魔王との修行は地獄です
大きな衝撃が街全体を何度も揺らす。その度に耳が拒絶するほどの爆音がけたたましく鳴り響く。
「ゼンタ! ほら! これは? どう! どうだい!」
魔王は黒い炎を飛ばしそれがゼンタに命中する度に頬を赤らめた。まるでゼンタを自分に重ね興奮しているようにも見える。
ゼンタはその炎を体で受けては息絶えまた立ち上がる。
「いい加減にしろよ……てめえ……ここに来て何回殺せば気が済むんだよ」
「それが嫌なら反撃すればいいじゃないか。まあ今のゼンタの攻撃じゃダメージを負うどころか当てる事すらできないだろうけど」
「じゃあこれはお前のただのストレス発散って事だな?」
ゼンタはハアハアと息を切らしながら魔王の隙を探す。どこにでも技が当たりそうな程無防備な出立ちとは裏腹に魔王にはまるで死角がない。
「違うよー。僕みたいな格上と死ぬ気で戦う事こそがレベルアップの何よりの近道。僕に言われた通りに生活すれば見違えるほどゼンタは強くなれるよ。でも防御なんてした事もないんだから、そろそろ攻撃の1発でも当ててもらいたいものだけどね」
魔王の言う通り、この男はこれまで戦って来た連中の中では群を抜いて強かった。勝つどころか魔王に何かしらの攻撃を繰り出す事すら想像できない。
レイやダイナマイトジョー、シロやクロと言った自分1人ではまるで歯が立たない奴らを雲の上の存在とするなら魔王は銀河系をも飛び出す程の位置に存在する。そう思ってしまう程の実力をはなはだ感じとっていた。
「とりあえず戦闘は一旦この辺にして食事にしよう」
魔王は手をパンと叩くとにっこりと笑い修行の終わりを告げた。しかしゼンタにとってまだ地獄の時間が終わった合図とは到底いえなかった。何故なら食事すらも憂鬱にならざるを得ない程、ゼンタは毎食悪戦苦闘しているに他ならないからだ。
「さあ、今日はジュラマンメントマッシュルームとイキ蛙を大量に取って来てあげたよ」
「そろそろ牛の肉やまともな野菜を食べたいんだが」
「文字通り死ぬほど弱いくせに何を甘い事を言ってるんだよ。少しでも強くなる為ならどんな事でもするのは当然だろう?」
ここに来てからと言うもの食事の時間以外は実践的戦闘訓練をぶっとうしで行っている。食事の時間以外と言うからには勿論、それを不眠不休でだ。その唯一ある食事の時間も自分の肉体を強化するようなゲテモノを無理矢理胃に流し込んでいる。
間違いなく強くなっているはずではあるが、それをぶつける相手が遥か高みにいる魔王しかいないので、何時も瞬殺で終わりそれを実感する事はできない。
そんな毎日を繰り返しゼンタの心身は崩壊寸前なのである。
「そろそろ自分の成長を感じたいんだが、外に出てモンスターと戦うのはダメか?」
「そんな事をしてなんになるんだい? 時間を無駄にしちゃいけないよ。Nエリアに位置するここを出ても大したモンスターはいやしない。そうだ! 次は肉弾戦のみの訓練を取り入れよう! 魔法よりもどちらかと言えばそっちの方が自信あるんだ」
魔王は子供が新しい遊びを提案するように無邪気に笑う。
「た、頼む! もう勘弁してくれーー!!」
動かない街の静けさも手伝ってゼンタの悲痛な叫びが辺り一面に響き渡った。
◇
摩天楼のように高いビル。その最上階を目指し3人は歩いていた。
「とんでもなく高い塔じゃのう。鬱陶しい事この上ないわ」
「そう? 勇者試験会場に神のつま先って塔があったけどそれほどじゃないよ?」
マントの女と、和装をした精霊は螺旋階段を登っていた。
「それよりも此奴を連れて来て良かったのか? まだヴィンセントとか言う男の方が安全に思うのじゃが」
「仕方ないじゃん。ついて来たいって聞かないんだから。それに次郎とヴィンセントを2人きりにしておく方が危ないよ」
「それもそうじゃが……此奴が何かしないか、妾は気が気でないわ」
2人の後ろをスキップするかのように小気味よくついてくる男がいる。
白と黒のボーダー柄の囚人服を着た男はまるで龍の尻尾のように長く、美しい程に真っ直ぐと伸びた黒髪を地面に引きずりながら階段を登る。
男の位置から何段も下にある後ろ髪の毛先を2人が踏んだ事から、この配列で進んでいるのだが深く被った囚人帽から見える顔からそれを不満に思っている様子は感じられない。
「楽しい戦い。またできる?」
長髪の男は辿々しい言葉遣いで前の2人に話しかけた。
「戦っちゃダメだよ次郎。今回は勧誘に来たんだからね。仲間にするの」
「勧誘? 楽しい事?」
次郎と呼ばれた男は首を傾け自分の知らない言葉の意味を知ろうと質問する。
「そうだよ。君も仲間になってくれたでしょ? だからと言って君の時みたいな戦いはしないからね。戦いはその後、凄く強い奴らが現れるからその時は存分に戦っていいよ」
「凄く強い奴ら。楽しみだ」
次郎は涎を口の端から垂らすとうっとりとした表情で上の方を眺めた。
そうこうしている内に3人はやっと最上階に到着した。
「よし、ヴィンセントや次郎と違って彼女はまだ話の通じる相手だと思ってる。だから2人とも絶対に穏便に話し合いをしようね」
マントの女は2人に念を押すと最上階の扉を開いた。
扉の先の壁は一面ガラス貼りでその中心には大きな机が一台置かれているだけだった。
その机に両肘をつき、椅子に腰掛ける女がこちらをギロリと睨んだ。
「アポイントもなしに社長室に押しかけて来るとは無礼な人達ですね」
病的に白い肌に整った顔立ち、それらにまるで似合わない眼光鋭い彼女の瞳に大精霊はたじろぐ。
スーツ姿の女の袖から出た右の手は漆黒のように黒く染まっており、それに気づくと精霊はまたもう一歩後ろに下がった。
「あなたがチェオだね。頼みがあって来たんだ」
「初めて会う人間の頼まれ事を聞くほど自分は優しい人間ではありませんよ」
「でもあなた自身にも関係がある事だよ。お互いの為に協力しようって事だから話だけでも聞いてくれないかな?」
「申し訳ありませんが、ただいま弊社は多くの幹部を失いそれどころではないのです。お引き取り下さい」
チェオと言われた女が指をパチンと鳴らすと3人が入って来た後ろの扉が勢いよく開いた。
「このままじゃ残りの幹部もいなくなっちゃうと思うけど本当にいいのかな?」
マント姿の女がそういうと、チェアはとんでもない殺気をこちらに向けた。
「返答次第では殺します。それはあなた達が自分の部下を手にかけると言う解釈でいいですか?」
「そんな訳なかろう! お、落ち着くのじゃ!」
そのドス黒い殺意に気押されながらも精霊が声を上げると、その横をとんでもない速度で何かが通り過ぎた。
その瞬間マント姿の女がそれに向かって手を伸ばすが僅かに届かず、椅子に座るチェオ目掛けて龍の爪すらも思わせるこ虎爪が飛んでいく。
「次郎ダメって言ったでしょ!」
マントの女が叫んだ時にはチェオは黒い手で次郎の手首を掴み、自分の顔ギリギリのところでその攻撃を止めていた。2人の手はブルブルと震え続ける。
「でもこの人が戦いたそうだったよ?」
チェオがこちらに向けた殺意を次郎は戦闘開始の合図だと思ったのだろう。不気味な程に満面の笑みをしているが、その目線はチェオの鋭い瞳だけを見つめていた。
「ほう、これはこれは。これほどまでに強い人材がこの世にいたとは驚きました。どうでしょうバットゲットカンパニーで働く気はありませんか? 我が社ホワイト企業を自負しています。福利厚生もしっかりしていますよ?」
次郎とチェオはお互い次なる攻撃を繰り出す動きを見せ、再度拳を突き出した。
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