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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮
第1章 王宮出仕編 ―人見知り令嬢と王宮の狂騒曲―

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第59話 解析令嬢と黒リスの密談――仮面の姫に捧ぐ毒杯

 バラ園の静けさを破るように、黒い影が二つ、駆けてくる。


「……あれ? 小次郎と、小太郎?」


 クロフォードが声を上げた。


『おっ、クロフォードだ! 昨日はお疲れだったな!!』


 小次郎が勢いをつけてぴょんと飛び跳ね、クロフォードの肩に乗った。


「おお、お疲れ。

 最近の小次郎は大活躍だな」


 クロフォードが小次郎の頭を撫でると、小次郎は嬉しそうに目を細めた。


『あたぼうよ!』


 今日も元気に活きのいい返事をした。


『初めまして、エレナ嬢』


 小次郎と全然違う声質の落ち着いた低く渋い美声がエレナの足元からした。

 見ると、もう1匹の黒リスがエレナの前で立ち止まっていた。

 リスとは思えないほどぴしっと二本足で美しく立ち上がって慇懃いんぎんにお辞儀をしている。


『改めまして、小次郎の兄、小太郎と申します』


「え、っと。これはご丁寧にありがとうございます。

 こちらこそ、お世話になっております。

 いつも弟の小次郎には助けられ、本当にありがとうございます」


 エレナも丁寧にぺこりとお辞儀をした。

 そのとき、小太郎が大袈裟なんじゃないかなと思うくらいに飛び上がるほど驚く。


『いやはや、なんと礼儀正しい方だ。弟が慕うのも道理ですな。

 昨晩はその、ご褒美とかで小次郎に美味しいフルーツをご馳走してくださったとかで、なんとも図々しいというか……本当にありがとうございました』


「いえいえ、とんでもないです。

 急に家にお招きしちゃってこちらこそごめんなさい」


『なんとなんと!』 


 また飛び上がるように驚く。


『丁寧な方だ。

 こちらこそ愚弟を今後ともよろしくお願いします』


 深々と小太郎は頭を下げた。

 なんとも人間顔負けの紳士っぷりだ。

 リス相手なのに、ひどく恐縮な気持ちになる。


『して、早速ではありますが』


 小太郎が改まった声で言うので、ちょっとびっくりした。


『主様よりご伝言です。

【侯国エリザヴェータ姫の魔力に異変あり。注意するように】とのこと』


 エレナはクロフォードと顔を見合わせた。


(やはり、主様も気付いたのね)


『また、マインラート殿より伝達です』


 緊張感ある小太郎の美声が響いた。


『今から申し上げることは、すでに主様を通じてすでに軍部や宰相閣下へも共有されている内容です。

 お二人には手紙魔法より我々の伝言の方が早いとのことで参りました。

 心の準備はよろしいですか?』


 小太郎が二人の顔を順に見回す。

 エレナとクロフォードは同時に頷いた。


『では、申し上げます。

 侯国におりましたマインラート殿のお仲間よりようやく連絡が入りましたとのことです。

 連絡が遅れた理由は、魔法を特定の者以外に使用することを侯国内で堅く禁止してしまい、回答が遅れてしまったそうです』


 つぶらな小太郎の瞳が鋭く光った。


「え? 魔法を特定の者以外使用禁止?」


 クロフォードが息を呑み、訝しんだ。


「それって、つまり……」


『おっ、さすがクロフォード殿、気付いたか!』


「ああ、そりゃあね。

 だいたい、そんな魔法を禁止する命令を出す国なんて、魔法を憎むマリュード皇国だけだ。

 ってことは、侯国はすでに滅んで、マリュード皇国に占拠されてしまっているってことか?」


『惜しい!』


 小次郎が口を挟んだ。

 それに小太郎がぎろっと睨みつけ、弟を黙らせた。


『正確には違います。

 報告によりますと、数か月前、侯国はクーデターが発生し、事実上崩壊しておりました』


「え⁉」


『王族に成り代わった仮政権からは、

「王族は恐れをなして逃亡した」

 と侯国民に発表してますが、その真偽は定かではありません。

 むしろ王族が粛清された可能性もあり。

 我が国の上層部は、その仮政権がマリュード皇国を後ろ盾に王族を抹殺したと睨んでおります』


 エレナは目を見開き、全身が凍り付いた。

 政変があったのでは、と昨晩推測情報は耳にしていたが、実際そのとおりだと知るとより鳥肌が立つ。


「仮政権というのは、ひょっとして侯国の医師会のことか?」


 クロフォードの質問に小太郎が神妙に頷く。


『いかにも』


「つまり、妖精姫は遊学なんて言っているけど、実際半ば追放されたかもしれないってことだな」


 クロフォードが声を潜めた。


『いえ、そうとは限りません』


 小太郎がまた、ぴしゃりと否定した。


「えっ、また違うのかよ」


 クロフォードは露骨に残念そうに顔をしかめた。


『現在、侯国医師会のスミルノフ医師が“代理首長”として国を取り仕切っており、エリザヴェータ姫が遊学から戻れば、“新たな王”として据えると侯国民に説明しているそうです』


 小太郎の声は冷静だった。


――スミルノフ医師。


 エレナはその名前にぎくりとした。


「っていうか、そのスミルノフって何者なんだよ?」


 クロフォードは眉をひそめた。


『端的に言えば、外道医師です』


『「え?」』


 小太郎の声にクロフォードと小次郎がぎょっとした。

 エレナは小太郎を見た。


「やっぱり、そうなんだね」


『おや、エレナ嬢はご存知だったか』


「ここに来る前、マインラートから借りた資料に彼の名があったの」


『おお、なるほど』


 資料によると、妖精姫ならぬエリザヴェータ姫は本来、医学的な視点から人々を助けられる高尚な人物だったという。


 女医としての才覚があり、冷静で知識豊富、貧困層の環境改善や慈善事業に力を注ぎ、自分のための予算の大半を流行病の収束とスラム街の衛生的改善に費やす献身的な女医。

 また民間の入浴施設も設立し、健康的な食事の配給や子どもたちへの教育機関を創設した。


 彼女の功績は大きく、次期王女としての期待値は高く、侯国民からとても愛されていた。


 だが、侯国医師会の最高権力者である彼女の従兄のスミルノフ医師とは、常に対立していた。

 人道的な支援に力と予算をかける彼女と反りが合わない、医学の発展のためには倫理観を顧みない人物だからだ。


 資料にも、彼は危険人物の一人として記されていた。


「一応ね、魔法新聞では『魔法を使わずに人体を治せる凄腕医師』って取り上げられていたことがあるぐらい医師界界隈じゃあ著名な人みたいよ」


 魔法新聞に掲載されていたスミルノフの肖像画が、エレナの脳裏で毒々しく蘇る。


 爬虫類を思わせる瞬きのない眼差し。

 細身で撫でつけた髪に、怜悧な風貌。

 堅く一文字に結ぶ薄い唇。

 光を反射する銀縁眼鏡の奥で、彼は患者を「人間」ではなく「数値」としてしか見ていないようだった。


 同じ爬虫類系イケメンでも、ランスと全然違う。

 ランスは一見冷たく見えるけど、根底には優しさが溢れている。


 けど、この人は、容赦ない外道で、サディストだと直感した。

 冷徹な知性の中に、他者への慈しみが感じられない。


「へえ……外道医師ねえ。

 それにしても、この帝国にやって来たエリザヴェータ姫とは、まったく印象が異なるな」


 クロフォードと小次郎は、微妙な表情で顔を見合わせた。


「うん、そうだよね。

 たぶん、それすらも仕組まれていたと思うよ。

 スミルノフ医師だって声明と異なり、最初から妖精姫を”新たな王”として迎える気はない、きっとそう」


 醒めた声がエレナの口から出た。

 ますますクロフォードとリスたちは、目を開いて驚く。

 小次郎に至っては驚きすぎて、クロフォードの肩から危うく落ちそうになる。


「なんでそう思うんだ?」


 クロフォードが、小次郎を指で抑えながら尋ねた。


「昨日侯国で押収された違法ハーブや薬、全部魔法騎士団に没収されたでしょ?」


「ああ、そうだったな」


 クロフォードと黒リス二匹が同時に大きく頷いた。


「魔法省の先輩に、それらを軍部からの依頼ということで調べてもらったの。

 その結果はすでにリックランス騎士団長やマインラート様に手紙で伝えてあるけど、妖精姫が毎日愛用しているお茶にも問題があることが分かったの」


『「お茶に問題?」』


 黒リス二匹とクロフォードがまた同時に首を傾げた。


 エレナはその姿がなんとも可愛くてふと笑いそうになるが、先程の妖精姫を思い返す。


 過去の会話を忘れる記憶断絶症に、情緒不安定で突発的に怒鳴って場違いな発言をする感情錯乱症と衝動制御障害症。


 この症状は、アメリアの鑑定書にも記載があった。


「お茶は黒曜花こくようか、カロライナシキミ草、灰蓮の根のエキス、ドラゴンの髭がブレンドされているらしいの」


『なんか難しい名前ばかりだな』


 小次郎がますます首を傾げた。


「うん、でもどれも単体なら毒にもならないし、むしろ美容薬草を煎じたお茶として知られている有名なものだよ。

 けど、これがすべて合わさって、なおかつ呪術と薬草の配合で作った“冥花めいかしずく”という液化した薬物を入れると、たちまちとても危険なものに変わるそうなの」


「メイカノシズク? 聞いたことないな」


 クロフォードは腕を組んだ。


「そうだと思うよ。

 だって、呪術という禁術に関わることだもの。先輩も手元にある文献と王立図書館にある資料をひっくり返して調べて、ようやく分かったみたいだから」


 しずくを作るまでの工程や材料、どんな呪術を用いるのか、そこまで分かっていない。なにせ、どこにも詳細な記載はない。


「けどね、分かったことは、そのお茶は“冥花の滴”の一滴により服用者の美を一時的に咲かせる効果を持つってこと」


『へえ、呪術っておっかない術式のわりには、いい効果じゃないか』


「ううん、長期間にまたがって服用すれば、心を枯らし、死へ導く効果がある劇物だよ」


『え⁉』


 小次郎が弾かれたように身を躍らせ、エレナの肩に飛び移った。


「それが昨日没収された中に紛れ込んでいたのか?」


 クロフォードが顔を歪ませた。


「うん」


『そんなものを……毎朝姫が飲んでるってことか?』


 小次郎がぶるっと身体を震わせた。


「そうだよ」


『美人になるんじゃなかったのかよ! 

  詐欺だぞ、それは!』


「ほら、小次郎、思い出して。

 この国の王宮付き侍女たちが目撃して食堂で噂していたでしょ」


『言われてみれば……お茶に美の秘訣があるって言っていたな』


 エレナは想像する。


 琥珀色の液体に、従者がそっと冥花の滴の一滴垂らす。ほんの一瞬だけ、どろりと漆黒の呪力が広がる。

 その一滴が肌を艶やかにし、瞳を輝かせ、髪の毛先も潤う。

 芳香は薬草のものと変わらず誰も気づかない、”美”の秘訣としてお茶を嗜んでいると周囲には映る。


 だが、姫の笑顔の裏で、毒は静かに血を巡り始めていた。


『それを長期服用すると、やがて全身が毒に回って死に至る、ということですか?』


 慎重な声で小太郎が再確認するように尋ねた。


「うん、そういう鑑定結果が出ている。

 それにさっきの彼女の様子から、その症状が出ている」


 エレナが神妙に言うと、みんな目を見開いた。


『でも、医者なんだろ? あのお姫様は。

 だったら気づくもんじゃないのか?』


 小次郎が不思議そうにエレナを見た。


「冥花の滴は無味無臭。

 医学に精通しているお姫様でも気づかないよ」


『そうなのか。ひどいことするなぁ……』


「たぶん、もう、妖精姫はまともな判断力はないと思う。

 それを承知の上でスミルノフ医師とマリュード皇国側の人間が、彼女に遊学するよう誘導したんじゃないのかな」


 不安定な国内情勢を顧みず、悠長に自分のお婿さん探し。

 ふつうなら遊学に行かない。

 むしろ遊学と称して国外に出たとしても事情を話して、協力国に助けを求めるはずだ。


 けど、そんな素振りはなかった。

 かといって、マリュード皇国側の人間に脅されている様子もない。


クロフォードは顎を撫でながら呟く。


「やっぱ、背後にはマリュード皇国の影があるわけか」 


「それは間違いないよ。

 呪術を積極的に使う国は周辺諸国どこみてもあの国だけだもの」


『確かにあれは物騒な術だ』


 小次郎が空を見上げ、しみじみと頷いた。


『なるほど。……確かに著名と謳われるスミルノフ医師であれば、マリュード皇国の術者の協力があれば、呪力を込めた“冥花の滴”も作ることが可能ですね』


 小太郎が二本足で立ちながら腕を組んで言う。


『そういうふうに姫を長期的に弱体化させ、精神と肉体を蝕むことで、侯国の政治を操りやすくしていたわけですな』


「うん。マインラート様から借りた事前報告資料にも『スミルノフ医師は野心家』だって書いてあったし、代理首長を務めているスミルノフ医師と人道派の姫様とは対立関係にあったみたい。

 そもそもスミルノフ医師は妖精姫の母方の従兄。皇族の血を受け継いでいない」


『ってことは、あれだな! 

 妖精姫がいる限り、そいつはあの国のトップにはなれないんだな』


 小次郎が閃いたように声を上げた。


「そう、正解」


 エレナがそう答えると、小次郎は嬉しそうにクロフォードの頭に乗って飛び跳ねた。


「それが、今回、代理首長になったわけか……。

 野心家なんだもんな、そうなるよな。

 医術を命を救うためではなく、国を奪うための『兵器』として扱っている感じもするな。

 ということは……道中、姫の命を狙ってた輩は、スミルノフ医師の手先ってことか?」


「そうかもしれないし、違うかもしれない。

 ただ……、ほら、他国の王族や皇族がこの国の警護の不手際で命を落とした場合、国同士の約束事で多額の慰謝料が発生するっていうでしょ? 

 たぶんそれ狙いなんだとわたしは思ってる」


『慰謝料ですと?』


 小太郎が驚いたように声を上げた


「うん。慰謝料というよりもはや賠償金だね」


「だろうな。薬で精神崩壊する前は、侯国民に愛されていた姫様だ。

 侯国民は自国の姫を死なせたこの国に憎悪の念を抱くはずだ。

 いや、そうなるよう代理首長のスミルノフ医師が巧みに世論を誘導するつもりかもしれない。

 下手したら慰謝料以上の何かを求めてくるかもしれない」


 顔を強張らせたクロフォードに、エレナは頷く。


「そうだね。ひょっとしたら、あちらにはあまりいない魔法使いの人体実験とか所望するかもね」


 二匹の黒リスの動きが固くなった。


 この国には、侯国とは違う治癒魔法で成り立つ医療技術がある。


 魔法使いと魔力の持たない人間。体の作りは基本同じだが、魔力供給源が体内のどこかにあるという。

 それはまだ解析されていない。

 アメリアが魔力を膨大に放出するルシアンに興味を示すのも頷ける。


 きっと現物主義であるスミルノフ医師にとって、この国には大いに研究心をくすぐる材料がたくさん転がっているはずだ。

 さそかし喉から手が出るほど欲しがるだろう。


 逆を言えば、魔法研究者として魔法省で働いているエレナにとっても、侯国は不思議の国だ。

 ましてや呪術で成り立つ敵国のマリュード皇国は、もっともっと、非常に興味深い国である。


 不気味である一方、彼らを知れば、さらに魔法の可能性は広がるかもしれない。


 そう思うと知的好奇心が刺激され、うずうずしてしまう。

 エレナは研究者のさがか、ゾクゾクするような興奮を覚えた。


 けど、敵国の怪しげな術すら研究したいと思うなんて、不謹慎極まりないことだ。

 一歩間違えれば、間諜と疑われてしまう危険な思考だ。


(いけない、今はそんなこと考えている場合じゃないのに。

 つい、知的好奇心がうずうずしちゃう……)


『つまり、侯国の代理首長のスミルノフ医師が彼女の暗殺未遂を企て、自分の地位を盤石なものにするため遊学前から服用させていて、賠償金まで我が国に請求しようとする魂胆。

 なんとなんと、卑劣極まりない』


 小太郎の声には怒りが滲み出ていた。


「そうなると、あれだな。

 スミルノフ医師は侯国民の姫様への信頼を失墜させるのも目的にしている」


 クロフォードは含みを持たせて言葉を切る。


 信頼を失墜させる。なるほど、そういう見方もできる。全然気づかなかった。

 薬の副作用効果で、彼女はすでに他国ではあってはならない横暴な振る舞いを数々引き起こしている。彼女への印象は最悪だ。


 けれど、彼女の奔放な振る舞いをあえて侯国の家臣たちが黙認していたのも素直に頷ける。


『なんか可哀想だな。

 ”悲劇の女王様”で使い捨てされる思惑でこの国やって来たなんて』


 小太郎の尻尾が下がって、なんとなく肩もがっくり落とす。


「うん、悲しい話だけど」 


 この国で死なせるために。

 遊学は単なる時間稼ぎだった。


『まさに、事実上の国家崩壊ですな。

 マリュード皇国による実効支配中でしょうし。

 だからこそ、外部との連絡を遮断する情報統制をとったんですなぁ。納得です』


 小太郎が腕を組んで難しそうな顔をした。


「結局、想定より早く妖精姫は亡くなった。

 ううん、ひょとしたら、先がもうないかもしれないという兆候があったのかもしれない。

 でも亡くなったタイミングがあちらの思惑通りにいかなかったのね」


 エレナは、なんとなく先程までいたガゼボに視線を飛ばした。


「だから、急遽サブリナ様を殺害し、魂入れ替えの儀式を行った」


「だよなぁ。

 急ごしらえの儀式にしては、準備はあらかじめしてないと、さすがにあんな大掛かりな儀式はできない」


 クロフォードは頭をカリカリ掻いた。

 

『ん? どういうことですか? 魂の入れ替えとは?』


 訝しんで身を乗り出す小太郎と小次郎に、エレナとクロフォードは説明する。


 すでに妖精姫は亡くなっていて、そこに別人の魂が入れられているのではないか。

 突拍子もない説だが、ありえなくもない。

 妖精姫から漂う別人、サブリナ・フィルチの魔力。

 サブリナ・フィルチなら知り得るエレナの過去。


『なるほどなるほど』


 感心するように小太郎は唸るように頷き、小次郎はきょとんとしながら尋ねる。


『んじゃあ、あれか? 

 昨夜クロフォードと顔の怖い騎士の兄ちゃんが言っていたとおり、姫に古代魔道具を身に付けさせ、軍部の連中をメロメロにしちゃってこの国も乗っ取るつもりだったのか? 

 で、そのあとに殺すのか?』 


「う~ん、それがねえ、ちょっと引っかかるんだよね……」


 エレナは言葉を濁した。


 そう、それが一番すんなりいく推論だ。

 けど、エレナには全然納得できないのだ。


 なにせ、覇権主義国家のマリュード皇国がずっと長年しまい込んでいた魅了魔法の古代魔道具。

 魔道具の力は計り知れない。


 だったら、どうして長い間ずっと使わなかった?


(恐らく、使いたくなかったんだよね)


「マリュード皇国は典型的な超男社会だよ。女性は常に下位と考えているくらい男尊女卑がひどい。

 女性が男性を操るなんて絶対に許されざる行為だし、もし自分たちにも飛び火して魅了魔法に操られる可能性を考慮すると、絶対身近で使わないと思う。

 だって、あっちの人にしてみたら、女性の操る魅了魔法で自分が操作されるなんて、とんでもない屈辱的行為だもの」


 だからこそ、古代魔道具はそこまで重要視されず、むしろ警戒し、長年封印されるように金木犀香るマリュード皇国で眠るように保管されていた。


「そうか、陽動か」


 突如、クロフォードが閃いたように声を上げた。


『陽動?』


 小次郎と小太郎の声が重なった。

 エレナは目をぱちくりさせた。


「ああ。古代魔道具は、目くらましだと思う」


 悔しさを滲ませるような表情で、クロフォードがみんなの顔を見回す。


「もともとあの古代魔道具は官吏登用試験のときに王城を混乱させて、その隙に王宮奥まで爆破羅を仕掛けるために使ったに過ぎない。

 奴らの本当の目的は、入省式の爆発時に、皇国軍が攻め入る隙を作ることだった。

 けど、生憎エレナがあの騒ぎを収めて、王宮奥まで爆破羅を仕掛けられず、古代魔道具の封印までしてしまった。

 ワルトとキムバートンにとって、かなり大きな誤算だったと思うぜ」


『ふむふむ。確かに。

 だから、あんなに自信満々に我らの陛下に「古代魔道具を返せ」なんて奏上できたわけですな』


 小太郎が興味深そうに頷き、小次郎が声を上げる。


『ってことは、あれか。

 奴らの当初の作戦では、爆破羅爆発時に古代魔道具はすでに回収している見込みで動いていたってことか?』


「ああ、放置しておくにはあまりにも危険だからな。

 一応、皇国の宝だ。国に忠誠を尽くす工作員なら返却する義務はあったはずだ」


『でも、エレナの活躍で取り戻せなかった。

 へん、ざまぁみろだ!』


 小次郎が腰に手を当て、勝ち誇った声で鼻を膨らませた。


「誇り高いマリュード皇国の奴らは、何が何でも女に操られたくないはずだぜ。

 むしろ、敵国民が女性に操られることをむしろ高みの見物でいたんじゃないのかな」


 クロフォードが皮肉めいた笑みを浮かべた。


 陽動作戦――。ふと不安が胸に浮かんでくる。

 そして、エレナは、頬を張られたような気分になった。


「そっか。

 昨晩のあれだけ強大な魔法を仕掛けて奪いに来たのも、陽動だったかもね」


 あのとき、あの時間はまさにサブリナ様の殺害時刻だった。


 ルシアンと研究室にいたあの時間帯。

 王城にいた騎士団長や副団長など腕が立つものは、妖精姫のわがままに振り撒されていた。

 マインラートを始めとする国の上層部が、侯国の異物混入事件で今後のあの国に対する作戦会議に参加してた。


 クロフォードもハッとしてエレナの顔を見た。


「言われてみればそうかもな。

 俺含め、大半の若手の王宮魔術師と騎士たちは今後について打ち合わせした時間だった」


 誰も王城外に目を向けないタイミングを見計らって、妖精姫の亡骸に魂を入れる儀式を行った。


 きっとワルトは、カトリーナやサブリナに命じて、その会議の時間帯を調べるよう命じていたに違いない。

 特に魔法騎士団の、いや、自分たち以上の魔力を持つクレインバール卿に邪魔されたくなかったはずだ。


 彼らは何としても魔法騎士団の目を逸らしておく必要があった。


「そうだよね。だって、魔道具を本気で奪うなら、場所は事前にカトリーナ様たちから教えてもらったんだから、警備の薄い、深夜の誰もいない魔法省に侵入すればよかったんだもの」


『そういうことか! 

 あえて昼間に騒ぎを起こし、魔道具に注目させ、エレナや大きいルルルがいるタイミングを狙ってトカゲがやって来たってことだな! 

 つまりはつまり、そこも織り込み済みでオレンジ頭の女に自首させたのかもしれないぞ。王都にあえて目を向けさせないために』


 小次郎がぱんと手を叩いて納得した。


 どうやら小次郎は、人の名前を覚える気はないようだ。

 ルシアンは大きいルルルに省略して誤魔化そうとし、カトリーナは目立つ髪色に置き換えている。

 それでも会話が通じるので、エレナは聞き流すことにした。


「そうなると、あれだね。

 妖精姫の異物混入未遂事件すら、王城を混乱させる狙いだったのかもしれないよ」


 エレナが呟くと、クロフォードの顔がさらに引きつる。


「確かに、クレインバール卿の動きを封じておくのが、アイツらの計画が円滑に続行するのに最適かもしれねぇなぁ……。うわぁ、それで淫薬いんやくかよ」


『ですが、そもそも魂を入れる儀式には多大な魂の犠牲が必要なんですよね? 

 そんなたくさん人が亡くなったことが最近ありましたか?』


 小太郎がふと思い立って、冷静に尋ねた。


「え~、そう言われると……」


 クロフォードは難しい顔をして首を捻った。


「『あ!』」


 小次郎が閃いたと同時にエレナも思い出す。


 侍女食堂の喧騒。

 漂う食事のいい匂い。

 そこで聞いた不吉な「全焼した奴隷船」の噂。


 エレナは小次郎と顔を見合わせ、声を揃えて言う。


「『奴隷船!』」


 小太郎とクロフォードはぽかんとした。


 エレナと小次郎は、侍女食堂で聞いた奴隷船全焼の話を手振り交えて説明した。

 優雅なバラ園の空気が一瞬凍りつく。


『なんともなんともこれは……』


 小太郎が小さな手で小さな頭を抱えた。

 

『じゃあ、兄ちゃん、大きいルルルが西南地方に遠征に行って、それを調べに行ったんじゃないか』


『うむ、ルルルではない、ルシアン・クレインバール総騎士団長だ。弟よ』


 そこはちゃんと冷静に兄らしく小太郎がツッコむ。


「クレインバール卿も遠征と言いつつ、実は妖精姫のこれ以上の用意周到で執拗な誘惑が嫌だから逃げたんだよ。怖くなったんじゃないの?」


 クロフォードは、冗談めかして、くすっと意地悪く笑った。


 エレナは苦笑した。


 あの騎士団長が逃げ腰なのは腑に落ちないけど、アメリアのハーブの鑑定書を見たエレナは、もしそうだったとしても仕方ないとは思う。


 なにせ、現にルシアンに妖精姫が盛ろうとしたのは、それこそ見境なく性欲が増す質の悪い強欲淫乱ハーブだったからだ。


 偶然耳にして違和感を抱いた――ヨヒンベアドルナ。


 小太郎は改まった顔で、エレナとクロフォードに向き合う。


『実はですね、現在クレインバール卿はその地域に魔物討伐に出向いております。

 さらに、サブリナ嬢を殺害した犯人の供述から、ワルト・チェッカレッチと「黒の杖」が西南地方の港湾のインフラ破壊工作を目論んでいたとのことで、ただいま特殊国境警備隊と第8騎士団が対応してます。

 その確認にも行っているのでは、と思いましたが、ひょっとしたら、彼もそれが気になって西南地方に出向いた可能性がありますね』


「え? 破壊工作?」


 エレナ身震いした。

 まさかこのタイミングで『秘密結社 黒の杖』が動き出すとは。

 タイミングが良すぎないだろうか?


『はい、そうです。これは昨日カトリーナ・ガンドルフィ被告人から得た供述により明らかになりました』


 エレナとクロフォードは思わず顔を見合わせた。


『そうして、もう一隻、奴隷船がここ、帝国に向かっておりました』


「もう一隻⁉」


 エレナはひんやりとした。

 また百人もの奴隷が焼き殺されてしまうのか。

 小次郎も同じように思ったのか、耳と尻尾の動きがピンッと固まった。


『ですが、それは焼失する前に特殊国境警備隊が保護しております。

 海賊も捕獲済みとのこと』


 ほうっ、とエレナと小次郎は同時に安堵のため息をついた。


「ってことは……もしかしたら」


 エレナは心の内にもやもやしていたことが、カチッと嵌って閃く。


「あのね」


 周囲を気にして声を潜める。


 お茶会で感じた“本来、ここにはいるはずのない人物の魔力”を打ち明けると、全員目を見開いた。


 彼らの計画が円滑に進んでいれば、妖精姫はルシアンとの行為の最中で亡くなっていた。

 でもそれは叶わなかった。

 だから、あらかじめ魂の入れ替え儀式のために用意していた奴隷たちの魂を使った。


 きっと彼にとって、それは不本意だったはずだ。


 だって、あの儀式は本来別の人に使う予定だったから……!


 でも、祖国の目的を達成するためには致し方ないことだった。



『なんと! それは重大すぎるほどの新事実ですな』


 小太郎の瞳が鋭く光った。


『承知しましたぞ! 

 その違和感、主様に必ず伝えましょう。

 軍部も魔法騎士団員も探っております。

 エレナ嬢の観察は調査の核心となりますぞ』


『そうだそうだ! 

 エレナの勘は俺が保証するぞ! 

 エレナ、もう一度、そいつらの気配を探りに行こうぜ。

 俺様がお伴するぞ』


 小次郎が胸を張って叫ぶ。


「いや、ちょっと待て」


 クロフォードは真剣な声を出す。


「エレナの直感は侮れないけど、一度主様に指示を仰いだ方がいい。

 こういうとき、指示を仰がない個人行動が足を掬われることがある。

 俺もそっちの支援に回れるよう第3騎士団と調整する。

 エレナは指示があるまで待機だ」


「わかった」


「小太郎、小次郎、主様に指示を仰いでもらってくれ」


 クロフォードが言った。


『任せとけ!』


『承知しました。

 私と弟は軍部と主様へ直ちに報告いたします』


 軽く返事をする小次郎とは裏腹に、小太郎は恭しく頭を下げた。


 そして、伝令の役目を果たすべく身を翻した。


『待ってよ、兄ちゃん!』


 小次郎が声をあげて、俊足の小太郎の後を必死で追いかけた。


「さて、エレナ。

 相当ヤバい案件になってきたぜ」


 クロフォードはエレナを見、苦笑した。


「うん、これ、かなりすごいことだよね」


 エレナは頷いたが、胸の奥のざわめきは消えない。



――この真実の先に、さらに大きな闇が待ち構えている気がしてならなかった。

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