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砂漠に立ちて

 先の大戦より前。地球には約十三・五億立方キロメートルの水量が存在していた。

 大戦後は激減し、日本は諸国の中でもまだ潤っているほうだった。

 だが、九州には大きな砂漠が出来た。一部の有識者と心ある者により緑地化計画が唱えられ、用水路が作られつつある昨今。異形が大量に出現するというバッドニュースは関係者たちの心に暗い影を落とした。それがまた、異形を生む。異形を呼ぶ。悪循環だ。九州在住の花泊だけでは追いつかず、堪りかねて仁に支援要請が来た。


 深優が一歩、福岡と呼ばれ昔は九州一、賑わっていた土地に足を踏み入れると、さらりとした砂に履いていた長靴の先が埋もれた。砂漠に自生する灌木・ビエラは砂防林として植えられたもので、殺伐とした風景に辛うじて緑の点を成している。廃墟と化したビル群は幽霊の群れのようにそこかしこに散在している。そこにもまた、砂は押し寄せる。

 広大な眺めに見入っていると、前方から進み出る人影があった。


「花泊の方々ですね? お待ちしておりました」


 花泊は皆、刺繍入りの鮮やかな発色をした布地の衣服を纏う。それは味方を鼓舞する戦装束であり、目印でもあった。刺繍は花泊の擁する職人が手縫いで施したものだ。出迎えたのは初老の紳士だった。柿渋色の衣服に、緑の刺繍が温和な雰囲気を醸し出しているが、腰には剣がさりげなく存在を主張して、彼もまた戦闘員であることを物語る。


「私は里穂(りほ)と申します」

「遼だ。で、こっちから深優、京香、美咲、宝。被害が酷いと聴いたが」


 里穂が眉をしかめた。


「はい。花泊を入れて、十五人、判っているだけでも喰われました」

「十五、か」


 遼含め、一同の顔が苦く険しいものとなる。花泊まで喰われるとは、強力な異形が絡んでいることは違いない。下手をすれば、援軍に来た深優たちまでがここを死地とする可能性がある。深優は双剣の柄を強く掴んだ。死への恐怖。それは彼女の中で圧倒的なものであり、絶対に抗うべきものであった。


 まだ死ねない。死にたくない。

 そう強く念じながらここまで生き延びてきた。

 細かな砂混じりの風が深優の髪を揺らす。


「今宵はささやかな酒宴の用意をしてあります。どうぞ、私についてきてください」


 そう言う里穂は背中を見せると、しずやかに歩き出す。足音がないのは、何も砂漠であるせいだけではないだろう。里穂の実力を、深優は密かに見積もった。


 一見、廃墟と見えるビルに深優たちは導かれた。外見では判らないが、中に入ると居住出来る作りになっている。清潔な布で仕切られた部屋、そして鼻孔をくすぐる匂い。

 案内された広間には、数人が深優たちを出迎えた。

 皆、素朴な笑顔で、花泊の者もいれば、そうでない者もいた。そして、笑顔の奥底にある恐怖が、感じられた。

 夕食は鶏肉のカレーライスだった。

 香辛料がふんだんに使われ、鶏肉は柔らかく煮込まれている。

 鶏肉もそうだが、じゃがいもや人参など、どうやって材料を手に入れたのか、豪勢な歓待だ。

 遼も宝も呑んでいない。ここに来た目的を忘れていないからだ。異形はいつ来るか知れない。いざという時にアルコールが戦いの妨げになることを警戒している。里穂の勧めにも応じず、水ばかりを飲んでいる。もっとも、その水もここでは貴重であり、流動する宝物に等しかった。


 


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