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メビウスクエスト・エクストラ  作者: 如月 和
ファンタジーに銃はあり、なし?
3/14

3.はじまり

 両親が仕事に出掛け、しんと静まった家の中でのんびりと起床する。どことなく罪悪感を抱えてしまうが、それもすぐに晴れるだろう。何故なら、これから新たな社会人生活が始まるのだから。


 とはいえ、職場はゲームの中なのだから、バーチャル生活と言ったほうがいいかもしれないけれど。


 その生活は、果たして現実なのか。……なんて意味深な導入は必要なく。ウォーミングアップのようにウーフを散歩に連れ出して、のんびりとした時間を過ごす。


 後に起こる悲劇も知らずに……。などという、モノローグとも一切無縁に。


 雪斗からは十時頃にゲームにログインするように伝えられていたため、朝のテレビ番組も久しぶりに通して鑑賞することができた。


「エアコンは万全。諸々も良し。さぁて、ウーフ。私はこれから仕事なんだから、邪魔しないでね」


 暖かな部屋を求めてやってきていたウーフは、その言葉を理解しているかは分からない。部屋の中央に陣取って腹を向けていることから、逆らうつもりはなさそうだけど。これを見せたときには、ご飯やトイレ以外では動かない。念のためお気に入りのぬいぐるみを傍においておいたが、果たして次に見たとき、それがどうなっているか。


 見つめ合う犬と猫のぬいぐるみに満足すると、顕になったその腹を撫でる。次に撫でるのは、昼になるだろう。ベッドに横になると、端末を装着した。目線で項目を選び、ゲームを起動する。


 心地よい音楽が、耳を突き抜けて脳へと響き渡るような錯覚を覚える。暖かな日差しのなかで眠気を催したように、ストンとまぶたが落ちる。気が付くと其処は壁に囲まれ、一方がカーテンになった場所に立っていた。背後には鏡もある。畳敷きにして四畳ほどだろうか。軽く体を動かしてみると、驚くほどのリアリティを感じた。


「これがフルダイブってやつか。で、この鏡でゲームの初期設定ね」


 鏡に触れてみるといくつかの項目が現れた。名前の入力欄には『モカ』と入れる。子供の頃から慣れ親しんだ渾名だ。


「確か、人相はあまり変えないように、って言っていたような?」


 ここで行われるのは、主にアバターの設定と、ゲーム内におけるステータスに関する設定になる。ゲーム内がオフィスの役割も兼ねるため、整形のごとく顔を変えたり、体格を変えたりは出来ない。精々、髪の色を変えたり目の色を変えたり、と言ったところだろう。


 項目に触れ、髪の色と目の色を変更した。髪は青味がかった白に近いグレー。目は左右で色を変えてオッドアイに。右は濃い赤。左は青。思い切って冒険をした。


 目に何かを入れるのが怖くてカラーコンタクトには触れてこなかったが、鏡の中の印象が変わった自分を見ると、挑戦してもいいかなぁ、という気分にもなる。気分にはなる。やる気はないけれど。


「へぇ、結構変わる。こりゃ、髪を染めるのも楽しくなるだろうなぁ」


 そう言えば、仕事が忙しくて、高校時代ほど髪をいじったりという経験はなかった。髪も高い位置でまとめやすくなるような長さを維持していて、パーマを当てたりなどはすることもなかった。


 髪を腰ほどまでに伸ばして、肩のあたりでふんわりと纏めてみる。揺れる毛先が自分の感情を表しているかのようだ。ウーフに見せたら、お揃いだと喜んでくれるだろうか。色もブランドの方が良かったか? でも、そこまで明るいのは、流石に自分の柄ではないと思う。


「肩ぐらいの長さも良かったけど、長くても面白いな」


 手入れの必要がないというのも、伸ばした最大の要因だろう。こうして髪が決まると服装も弄りたくなってくるが、ここでは出来ないらしい。麻で出来たような、地味な色のシャツとズボン。まさに、初期装備といったような装いだ。


 次はステータスの設定に移る。ゲーム内での能力を表す数値と、使用する武器に関する設定となり、選んだ武器に合わせたステータスを組み立てるのが基本だと事前に教わった。


 武器は剣、槍、斧、弓、杖、本の六種類。剣には短剣、刀なども含まれており、斧にはハンマー、槍には大鎌なども含まれる。杖は魔法と共に物理攻撃にも使用でき、本は魔法しか使用できないが威力は高い。この中でメインとサブ、二つの武器を選ぶことになる。


 雪斗からは、後々変更することが出来るから好きなように決めればいい、と教えられていたため、オーソドックスに剣と杖を選んだ。


 事前に確認したこのゲームのプロモーション映像で、仕込み刀が使用されて気になっていたのだ。それが、確か杖の中に刀を仕込んだものだったから、気になって雪斗に聞けば、メインとサブは組み合わせて一つの武器にすることも可能とのこと。


 剣と槍で薙刀、というのも気になったけれど、魔法というものも捨てがたいが故の結論だ。


 次に、それに合わせたステータスを組み立てる。ステータスは、パワー、マジック、ガード、スピード、ラックの五つがあり、それぞれ別の効果を発揮する。


 パワーは攻撃力。


 マジックは魔法攻撃力と、魔法を使うために必要なゲージの最大値上昇。


 ガードは防御力と、戦闘不能になるまでの数値を表すゲージ――体力などと表現されるものの最大値上昇。


 スピードは移動や回避、攻撃など、動作に関するものの速度の上昇。


 ラックは毒や麻痺など、プレイヤーのデメリットとなる異常のかかりにくさの上昇と、モンスターや採取スポット、宝箱から得られる報酬の質の上昇。


 これらも後から変更することが出来るらしいため、インスピレーションに従って振り分けていく。与えられたの二十五ポイントであり、バランスよく振り分ければ各五つずつ上げることができるのだろう。


 ところがどっこい。私はラックに全てを振った。毒という単語に敏感に反応してしまった。もしかしたら、毒キノコを食べても平気な可能性があるのでは? という、微かな希望を胸に宿して。


 絶対に食べたら駄目なものだということは分かっているのだけど、毒キノコが美味しいという、まことしやかに囁かれている噂が気になって仕方がないのだ。フグの卵巣のように毒を抜く方法があればいいのだけれど、と願っている所に、このチャンス。私は、その欲求に従って動く。


 そう、これはバーチャルなのだから!


 これでいいですか、との問い掛けに、肯定する項目に触れて意思表示をする。すると、背後でカーテンが開いたのが見えた。


「カーテンをくぐると、そこは一体どこなのか」


 食欲に突き動かされ、笑顔を浮かべながら白い光に包まれたカーテンの向こうに踏み出していく。ブーツのクッションはわりかし効いていて、歩き心地は悪くない。すぐに視界が晴れる。現れた景色は、声を漏らすのには充分すぎるほどに豊かであった。


「へぇ、凄いじゃん」


 背後には巨大に聳える立派な神殿。私はそこから出てきたようだ。石造りのそれはドキュメンタリーで見るような、古代の香りを発しているようだった。周りには円形の道路。それを囲むように家が建ち並ぶ。


 神殿から正面に向けて伸びる大きな道路の片隅に、事前の打ち合わせ通りに見知った顔を見つけた。


「お待たせ」

「お、おう。なんか、雰囲気違うなー」

「どこが変わったか分かる?」

「髪の色。目の色。……髪も伸びてるよな?」

「切ったわけじゃないんだから、そこは自信もてよ」


 笑いながら、雪斗の格好に視線を向ける。無骨な鎧が格好良く、兵というよりも将といった感想を持つ。マントでも付いていれば、もっと様になっただろう。


「良い鎧だろ。お前も、お洒落でもしたくなったんじゃないか?」

「まぁ、こんな格好じゃなければ、なんだっていいけどね。どこかで買えばいいの?」

「クエストをクリアすればお金――ゴールドを貰うことが出来るんだが、それよりも教えたいことが山程ある。あと、紹介したい奴もな」


 頭に疑問符を浮かべながら、歩き出す雪斗の後をついて行く。街並みは、どこかヨーロッパの雰囲気を感じられるようだった。どこの地域か、までは知識にはない。けれど、温かみのある白い石で出来たその家からは、確かに異国情緒が感じられた。


 街はけん玉の様な形をしているという。神殿がある場所が円形となっており、その下に長方形の土地が十字に重なったように広がっている。外に繋がる門は、十字の先を進んだ三方向にある。


「どっから出ても、周りは草原。ここは草原の街だからな。視界の隅に、なんかマークがあるだろ?」

「紙の束みたいなやつ?」

「そう。それをある程度見つめていると、メニュー画面が開く」


 目の前に、タブレット端末の画面のようなものが現れた。それは私にしか見えていないようだった。


「装備とかステータスとか、色々と項目があるだろ? その中のマップの項目に視線を向けるか、押してみな」

「あ、地図が出た。へぇ、本当にけん玉みたいな形だ」

「それが現在地の地図な。右下の方に切り替える項目があって、そこを見つめるか押すと世界地図に切り替わる」

「おー。……なんか、マーキングしている犬みたい」

「うわ、その表現は初めて聞いたわ。でも……、そうだな。改めて見るとそんな感じがしてきた」


 電信柱に向けて、マーキングを施す犬を背後から映したようなものだ。左後ろ足は地面につけて、右後ろ足を上げている。前足がちょこんと見える。尻尾はピンと左上に伸びていて、体越しにこちらを覗くような湖の目がある。


 お尻のあたりに大きな湖があるのも、なんだかポイントが高い。


 ウーフには似てないな。どんな犬の後ろ姿だろうか。そんな話をしている内に、神殿から伸びる道を真っ直ぐに進み、外とを隔てる門まで辿り着いた。ヨーロッパ繋がりで思い浮かべる凱旋門のようなものではなく、街を囲む壁が途切れているだけのように見える。両側に備えた柱の上には、シンボルなのだろうか。ドラゴンの彫刻が載っている。


 その壁の前に、どこか見覚えのある顔が見えた。


「……え、あれって?」

「そう。助っ人」


 視線が合うと笑顔が返る。手を振りながら、こちらに駆け寄ってくる。


「……誰だっけ?」

「うおーい!? あんなに仲良かったのに!」


 昔を思い出すような軽いノリに、思わず顔が綻んでいく。親友の顔なんだ。忘れるはずがない。


「あははっ、冗談だって。久し振りだね、雫月(しずく)。会うのは高校以来?」

「だねー。アタシも進学して地元を出たし、そのまま住み着いちゃったし。今は仕事も軌道に乗って、ようやく帰られるかなぁ、って具合。あ、このゲームではティアね」

「あ、そっか。私はモカ」

「俺はユキな」


 ゲーム内でのマナーを思い出しつつ、懐かしい顔と抱擁を交わす。体のラインに沿った特注のような鎧の感触は邪魔に思うが、こうして触れ合える友人はおそらく、幼い頃から彼女だけだったように思う。私がスキンシップを許しているのは、今はウーフくらいだろう。


 なんというか、落ち着かないのだ。自分以外の体温を感じることに。それを受け入れられる存在は、きっと稀なのだろう。両親ともスキンシップをするのだが、それに関してはまた少し違った感情、恥ずかしさがあるため、ここでは除外する。だからスキンシップをするのはウーフくらい、なのだ。


 こういった再会があるのなら、もっと早くゲームを始めていればよかった。そう呟くと、これからだよ。と返される。


「イラストの仕事を始めたんだっけ? ユキから聞いた」

「同じ東京組だからね。こいつとは偶に会うんだわ。でもモカがこのゲームを始めてくれたおかげで、こうして会えるんだから、こいつとの遭遇も捨てたもんじゃなかったなぁ、って思うよ。アタシも、こいつの紹介でゲームを始めたから」

「あ、じゃあティアも仲間なの?」

「いや、そっちは違う。私も副業している余裕はないからねぇ」


 私も今まで通りに店の手伝いを続けていたら、同じ感想を持っただろう。つくづく巡り合わせがよろしかった。


「まぁ、今日一日はオフにしたから、みっちり付き合ってあげましょうか!」

「ティアにはこの日のために準備をしてもらったからな。それを披露するまでに、順番に色々と教えていこう。先ずは、戦闘!」

「運動神経があんまりだったモカは、どれくらいできるのかねぇ?」

「舐めないでよ。これでも、仕事に犬の散歩にで、鍛えてきたんだから」

「へぇ、犬を飼い始めてたんだ。……この先に出るモンスター、狼だけど、ちゃんと倒せる?」


 狼。狼かぁ。


 ウーフの名前の由来は、狼のように格好良く育ってほしいという父の願いと、羊のようにモコモコに育ってほしいという母の願いを、私が取り持って名付けたものだ。だから、狼にもちょっぴり思い入れがある。


「襲いかかるなら、倒すのみ」


 まぁ、それとこれとは別だよね。


「それより、私のみすぼらしい格好を見て二人は何にも思わないの?」

「まぁ、むちゃくちゃ似合わないなぁ、とは思う」

「モカの顔立ちだと鎧も似合いそうだよねぇ。女騎士! って感じがめっちゃする。くっ、殺せ! って言ってみて?」

「意味わかんない。てか、言ってもらいたかったら鎧を買って」

「斬新な強請り方!?」

「こ、こういうのはな、自分で揃えるから楽しいんだよ。ほら、いきなり小説の下巻を貰ったって、つまらないだろ?」

「あー、確かに、それは楽しくないわ。……なにか、サプライズでも仕掛けてる?」

「……お前、結構勘が鋭いよな」


 名探偵と呼んでくれ、とおどけながら、私達は街を出た。この格好では気持ちもなんだか引き締まらないが、戦闘は避けることが出来ないだろう。静かに気合を入れるように、私はそっと、背筋を伸ばした。 

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