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Prologue:02‐02





 何時もより早く帰ってきた父親と話すこともなく、そもそも傍にいたいとすら思わず。勝手に居づらいと思い込み、峰崎家から出た。目的地などないが、とにかく今日はあの家に居たくなかった。どうせ引き籠っても、合鍵で入ってくるだろうし。

 取り敢えず、何か飲み物を買いたい。それが原因で家から出るはめになった彼は、いまだに喉を潤すことに成功していない。財布は一応持ってきた。彼は頭を巡らす。暫く外に出なかったため、この近くでの自動販売機など。そうだ、近くの公園にあった気がする。見ないうちに潰れて新しい店とかできてたら泣くぞ。ぶつぶつと歩きながら独り言をする彼は、周りから見てメンタルの弱い不審者。何が幸いか、道通りには人が全くおらず、夏の暑さに眉を顰める彼一人しかいない。

 引きこもりたい。アイス食べながら漫画呼んで、曲聞きながら執筆したい。くそう、親父さえいなければ。公園着くまで、それは続いていた。

「…………」

 ああ、眩しい。

 自分以外誰も通ってない道を寂しく感じ始めた頃、家から近いとも遠いとも言えない場所にある公園に着いた。その小さな公園には、子供が二人と。自我のある自立型のアンドロイドが一体。そして――人間、か? 赤いベンチに座っている一つの影。その近くに自動販売機があるのを理由に、さり気なく近付いた。俯いているため顔は見えない。その代わりに、太陽で照らされた栗色の髪に違和感。人間の髪の毛じゃ、ない。

 どうやらすぐ隣にいるのに気付いていないらしい。首をさらけ出しているために見えた、人間で言う盆の窪みあたり。肌の色をつけられて隠された跡のある、大雑把な縫い目。それは、女性型アンドロイドの電源スイッチがある場所だ。

 ならば。

「アンドロイド、か。人間かと思った……」

 あまりにも似てすぎたから。

 製作者へ感心の意味を込めながら零せば、ようやく彼の存在を知ったのか、目の前の栗色の彼女が顔を上げた。そして、その精緻さに目を剥く。

「――――っ、」

 彼と同じく、驚愕に開かれた目は鳶色だった。それを縁取った栗色の長い睫毛と、小さくふっくらとしている肉厚な唇が可憐さを醸し出している。小柄な体と白皙の美貌は、確かに人間離れしていた。

 愛玩用アンドロイド。二年前に製作廃止になって、今では誰も持っていない。

 製作廃止になったのは、愛玩用とあって性的な目的で買われる用途が多発したためだ。自我――人間でいう心を持ったアンドロイドもあるため、博愛精神のある人間が会社へ苦情。最早環境に慣れすぎて、中には家族として扱う人もいる。まあそれはいいとして、つまりはその所為で自我のあるアンドロイドが人間を攻撃するなどという事件が起きてしまって以来、会社の信用が落ちに落ちまくったため名誉挽回の前にと販売停止にまでなったのだ。

 悲惨な被害の数と経緯があり、もう作られていないアンドロイドがどうしてここに。彼は彼女と合った目を驚きで話すことができず、しかし倉庫から出たばかりのアンドロイドは今ある空気をどうすればいいか分からず、気まずげに目を逸らした。

「…………」

「…………」

 沈黙。

 近くではしゃいでいる子供の声が遠い。

「………………あの、何でしょうか?」

「……イエ、ナニモ。キニシナイデ」

 父親以外では久しく会話をしていなかったためか、それとも美貌に少し臆したのか、思わず敬語で彼は返した。ただ、他に何か言えなかったのかと、心内で落ち込んだのは彼だけじゃない。

 人間との触れ合いを期待して待っていた彼女。急な接触にアンドロイド、ビビる。

 少しして気を取り直した彼は、当初の目的である自動販売機に目を向けた。部屋に持って行っていた物と同じ、炭酸飲料だ。

 それを彼女の隣に座り、飲む。しかし隣と言っても、ベンチの端と端なため、どうしても距離ができる。ペットボトルの蓋を閉めると、彼は横に向き直った。

 黒目をできるだけ細め敵意を表すと、彼女は息を飲んだ。何故、敵意など。アンドロイドの疑問は、すぐに解消されることになった。

「愛玩用のアンドロイドは疾うの前に製作廃止、その為に作られたロボットは作業用や企業用、運搬用などに移されているはず」

「…………」

「だけど、お前、自分の主人が近くにいないのは、どれでもおかしいだろ。なんでここに一人でいるんだ?」

 アンドロイドは俯く。少し長めの前髪が揺れた。

「主人は、いません」

「それはまた、どうして」

「……言えません」

 だって、廃品が逃走してきた、だなんて。それこそ本社であるカシダに連絡されて、自由の終わり。明らかに不審者を見る目に、彼女はそれ以外何も言えずに黙る。まだ、充電はあるのに。もう駄目だなんて、嫌だ。

 悲哀に歪められた顔を見て、彼はそっと息を吐く。

「……別に通報とかしない。ただ、主人がいない自立型のロボットって、前に爆弾仕掛けられてカシダのビル壊したから、ちょっと警戒しているだけだ。――まさか、それと同じように、ちょっと前までは主人がいました、ってパターンじゃないだろうな?」

「そ、それは違いますッ!」

 恐ろしい警戒の理由に、彼女は強く否定した。彼の細くなっていた目が元に戻る。

 彼は、社交的な人間ではない。その類ならアンドロイドとはいえ、意志のあるモノに初対面でここまで会話することはなかった。しかし、彼の父親はカシダの重役だったりする。父親のことをよく思っていなくても、息子として警戒に越したことはないのだ。他の人間が彼女のことに気付いたとしても、ここまでしつこくもないだろう。人間、自分に被害がなければ、他は結構どうでもよかったりする。

 しかし彼女、人間に憧れてはいるが今までが倉庫暮らしなため、彼の過剰反応は当たり前だと思い込む。どうしよう、どうしよう。まだ、戻りたくないのに。チ、チ、とネジの詰まった脳みそで考えを巡らす。……そうだ!

「ええっと、ワケあって愛玩用アンドロイドに似せて作られたのですが、本来の主人となるカシダのお客様が急に依頼を破棄――特注で作られた私は自立型アンドロイドのうちに入るのですが……。企業用にしては頭が弱く、運搬用や作業用にしては力がないので、子供の世話などで一応は違うお客様に買われたのですが、」

「あ……、廃棄?」

「っ、はい、そうです」

 人間として生きることに憧れている彼女は、物扱い――正しいロボットの扱いで『廃棄』と言われたことに息を飲んだが、努めて笑顔で肯定した。

 アンドロイドの廃棄。廃品とは違いまだ未来のある、しかし危うい立ち位置。

 アンドロイドは主人との相性が大切なため、有能であっても廃棄されるパターンがある。その場合企業用なら取り込まれた知能で対人用に、運搬用なら家庭用にジャンルを変えて生かされる。だから、白い目で見られる廃品のアンドロイドよりも待遇がいい。

「廃棄なら……まあ確かに、ちゃんとカシダ社に送らずそこらへんに捨てる人もいるからな。そりゃ災難で」

「………………」

 彼女は、彼のような人間の、こういうところが苦手だ。人間は好きだが、こう、周りに興味がないという態度は好きではない。愛されることが目的の彼女にとって、精神的にも辛いことがある。――特に、表面上だけの同情は。

 しかし人間という生き物から嫌われることを恐れる彼女は、何も言わず俯くばかり。そうして、自然にできてしまう沈黙。

 その間、彼は考えていた。

「――――アンタは、主人がいない」

「え? あ、はい……」

「主人がいないと、そのうち充電器は切れるだろう。カシダに行くなら、別だが」

 ドキリ、と。彼女の顔が強張る。見透かされていると勘違いしたからだ。

「だがカシダに戻っても、愛玩用に似せて作られたなら他の種類のアンドロイドにはなれないだろうな。腕力も知能も埋め込まれていないだろう。インストールすればいいが、カシダ社が一体一体にわざわざ手を掛ける可能性は低い。そもそも、そうすると結構な金がかかるから、部品になって(・・・・・・)しまうんじゃないか?」

「部品に、なる……」

 それは、ロボットですなくなるということだ。人間なら死体は残るが、部品の寄せ集めであるアンドロイドは、そのままなかったことになってしまう。それは、死を意味していた。

「充電がなくなってもカシダに戻っても、結局は終わりだ。それならば、お前――」

 彼には、ずっと悩んでいたことがある。どうすればロボットが嫌いな自分に対して、心配から護衛用のアンドロイドをつけようとする父親を、後腐れなく黙らせるか。

 もし――この見目のいいロボットを、自分の傍につければ。世間体を少々気にしているあの父親を、黙らせることができるかもしれない。

 これは、チャンスだ。

「――――俺のところに来いよ。俺の護衛になれ」








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