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Dungeon & Girl punk  作者: 井蛙阿声
22/25

幽明境 二

 


 ハルバートを振りかぶって紅羽は応戦する。

 重量のある紅羽の武器は、奇走老師の小剣を強かに打ち払う。奇走の武器を手放させるには至らなかったが、剣腕を外側に大きく逸らすほどの勢いがあった。


「はあっ!」


 それは初陣の二連撃の焼き直しだ。紅羽は尻尾を使って踏ん張りを利かせ、独特の姿勢制御によって淀みなくニの払いを放つ。対する奇走は、弾かれた腕を戻すことができず、無防備のまま紅羽の斬撃に晒されることになった。

 この老人を仕留めるにはまだ足りない、とミオは考えた。

 紅羽の圧倒的な有利を見届けた上で、横あいから鉈の一振りを加える。打ち合わせなしの連撃は思いの外上手く噛み合い、奇走の逃げ場所を塞ぐことに成功した。


 しかし、不回避に思えた連携は、呆気なく空を斬る。

 奇走の姿が途絶える。透霞功を疑うがそれとは違う。奇走老師は助走をしないまま煙霄歩を使ったのだ。そうと理解できた途端、そのデタラメさに背筋が凍りつく。

 理外の極技により、二人の視線を振り切った奇走は、武井沙那の元へ向かっていた。アーツによる攻撃を警戒して、真っ先に潰しておこうという腹だろう。


 沙那は鎖を両手に巻き付け、前方に糸を張るように鎖を構える。

 技量の差が歴然としているなら、投擲による攻撃は逆に利用されかねない、と判断し、彼女は防御に専念することにした。その実、その推論は的を射ている。防御に専念すればその太刀を防げるだろう、という甘い考え以外は。


 奇走は煙霄歩によって地面に吸い付くようにスライドしていく。ミオがそうするように、その姿勢は極限まで低い。ただしそれはミオの煙霄歩とは異なるところもあり、直線的な軌道ではなく、稲光りのように予測できないラインを辿っていた。

 三人の目を掻い潜り、奇走は誰にも姿を捉えられることなく武井沙那を手にかけようと剣の鍔を鳴らした。


 衆人監視の暗殺は果たして、一発の銃弾によって止められる。

 銃声はその場にいた全員の耳に響いた。続いて、金属同士が打ち合い、共振するような音が響く。銃弾を剣で弾いた音だ。


 息を飲んで驚愕する暇もない。武井沙那は距離を取ろうと後ろに下がり、その後を追わせるわけにはいかないミオと紅羽の二人は、奇走の背後に飛びかかる。


 紅羽が重量武器を片手に豪腕を振るった。玩具のように振り回されるそれは、その実、巨大な鉄塊である。当たればひとたまりもないそれを、奇走は目視することなく、腰を落とだけで回避した。

 それが回避されることを見越した二撃目が、屈み込んだ奇走を追う。同時にミオも、その一振りに合わせて、頭蓋を狙った蹴りを放つ。


 上邪減法、碧霄牙が崩し、空潜翔。蹴り技にアレンジした上邪減法の技のひとつだ。この技から幾通りもの変化があり、これが決まれば理論上は相手を防戦一方にすることができる。

 対人を前提にした殺人技法。それを教授してくれた相手に、惜しみのない殺意を込めて連続攻撃の始まるトリガーを引く。


「芸がない」


 背後に迫る二人の前衛による二段構えの攻撃に、奇走は失望したような響きで呟いた。

 振り返ることもしないまま、ハルバートの二振り目を棒立ちで迎え入れる。

 その豪快な一撃によって、血飛沫が上がる───かに見えたが、老人の姿はまたもや忽然と消え失せた。

 同じ煙霄歩の使い手であるミオには、二度目は通用しない。にも関わらず、奇走の姿を捉えることができなかった。

 透霞功でもこんな消え方はできない。なら、どうやって───


 銃声が響く。その音に合わせて、小さい金属音が見当もしないところで鳴った。

 音のした方へと視線を移すと、紅羽のハルバートの上に奇走がしがみついていた。あの断頭台のような一撃を回避し、あまつさえ、その斬撃に乗り移っていたらしい。

 さすがに尋常の動きと思えず、引きつった笑みを浮かべてしまう。

 自身の武器にしがみ付く敵に気付いた紅羽は、驚いてそれを手放した。まさか手放すとは思っていなかったのか、奇走は目を見開いてバランスを崩す。しかし、空中で身ごとに姿勢を調整すると、軽やかに着地してみせた。


「厄介な射撃じゃ」


 奇走はまっすぐ銃声の発生源に視線を投げる。セツナの銃撃がこの戦いにおける生命線だった。それを理解しているミオと紅羽は、追わせはしないとすぐに攻撃に移る。


「───待たせたな」


 武井沙那の声を聞き、前衛の二人は動きを中断した。予想される破壊の範囲から逃れるため、急いでその場から離れていく。


「む?」

「カノ──ケノ──シゲル──ソウェイル!」


 奇走の周りを青い炎が渦巻いて取り囲む。そして閃光と耳鳴りのような高音が響くと、炎が吸い込まれるように中心に流れ込み、小さな光点へと収束する。それから間を置かず、光点を中心に、これまでの比にならない規模の爆発が巻き起こった。


 来るとわかっていても生きた心地のしない爆音が響く。遅れて皮膚の表面が熱に焼かれるような熱波が通りすぎた後も、鼓膜は爆音に焼かれて回復しないままだった。


 爆発の中心には大穴ができている。奇走の姿は見当たらない。まともに食らえば、間違いなく跡形も残らない爆発だ。死体が見当たらないこと自体は不自然なことではない。

 まだ終わりではない、とミオの直感が働く。

 まだ薄けぶる煙を目を細めて注視していると、案の定、その中に紛れて走る影を見つけた。


 どうやら、まだ一息もつかせてくれないらしい。

 武井沙那に向かって突き進むその影の間にミオは割って入る。

 闇雲に振った鉈の一振りは、巨大な岩石を切りつけたような感触と共に防がれた。

 煙が晴れたそこには、小剣と鉈で唾競り合いをするミオと奇走の姿がある。


「───」


 奇走が何か口を動かすが、耳鳴りにかき消されて何も聞こえない。


「───」


 しきりに奇走老師は口を動かしている。この後に及んで何事だ、とミオは目の前の老人と視線を交わした。さぞ狂気に駆られた目をしていると思いきや、悪ふざけを思いついた少年のように、それは自分の企みを共有する悪友に向けられた目の輝きをしていた。


「───橋の上じゃ」


 耳鳴りが治り、なんとかその一節を聞き取る。怪訝な顔をすると、それを言葉が伝わった証拠とみたのか、笑みを作り、唐突にミオを蹴り飛ばした。


 軽い蹴りのように見えたそれは思いの外威力があり、あわや断崖から落ちる寸前のところまでミオを突き飛ばした。内臓が口から出るような衝撃に、ミオは体を折り曲げて咳き込む。


「おい! まだか!」武井沙那が何かに焦れたように叫んだ。

「───遅れてごめん」


 呼応するように響いたその声は、すっかり耳に馴染んでしまった男子の声だった。


「でも、遅れて登場するのが主人公ってやつでしょ?」

「主人公っていうか、アレじゃね? 美味しいところを持っていくポジションのやつ」


 遊佐の声に、合いの手を入れるように、また違う男子の声がする。それは今よりも一ヶ月ほど前、ミオとギクシャクした会話を繰り広げていた弥生という男子の声だった。

 ダエグ四年生、トップを独走している当代切っての天才コンビの姿が、そこにはあった。


「楽しそうなことやってんじゃん。俺たちも混ぜろよ」


 ◯


 遊佐と弥生のコンビの戦闘スタイルは、これまで見たことがないようなふざけたものだった。


「じゃあ、これ、挨拶がわりにどうぞ」遊佐が手榴弾のピンを外し、奇走に向かってそれを投げいれる。


 手榴弾はすぐに爆発し、奇走は大きく後退を余儀なくされた。


「おじいちゃーん! しばらくぶりぃ!」


 飾り気のない槍を構えた弥生が親しげに話しかけながら、爆発に合わせて突貫する。


「俺に恥かかせやがって! マジでぶっ殺す!」

「弥生。配信されてるから、汚い言葉は謹んで」

「俺にお恥をかかせてくださいまして、本気でお亡くなりになっていただけませんこと?」

「ふ、なんでオカマ口調になってんの?」


 冗談を交わし合いながら攻撃の手は休まず行われていた。まず弥生が刺突を放ち、それに合わせて遊佐のマシンガンによる掃射が続く。奇走老師は弥生の突きを剣で弾きながら、ばら撒かれる銃撃からも身を捩ってかわしていくが、次次と休み無く攻勢が続くため、反撃に転じられない。


「この! ちょこまかと! おい遊佐ぁ! 外れまくってんぞ!」

「そうだねぇ。弥生の突きもぜんぜん当たらないねぇ」

「いや、煽りあってる、場合か? 拉致が、あかねぇから、やるぞ」

「あ、こんな日のために、カッコいい呪文考えてきたんだった。ちょっと待って。いま思い出すから」

「いやいやいや。はやく、はやくしてくんね? このおじいちゃん、やばい。あ、ちょっと、うお! ごめん! ごめんってば! おい! 謝ってんじゃん! バカ! あ、うそです、うそぉお!」

「準備できたよ」


 ざわり、と風景が歪んだ。

 明らかに空気感が変わり、重苦しい雰囲気に包まれる。ミオは、それが武井沙那が大技を放つときの空気に似ているような気がした。


 初めは小さな波紋だった。

 遊佐を中心に、硬い土の地面が、綺麗な円状の小波に揺れていく。それは規則正しく円状を描き、波打ちながら周囲に波及していく。波打つ広がりが一帯に及ぶと、遊佐はマシンガンを構えながら、もう片方の手でピストルの形を作った。


「ばぁん」


 弥生の突きと銃撃に対応していた奇走の背後から、突如として地面から鋭い棘が生えた。弥生の突きと変わらない速度で突き出されたそれは一つに留まらず、次次と奇走を狙って突き出ていく。


「お? おおっ!?」


 さすがの奇走も面食らった様子で、着地と同時に地面から生えてくる棘を必死に回避していた。弥生も地面の棘に負けじと槍を突き出していくが、それでも尚、奇走老師を貫くことができずにいた。


「……」


 さすがにふざけていられなくなったのか、未だに回避を続けている奇走に遊佐は見開いて驚いた様子を見せる。

 銃撃と、アーツによる攻撃を続けながら、遊佐がミオの方を向いた。


「撤退しよう」


 人数の絶対的有利がありながら、遊佐はそう結論を下した。


「それには同感」


 リストバンドでセツナを呼び出そうと通信する。連絡を入れているが、一向に繋がらない。不審に思い、パーティのバイタルサインを見ると、セツナのバイタルがイエローアラートを発していた。

 強制通信に切り替えてセツナに連絡を飛ばす。


「セツナ!? 大丈夫!?」

『……だ、だいじょばない。だ、だだめだ。ああたし。あ、あああああ!!』


 その声を聞いて、血亢状態の症状が出ていると気づいた。さもありなん。二十層の森まで後退してずっと銃撃を行なっていたのだ。ずっとあの森の空気を吸い続けていたということ。

 ここから先は、セツナの繊細な銃撃は見込めない。それよりも、すぐに血の森から離れなければどのような神経症状が出るかもわからない。


「セツナ? 歩ける? もう銃撃はいい。一足先に、橋の先へ向かって」

『ひ……ひう』

「走らないで。呼吸はゆっくりと。出来るだけ森の中では激しい呼吸はしないこと。方角は、大丈夫?」

『だ、だめ。わかんない。わかんないよぉ。ミオぉ』


 その声を聞いて、ミオは遊佐に振り返った。


「ごめん。セツナを回収しに行かなきゃならない。先に離脱する」

「うん。こっちはこっちでなんとかするから。犀川さんは早く行ってあげて」

「恩にきる」

「それには及ばないよ。これは弥生の雪辱戦だから。こっちはこっちで戦う意味があるんだよ」


 ミオは再び血の森へ駆け出した。




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