声をかけ、パールの元に向かった。
止まっていた時間が急に動き出したように、ブラックの仲間達がブラックの元に駆け寄った。
「ダイヤ!」
「パール。お前……」
パールの姿を見てダイヤは息を飲んだ。衣類は確かに間違いなく、血みどろではあるが、致命傷を負っていたパールの体は、そんな事をちっとも思わせないほどに完治していた。
「言ったでしょ?ボクの能力は『自己回復』。あれくらいの傷ならすぐに治るよ」
ニャハハと笑顔を浮かべるパールの元へ敵から解放されたサファイアが駆け付けた。そのサファイアも驚嘆の声を上げるが、パールの元気そうな様子に、安堵の息を漏らした。
「二人とも無事だったんだな」
自分とは容姿の違う二人を眼の前に、サファイアは複雑そうな顔をした。まさか、自分の友達だと思っていた二人が二人とも異人だったなんて想像がつかなかった。
しかも、一人はあの凶悪で有名な異人だ。事実を知り、事情を知ったが、その真実は変わらない。そんな二人に、サファイアは次に掛ける言葉に戸惑っていた。どうすれば、二人を傷つけずに話す事ができるのだろうか。どうすれば、この気持ちを伝える事ができるのだろうか。
そう戸惑っているうちに、ダイヤは二人に背を向けてその場を去ろうとした。
「どこ行くんだよダイヤ!」
「……言わなくても分かるだろ?」
自分は異人だ。異人の中でも凶悪な異人だ。
異人の中でも、異人から忌み嫌われるほどの異人だ。そんな自分と一緒に居ても良い事は無い。楽しい事なんてない。あるのは不幸だ。後悔だ。だから、この二人の目の前から消える。
サファイアは普通の人間だ。パールも実害のない『ただの異人』だ。この学園に残っても何の問題もないだろう。サファイアのことだ。その優男でパールをこれからも、サポートしてくれるだろう。友達でいてくれるだろう。
しかし、自分はそうはいかない。自分が『紅夜の惨劇』の犯人であることはバレている。このままでは、さらなる災難がこの学園に、二人を巻き込む形で降りかかるだろう。
だからこそ、消える。その影を一人で背負いこむため。
やっと自分が見つけた、『友達』や『仲間』と思える人を傷つけないために。
その表情は今まで誰にも見せた事のない『哀』だ。
「その必要はないよ」
ふと、パールはダイヤの背中に声を投げかけた。
どういうことだと、思わず振り返った。振り返ってしまった。希望なんてあるはずないのに。あるのは絶望だけなのに。
「そんなことないよ。ボクと一緒にいてよ」
「それはできないって言っているだろ。お前たちに迷惑はかけたくない」
「誰が迷惑なんて言った!」
これまでにないほど、サファイアが声を張り上げた。優男とは思えない怒声だ。
サファイアはダイヤに駆け寄り、その胸倉をつかんだ。
「お前はいつまでそう賺しているつもりなんだよ!正直になれよ!迷惑ぐらいかけろよ。俺だって、始めは……いや、今も戸惑っているさ。
でもよ、結局結論は『お前と一緒にいたい』んだよ。俺は、異人としてのお前じゃなくてダイヤとしてのお前を見ているんだ。パールだってそうだ。実際に知っているから、噂が嘘だって知っている。友達の為に自分を犠牲にするバカ野郎だってこともな。異人は悪い奴だけじゃない。これを知ってくれたら、世界を変える事すらもできるんだ。
それをお前達を見て思った。それをよ、これから黙って、無視して生きて行けって方が……」
迷惑だ。
そう表情を歪ませた。そのサファイアの様子を、姿を視界に入れないように顔を背ける。
「ダイヤの武器、ガンブレードね」
「ん?」
「ボク、思うんだけど。君のお父さんとお母さんが作った武器なんだよね?それならそれは人殺しや武器殺しの武器じゃなくて、きっと、二つの国を繋いでほしい希望の武器なんじゃないかな?」
剣でもなく銃でもない。だが、剣でもあり銃でもあるガンブレード。
……なるほど、そんな考えがあるのか。
自分の両親の姿を思い出し、思わず胸が熱くなった。
「ダイヤは、ボクらと一緒に居たくない?」
これは、パールからの最後の問いかけだ。
これに答えれば、もう話すことは無いだろう。もう、これ以上の問は無いだろう。
その事は、パールも理解している。だからこそ、こんな単純で明快で核心を突いた問いかけをしたのだろう。
これに答えれば、俺はこいつらとの関係を断つことができる。
でも、それでも……。
「……そんなわけ、ないだろ」
こうして、こんな自分を必死に引きとめてくれるやつがいる。
間違いなく不幸になるのに、全力で止めてくるバカがいる。
―――こんな奴らをどうやって嫌いになればいいんだ。どうすればいいんだ。
「君さえ望めば、それは手に入るんだよ」
パールは、尻尾をピンとたて、縮こまるかのように力を込めた。その身から、淡いオレンジ色の光が漏れ始めた。その光は、徐々に大きくなり、パールを包み、ダイヤやサファイアを包み、ブラック達までも包み込んだ。
気絶しているブラックを除き、ブラックの仲間たちからはどよめきが起こった。
「ボクの異人としての能力は『自己回復』と『忘却』。この光に包まれた人の記憶を消すことができるんだ」
それがパールの、『忘れ狐』の能力だ。
その言葉に、サファイアが慌てる。
「待てよ、そうなったら俺達の記憶まで……」
「うん、なくなる。みんなが記憶を失う。それでも……」
それでも、ボク達ならまた、きっと……。
「そっか、そうだな」
サファイアは納得するかのように、首を振った。
「ダイヤ、あとは君の判断だけだよ。どうしたい?」
望めば手に入る。希望すれば叶う。それは、ダイヤにとって初めての経験だった。これまで望んでも手に入らず、それどころか全てを失ってきた彼にとって信じられない状況だった。
「望んでも良いのか?居ても、良いのか?」
「良いんだよ。それに、君の願いは『君』だけの願いじゃない」
『ボク達』の願いなんだ。
ダイヤは、自分の目の端が潤んでいる事に気付いた。
(ははっ、こんな感情何年ぶりなんだろう)
影に生き、感情を殺してきた鎖が解かれたような気がした。しかし、弱さは見せない。涙は見せない。
涙を流すには、俺は人の血を流し過ぎた。
スッと涙をふき、真っ直ぐな視線でパールを見つめた。
「頼む」
記憶を消してくれ。
また助けてくれ。
また友達でいてくれ。
そう様々な感情を込めた一言だ。
ダイヤの言葉にパールが首を縦に振ると、周囲の光はどんどん輝きを増していき、ダイヤ達は光の中に埋もれた。
これは、物語が始まる前の話だ。
誰も知らない、知る必要もない話。
しかし、実際に存在した話だ。
その後、この世界はダブルガーデンを中心に時代のうねりを、怒濤を走らせるがそれはまた別の話。
次の世界への扉を切り開いた武器の名は、『希望の銃剣』と呼ばれた。




