尾行
スワンプリズンの前に止まっていた荷馬車は、その日の内に、来た道に引き返していった。
馬も御者も護衛の男も、何一つ来た時と変わらない。ただ一つ、中にホゲールがいる事以外は。
3人はその馬車を見失わないように木々の陰からコソコソとついていく。
何があっても見失ってはいけない。かと言って尾行がバレてもいけない。最新の注意をはらい、時にはバラバラに、時に3人固まって、森の木々や草花、岩場の影など様々障害物を使い尾行を続けた。
大きな広野に出た時は、荷馬車から大きく距離を取り、レイの透明化魔法で自分達から荷馬車までの距離に、範囲を絞り後をつけ、広野を抜けた馬車がいり組んだ場所に入れば、その瞬間に、アルのスキルの1つ無戦ランで空いた距離を瞬時に埋める。そういった事を何度も繰り返し、後を追った。
モンスターとも度々遭遇したが、大体は荷馬車の護衛が一撃で倒していた為、ゼンタ達が戦闘を行う事はほとんどなかった。
そんな尾行を丸2日続けていると、初めてその荷馬車はある街で止まった。
戦闘を担当する護衛や、スワンプリズンの地下5階に幽閉されていたホゲールなら2日くらいの移動や徹夜など容易い事だろうが、御者や馬は少し休息が欲しくなったのかもしれない。
街の宿屋を取ると、御者だけが宿に入って行き、護衛は腕を組み荷馬車の扉にもたれかかっていた。
ホゲールも、そのまま荷馬車の中にいるに違いない。
宿屋から少し離れた狭い路地から3人は顔を出し、その様子を観察する。
「ちっ……いつになったら試験会場に到着するのか検討もつかないな」
「そうだね……2日で1回こうやって休憩を取るって事は結構遠いのかも」
「私はちょっと寝るからよ!その前に食事を取らせろ」
宿屋の前を注視しながらゼンタは無言で腕だけをあげる。
その時だった、腕を組んで俯いていた護衛がこちらに顔を向けた。
アルは当然、護衛がこちらを見た時には、すでに路地の中に身を潜め、平然とした顔をしていた。ゼンタもすぐ壁から顔を引っ込めた。だが、ゼンタ自身、護衛の人間と目が合ったような気がして、冷や汗が頬を伝う。
「あちゃー、ゼンタバレちゃったね」
自分の経験や感覚でアルがそう断定すると、アルは左右の壁を蹴り、建物の屋上に消えた。
「どこへ行くんだ!」とゼンタが声を出そうとした時、たった今まで荷馬車に、もたれかかっていた護衛が自分の目の前に立っていた。
「おい、なんのようだ。お前ら」
背筋が凍り、その場で膠着する。思考を巡らせ、この危機をどう切り抜けるか考える。
逃げるか……いや、こいつの実力は未知数。
尾行に気づく感の鋭さ、ここまで瞬く間に来た身のこなし、こいつらって言った口ぶりからレイの事が見えている、勇者試験から派遣された護衛なら相当の手練れの可能性は高い。
護衛の他に囚人達の脱走を制圧するほどの実力は最低持っているはず……逃げたところですぐ取り押さえられる。
戦闘ならレイもいる為、勝てる見込みはある。だが重傷を負わせては試験会場へ向かうのが遅れ、最悪、延期や中止になるかもしれない。
交渉するか……いや、自分に交渉する材料がない。
ゼンタはこの場を切り抜ける策を考えるも、納得のいく答えが見つからなかった。
「お前達はここで捕縛して、スワンプリズンにでも送るとしよう」
護衛が腰にさした剣に手をかけると、レイがゼンタの腕から口を離し、そのまま口を開いた。
「かまわないぜ。私達の目標は達成したからな。ホゲールさんは無事逃げ出せたみたいだ」
レイがボソリとそういうと、護衛の男は光の速さで荷馬車の方に顔を向けた。なんと荷馬車の扉は開いているではないか。
「何!! 何個鍵をかけてると思ってんだ!」
絶叫にも似た口ぶりで護衛が叫ぶと、もはやゼンタ達の事などお構いなしに荷馬車の方に走って戻った。そのスピードたるや目で追うのがやっとと言った速度である。
荷馬車に戻り、慌てた様子で中を見ると、そこには当たり前のようにホゲールが座っていた。
「お前……仲間がいたのか」
「え、いや、いねえよ。扉はひとりでに開いただけだ」
ホゲールは戸惑ったようにそう言った。
「もし俺に逃げる気があるなら今の隙に逃げるだろ。それに今から殺し放題の夢の場所に行くんだぜ? 脱走なんて考えるかよ」
ホゲールのその言葉を聞き護衛は、先ほどの路地に顔を向ける。
「くっ……あいつら……もう1人いやがったのか」
路地の方に顔を向けるも今更戻っても、意味がないと護衛の男は荷馬車の扉を閉めると、1つずつ鍵をかけていった。
その様子を、路地からまた少し離れた建物の屋根に登り3人は眺めていた。
「お前、本当に足引っ張ってばかりだなザコ」
レイはいつものように呆れた様子でゼンタに言う。
「仕方ないよ。尾行なんてした事ないんでしょ? こういう相手の注意力が上がってる環境での監視はうち1人ですればよかったね」
貶され、慰められ、情けない気持ちを胸いっぱいに貯め、ゼンタは大きなため息を吐いた。
「すまん……」
確かに迷惑ばかりをかけている。もう、自分はあまりでしゃばった真似をするのはやめておこうと、この街での監視はアルに一任する事にした。
そして、次の日の早朝。荷馬車は街を後にした。その後も3人はこれまで通り尾行を続ける。
あれ以来、護衛の警戒心は上がってるようだが、引き返したり、護送を中止するような素振りはなかった。
それから20日が過ぎた頃、荷馬車はある渓谷で止まった。
街で宿泊する以外で馬車が止まったのは初めてである。
「到着したのか?」
やっと幼い頃からの夢であった勇者試験に挑める時が来たと、ゼンタは不安と期待で胸を高鳴らせた。




