サファイア
ダイヤが闘技場に到達する十分程前。サファイアは放課後、教師に頼まれ、使わなくなった古紙を処分するために闘技場近くにある焼却炉に向かっていた。
両手に担ぐほどの量もあり、紙とは思えないような重みが彼の腕に圧し掛かっていた。
「ったく、こんな雑務俺だけに頼むなよな。せめてあと一人二人は助っ人を寄こす量だぞ?いつもならパールが手伝ってくれるけど、今日は珍しく居ないしなぁ」
己の腕にのしかかる重みと葛藤しながら思わず愚痴をもらす。焼却炉は闘技場横の小さな森の中にある。
校舎にできる限り排煙が来ない環境を作ろうとしてこの場所に造られたのだが、校舎から少々離れている為非常に不便だ。おまけに森は道こそ整備されているが、中途半端に自然を確保させようとしてことで木々には虫が多く存在し、特に女子学生が近寄りたがらない場所だ。
煉瓦で敷き詰められた校舎から闘技場に向かう道を離れ、焼却炉の方へ向かう道へ入りこんだとき、ふと視界の端に背後から迫る見覚えのある影が見えた。思わず振り返る。
(あれは、ダイヤか?)
いつもクールながらも、物事に真正面から向かわないダイヤばかり見ていたから目を疑ったが、必死に走る人影は間違いなくダイヤだ。
(あいつどうしたんだ?もしかして、またパール辺りに追いかけまわされているのか?あ、それとも今日のブラックの一件で質問攻めから逃げているのか?しょうがねぇえな、なら匿ってやる代わりにこの荷物持たせるか。……よし、そうしよう)
「おいダイヤ!こっちに来いよ。逃がしてやるからさ、その代わりと言っちゃなんだがこの荷物を運ぶ手伝いを」
言い終わる前に、ダイヤと思われる人影はサファイアに目もくれず目の前を走り去った。
(何だあいつ。凄い形相だったぞ。いや、いつもの無表情に比べればって話だが。
(気になるな。あいつがあんなに真面目になるはずがない。きっと、多分何かある。この先にあるのは確か……闘技場。理由はどうあれ、闘うことを目的に造られた場所。……良い予感はしないな)
そう思った時、サファイアは抱えた仕事を文字通り放り投げて、ダイヤの後を追った。
ダイヤを追う途中、幾回か声を掛けてみたが、反応は無く諦めてただ追うことに専念する。
サファイアも足が遅い方ではないのだが、ダイヤの走る速度はサファイアをはるかに上回っていた。気を抜くと置いて行かれる。
五分ほど走ったところに闘技場が見えてきた。通常ならば小走りでも十五分はかかろうかという距離は、あっという間に消費されていた。
だが、ダイヤの姿が途中から見失っていたサファイアは周囲に目を配らせる。
(ダイヤのやつ、どこ行きやが……った!?)
周囲を見渡していたサファイアの視界に飛び込んできたのは、軽々と、そびえ立つ闘技場の壁を駆けあがっているダイヤの姿だった。
(いやいや、これは無いって。この壁、軽く十メートルはあるぞ?)
己の目を疑いつつも、駆け終えて闘技場の中へ姿を消したダイヤを見送る。
(この闘技場で一体、何が…… )。
その時、一つの悪寒がサファイアの中をよぎった。その感覚はいつでもサファイアの恐怖心を駆り立てる。ブラックの気配。己の国を侵略した者の気配だ。
一体、この中で何が起こっている?