Prologue:03
二の腕、両足の向う脛。核がある心臓あたりに、額と首の裏と腹。その全ての場所から、内面に詰まっている鉄の塊にチューブが挿されている。そこからデータを取り込み、パソコンでプログラムを改定していく。
『ジャンルを自立型戦闘用に変更しました』
既に戦闘プログラムをインストールしています。
――インストール終了。
追加しますか?
「yes」
――腕力強化システム、インストール開始。60%~95%の自動強化を許可します。スイッチ、オン。
――脚力強化システム、インストール開始。60%~100%の自動調整を許可します。スイッチ、オン。
「耐久強化システム、オン。80%~90%の自動調節を許可する」
『全ての作業を完了しました。追加しますか?』
「いや、一先ずこれでいい。――close」
ロボットの絶対条件である、センサ、アクチュエータと機構、知能プログラム。それらを壊さないように、必要となる情報を上書きする。
情報を収集するセンサには、視角を広げ分析のレベルをあげた。
人間の心臓部にあるアクチュエータは取り込めるエネルギーの上限の拡大。
アンドロイド全体の行動・情報やその履歴、また指示を出す知能が詰められている核には、耐久性を中心に四肢の全体的な戦闘に関する能力を上げた。
構造の一つ一つを利用し、人間故にできる死角を無くして、弱点の鋼鉄による体重での動き難さを無くす。人間以上の身軽さをプログラムし、それの自動調節を許可した。
彼の36畳という馬鹿でかい部屋は、二つ並んだ本棚によっての二つに仕切られている。その本棚の向こうを彼はオクと言い、実質彼の研究場となって彼女の全体プログラムを書き換えるのに使われた。
オクにはプライベートとして使われている、オクにとっての向こう――つまりは日常で使われている部屋とは別の、改造されたパソコンが一つ。アンドロイド用のベッド、その上にいる自立型戦闘用――彼の護衛に選ばれた彼女が仮名で呼ばれると、四肢からチューブをぶら下げてムクリと起き上がった。
「終わった、んですよね…………あまり何かが変わった気はしませんが」
「俺が戦闘を許可するまでは今まで通りだ。媒体による許可承認はない。音声の分析プログラムもあるから、あ、聴覚のオンオフも言ったら操作してやるよ」
「ありがとうございます!」
廃棄されたアンドロイドだという彼女の言った嘘を信じて理解している上での彼の優しさに、彼女今まで暗かった顔を輝かせた。その変化に彼は驚きながらも胸を撫で下ろす。これから24時間行動を共にする相手だ。明暗では根暗に近い性格で、家が裕福な所為かそれなりに自己中心的な性格の自分の傍にいるなら、人間のように馴れ馴れしくなく、しかし明るい彼女とは相性がいいと言えるだろう。
「それよりも……その、」
「何?」
「愛、と言ったのは…………もしかして、私の名前なのでしょうか?」
「ああ、そうだけど。AIとかけたんだ。女の名前っつったら、愛の字が出てきて、な」
目を合わさずどこか面倒くさそうに、どこか恥ずかしそうに無表情のまま彼が言った。
「あ、愛。あい、私の、名前」
「あー、別にいいだろ名付けても。そりゃ機械に名前があるのはおかしいって思うかもしれないけど、そんなの普通にいるだろ、そこらへんに」
肯定された時点で彼女は泣きそうな顔になり、俯く。対人関係どころか使用人以外の女性と数えるほどしか話したことのない彼は、泣きそうな相手を慰める術を当然の如く持っていない。慌てた彼は続ける。
「別に泣くほど違う名前にすればいいだろ、泣くなよ。肉体以外はもう、ほとんど人間に近くなるように設定したから、涙じゃないけど水分でるぞ。空気を利用した水蒸気の雫だけど。例えるなら寒い日に窓で流れている水だぞ!」
「いえ、そ、じゃなくて、嬉しくて」
特注で愛玩用に似せられて作られたアンドロイド。仮初のジャンルは愛玩用の正式名称である自立型観賞用ではなく、新しい主人によって自立型戦闘用になった。名前などなく、呼ばれるのは番号か他の同類であるアンドロイドたちにつけられた蔑称。
「名前くらいでそこまで喜ばなくても――」
「私の名前はアンドロイドに個別につけられる番号でした。特定の名前をつけられたと思えば蔑称でした。わざわざ特注された私は愛されるはずだったのに。どんなに下心があっても観賞用なら優しく扱われるはずだったのに。可愛い服を着て機械の中に粉が入らないように華やかなメイクをされて、人間だと偽っても主人に自慢されるような子になるはずだったのに。私は、私は、ドールじゃないのに」
廃棄された人形だということ知らない彼は、彼女――愛の溢れ出る言葉に困惑する。名付けただけなのに、何故こうなるのか。実は面倒くさいのか。軽い気持ちだった彼と、一方まともな扱いを受けていなかった愛の涙。彼が行動しないためか、暫く沈黙を生み、その沈黙を破ったのも彼だった。
「…………人形?」
零れ出た疑問の言葉に、愛は即座に返事する。
「はい。……望まれて作られた容姿、性格。主人に否定された私は哀しみ以外の感情を出すことが出来ず、その哀しみを嘲笑と共に指して見下す同類に知られるのは屈辱だったのです。だから、感情のないただじっとしている私は――動き働くことが目的とされるアンドロイドではなく、捨てられた人形だと。〝愛されない人形〟として、ドールと呼ばれていました」
「――――――」
呆気を表す開いた口を、動かすことができない。理不尽な周りの態度と同時にまた暗い過去を聞かされ、名前一つで嬉し泣きする彼女の心情を、一つの例外以外何にも恵まれた彼はどうしても理解することができないからだ。でも、何も言わないのもどうなのか。これから長く一緒にいる相手なのに。これから大きなことをしようと言うのに、そんなこともできないようでは困る。
「愛、話し、できるか?」
「……はい。取り乱してごめんなさい」
そういう愛の頬には、流れるようになった涙はない。コントロールしたのか、それとも涙を流すほどでもなかったのか。
彼はしゃがみ込み、タオルケットしか置いていない検査用のベッドに座っている愛の目と無理矢理自分の目を合わせる。自然な黒と人工的な藍色がかった鳶色が初めて交わった。
「――――これからもっと人と関わってくるから、辛いこともあるだろうけど嬉しいこともあると思う。それこそ、名前を貰うよりも。……だから、こんなことで泣いてたら、続かないぞ」
内心で頭を振る。優しい言葉が分からないとは言え、慰めにならないだろう、これじゃあ。しかし愛は一瞬きょとんとすると、次に笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、主人」
「あ、主人って呼ぶなよ」
「え、どうしてですか!?」
「そんな顔するなよ……名前で呼べってことだ。お前は俺の護衛だけど、これからは訳あって人間として俺と学校に行ってもらうことになるから」
「学校、ですか…………」
「そ、学校」
人間の子供が一番集まるだろう、自身の生きたいところナンバーワンを行き成り突きつけられ、愛は思わずといったように反芻した。学校、がっこう。早く行きたいな。いや、いや、それよりも。
「名前……」
「おお」
「主人の名前は何というのでしょうか?」
「えっ、教えてなかったっけ?」
「はい」
「ああー、さっきから忘れっぱなしだな、いろいろと」
はあ、と溜息を吐いて、先程まで愛の体の調節をしていたパソコンの前のイスに座る。回転できる青いイスだ。パソコンの画面に目を向け、ネットの検索キーワードをうつところに自分の名前をうった。ベッドに座ったままの愛の方を向き、コンコンと指で画面を軽く叩く。峰崎静貴。そこにはそう書かれている。
「俺の名前は峰崎静貴。――――これから宜しく、愛」
礼儀として差し出された手を細い手で取ったのは、――確かに捨てられたはずのドールだった。
遅くなってすみません。
いろいろな伏線は次から拾っていきます。




