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15.新たなクエスト

 二月三日。節分の日。メビウスクエストはハーフアニバーサリーを迎えた。街の外では赤鬼と青鬼を銃から放たれた豆で撃退するイベントが開催されており、実装されたばかりの新たな武器、銃の感触を楽しむ人々の笑顔で溢れていた。


 そんな中、私は馴染みの酒場の隅にあるテーブルで、一人レモンスカッシュを飲んでいた。


 予定の時間よりも早く到着してしまったため、小説を読んで時間を潰している。レモンスカッシュの氷もだいぶ溶けてしまって、炭酸もだいぶ抜けている。


 人と待ち合わせているのだけど、なかなか来ない待ち人に文句を言うつもりはない。勝手に早くに到着したのは私なのだし、こうして一人の時間を楽しもうと思ってのことだ。レモンスカッシュではなく、レモネードを頼めばよかったと、若干の後悔はあるけれど。


 そして、どれくらい経ったか。周りに人はいないため、普段の酒場では考えられないほど集中出来たのだろう。待ち人がテーブルに着くまで、その存在には気が付かなかった。


「お待たせ」

「ん? あぁ、来たんだ」


 正面に座ったのは、幼馴染のユキ。つま先を蹴る馴れ馴れしい動作から、座ったのは彼だということは分かっていた。その両脇には、初対面の二人が座っている。


 片方は女性。床についてしまいそうなほどに伸びたツインテールは、トリプルアクセルでもしてしまったら、身体に絡みついてしまいそうだ。愛嬌のある顔をしているから、フィギュアスケートをするならメイクで凛々しくしたほうがいいのかもしれないけれど。


 もう片方は男性。スポーツマンのような爽やかさがある短髪で、顔立ちはどこか人懐っこそうに見える。その顔に騙されそうだが、ガタイは結構良さそうだ。


「遅くなったけど、顔合わせを始めようか」


 ユキの音頭で、今回の会合が幕を開ける。


 ゲームの進み具合の違いから先延ばしにされていた顔合わせが、今回果たされたのだ。本業に忙しい二人の時間が合ったのが、ハーフアニバーサリーの日。まだまだ正式な名前がないグループであったが、それでも正式に動き出すには良い日取りであった。


 ここからが、私にとっても本当の始まりになるのだろう。そう感じて、本を閉じ、甘さも薄れたそれで喉を潤す。新参者の自分から、名を名乗るべきだ。そう思っての準備であったのだが――。


「貴女が熊屋のモカさんですね! いやー、とても会いたったんですよー。数々の大御所に愛された熊屋のお嬢さん。そんな貴女と親しくなったら、いろんな人とコネが出来放題なんて!? いやーん、素敵すぎる!」

「俺、実家が農業をやってるんすよ。親から農地を引き継いだんすけど、まだまだ使えてない土地が多くて。使っても出荷先が見込めないし、どうっすか? うちと取引なんて」

「え、そういう会合だったの?」


 思わずユキに視線を向けると、彼は咳払いして二人の頭を叩いた。


「こいつらは俺の後輩なんだけど……、自分の要求の前に自己紹介。攻略対象の親愛度が下がるぞ」


 その言い方はどうなんだ、と睨んでみるが、二人にとってはその表現が一番分かりやすかったらしい。好きなゲームの趣味が似ていることが、ここから窺えた。


「そ、そうですね。では私から。いえ、ロンドちゃんから。ロンドちゃんはアイドルもしていて名前もそのままロンドで活動中です。本名は舞なんですけど、まぁ、ここはロンちゃんと親しげに呼んでください」

「音頭ちゃん?」

「誰が盆踊りかっ! ロンドちゃんは正統派のアイドルですー。ちょっとお笑いもやってるけど。……初対面で突っ込みを引き出すなんて、流石は熊屋」


 いや、熊屋は関係ない。


「お笑いって、どんなことをやっているの?」

「お、食いついてくれましたかにゃー。それでは、アピールついでに一ネタいってみましょうか」


 自分で出囃子のようなメロディーを口ずさみだしたロンドを、私のみならず残りの二人も拍手で迎える。


「ロンドちゃんのー、ちょっと呆れちゃった話! これは、寿司屋に行ったときの話なんだけどね。隣に座った酔っ払いが、しきりに壁のメニューを指さして注文するの。「イカくれ!」ってね。

 それを聞いて大将はイカを出すんだけど、酔っ払いは不満そうに首を傾げて食べる。その後で、また「イカくれ!」って注文するの。で、食べては首を傾げる。それで、また同じように注文する。それを四回くらい繰り返したあとかな。酔っ払いは大声でこういったの。「俺は以下をくれって言ったんだ!」って。

 確かに、酔っ払いがメニューを指す指は動いていたんだけど、それは酔っているからだと思っちゃったわけ。それに、以下をくれ、なんて注文もおかしいでしょ? だから横で話を聞いていたロンドちゃんは呆れちゃって、茶碗蒸しを食べたわけ。なんで茶碗蒸しかって? 話題を蒸し返しちゃったからさ!」


 暫し沈黙。


「私は好きだよ」

「慰めの言葉をありがとう」


 このタイミングでは、好きという言葉の魔法は効かなかったらしい。


「じゃあ、次は俺の自己紹介っすね。俺はガイア。本名は大地。取引の話は、心に留めておいてくれるだけでいいから」

「余ってる土地って畑? 頼んだらどんなものでも作るのかしら」

「注文にはなるべく応えますよ。親の代で畳もうか、っていうのを継いだんで、色々とやっていきたいんすよ。農業だけに畑違いの分野に飛び込んだんすけど、結構やりがいがあるんすよね」


 ほぅ、これは自分にとっても将来への投資になるかもしれない。心に留め、忘れないようにしようと決めた。


「では、最後に私。モカ。本名は百花です。知っていると思うからリアルで何をやっているのかは言わないけど、将来的に自分の店を開くのが決まっているから、このゲームの中でも修行はするつもり。コロッケを作ってきたから、あとで食べてね」


 その言葉で締めて、お互いにフレンドに登録をした。


 これで自己紹介も終わり。ここからようやく本題に入るらしい。ユキが柏手を打って、私たちの注目を集めた。


「じゃあ、本題に入ろうか。この度、社長と弟さんの間に新たな対立が発生して、運営に対して新たなエクストラクエストが発注された。内容は、『新規のエクストラクエストを三つクリアしてアイテムを入手し、そのアイテムが示す場所に辿り着け』だ」

「新規っていうのが、やな感じー」


 眉間にしわを寄せるロンドに、私は、そうなの? と問い掛ける。


 発生場所が分かりやすいエクストラクエストは、当然他の人が既に見つけているため、新しく見つけるのはなかなか難しいという。


「だから、新規のエクストラクエストを見つけるなら、新しいエリアを解放するのが手っ取り早い。って感じっすかね。森の街を解放して、森林エリアと川エリアを探索する。みたいな」


 そうなると、後はひたすらボス戦を繰り返すしかないんすよー。とガイアはため息をついた。結局のところ、時間がかかるのにはかわりないのだろう。


「ボスを倒しながら、見落としがないかを探る。って感じになるだろうな。それぞれで担当する街を決めたほうがいいかもしれない。ちょうど、三人いるからな」


 そうユキが方針を決め、それぞれ草原の街を私が。山の街をガイアが。海の街をロンドが担当し、それぞれに属するエリアを探索することとなった。


「ユキはどうするの?」

「俺は、まぁ、見守る?」

「えー、そこは運営のなかの詳しい人に聞いてくれたりしないんすか? というか、少し気になっていたんすよ。前のクエストで出たヒント。あれはクレバスの中を進むってやつだったんすけど、クレバスの中を進めるなんて、多分誰も知らないかったと思うんすけど」

「あ、それロンドちゃんも気になった。さっさとクリアしたいって気があるんなら、進めるって教えてくれてもよかったんじゃない?」


 似たような経験なら私にある。谷間の館の事。なんで彼は教えてくれないのか。


 三人の視線が、矢のように突き刺さる。


「はぁ。社長の意向なんだよ。ゲームを遊ぶ人たちには、なるべくネタバレはしたくないって。それに言っただろ? 社長はどこまでのクエストならクリア出来るかを計りたい思惑もあるって」

「デバッグ、と言うよりテスターみたいなものなんすね。まぁ、ネタバレ喰らいながらじゃぁテストも出来ないか」

「そう言うのを、みんなで楽しくやろうってわけ。ついでに言うと、運営の想定している進み具合との乖離を解消するために動いてもらうこともあるかもしれない」

「それ、ゲームを楽しんでいるって言えるの?」


 ロンドの呆れたような物言いに、ユキは苦虫を噛み潰したようにこういった。


「こだわりが強いんだよ、開発やシナリオ班は。だからややこしくなっちまう」

「でも、深刻になっていないってことは、そっち側も今の状況を楽しんでいるんじゃない?」

「……まぁ」


 私の問い掛けに、照れたように頷いた。そういう楽しげな雰囲気が、プレイヤーにも通じているのだろう。なんというか、このゲームからは妙に気安いような、アットホームな雰囲気が感じられるのだ。


 それは、クエストの斡旋所などで、社員と直に話すことができるからだろうか。


 とりあえず、この場はユキの関与がないことに納得をし、話を進めることにした。


「モカちゃん。もしもどうしようもない時は、海の街近辺でボスを倒して森の街を解放することになると思うから。なるべくレベル上げを頑張ってね」

「あ、もしかして新しい街を開放するために倒すボスって、一つ前に開放された街の周りにあるエリアのボスなの?」

「そうなの。エリア毎にカウントされているから、草原エリアで幾らボスを倒しても、森の街は解放されないの」

「よし、ならその判断を下す期間を決めよう。……二月いっぱい。ここまでにエクストラクエストを自分たちで見つけられないようなら、森の街解放を目指す」


 現在の討伐ペースにより、予定されているタイミングは三月だったらしい。なるべく先行して新規のエリアに入り、エクストラクエストを先取りするなら、ギリギリの判断になるだろう。


「二月は今回のハーフアニバのイベントの他に、バレンタインのイベントもあったはずっすよね? その間は一般プレイヤーもイベントに目が向くから、エクストラクエストは開拓しやすいっすね」

「それを見越してるのかもしれないな。あの弟さん、なかなか抜け目がないから」


 そこまで考えていると言うよりも、どうも、あの人は事前に仕込むものの準備期間のためにクエストを設定しているとしか思えないんだよなぁ。これは、直に会った私の主観だけれど。


 発言をしたユキをじっと見つめると、私が視線を向ける理由に心当たりがあるのか、そっと目を逸らした。まぁ、そういうことにしておこう。


「まぁまぁ、そんな内情を言っている暇があるってことは、話ももう終わりな感じでしょ? それならモカちゃんのコロッケを食べようよ」

「いいね。みんなまだ飲み物を注文していないでしょ? それを待ちながら食べてみてよ」

「いいっすね。ロンちゃん、ついでにコロッケで一ネタやったらどうっすか?」

「なんて無茶振り。でも、これに応えなくては私が廃る!」

「アイドルには必要のないスキルだけどな」

「今のアイドルは多様性が要求されるのです。ユキくんにはそれが分からんのです」

「歌で多様性を分からせてくれよ」

「分からせてんじゃん。ロンドちゃんはお笑いアイドルを謳っているからね!」


 そんなアイドル像を、謳歌しているロンドだった。 

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