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メビウスクエスト・エクストラ  作者: 如月 和
ファンタジーに銃はあり、なし?
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1.プロローグ

 年が明けて、正月の空気はまだ残りつつも、仕事始めの活気が徐々に現れ始めた頃。二月に二十三歳の誕生日を迎える私――百花(ももか)は炬燵で蜜柑を食べていた。


「明日から仕事だっけ?」


 同じく蜜柑を剥いていた父に問い掛ける。我が家が営む総菜店は、こうしてゆっくり正月を楽しむのが習わしなの気が楽でいいのだが、流石に、少々、ゆっくりしすぎな気がしないでもない。


 大晦日、三が日。人で賑わう映像をテレビで散々見ていると、あぁ、家もこの時に店を開けていたら、どんなに儲かっていたことか。と考えずには居られないから。


 でも、忙しいだろうなぁ。でも、儲かるだろうなぁ。自営業って、その塩梅が難しいと思う。


「そのことなんだが、お前は来なくていい」


 は? と怪訝そうな表情を浮かべた私は、思わず蜜柑の皮で攻撃をした。この攻撃に名前を付けるなら、スプラッシュカンキツシャワー。正月ボケのネーミングを食らえ。


「なぜだっ!?」


 そうして新鮮な汁によってダメージを受ける父を見て、多少スカッとした心でもって、心外だという心情を表情に出しておく。


 いきなり来なくていい、なんて言われるほど、私は家業を舐めて手伝っているわけではない。父が営む総菜店は元々は精肉店だったのだが、コロッケなどの総菜が人気を博し、テレビでも取り上げられ、肉の売り上げを上回るようになったため、惣菜をメインに切り替えた程の人気店なのだ。


 しかし、その繁盛ぶりに反して疲労はどんどんと積み重なり、父は体調を崩してしまう。その穴を埋めるために、大学進学を諦めて手伝うようになったのだ。


 当初はそれなりの鬱憤もあった。ミステリー小説に興味を持っていたために、文系の大学へ行くことを夢見ていたし、高校では図書委員に属し、図書室内の蔵書を読み込んで造詣を深めていた。全ては小説家、ないしは編集などの仕事を夢見てだ。なのに、それがあっさりと打ち砕かれたのだから仕方がない。

 

 その鬱憤を晴らすかのように、手伝いに没頭した。好きで始めた仕事ができない父の苦悩は理解していたし、一人でも頑張ろうとする母の姿は見ていられなかったから、どちらにせよやるしかなかった。


 ……というのは、おそらく手伝い始めて一週間くらいのモチベーションだろう。私はその短い期間のなかで、自分は父親に似ているのだろうと実感した。


 自身の作ったものを笑顔で受け取り、店先で食べて笑顔を咲かせる客の姿を見て、なんだか心が暖かくなったのだ。


 ありきたりでつまらない台詞なのだろうけれど、そう表現するしかできなかった。自分は何で、父の姿からそれが想像できなかったのかと、後悔もした。この喜びを早くに知っていたら、最初からこの店を手伝うつもりで進路を決めていただろうに、と。


 親の背中を見ることもせず、その仕事の素晴らしさを知ることもなく。私は高校、それまでの学生生活を、ただ楽しむだけに消費していた。


 それが少し、恥ずかしくなった。一度きりの高校生活は、もう二度と戻ってこない。


 そこからはやる気のジェットコースターだ。仕事の合間を見て調理師免許をとり、いずれはこの店を継ぎ、もっと人の笑顔を見るために、レストランも併設させることを夢見て料理を作ってきた。自分が生み出すものは人を笑顔にできる。そんな魅力を、日々感じながら。


「こんな父親思いの娘に対して、そんなことを言う報復だとなぜわからん」

「人々はお前に、どんな叡智を授けたというのか」

「料理と、生き甲斐」


 母も呆れるユニークな会話に、私と父は笑い合った。


「いや、違うんだ。近頃、店がある商店街は空き店舗が目立っていただろう? そこで、大型スーパー建設の話が持ち上がったんだ」

「じゃあ、立ち退くってこと? 店はどこかで続けるの?」

「ああ。別の場所に建てる。それまでの仮店舗も、居抜きでちょうど良い場所があったから、明日から引っ越し作業を始める。そこで、な。新しく建てる店には、レストランか、居酒屋のようなものも併設させようと思うんだ。それが完成すれば、店をお前に任せようと思う。今までお前には苦労をかけただろう。それまでの間、好きなことをしてもらおうと思ったんだ」

「その気持ちはありがたいけど、仕事は大丈夫なの? また体調を崩されたら堪んないんだけど」

「ははっ、もう大丈夫だ! ウーフの散歩で体力をつけたからな」


 父は傍らに伏せて寛ぐ、大きな犬を撫でた。ブロンドの豊かな体毛に、その大きな手が沈んでいく。自宅で療養する父の癒やしになるようにと飼い始めた、ゴールデンレトリバーのオスである。


 そんな彼は父を一瞥すると、そっと立ち上がって私の方へ近付いて伏せた。店にいる時間が一番長く、家に居ることが少ない私に一番懐いていたのは、なんとも皮肉なことか。


「……それに、仮店舗は少し狭くてな、俺とあいつと、二人で満員なんだ」

「泣くなよ」

「泣いてない」

「ウーフ、お父さんとこ行ってやんな」

「やめろ。それはダメージが大きすぎる」


 そもそも、この子は動く気はなさそうなのだけど。


「そっか。どのくらいで建つの?」

「未定」

「……はぁ?」

「お前が気が済むまで、だ。満足したら戻ってきてくれればいい。勿論、別の仕事をしてくれても構わない。奪ってしまったお前の時間を、取り戻してもらいたいんだ」

「かっこつけんな。本音を言え」

「お前も大人になったんだから、子育てもこれで終了。そろそろ俺たちもイチャイチャしたいんだ。お前も空気を読んでくれ」


 ウーフの重たい体を抱き上げるようにして、前脚を自分の肩に乗せた。


「こんなふうに抱き合いたいんだ」

「悔しくなんかないんだからな!」


 トイレ! と叫んで居間を出でていく父を笑いながら見送ると、礼を言ってウーフの体をもとに戻した。


 とりあえず、明日の朝は彼の散歩に行こうか。そうぼんやりと考えながら口に入れた蜜柑の味は、とても甘くて美味しかった。



 そして翌日。一日かけてどうしようかと悩んだ末、スマートフォンで電話を掛けることにした。


「――と、言うわけなのよ」

「ふーん、まぁ、気持ちは受け取っておけばいいと思うぞ。いい機会だし、レストランなんかで修行してみるのも良いかもな」


 電話の相手は、幼稚園からの付き合いでもある雪斗(ゆきと)という男だ。彼は大学進学を期に地元を離れ、東京のゲーム会社に就職していたのだけど、電話相手に選んだのは、前に電話をした際、気になる話をしてきたのを思い出したからだ。


「それも良いんだけど、雪斗、前に人手が欲しい、みたいな話をしていたでしょ?」

「ん? あぁ、あれか。え、お前ゲームなんてほとんどしたことなかったよな?」

「うん。精々あんたの家でパーティーゲームをやったくらいじゃない? でも、折角だから何か、別のことに挑戦したいと思ってね。まだ人手が欲しいっていうなら、詳しい話を聞いてみたいなって」

「そっか。いやー、それならめっちゃ都合がいい。フルタイムで働ける奴を探してたんだよ」


 前に聞いた話を思い出すと、彼が欲していた人手というのはゲーム会社特有の、プログラミングやデバッグなどと言った仕事ではない。かなり特殊な事情が絡んでいた。


 その時には聞かなかった詳しい話を聞きながら、私はベッドに横になって足を伸ばす。そして、自分なりに噛み砕いて把握していく。


 雪斗が就職した会社、『ファンツインズ』は、フルダイブ系と呼ばれる、意識をゲーム内に送り込んで操作をするVRオンラインゲームを運営、開発をしている。『メビウスクエスト』というタイトルで、数々のクエストと呼ばれる、設定されたお題をクリアしていくタイプのMMORPGだ。


 現実と見間違う程の景色。自分の意志で動かせる操作感。プレイヤーの意志で拡張していける余白。などなど様々な楽しみもあって、サービス開始から一年も立たずに人気タイトルの仲間入り。アニバーサリーの際にはSNSで大きな盛り上がりを見せていたほどだ。


 特徴的なのは会社社長と開発部門のトップが双子という所にあり、息の合った開発と運営により、ユーザーに寄り添ったアップデートが人を根付かせる秘訣――だとは、何かの雑誌で読んだことがある。


 しかし、それこそが人手を求める事情であった。


「つまり、新しい武器として銃を実装したい社長と、ファンタジーの世界観を大事にしたい弟との対立、ね」

「そう。弟さんは結構こだわりが強くてな。開発当初は兄の方が折れていたんだが、要望が多くなって、そうは問屋は卸さない、ってな」


 中世のヨーロッパをイメージしたその世界観の中で、火器は不釣り合いだという認識を、弟は持っていた。そんなものを使わなくても、魔法があるではないか。そう思って譲らなかったそうだ。


 そんな彼を根強く説得し、社長はある条件を引き出すことに成功した。それが、ゲーム内で自身が設定したクエストをクリアしたら、銃の実装を受け入れる。というもの。


「それで、運営も真剣にゲームプレイをしなくてはならなくなったんだよ。しかし、なかなか時間が取られるクエストでな。仕事の片手間じゃあ時間がかかる。ハーフアニバーサリーも近付いているから、社長的には大々的に発表したい。そもそも、この条件は今回限りのものなのか? そんないろいろな事情が重なって、クエストを攻略するための部署のようなものを作ろう、となったんだ」


 そんな馬鹿な、と素直に思ったけれど、その様な問題をイベントごとのように捉える空気というものが、ファンツインズにはあったのだろう。楽しげに話す雪斗の反応からも、それが窺える。


 ユーザーもその空気を感じ取っているからこそ、そのゲームに居心地の良さを感じているのだろうか。業績としても今後上がっていく予想が立てられているというのは、たまにかかってくる彼からの電話でも聞いている。クエスト攻略というのは、ふざけているように見えてとても重要なことなのかもしれない。


「社長としてもさ、どこまでのクエストならクリア出来るのかを計る要素になると思ってる。けど、ゲームをやるだけの仕事なんて怪しいだろ? 意外と食いつかないんだよなー」

「あれから、誰も雇ってないの?」

「副業でやってくれる人はいる。けど、フルタイムではいれないからなかなか進捗がなぁ。たとえ初心者でも、お前が入ってくれると嬉しい。紹介すれば特別ボーナスもあるし」

「飛んで火に入る夏の虫、かよ」


 笑いながら、開いたドアに目を向ける。器用にドアを開けて、ウーフが中にはいってきた。


「ごめん、晩御飯だわ」

「そっか。じゃあ、今度、簡単な面接なんかもあるだろうから、迎えに行くわ。お前、東京の交通事情とか慣れてないだろ」

「あー、それは助かるわ。ついでに神田? の古本屋とか、連れてってよ」

「あいよ。神保町なら喫茶店なんかも有名だし、観光にもいいかもな。しがない魔法使いが、カボチャの馬車を用意させていただきますとも、姫様」

「うむ。苦しゅうない」


 ひとしきり笑って、電話を切った。


「さぁ、ウーフ。これから、散歩は私の仕事になるからね」


 元気な返事を、父にも聞いてもらいたいくらいだ。

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