(2) 沈黙の滞在②
今日はスミス誕生について語ろうと思う。
現在に至る大型培養装置がどの国が完成させたのか。
完成させた研究所は米国ということにはなっているが、そこに現在の世界の英知といわれる科学者が結集していたのだ。
強制拉致されてきたものも少なくなかったが、家族の身と生活の保障、毎月の報酬、完成後のボーナス報酬の3点の提案に従うしかなかった。
金銭面での報酬に首を縦に振ったわけではない。
世界の英知といわれるだけあり、名のある研究者が多く、生活に困るようなものは少なかった。
しかし、家族を盾に取られては他の選択肢を選べなかったというほうが正しい。
表向きは世界中の科学者の祭典ということになっており、その映像には祭典の始まりに拍手を送るもの、お互いの功績を称え握手をするもの、真剣に討論を交えるもの、誰とも交流することもなくテーブルに置かれている食事に夢中になるもの、女性科学者を口説こうとしているもの、さまざまな光景が映し出され、まるで映画の中の華やかな1シーンのようだった。
しかし、その祭典に呼ばれていないものは誰であろうと立ち入り禁止、その祭典が開かれている場所は安全上の理由で秘密、一番の疑問点はこの祭典はこれからの世界を劇的に変えるものを完成させるという課題も出されていたために開催の期間が未定ということになっていた。
この祭典の様子は世界中のニュースのトップに取り上げられたが、読み上げられる文面は招待された科学者の紹介やインタビュー、優雅な夕食会の模様などが映像編集とともに流れただけでこの祭典の疑問点を指摘するような情報は何一つ流れることはなかった。
その後、ネットでこの祭典が限られたものでないと入れないことと、場所が特定できないこと、開催期間が未定であるということが流れることにはなったが、誰一人この祭典が偽物であるということを疑うものはいなかった。
この祭典の閉幕に際して、多くの発明品が発表されたからだ。
人々の生活に関わるであろうものの一部を紹介してみよう
・素材は公表されなかったが電力の送電の損失が1%未満という高効率送電ケーブル
・距離により看板の文字表記が変わるLEDとホログラムと高性能極小ソーラーパネルを組み合わせた視点角度反応調整技術と、アシストする新ナビゲーションシステム
・個人の犯罪データの蓄積と心拍数の変化による使用の可否を判断されるオートセーフティガン
・世界中の言語を自分の母国語に正確に翻訳してくれるイノベーションガイドといわれる翻訳アプリ。
・犯罪に巻き込まれそうになった時にボタンを押すことなく、持ち主の声に反応して、警告音を鳴らし、同時に登録された緊急連絡先と近辺の警察署のシステム位置情報とともに転送されるGPS付薄型高性能防犯ブザー
これらの新技術や新製品の発表は生活の利便さと同時に安全重視を求めている多くの人々の喝采と賞賛を呼ぶことになったが、組織の中では数多くあるアンティーク技術に過ぎず、笑いをこらえきれない者までいたと言う。
そんな祭典の裏側では、遺伝子組み換えも施された細胞を培養によってクローン人間の誕生と成長の両方を可能にさせる装置が作られていようとは。
その計画を指揮するのがこの組織の幹部の1人、バーバラと呼ばれている黒髪の女性だった。
母は日本人、父親は冷凍保存された優秀な科学者との間に出来た試験管ベイビーである。
小型培養装置を40年前に完成させていた組織はクローン人間の複製など簡単に出来るものだと侮っていた。
人毛1本からでも細胞の分裂と成長を繰り返すことのできる培養技術により、あとは人体へと形成させることのみが課題とされていた。
小形培養装置による動物臨床ではほぼ成功しているクローン技術が何故か人間の細胞では成長の動きが見られなかった。
その後も多くの実験やそのデータを元に培養装置の改良、使用する部位の交換などその組織の持てる力すべてを費やしたが成果という成果は見られることはなかった。
そこで今回は外部からの力を借りようとしたのだった。
その中には家族を失い失意のどん底に陥っていた渡部も含まれていた。
世界の英知を揃えたとはいえ、大型装置の完成には目処が立たなかった。
よく考えなくても分かることだが、世界の英知と言われている表舞台の科学者よりも組織の中で働いている者の方が優れているからだ。
自分たちにない発想からヒントを得ることが出来るのではと考えた組織の考えは甘かっただけでなく連れてこられた人間も全くといっていいほど、開発の役には立たなかった。
その中で開発にも一切の手を貸さず、1人塞ぎ込んでいる状態の男がいた。
バーバラはその男に何かを感じていた。
「ミスターワタベ、あなたはそこで何をしている」
「何をしているといわれれば、寝転がっていると答えればいいのかな」
「あなたはこの開発に全く興味を持とうとしていないが、やる気はあるのか」
「やる気もなにも、強制的に連れてこられて、強いられるのは苦手でね」
「あなたの家族がどうなってもいいということで理解していいのですね」
「家族か、どうとでもしてくれ。いくら君の組織がどんなに大きくて力があるとしても天国までは手を出せないだろうからな。むしろ、天国から連れて来てもらえるのか」
その言葉にバーバラは返す言葉を失った。
「それから、何も役に立たない私を始末したいなら、いつでもしてくれ。家族の許に行くことが出来るかもしれないからな」
「それは」
「一つだけ教えてやる。お前たちはあの装置の中に静電気を帯びる素材を加えて、培養液の中で細胞に刺激の変化を与える実験は試して見たか?生きている人の細胞も静電気に反応してるだろう」
「もう一度いって」
「だから細胞を目覚めさせたいなら、何らかの刺激を加えてやればいいのではと言っている。眠っているものを起こす発想がお前たちにはないのか」
「そういうことですか。早速試してみます」
「それと付け加えると、小型装置をそのまま大きくすればいいだけだ。あとはさっき言ったことが足りないだけなのだからな。試しに小型のほうで試してみろ」
「そんな簡単な」
「そんな簡単な発想がここにいるすべての人間には出来なかったんだろう。優秀な研究者ばかりを揃えているにもかかわらず、普段なら当たり前のことを飛ばして考えるから結局は全てが繋がらなくなる。細胞に刺激を加えてその変化を見る実験など、ここにいるものなら、誰でもやってきたことだろう。超進化だの超高性能だと全身全霊がカチカチに固まってしまっているから原点回帰できないんだろうな。こんな施設に閉じ込められたままじゃなあ、誰でもそうなるか」
「言わせておけば。もし成功しなかったときはあなたの処分を考えておきますからね、ミスターワタベ」
「だから何度も言わせるな。いつでも処分してくれとお願いしているだろう」
この1ヵ月後、大型培養装置の完成とファーストと言われる新人類が誕生した。
神の災いといわれる現象もこのファーストから起きていた。
「これで99人目。一体何が足りないのか、私には分からない」
「生まれてすぐに死亡してしまうこの現象を何とか解析しなくてはなりませんね」
「今日はハリケーンがもう少ししたらこの上を通過するらしいから極力電力の消費を抑えろと通達が来ているの。実験はこの培養で最後にしましょう」
バーバラは意識していなかった。
その細胞がエジソンのものであっても、他の誰かのものであっても、実験作業の往復でしかなかった。
そして、いつもどおりに培養スイッチのボタンをオンにして、作業を開始した。
培養体はいつものように分裂と成長を繰り返し、人間の赤ん坊の姿に形成された。
それと同時に研究設備内の電気が落ちてしまった。
ハリケーンが発生されると予定されていた場所よりも研究所の真上に近い場所でハリケーンが発生してしまったのである。
すぐに予備の動力電源に切り替わり、設備内の電気供給も戻った。
バーバラの目の前には弱弱しくも呼吸を赤ちゃんの姿が映っていた。
「もしかしたら成功したの?」
(それともまだ生きているだけ?)
「まだ呼吸していますね」
「誰か簡易型CTスキャンを持ってきて、すぐにこの子の身体を調べなさい」
「持って来ました」
弱弱しくも呼吸は続いている。
「バーナラさん、死ぬことはないと思います。しかし」
「しかし、何、早く言いなさい」
「肺の大きさが。右胸も左胸も通常の人間の1/4にも満たないと思われます」
「でも、死ぬことはないのよね?」
「初めての成功体なので死ぬことがないとは言いきれませんがその他に人体としての異常は見られません」
「それで十分よ」
「しかし」
「この子には生きてもらうわ。生まれてきたからには米国の象徴として活躍してもらわなければね」
「分かりました」
「この子をヒントにさらに完全な人体の成功に結びつければいいのよ」
「そういうことですか、なるほど」
「この子にも成長とともに今の肺に変わり、人工の肺を付けてあげることにしましょう」
「人体の臓器や肺なら、細胞からの製造も可能かもしれませんしね」
「そうね」
こうして誕生した99体目の実験体はスミスと呼ばれ、組織内で成功の発表がされた。
スミスの名付け親はバーバラその人だった。
スミスとはバーバラが組織の力を使い調べた自分の父親の名前だった。