アルセーヌの修行
ゼンタ、レイ、アルはABCエリアに初めて足を踏み入れていた。Cエリアの最西端。数歩東に進めばDエリアに入るとはいえ、紛れもなく人類が好んでは侵入しない危険なエリアの大地を踏みしめていた。
それには理由があり、ここでS級冒険者達と修行を積まなければいけないという事らしい。移動はアルの転移で来たので一瞬であったが、動かない街から蝶の間に転移した時もそうだったが、それなりの長距離を転移しても死ぬ事は愚か転移酔いとでも言っておこう体の不調も出なくなっていた。
レイはほんの少しだけ気分は悪そうであったが、未来のダイナマイトジョーからレイの魔封じの腕輪の鍵をアルが貰っていたので、魔力を取り戻した今となってはそれほど転移酔いでダメージを受ける事はないようだ。
ここに来た大きな理由は、ゼンタの特訓に協力してくれる1人のS級冒険者がここから離れられないかららしい。彼は厄災のメロッサと言う賢者で、知恵者なだけではなく魔法の実力は冒険者の中でも群を抜くものらしい。それを聞きレイは敵対心を見せていたので、ゼンタは少しおちょくったりしたものの、その賢者よりもレイの魔法の方が凄いだろうと言う確信にも似た信頼を持っていた。
転移した場所からしばらく東に歩いていくと大きな関所が目に入る。その関所の前に数人の人影があった。
人影がハッキリと見えだす。その総勢は6人。その中には当然全く知らない人間もいたが、よく知るものもいれば、顔見知り程度のものもいた。
「ゼンタ! うわ、凄い剣! いや! それよりも見違えるほど強くなったね!」
そこにはゼンタと長らく旅をしていた、この時代のアルがいた。ゼンタからすれば久しぶりに合う事になるのだが、未来から来たアルとしばらくいたので懐かしさのようなものはあまり感じなかった。
「アル! 大丈夫だったか?」
「うん! ゼンタが魔王に連れて行かれた後、三次試験会場に現れた未来のうちから事情は全部聞いたよ」
子供じみたアルと大人びたアルが2人並ぶ。同じ人間が2人いるのだから少し奇妙ではあったが、同一人物とは言え、それぞれどこか違う個性を持っていたので2人には別人のような感覚を覚えていた。
「もう1人のうちは大丈夫って言ってたけど本当に心配したんだよ! でも良かった! しかもこんなにパワーアップもしちゃってさ!」
ゼンタと再開したアルは随分とはしゃいでいる様子だ。口には出さないが相当嬉しいのだろう。
ゼンタは「ありがとな」とアルの頭を撫でた。撫でられたアルは「えへへー」と嬉しそうに笑う。
そのやりとりを見て、1人の女が口を挟んだ。
「おいおい、ゼンタ。お前随分と女たらしの浮気者になったじゃねえか」
乱暴な物言いと、やきもちのようにも取れる発言からてっきりレイかとも思ったが声が違う事に気付きその方向に顔を向けた。そこにはかつてのゼンタの思い人が立っていたのだ。
「ナ……ナケイア? お前ナケイアなのか?」
「久しぶりだな。しばらく合わねえ内に随分男らしくなったじゃえねえか」
冒険者服の上から白衣を着た赤髪の女はゼンタの幼馴染みであるナケイアだった。こんなところで再開するとは思わず、ゼンタは豆鉄砲を喰らったように驚く。
「な、なんでここに? お前、王国の病院にいるんじゃ」
「ああ、勿論王国病院でも働いている。でも使えるスキル持ちを馬車馬の如く働かせるのが国ってもんだ。2年ほど前から国の命令で冒険者をやってるんだよ」
アルの修行の内容はS級冒険者エンドレス組み手と言うもの。と言う事はここにいる6人は皆S級冒険者で間違いはないだろう。つまり、ナケイアはたった2年でS級冒険者になったと言う事なのだろうか。
「ナケイア……お前S級冒険者なのか?」
「おう! S級医師、喧嘩王ナケイアとはあたいの事よ!」
こうも幼馴染みに先を越されているとは思わなかった。確かに彼女が優秀である事は知っていたが2年でS級まで登りつめている事にゼンタは舌を巻いた。
「ナケイア、こんな短期間でS級になるなんて。昔から凄いやつだと言うのはわかっていたけど」
「まあ回復職である、医師が冒険者としてかなり珍しいと言うのもあるからな。運が良かったんだよ」
神が世界を崩壊させようとする前までは、神の力により、加護を受けた僧侶や神官が回復職として数多く冒険者をしていたらしいが、神が人類に愛想をつかせてからは、神の加護は消え、すべての聖職者は回復職としては廃業した。能力向上付与や状態異常付与などのバフ、デバフの魔法を教会で学べる為、少なからず冒険者をしている者はいるが、回復職としては勿論機能していない。それからは医師や薬師が回復職の要となるがその職につき冒険者を目指す者は少ない。
ゼンタはかつての面影は残しつつも、冒険者として一人前になったナケイアを見て誇らしいような嬉しいような、だがどこか寂しい気持ちが入り混じった心境に陥っていた。
「彼女とは何度かパーティーを組んだ事があるが、瀕死に近い傷も完治させるスキルは医師は勿論、仮に加護がこの世にまだあったとしても不可能。おまけに肉弾での戦闘までできる唯一無二の存在なんだ。当然だろう」
そう言いながらナケイアの後ろから現れたこの女にも覚えがあった。凛々しい顔立ちに長い金髪をポニーテールにした姿。
分別の沼で相対したS級武闘家ケイティ・サンチェスだ。
「久しぶりだね。ベンゼン・レイン……いや、ゼンタ君だったね」
隕石の異名を持つ彼女は大きな鉄甲をつけたままゼンタの肩をポンポンと叩いた。
「事態が事態だ。あの時の事は水に流そう。君は憎き相手ではあるけど、分別の沼から本当に脱獄した事に関しては感心もしていたんだ」
有効的な彼女の態度に若干驚いた。今となっては協力者であり、もう終わった事とは言え、ケイティにドリーの事を話すのはやめておこうとその話題にはあまり触れないよう気をつける事にした。
アルやナケイアは勿論、ケイティすらもゼンタを歓迎するムードであったが、残りの3人からそう言った雰囲気は感じられない。
「ひどいじゃないアルさん。しかも大人になったアルさんの頼みだから仕方なく国王に頼んで休暇をもらったのに。こんなお子様の相手を僕がしなきゃいけないなんて」
まつ毛の長い男がサラサラの髪をかき上げゼンタを見た。馬鹿にされた事より胸元がざっくり開いた彼の服にゼンタは気分を悪くした。
「全くじゃ………こんな小僧に人類の運命を託すというのか?」
杖を持った老人がまつ毛男の発言に同調する。真っ白の髭と髪、冒険者を現役でしている者の容姿とは思えない。
「ザック、メロッサ……協力するって承諾したんだから、今更文句言うのは男らしくないよ」
「僕が男らしくない? お茶の約束をしてくれたから来たのに、アルさんだってその約束もまだ守ってくれていないじゃないか」
「ここまで来てくれるならという条件を素直に聞いてくれたからの。じゃが、この小僧の姿を見て本当に世界の名案を任せてもいいものかと思っての」
2人はスタスタとこちらに近づいてくると、メロッサはゼンタの頭からつま先までゆっくりと目線を動かした。
ザックはゼンタなどお構いなしに女性陣に話しかける。
「この子供の訓練はとりあえず置いておいて、アルさん、アルちゃん、ナケイアさん、ケイティさん、あとそこの飛んでいるキュートな精霊さんと僕でお茶でも行こう。そうした方が有意義な時間が過ごせると思うよ」
その2人のゼンタに対する扱いを見て、女性陣が少し苛立ち始める。
すると大人の方のアルが少し笑い始めた。
「何を笑っているんだい?」
「ああ、ごめんごめん。いやね。少しおかしくって」
「何がおかしいって言うんじゃ? わしらが何か冗談でも言ったように聞こえたか?」
なんの前触れもなく突然笑い出した大人のアルにザックとメロッサは不思議そうに質問する。
「うん。ずっとおかしな事言ってるよ」
ザックとメロッサは顔を見合わせる。2人だけでなく、ケイティとナケイアもその冗談には気づいていない様子だった。
「だって、ここにいるS級冒険者の誰よりも今のゼンタの方が強いもん」
アルは笑みをこぼしながらそう言うと、2人の男は明らかに腹を立てた表情を見せた。
顔を赤くした2人が苦言を呈するより早く、後ろでずっと黙っていた男がこちらに歩いて来た。
背中に槍を背負った落ち着いた様子の男はザックとメロッサより前に出て、ゼンタの目の前に立った。
冷たい目をしている。この目はゼンタがここに来てからずっと変わらない。目だけではない。その男の表情は一度たりとも変わってはいなかった。
するとやっと男が口を開いた。
「悪いが信じられない……」
「じゃあ試してみる? 元々それが目的の修行だし。まずはディッパーから戦えばいいよ」
表情1つ変えず、ずっと澄ました顔をしていた男の口角が少しだけあがった。
「剣を取れ……」
ディッパーと呼ばれた男は背負っていた槍を抜き、その先端をゼンタに向けた。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。面白いと思っていただけたら何卒星5評価、ブックマークの方していただけると嬉しいです。よろしくお願い致します。




