(2) 沈黙の滞在①
WR米国地下研究所
「The beauteous Queen(麗しの女王)だと、まだ誕生して1年足らずの小娘が」
「しかしスミス所長、日本で発明された2核基盤の安定性は世界中で評判です。一時は4核基盤に取って変わられる勢いでしたが4核の不安定さを重視し、最後まで使用変更しなかったのはWRことイザベルのいる日本の研究所だけでしたからね。容姿端麗、頭脳明晰、組織の変更命令にも問題点を指摘し、その後の稼動に問題がなければ、基盤変更に従うことに反対しているわけではないというイザベルの言葉には組織も逆らえませんでしからね。研究と改良のために、まだ何基かは稼動しているみたいですが、その後はほぼ2核への変更が余儀なくされ、イザベルの評判はさらに高まりました」
「私がこの研究所で誕生して、もう5年になる。エジソンの遺伝子から世界初の新人類と祝福と期待されながら今はただの所長でしかない。神の災いのダメージも受けたが私はこうして存在しているのにだ。今では私を誰一人として新人類だと認めるものはいなくなった。4核基盤の不安定さへの指摘は私もしていた」
「所長、まだ気にしておられたとは知りませんでした」
「ミス・ローランド君、私は現時点でも少しながらもまだ進化の過程を辿っている。あの二人には及ばないがな」
「はい、その事は私とここのスタッフが良く存じております。本物の奇跡の存在はスミス所長だとマイケルは毎日言っていますよ。神の災いを受けながら、よく耐えてこられました」
ローランドの言葉にはスミスへの感謝にも似た敬意が込められていた。
「その代償としてこんな身体になってしまったが後悔はしていない。私を越える私の分身の誕生への研究に時間を注げてこれたのだから」
スミスの体には赤く丸いあざのようなものが全身に見られる。
神の災いを受けながらも未だに生存していることへの見返りのようにその痣は徐々に数を増している。
不思議なことのその痣は痛みも痒みも感じることはないが、全身のだるさがこの痣の数に比例して、大きくなっていることにスミスは気付いていた。
「このまま順調に行けば、スミスジュニアの誕生、わが米国、2人目の新人類の誕生になります」
「順調に行ってもらわねば困る。神の災いをも耐え抜いた私のすべて、そして私という新人類の遺伝子を用いて出来上がった進化体の誕生だからな」
「世界初の新人類の進化体の誕生ということになりますね」
「それだけではない。この成功で私の細胞が世界中に広がることになる」
「過去の天才からの脱却、神の災いにも耐えぬき改良を図った遺伝子を受け継ぐものの細胞」
「正確には神の災いの煽りは少し受ける。そして、WR,WQほどの進化体の誕生は期待できない」
「しかし、このスミス型新型培養装置が完成すれば、新人類の大量生産が可能になります。わが米国が世界のナンバー1に返り咲きます。スミス細胞の培養のみを基本としたこの装置は現在世界中で稼動している大型培養装置に比べ、比較的コストも抑えられ、現稼動中の培養装置の2/3という大きさから敷地の限られた地下での研究にも優位な立場に立つと思われます」
「スミスジュニアの誕生とともに、そうなってゆくことを期待している」
「そうなると、わが国の組織も所長を認めざるえないですね」
「私自身がこの国の組織には天国から地獄というものを教えられたからな。成果主義のこの国の組織は我々の研究所よりも軍事開発の強化に勤しんでいる。その方面でなら世界一を誇れるという自負はあるが、その分野でもいつまで世界一でいられるのか不透明になってきたからな」
「WQの存在ですね」
「あれはただの天才ではない。悪魔のような存在だ。DHシステムの開発よりも、イギリス軍部の戦争兵器の開発に力を貸していると軍部が噂をしていた。ステルス型弾道ミサイルの成功などあってはならない兵器を作ってしまった」
「しかしステルス型弾道ミサイルはわが国ではすでに大量保有しているはずですが」
「わが国のミサイルは未完成といってもいい。距離の問題ではないが、それを指摘したことはあるが、知っていてそれ以上口を開こうとしなかった。発射することと同時に誤爆する可能性があるとだけ言っておこう」
「しかし、すでに大量保有しているからにはその問題点が改善されたということではないのですか?」
「その逆だ。発射しなければ、誤爆の恐れもない。性能上、ステルス機能が失われているわけでもない。それが何を意味するか、君なら分かるだろう、ローランド君」
「他国への牽制と、脅迫」
「正解だ。いつどこへでも落とせるというこの兵器の存在は全世界への脅迫になる。しかし、この問題点が表に出れば、米国は軍事においても今の地位を失う」
「そういうことだったんですね」
「しかし、WQが完成させたというステルス型弾道ミサイルは本物だ。実際に実験用に使われる小島一つを跡形もなく破壊できた爆発によるエネルギーも恐ろしい威力だ。世界中で中継がなされる中で、5000キロ先の標的を破壊するだけでなく、どの国のレーダーにも無反応のまま、そのミサイルに取り付けられたSGPS付き高性能カメラがなければ、その移動位置も存在の証明も出来なかった。」
「その後、米国のステルス型弾道ミサイルにも同じ実験の申し入れがあったそうですね」
「しかし、わが国はその申し入れを拒否した」
「拒否はしましたが、ステルス型弾道ミサイルの大量保有を示す映像は公開するという事態なりましたね」
「拒否はしたがあの映像を公開することによって、世界中への威厳は保つことには成功したと言っていいだろう」
「しかし、あの時は、軍部への粛清はひどかったですね」
「軍事部門のトップ3があのミサイルの問題点を公表しようとしていたからな。もしあの兵器を使用するようなことになれば、それを搭載している軍艦ごと大きな墓場になる可能性が極めて高い。軍事部門は米軍OBのエリート集団で構成されているため、あの行動は起きるべきして起きたことだ」
「まさか大統領専用旅客機ごと爆破するとは私は思いませんでした」
「この組織のことについて、大統領に公の会見の場で公表させようとしたのだ。許されるはずがない。大統領自身がその案に本当に乗ったのかどうかは定かではないが、彼らの搭乗を許してしまったのだから、そう取られてもしかたない」
「あの事件以来、軍事部門のトップも組織から直接送り込まれるようになりましたね」
「裏切り一つでこの組織の存在が暴かれるだけならまだましだが」
「何も変化がないとおっしゃられたいのですか」
「その通りだ。例え会見が成功に終わったとしても、大統領の言葉ごと抹消されるようなものだ」
「あの事件があり、研究所の存続も許されたところはありますね」
「確かにな。組織の中にも新人類としての私を大切に思ってくれている幹部も少なからずは存在している」
「そうでしたね」
「この研究の成功により、その軍事部門と大量の新人類を抱える研究所がタッグを組んだら、この国の組織と権威はどうなる」
「この国の世界での立場は揺ぎ無いものになります」
「その通り。この国はこの先も永遠に世界一の大国でなければならない」
「それどころか。WRとWQの単体という存在の価値も薄れますね」
「その為には一つだけ私とお前で隠し通さなければならないことがある」
「神の災いの小さな煽りのことですね」
「そうだ」
「しかし、それほど、気にするようなことでもないのでは。遺伝子の改良でほぼ存在しないか、変化しないはずですが」
「ローランド君、君は本当は気付いているのだろう?進化の過程を辿りながらもこの細胞がナノ単位ではあるが私の体が少しずつ壊死していることの現実を」
「しかし、進化のスピードに比べれば、気にするに値ではないですよね。それと同時に人間らしい寿命のような現象だと思っています」
「人間の寿命のようなものか。確かにその表現も正しいかもしれない。WR,WQでさえ、成長とともに培養装置の中に入るのをやめ、成長の抑止をしている。神の災いを受けても生きている私がそれ以上に寿命が短いのも納得がいく」
「新人類の進化の速さも神の呪いそのものかもしれませんし」
「その呪いも神の災いも受けながら、私は5年分の時間を培養装置の中で過ごしてきた」
「私も見守ってきました」
「それでも、それなのにだ。私はあの2人には遠く及ばない。自分というものが誕生した証を残すためにもスミスジュニアの誕生だけは成功させなければならない」
「私を含め、全スタッフがスミスジュニアの誕生を待ち望んでいます」
「よろしく頼む、ローランド君」




