5 通信中
夜も更けた森の中に、小さなテントが張られていた。そしてそのすぐ傍の木の上で話し声が聞こえてくる。静かで、けれどしっかりと響くテノールの声。
「もうすぐ連れて行けそうだ。ああ…現実を見つめてくれただろうさ。そして今頃泣いているかもしれないな」
太い木の枝に座っている男は、その細い身体を幹に凭れさせて、片手には長いアンテナの伸びた携帯式の通信機を持ち、耳に当てていた。そして軽快な口調で話していた。
通信機からも声が聞こえる。お前…何をしたんだサナギ、と怪訝そうな男の声が言った。
「何って…教えてあげたのさ、君は一人ぼっちなんだよ、ってさ。あの子、家の中でずっと一人で会話してたんだぜ?まるであのボロ屋の中に母親がいるみたいにさ。……ん?なんでそんなこと知ってるかって……そりゃ文明の力さ」
サナギは通信機を持たない方の手の上にあった、直径5センチほどの立方体をひょいと宙に投げて、再び手に掴んだ。その機械には通信機と同様アンテナが立っており、また、網の張られた丸い穴から、布が擦りあうような音が時折聞こえてくる。
通信機から、なるほど…盗聴器だな?と問いかけられて、サナギは、ビンコ、と笑いながら答えた。
「すごい時代だな。そして便利だ。あの子はよくしゃべるからどこにいるかもよく分かったよ。……ああ、仕込むのは簡単だったな。あの子を抱き寄せる時に、いくらでも。あの子は気付いてないだろうけど、あの子の衣服から靴、髪の毛に至るまで全部でだいたい…そうだな、二十以上の盗聴器を仕込ませてもらったよ。幾つか落ちたみたいだけど、それはそれで役に立つだろうし。まああれだけ小さな機械、気付くわけもないだろうけどな」
得意げに語るサナギに、会話相手の男が口篭った。サナギが不思議に思ってその男の名前を呼んでみると、男は暗い声を聞かせてくる。
お前がそれだけの数を仕込む事が出来るほどに抱きつかせるなんて…サナギ、お前そうとう信用されてるんじゃないか、と。
それにはサナギの顔が僅かに強張った。けれどそれは、男に伝わるはずもなく。サナギは愉快だと言わんばかりの明るい声を機械に通す。
「だから、上手くいきそうじゃん?次に会った時、弱ったあの子に俺がすることはだた一つ。優しくしてやる、それだけだよ。俺に、心底安心して、身を任せて…そして離れられなくなればいい。そしたら、俺はあの子と一緒に帰るよ。そっちに、ね」
通信機は暫く沈黙を保った後、健闘を祈るよ、と一言残してブツッっと音がした。通信が途絶えたのだろう。
サナギは機械を数秒じっと見つめ、そして周囲を見回し誰もいない事を確認した後、不意に脱力したように凭れていた木の幹に抱きついた。ずるずると木の上で器用に体勢を崩していくサナギは、眉を寄せて、目を閉じていた。
「仕方がないだろ。決めていたことだ」
自問自答するように呟くテノールは、深い闇の中でよく響く。
サナギの瞳が薄っすらと開く。数時間前の少女の顔を思い出していた。
誰もいない荒屋を、必死で隠していた。
「きっとあれが…彼女の、アゲハの世界だったんだろうな。母親が傍にいて、沢山の友達がいて自分は幸せなのだと、そう思い込みたかった……そうだろ?」
そして自分はその世界を壊したんだ、と、サナギは自嘲するように口元を吊り上げる。
そして、馬鹿だな、と呟いた。
「俺にそっくりだ。真実を捻じ曲げるその自分勝手なところが…けれど俺は、やめないよ」
お前を連れ帰り、俺は自由になる。勝手と罵られても構わない。
痛む胸に気付かない振りをして、サナギは静かに木から飛び降りた。
話が…なかなか進みません(汗
恋愛もののはずなのに…苦笑




