最初の夢 一
こんな時なのに、むかし鬼ごっこをしていた時のことを思い出す。
アタシは逃げる側で、暮れ始めた夕闇の校庭を駆け抜けていた。
「はい! たっちした!」
その声に驚いた。そして何が起こったのかを理解して、二度目の衝撃を覚える。背中を触られたのだ。
同級生の誰よりも足が早い自信があった。それは体育の時間で実証されていた事実だったし、先生たちからも将来はダンジョンハッカーになるのではないか、と期待されるくらいだった。幼い頃の全能感も合わさって、アタシは世界で一番才能がある人間なんだと信じていた。
だけど、負けは負け。気を抜いていたのだろう。思いがけず、小さな石に足を取られて躓いてしまうくらい誰にだってある。
アタシをタッチした女の子は、息も絶え絶えに大の字になって転がっていた。要領の悪い子だと思う。だって、よりにもよって、一番捕まえるのが難しいアタシを選んで追いかけたのだ。他にもっと簡単に捕まえられる子がいただろうに。
これでアタシは鬼になってしまった。今度は追いかける側だ。すぐに片はつくだろう。しかし、時間的に考えたらそろそろお開きにしなければならない。このまま負けたまま家に帰るのは少し癪に触った。
だから普段は接しないその子に話しかけたんだと思う。
「あんた、バカね。そんなに息を切らしてさ。アタシ、かわいそうだから負けてあげたのよ」
その頃のアタシは生意気な子供だった。可愛かったし強かったし、そこら辺は大目に見てほしい。
「あ、あははは。嘘だよ、それ。だって、あんな顔してたんだもん」
驚いた時の表情を見られていたのか。面白くない。気にくわないと思ったことが顔に出てしまう。
「もう絶対、捕まえさせてあげないから。あんた、これからずっと鬼よ。決めたんだから」
「そうは、ならないよ。わたしがここで鬼ごっこできるのは、これが最後だから」
子供らしくない言葉だと思った。
「最後ってどういうこと? もう遊ばないってこと?」
「そう。明日、引っ越すんだ。転校になるから、みんなと遊ぶのはこれで最後」
「え、そんなの、聞いてない……」
転校になる子がいたら同級生が一丸となってその子に向けて手紙を書くのが習わしのはずだ。そうやって別れを惜しむのがアタシたちの中では常識だった。
「言ってないから。初めて言っちゃった」
少女はくすくすと笑う。これから転校になって会えなくなるのに、そんな風に笑うなんて酷いやつだと思う。
「なんで言わないの? お別れ会はしなくていいの?」
「いいの。遠いとこだし、もう会えないから」
「じゃあ、なおさら」
「わたしは、ここじゃないどこかで、また新しい友達を作って、その子たちと遊ぶ。みんなとは、これっきり。名残惜しんでたら、新しい友達に愛想つかされちゃうでしょ?」
その理屈に、ひどく感心してしまったことを覚えている。同時に、身近にこんな面白いやつがいたのに友達になれなかったのが惜しいと思った。
「あんた、名前は?」
「あ、じゃあ、これあげる。もう要らないし」
その子がつけていた名札を受け取りながら、本当にこいつは未練も名残惜しさもないんだな、と理解した。それが余計に興味を誘う。
「……ねぇ、今からでもアタシと友達になりなさいよ。アタシ、ダンジョンハッカーになるのよ。有名になって動画配信もするの」
「わたしもそうだよ」
「あなたには無理よ」
口に出してから後悔する。この思ったことを言ってしまう口のせいで、本当に友達になりたいやつとは友達になることができなかった。
「でも、今日、ユイカちゃんに勝ったよ」
「それは、アタシが油断してたから……」
「勝ちは勝ちだからね。それに、ユイカちゃんがダンジョンハッカーになるなら、また会えるよ。信州の学園で、また会える。そこで会えたら、友達になろ」
「ミオちゃん」名札を見て、その子の名前を初めて口にした。
「うん」
「約束だからね」
結局、その約束は半分が果たされ、もう半分は果たされることはなかった。
血のように赤く染まった森の中、アタシたちは散りじりになって逃げ惑う。
走っても走っても獣のような足音が消えてくれない。
「クソッ! こんなの、聞いてないって……!」
話が違う。
アタシたちがやっていたのは、ただの命がけのダンジョンハックだったはずなのに。
追っ手の足音は大きくなり、ついにはその息遣いまで聞こえるようになった。
振り切れないことを悟る。
こうなったら、やるしかない。
そもそも、追いかけられる側に立つなんて性に合わないのだ。あの印象的な敗北をした時から、ちょっとしたトラウマになっていた。
このままタダで殺されてやるつもりなんて毛頭ない。
走りながら二本のダガーを取り出し、音を聞いて敵の居場所を把握しながら、使えそうな太い樹木に目をつけた。欲しかったのは垂直の足台。木に向かって飛び立つ。
y軸とx軸が入れ替わる。それまでの勢いを足の裏で受け止めて、次の跳躍に準備しながら、背後にいた敵の姿を捉えた。
それは奇怪な姿勢だった。
さきほどから獣が走るような物音だと思ったら、その通り、敵は四足で、手を足のように使って、獣のように走っていたのだ。
なんて、醜悪なのだろう。
しかし、これって……。
印象は違えど、どこかで同じようなものを見たことがある。そう、あのいけ好かない同級生の……。
その記憶を手繰り寄せる前に、アタシは跳躍していた。
こちらに向かってきた相手と、正面からぶつかり合うようにその身を投げる。双方向からの全力のぶつかり合い。対面の車と正面衝突するようなものだ。素直にぶつかれば、両者ただでは済まないし、これに面食らって避けるようものなら隙が生まれる。
追う者と追われる者から一転。アドバンテージを取るのはアタシだ。
「おりゃああ!」
やけくそ気味に叫びながら、両手のダガーを振りかぶった。さらに、持てる内力の全てをそこに込め、敵の姿を見定めて──
「……っ!?」
全身全霊をかけて飛び込んだ先にはなにもなかった。
どこにっ……!?
再び敵を捕捉する前に足元から剣が走る。その鋭い軌跡はアタシの右腕をキレイに切断していた。
ダガーを持ったままの右手がどこかへ飛んでいく。手を伸ばそうにもそこに手がない。
続いてなにか、決定的な衝撃を受けたらしい。いきなり停電になったみたいに急に何も見えなくなってしまった。自分がどう殺されたのかもわからない。
死の感触に全てが飲み込まれながら最期に想う。
本当にこれで最期まで片思いに終わったんだな、と。
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最初の夢
「……っ!」
飛び起きると、そこは朝の光が差し込む自分の部屋だった。カラスのダミ声と小鳥の囀りが窓の外から響いている。
いつも通りの部屋の中。なにもかも普段と変わりがないはずなのに心臓だけが早鐘を打っている。
夢のせいだ。
額を押さえながらその内容を思い出そうとするが、すればするほど手のひらから水が零れ落ちるように正体をなくしてしまう。結局残ったのはぼんやりとした印象だけ。
早朝の5時だった。
起きるには早すぎるが目が冴えてしまってもう一度眠れる気がしない。端末を弄ろうにも電池切れで起動しない。充電のコードが繋がっていなかったのだ。舌打ちしながらコードをいまさら取り付けると、わたしはベッドから立ち上がった。
壁に立て掛けてある姿見鏡の中にいた彼女と目があう。パチクリと彼女は瞬いた。
水玉模様の寝間着を着たその女子はまだ眠そうな顔をしている。肩まで揃えられた髪がわりとパンクな感じに跳ねていた。実はこういう髪型も好きだけど、そのまま出歩けるほどの勇気はない。
洗面台に行き、無意識に任せて歯を磨く。あんまりぼんやりしすぎると二回くらい歯磨きを繰り返しかねないので磨いている間にゆっくりと意識を浮上させていく。
それが普段通りの手順だ。
正気に返っていくと同時に今日の予定が頭のなかで広告みたいにポップアップしてきた。うざったいと思いつつ確認する。
平日。午前から授業あり。午後からはダンジョンハックの予定。
わりと忙しい一日だ。
長い歯磨きを終え、顔を洗い、寝癖直しのスプレーやらスキンケアを行う。そんなに弄る必要のない髪質なので他のメンバーに比べればすぐに終わる。
髪を櫛で梳かせば、はい完成。
時刻はまだ5時12分。そういえば何か提出しなければならない書類があった気がしたので教材が詰め込まれたカバンの中を漁るとそれらしい紙が出てきた。健康診断の事前問診票だ。
ペンを指の間で回しながら、一人用の小さな食卓に座る。問診票はほとんどチェックをつけるだけのものだったが個人情報の部分は空欄になっていて記入しなければならなかった。
犀川澪。17歳。Q11年1月7日。
前回の健康診断では160センチ。身長はもう少し欲しいけれどこれ以上は半分諦めている。
書いてあることはだいたいわかっているので、読み飛ばしてチェックだけしていく。無病息災、アレルギーもなし。生まれてこの方、風邪にかかったこともない。
問診票を書き終えてもまだ6時にもならなかった。
ほぼ無意識に手が動いて、テーブルの上にあるノートパソコンを起動させる。立ち上がると、さっそくメールが2通届いていることを知らせてきた。
小慧先輩から1通。業務連絡が1通。小慧先輩のメールを開く。
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小慧先輩やぞ
(`·ω·´)おい
(`·ω·´)生きてるか?
↓新曲
doll4.face
(`·ω·´)生きてたら歌詞考えてね
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小慧先輩というのは、音楽サークルで知り合った一学年上の先輩だ。作曲をしていて、時々こんな風に、歌詞を書けと依頼してくる。
面倒なので、やだ(`·ω·´)やだ、と送っておいた。ただ、新曲は気になるので、ファイルを開いてバックグラウンドで流しておく。
未開封の表示が増えるのは不快なので、もう一方のメールも開いた。
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【重要】社内ネットワーク環境更新のお知らせ
社員各位
おつかれさまです。R-Like総務部です。
この度、社内ネットワーク環境のセキュリティ強化のためにデータ更新を行いました。
日時:9月2日 10時〜11時30分頃
当該時刻に無事終了しました。ご不便をおかけしましたことお詫び申し上げます。
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メールボックスを閉じ、更新された情報を見て回る。知り合いの活動報告を中心に確認した。特に面白い呟きがあったりするわけではないが、毎朝、これを見ておかないと不安になる。
とりあえず、みんな生きているようだった。
チームメイトのセツナが、ついさっきまでゲーム動画を配信していた痕跡があった。昨日の夜から、ほんのついさっきまで配信していたようだ。こんなに夜更かしをして、大丈夫なのだろうか。
今日は朝の9時から講義がある。覚えていたらモーニングコールをしてやろう、と記憶の付箋を貼っておくことにした。
流れている曲に、適当な歌詞をつけて歌いながら、注ぎ口の細い薬缶でお湯を沸かす。今日はコーヒーの気分だ。いつもコーヒーの気分だった。
パソコンの前で体育座りをして、ニュースサイトを開いた。
【きみはもう手に入れたか!? この秋最強のトレンド特集!!】
【桜夕美、新作“皮下に蠢く” 序章を無料公開!】
【ダンジョンストリーム社、規制緩和を発表。今後の動画配信サービスの未来は?】
【“R-Like”から4人目のアイドルハッカー! 春日ユメが本日デビュー! 動画あり】
【8月統計結果】
気になるニュースを片っ端からタブに入れて溜めこんでいく。
読み物として十分溜まってきた頃合いに、ちょうどお湯が湧いた。かけていた火を止めて、冷凍庫に入っていた豆を粉砕機にかけて、コーヒーを淹れる。コツはのんびり注ぐこと。生の食パンをくわえ、両手にコーヒーとジャムを持って、テーブルに戻る。
溜まったニュース記事を消化しながら、朝食。無料公開の小説は、わりとボリュームがあったので後回しにすることにした。
記事に目を通していく。
【ダンジョンストリーム社、規制緩和を発表。今後の動画配信サービスの未来は?】
今月、ダンジョンハックの中継などを行なっているプラットフォーム、ダンジョンストリームが、規制緩和の方針を発表した。
一部の投稿動画を対象としていた規制基準の緩和、それに伴う年齢制限の厳格化、さらに、有料会員の特典として、修正のない動画配信を認める、といった内容が盛り込まれている。
これまで有害とされてきたコンテンツを認めることの背景には、今年改定されたサイバーセキュリティ基本法に──
目が滑る。半分以上読み飛ばして次の記事。
【“R-Like”から4人目のアイドルハッカー、春日ユメが本日デビュー!】
R-Like社の顔を務めるアイドルに、4人目のメンバー登場!
春日ユメちゃんのデビューによって、グループの音楽活動が本格的に始動します!
今後の活躍に注目してください!
Bass 桔梗谷アミ
Keybord 桐江セツナ
Drums 佐々木キリ
Guitar 春日ユメ
Vocal ???
セツナが所属しているチームの記事だ。新しいメンバーが決まるたびに、メンバーの内の誰かがいなくなってしまうので、なかなか活動が始まらない、とネタにもされている。曰く付きのチームと言ってもいい。お祓いでもしておいた方がいいんじゃなかろうか。
【8月の統計結果】
行方不明者 37名
前月比 △12名
今年度合計 183名
新入生の淘汰は終わりつつある。
コーヒーをちびちび啜りながら、残った小説を読んだ。するとふつふつと創作意欲が湧いてきたので、頼まれていた歌詞を作ってみることにした。曲もなかなか良いことだし。
作詞のために、キーワードのピックアップ作業をしていると、ふと8時を過ぎていることに気がつく。作業を切り上げ、背伸びをすると、頭の片隅に貼っておいた付箋がはらりと落ちた。充電が完了している端末を拾い上げ、セツナに電話をかける。
『……あい』いつもよりシワシワな声だった。
「そろそろ起きる時間だよ」
『うん……、知ってる……、二度寝、しちゃった……』
「ちゃんと起きな。体起こせたら電話切るから」
『あい……』
少し待つ。
「……立った?」
『まだぁ』
「はやく立て」
衣摺れの音と、うめき声がする。しばらくすると、幾分か正気な声で、起きた、と告げられた。
「じゃあ切るよ」
『あ、待って……えーと、そうだそうだ。しゃちょーがミオに話があるって言ってた。明日のハック後でいいから本部にシュットーしろって』
「え、なんだろう。出頭って使い方間違ってない? っていうか、なんで直接連絡しないかな……」
白髪が目立ち始めた、気の弱そうな初老の男の顔を思い出す。上司にしては頼りがないが、逆になにか手を差し伸べてやらなければ、と思わせる人徳があった。逆に言えばそれしかない、というのが社員で広まっている陰口である。
『んー、寝てると思ったんじゃない? あたしが配信中だったから、ついでに伝えたのかも』
「社長、セツナの配信とか見るんだ」
『コメントもするし。指示厨だよ、あの人』
「指示厨なんだ……」
『でもしゃちょーって、ちょっと可愛くない? ポンコツな感じがして』
「本気で言ってる?」
『あれ? あたしって、わりとストライクゾーン広いのかも』
やかましくなってきたので電話を切った。
そろそろ外出の準備しよう。




