アンゴラ=ディスピット
「か、華鈴…」
「リンノ、そいつを渡せ」
「な、なんで…?」
「いいから」
華鈴は語勢を強くして手を差し出す。
「嫌だ」
リンノは拒んだ。華鈴は問うた。
「何故だ?」
「コイツは私に助けを求めてきた。その理由は多分、お前らのやり方が気に食わなかったからだ。だから!」
「『コイツだけは解放してやりたい』…か?」
「!?」
リンノは先を読まれて少し動揺する。華鈴は天井を見て呟いた。
「私にもそれはわからなくもない。だが、私、いや、私達はそいつにこの城を出て行かれては困るのだよ。だから、そいつを寄越せ」
「なんでだ? その理由がないと、渡せない」
「お前には関係のないことだ」
「言え!」
リンノが怒鳴った瞬間書斎全体が異様な空気に包まれた。
華鈴に同行していたムレイ。彼女は恐れることなどないのだが、その彼女でさえも恐れをなしていた。
リンノはそんなムレイに気を留めることなく華鈴を睨み付ける。髪の間から覗かせる青く輝く眼光が恐怖を募らせる。
「…! なんだその目は…!」
さすがの華鈴でも癪に障ったのか、一歩、また一歩とリンノに向かって歩を進める。
「華鈴さ…! い、いけない、これは…!」
キャメロットが書斎の様子を見てすぐその場を立ち去る。一刻もはやく、黒瑠様にお伝えしなくては。『アレ』が目覚めてしまうかもしれない…!
「か、華鈴ちゃん…?」
「ムレイ、ちょっと下がってろ」
「…うん」
すでにムレイは元気をなくしており、華鈴の言われるままに行動する。
「ッ…」
リンノは『それ』を抱く。その力はどんどん増していった。
華鈴が剣を召喚し、黒い魔力を纏わせ、構える。
「リオ・スレイブ〝Ⅰ〟!」
剣が纏った黒い魔力の動きは激しくなり、やがて大きな剣となりリンノを襲う。
ダメだ、私はまだ魔術を使えない…。と思った瞬間。
「ガルス・マキュラ!」
カキィン
金属同士がぶつかり合ったさみしい音が書斎に鳴り響く。
伏せていたリンノが顔を上げると強く抱きかかえてたはずの『それ』が前に立ち踏ん張っていた。
「チィッ、この妖怪が…!」
「ハハ、靴がないクツツラでも結構やりおるだろう?」
「…ッ」
華鈴は諦めて剣を消滅させる。すると様子がおかしい。
普段の華鈴…とは言い難いが、とにかく『彼女ではない』気がする。これはリンノの偏見だが、彼女を高い声をあげて笑うような輩ではなかった。
「ハッハハハハ…」
「あまりにも悔しくて『アレ』が出てきてしもうたか。くだらん、それが吸血鬼王女か。女王の黒瑠とは大違いよ」
「ハハハ、うるせえ。別に『俺』はコイツをどうとも思っちゃいねえ。俺がこんな奴の中にいるんだ、こいつもそれだけが悦びだろーが。それに、俺に身体を勝手にされるのは本望だろ?」
「ああ…確かにお前みたいなやつに身体を捧げるのはとても光栄なことだ。だが、今のお前はただ殺戮が大好きな、信じることもできなくなったただの馬鹿だ。馬鹿は呼んじゃいない、とっとと舞台から降りるんだな」
華鈴(?)はケケケ、と気味の悪い笑い声をあげていった。
「おいおい、それはあまりにもひどいんじゃないの…? クァーハッハッハッハ! 『リオ・スレイブ〝Ⅱ〟』!」
「『ルオ・ヴセイグ』!」
黒い魔力と赤い魔力がぶつかり合い、衝突による風がムレイとリンノを襲う。書斎のあちこちで本が舞いあがる。
リンノは二人の動きを見計らいムレイに近づく。
「逃げよう、今すぐ」
「え、でも華鈴ちゃんが…」
「あ…」
「どうするの? 怖いよ…あんなの華鈴ちゃんじゃないよ…」
「…」
リンノはムレイを抱きしめる。小刻みに震えていたのがわかる。
「一体何をしているの?」
「「!?」」
『それ』と華鈴が動きをとめる。まるで黒瑠に怯えるように。
「華鈴…いえ、『アンゴラ』」
「アンゴラ…?」
リンノが呟く。華鈴は二重人格なのか?
黒瑠はさっさと話を進める。
「アンゴラ、今月で華鈴を乗っ取ったのは何回目かしら?」
「さあな、数えきれないねえ、てかさ、その白いアマ誰?」
アンゴラはリンノを指さす。
「貴方には関係ないわ」
「そー、っ冷たいねぇ…」
「かつては高位のドラゴンだったディスピットが聞いて呆れるわ。信じることもできなくなった馬鹿にダダ下がりとは」
「それはこのチビにも言われたよ。…。じゃあ俺は何をすれば良い訳? 戦闘もできねえ、まともに寝ることすらできねえ、挙句の果てにはコイツの中から出ちゃいけねーしメシも食えねえ。それにコイツの身体を滅茶苦茶にもできない。すぐにアンタが来ちまう。…なぁ、俺がアンタらに手を出したことがあるか?」
「…ないわ。直接には」
「な? ないだろ? せいぜい吸血鬼三、四人食っただけじゃねーか。それがなんで重罪なんだ? お前らだって同類共何人も殺してたじゃねーか。お前は良くて俺はダメなのか? はあ、化け物も偉くなったねぇ…。吸血鬼正統高位一族の配下なんてこれ以上は御免だ。ぜってー、コイツの中から出てやるからな…覚えとけ、アバズレ」
そういうとアンゴラは四肢を投げ捨てた。
「も、もう大丈夫? 元の華鈴ちゃんにもどってる?」
「ええ、もう大丈夫よ。アンゴラは眠りについた。目が覚めれば元の華鈴に戻ってるはずよ。それと…」
黒瑠はリンノを睨む。そして『それ』を指さし質問した。
「これはどういうこと? どうして逃がしたの、いえ、それ以前に何故地下研究室を知っているの」
「そ、そいつがなんか頭の中に話しかけてきて…そいつから教わった…。……ごめんなさい」
「…まあいいわ。貴方はただラリスの命令に従った、それだけね?」
「あ…はい」
「そう。なら、さっさと自分の部屋に戻って反省なさい」
リンノは言われるがまま書斎から出ていく。




