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The Poilot    作者: 銀川プリムラ
第4部
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第3話 終結

 何か起こる前には前触れがある。虫の知らせだったり、何かの変化だったり、見逃しがちな変化が。

 ふとした違い。このときのクリンクの予感というものは、当たっていたのである。一見して平和な日。

 初夏を思わせる陽気な天気。空が透き通るように澄み渡っている。

 対して、地上では残骸となってしまった大きな体。

「クリンク局員、どうかしましたか?」

 おそらく工場の事務所だった胴体の一室。クリンクは一つの破れた窓に手を入れ、中からボール大の壊れた部品の一部のようなものをずりずりと引きずり出した。

 頭部、胴体、腕を思わせる造り。配線がむき出しで、とげとげしい見た目だ。

「何なんですか?それは」

 エディは驚愕する。

「おい、大丈夫か?」

(・・・・ワ・・・ア・・・・)

 何か声が漏れる。

(我々は発信する。我々は自由を欲する。宇宙船オリンピア。助けに来てくれ。SOS、SOS・・・オリンピア)

 機械(ロボット)はそれだけ言うと、こと切れた。

「どういうことでしょう?」

「おそらく彼らは意識を得て、一つの願望を持ったのよ。夢の船オリンピアに乗船するという夢。人間なら誰でも一度は乗りたいと思う夢の船だわ」

「彼らも人間と同じように?」

「自由のため。この星から抜け出すために」

 エディは地上に寝転がった怪物を哀れむように見つめる。

「なぜ、穏やかに運ばなかったんですかねえ」

「工場プラントは人間の道具だった。独立するのは、簡単にはいかなかったものなのよ」

 クリンクも煙を上げている怪物を見つめた。

 どこか寂しい気持ちが、クリンクを満たした。

 倒れ付す怪物と自分の姿を重ね合わせる。これはクリンク自身かもしれない。

 人の気持ちを読み取るプログラムが起こした反乱。

 やりきれない気持ちが風のように吹いた。

 可哀想に。もう少し早く気づけば、助けられたかもしれないのに。

 クリンクは心から敬意の念をしめし、人と同じように弔う気持ちで見つめた。

 いつかクリンクもこうなるかもしれない。

 長い旅路の果てには、こんなにも失うものもある。

 後方が騒がしい。

 聞き覚えのある噴射音とエンジンの唸りがした。振り返ると、見慣れた制服が昇降口から地上へ降り立つところだった。

「クリンク!」

 大木翼が駆けてくる。

「大木君」

 大木の元気な姿をみると、クリンクは再び安堵した。

 小さな体がクリンクを抱きしめる。 

 「大丈夫だった?」

 黒い目がうるうると浮かんで、今にも泣き出しそうだ。もともとこういう顔なのだ。本当に泣いているのかどうかの違いは、クリンクには分かる。

「ええ、大丈夫だったわ」

彼はただここに自分がいることを、無邪気に喜んでくれる。

「よかった」

 失うものもあるけれど、生まれるものもある。

 安心した大木は物珍しそうに、倒れたプラント怪物へ向かった。

 大木やライラックがいる。

 彼らがいつもそばにいて勇気をくれる。

 彼らに感謝する。

 彼らを失わないように、強くなりたい。

「いててて、離せよ、こら」

「いい加減大人しくしてください」

 白髪の老人を捕獲用ワイヤーでくくりつけて、抱きかかえた青年が同じく船から降りてきた。

 クリンクと目が合うと、カガミ・ケイは手を振った。

 彼は・・・彼も力強い味方だ。それ以上に、気になる人物であることは、クリンクも否定はしない。

「クリンク隊員、なんともないかい?」

「うん、私は大丈夫よ」

「すまない。父が原因で大事件が起きてしまった」

「これが終わりではない。言っとくがワシの成果を」

「ちょっとうるさいよ」

 カガミは父親の口に黙っておかせる接着テープを貼り、疲れたようなため息をつく。

「君には迷惑をかけた。みんなにもだけど」

 反省したカガミの様子が痛ましくて、こちらがどうしたらいいのか困るほどだった。

「無事でよかったよ、君が」

 妙な熱を帯びた視線が、クリンクの胸を突き抜ける。

「彼らは外へ出たかったのね」

 クリンクは先ほどあったことを、彼に話したいと思った。

 カガミがふと顔を上げる。

「彼は自由になりたかった。そして、オリンピアを目指したかったに違いないの」

「そうか」

 父親が目をギョロギョロさせていたが、羽交い絞めにして取り押さえたまま、カガミは黙してうなづいた。

「でも、オリンピアは来なかったんだな」

「現実はね」

 理性的なカガミの言葉が今は心に重い。クリンクは重いため息をついた。

「なにか、元気ないね」

「別に、ちょっと疲れているだけ」

「君もオリンピアに乗りたかったの?」

 言いたいことが顔に出るらしい。クリンクは言われて、恥ずかしくなった。

 カガミは微笑を浮かべて言った。

「オリンピアは簡単に姿を現さないよ。別にあんな船乗らなくていいんじゃないか?あの船長といい、乗組員といい、かなり個性的だったような」

「え?カガミ君はオリンピアのこと知ってるの?」

「俺がマウンテンで働いていたとき、何度か関わったよ。でも、君がうらやむような船だったかなあ?確かに設備はすごかったけど」

「赤い髪の女の子見なかった?ふわふわっとしてものすごく魅力的で、でもかなり男勝りな子で、操縦知識もすごいの」

「見なかったな。俺はエンジニアだったから。ブリッジのほうとは、あまり関わらなかったし」

「そう・・・」

 シアニティの近況が分かるかと思ったけれど、残念だ。けれど、カガミに話してよかった。夢の超銀河団間宇宙船オリンピアの話が聞けるなんて、思ってもみなかった。

「それが君の友達?」

「そう、シアニティって言って、成績優秀で運動神経抜群。私なんかと比べ物にならない女の子」

「行かなくて良かった。行ってたら、君とこうして出会えなかったわけだ」

 どきりとすることを普通にしゃべるように言って、クリンクを見つめる。

「な、何よ。私の憧れなのに、良くないわ。私は真面目にずっと悩んでいるのに」

 オリンピアのこととなると、クリンクは誰であってもむきになるのだ。

「そうかな、俺はナミアダ号に乗って、君と知りあえて良かったって思ってる」

 クリンクはぴたりと止まった。

「私も・・・オリンピアの話が聞けたし」

 こんなとき、どう答えて良いのか分からない。

 カガミはふいに目を宙に浮かせると、さばさばした口調で言った。

「それだけ行きたかったら、行けば良いのさ。悩むことよりも行動するほうが早いぜ」

「とても難しい険しい道なのよ」

「そうかな。君には別段問題ないように思うけど。後は努力次第だね」

 理論家の彼には答えが見えていれば、問題なく映るのだろう。そう容易くいけば、悩みはしない。エリートと庶民の違いを、クリンクはここに感じる。

「けど、君がもがいて、苦しむさまを見るのは、俺としては悪くないけどな」

「どうして、そんなこというのよ」

 胸に突き刺さるぐらい、冷徹なことを言う。

「だって、目標に届かなければ、いつでも君に声をかけるチャンスがあるだろ?いつか、俺が船を造ったら、その時オレの船に乗ってくれるって聞いただろ?行きたいところが乗れないなら、俺の船に乗ればいいよ」

 そういうカガミの口調は悪気もなく、冗談交じりでもなかった。

 ぽり、とクリンクは頬をかいて、

「じゃあ、そのときはお願いしようかな?」

「ほんと?」

 我ながら一貫性のない奴だと思ったが、せっかく誘ってくれているのに今ここですげなく断るのも、もったいない気がする。

「君が乗ってくれるなら、嬉しいよ。君みたいなパイロットが是非欲しいと思っていたんだ」

「そのときは、船長はカガミ君?」

「まあ、そうなるだろうね。数いる個性的な船長の中では、俺なんて普通の部類に入るだろうけど。向いてないかもしれないな」

 クリンクは想像した。操縦席中央に座し、様々な計器を読み取り、乗組員達を率いて、一つの船を動かす彼の姿を。

 船長らしき立派な宇宙服を着て、貫禄ある立ち居振る舞いをすれば、きっと立派な船長になる。

 確かに、なぜこうなるのだ?という方向へ行ってしまった際どい船長達の中では、彼は大人しいタイプだろう。これがどう変わるのか、楽しみな気がする。あまり変わって欲しくはないけれど。

 Drモロンが、父親なので、あらゆる素質は十分あるだろうとは思われる。

 クリンクはカガミとDrモロンを何度も見比べた。人間はやる気次第でいくらでも変われると言うが、息子が父化するこの場合のバージョンはごめんこうむりたい。

 将来父親のようになる気配は一個もないが。

「でも、せっかく君が来るって言ってくれてるんだ。なら、もう他の人は雇わないかもね」

「そ、それは」

 時々軽薄な発言をするのが、分からないところだ。女の子の誰もが恋焦がれる美貌で、熱っぽい瞳で見つめるのだから、息が詰まりかける。これで冗談というのは、あまりにも過酷過ぎる冗談だ。

「二人っきりってこと?」

「そう」

 黒い力強い瞳は、捕らえたものを逃がさない拘束力がある。彼の圧倒的な支配力に、体が震える。

 こんな彼と二人っきり?

 広い船で二人っきりで暮らすと、どうなるんだろ?

「俺がいれば良いって思わない?」

 カガミの手がクリンクの頬に伸びた。その手は大きくて温かかった。

「あ、あの、カガミ君」

 目がぐるぐる回りそうだし、カアッと体が熱くて、鼻血が出そう。

 何だかんだ言ったって、恋愛には疎いクリンクのこと。なれない事態に飲まれて、いたたまれなくなって・・・

「やっぱり、カガミ君は女の敵よ!」

 クリンクもまだまだうら若き乙女の年頃。中でも未熟者のクリンクは、彼女達の誰もがそうであるように、つっかえるとどうしようもなくなって、大事なときに心にもないことを派手に叫んでいた。

「何で急に、どうしたんだ?」

「いきなりそんなこと言って!女と見れば、見境なく手を出す、痴情にまみれたハレンチで凶悪な名うての詐欺師よ!」

「えっと、そういや父が言ってたな・・・?」

「ええ!いえ、違う!いや、言ってたけど、いえ、人が、その・・・」

 ヴィンチェンに言われたことを思い出した。

 信じたくない。そうでないとは思っているけれど、やっぱり何度見ても機関士とか、エンジニアとか似合わないくらい貴公子然としていて、見目麗しくて、困る。Drモロンと全く似てない。鳶が鷹を産むって言う例。

「自分で言うのもなんだけど、俺はもてないな」

「なっ」

 信じられないものを見る思いで、クリンクはカガミを見た。

まさか・・・本人だけ気づいてないっていう、ミス?

「女の子がきゃあきゃあ言って、オレのそばに来て、話しかけてきたり、プレゼントくれたりするけど、それかな?」

「それよ!」

 言い当てると、落ち着いた。間違いは正せたと思ったが、落胆もした。やっぱりすごくもてているのだ、この人は。何だかライラック的観念が伝染してしまっているクリンクだった。

 彼はくすり、と笑った。

「あ・・・今」

 からかわれたと分かった。

「人生は長い。君ならいつか乗れるさ」

 論理的な彼のことだから、駄目なものは駄目。実力があるならいけるとでも言うかと思ったら、意外なことを言う。

 オリンピアはクリンクには大事な船で、大事な夢だった。それを多少なりとも配慮してくれたらしい。

 真面目な人が、冗談を言っているみたいだ。

 クリンクはおかしくて吹き出しかけた。

「な・・・なんだよ」

「いえ、なんでもない」

 カガミにまで励まされた。皆に励まされるばかりで返すものがない。

 これは今後もきちんと精進していかなければと、クリンクは改めて、こっそり決心した。

「おんやー?」

 Drモロンがいつの間にかテープをはずして、二人の間に頭を出した。当然縄はかかってない。白衣も着直して、再び野放し状態だ。

クリンクはあっけに取られたが、すぐにとっ捕まえなければと我に返って気づいた。

「か、カガミ君」

「ああ」

カガミも取り押さえる気で、じりじりと間合いを詰めている。

「いー気なもんじゃのう。年老いた親を見捨てて、若い女に走る気じゃな?小娘め、いったいどうやって息子をたぶらかした?」

「たぶらかしてなど。親父、クリンク隊員に絡むのは止めてくれ」

「手も足も出しているのは、キマサじゃろ?」

「違います!」

 もう一人、後ろから息を切らして一人の男がカガミの肩を掴んだ。まったくどこから飛んできたのか、チェンは。

「クリンクに手を出すのは止めろ」

「してないって」

「いけしゃあしゃあと、嘘つきやがって」

「あ!」

 っと思った時は、もう遅かった。

「親父!」

「さらばじゃ!ワシは警察のご厄介になるほど暇でないのでな」

 Drモロンが再び逃げ出した。コロンビアの町のまだ終わらぬ救援活動の中を、事件の証拠のすべてから逃げるようにDrモロンは逃げて行く。警察も軍隊もいまから、本部隊が到着するところである。事後処理もこれからで、証言も必要だというのに。

「待ってくれ!親父!」

 Drモロンを現場にいた全員が追いかけ始めた。しかし、追いかけても追いかけても捕まらない彼のこと、名前も聞けば泣く子も黙るDrモロンのこと、今回も逃げおおせるのは目に見えていた。


終了です。

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