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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮


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第22話 踏み出した令嬢の合格判定――皇太子の微笑とお見合い相手の真意

 エレナが他の人と違うことで戦々恐々としている最中。


「殿下、こちらが今回騒ぎとなった古代魔道具でございます」


 マインラートが慇懃丁寧にテーブルの上に布包みごと載せてから、布を広げた。


「えー、粉々じゃないか」


 ユリウスは苦笑した。


「申し訳ございません。あくまでも古代魔道具、

 危険性があったため封印いたしました。

 ですが、少々暴れ回ったので、

 そこの若者、ハウルデュース公爵令息に斬ってもらったんですよ」


「そうなんだね。触ってみてもいい?」


 手を伸ばそうとするユリウスがマインラートに尋ねた。


「はい。触っていただいても何ら問題ございませんので、どうぞ」


 ユリウスは割れた赤いルビーの破片を手に取って窓の光にかざす。

 割れたルビーは光を受けて妖しく煌めく。

 血の滴のような「赤」だ。


「へえ、これが魅了魔法を施した魔道具の欠片ねぇ。キレイだけど、どこか毒々しいな」


「ええ、そのとおりでございます。

 受験生の魔法が使えない者、魔力の微弱な者はことごとく、その魔道具に操られていたそうですよ」


「そうか。それは穏やかじゃないね。封印した判断は正しい」


 ルビーの欠片を元に戻す。


「けど、どこでこんなものを? 

 聞けば、官吏登用試験会場で回収したというじゃないか。

 受験生の准男爵の令嬢が身に着けていたと聞いて驚いたよ」


「そのとおりでございます。

 持ち主は現在魔法騎士団に引き渡しておりますので、

 詳細は魔法騎士団にお問い合わせください」


「そうか。じゃあ、教えてくれ。

 ルシアン。

 その後、何か分かったか?」


 ユリウスが扉近くに控える美丈夫な武官、ルシアン・クレインバールに声をかけた。

 エレナだけが、その名前に内心びくつく。


「はい、ご報告いたします」


 ルシアン・クレインバールが一歩前へ出た。


「どうやらこの魔道具は、異国の商人を介して

 新興貴族セインレイム准男爵家にもたらされた模様です」


 ルシアン・クレインバールのよく通る声が響く。


 エレナは、その彼が美声すぎて驚く。

 とんでもなくいい声。

 地響きのように腹に響く低い声だ。


(それにしても、なんだかこの人の魔力、凄まじすぎて怖い……)


 ますます身を縮こまらせた。


「ふうん、セインレイム……聞いたことがない家名だな」


 ユリウスは顎に手を当て、唸る。


「はい、南西部のミーコム地方の出自の元商人の家柄のようです。

 只今第5騎士団がセインレイム家に直接事情聴取に行っております」


「持ち主の令嬢は何か言っていないのかい?」


「それが、完全に精神を魔道具にむしばまれ、ずっと『あたしがこの国の男を支配する。男たちはあたしにひれ伏すの』と狂気じみた言葉を繰り返すばかりで。

 王宮医務室にも診せましたが、あそこまで行くともう正常に心が戻ることはないらしいです」


「それは物騒だねえ」


「はい、魔力のない者が身に着ければ精神を蝕まれる速度も速く、かなり危険な魔道具のようですね」


「そうか。これ、意図的に城内に持ち込まれた可能性はある?」


 ユリウスの眼光が鋭く光った。


「詳細はセインレイム家での事情聴取次第ではありますが、可能性としてはあり得ると思います」



 ルシアンは鷹揚に語る。


「たとえば、このような魅了魔法を発動する魔道具が城内に持ち込まれた場合。

 それが敵対組織の実験的な目論見であったとすれば、充分に満足のいく検証結果が得られたことでしょう。

 

 実際、今回の官吏登用試験では、願書さえ出せば貴族なら誰でも王宮に入城できる状況でした。

 その結果、大半の受験生が魅了魔法に囚われたと聞き及んでいます。

 もし収束させる者がいなければ、混乱はさらに拡大していたはずです」



「なるほどね。

 実際どれぐらいで事態を収束させられるか、推し測られていたかもしれないのか」


 ユリウスは顎に手を置いて頷いた。


「その通りです。

 もしこれを敵国の間者が、女官に変装して魔道具を身に着けたまま王宮を闊歩かっぽしたら、

 と思うと……ちょっとゾッとしますね」


「まったくだね。

 ちなみに、官吏の制服はちゃんと厳重に管理されているんだよね?」


「そこは総務省が管理してますので、一度確認が必要かと存じます」


「ふうん、了解。

 一度徹底的に敵国のモグラがいないか、厳しく確認した方がいいね」


「承知いたしました」


 二人の武官が恭しく頭を下げた。

 


 そして、ちらっとユリウスがエレナを見た。


「この危ない魔道具を封印してくれたのは君だよね?」


 極上の宝石を散りばめたような非の打ち所がない笑みを向けられ、エレナは頬を赤く染める。


「は、はい、わたしです」


 思わず声が上擦った。


「すごいね、君。王宮魔術師でもないのに。もともと封印魔法を使えたのかい?」


「い、いえ。そ、その……」


「殿下。わたしが教えたんです」


 身を乗り出す勢いで、マインラートが自慢げに胸に手を当てて申し出た。


「しかも一回だけですよ。すごいでしょ? 

 たった一回の口頭説明だけで、彼女はやり切ったんですよ」


 まるで自分のことのようにマインラートは自慢した。


「へえ、それはすごい」


 ユリウスは素直に感心する。


「封印魔法を初見でやりのけたってことか。

 封印魔法って結構上級者向けなんだよね」


 ユリウスはエレナの双眸を覗き込むように、真っすぐ見据えた。


「ごめんね、さっきは『粉々じゃないか』なんて文句言って。

 初見でここまで出来れば上出来だよ。大変だっただろう? 

 魔力の消耗も大きいし。改めて封印、ご苦労様」


「い、いえいえいえいえ、とんでもございません!」


 エレナはブンブン首を振った。


「あはは、君、緊張し過ぎだよ」


 ユリウスは豪快に笑って、それから、すっと怜悧にマインラートに視線を投げた。



 空気が一気に緊張感に包まれ、エレナはビクッとした。



「この子だよね、君が推す新しい魔法使い」


「はい、そうです」


「ふうん、なるほどね」


 ユリウスは、じっとエレナを見つめる。

 その目は真剣で、どこか好奇心に溢れたものだった。

 エレナは居心地が悪くなって、視線を落とした。


「それでですね、殿下。ほかにも彼女、なかなかやるんですよ」


 にこにこ嬉しそうにマインラートは、エレナがローゼルから聞いた話やマリュードナバロー語のことを意気揚々と話した。


「彼らのマリュードナバロー語を訳すと、

『決行は入省式。王城の正門に爆破羅ばくはらを爆発させると同時に皇帝陛下の首を狙う』

 というテロ予告でした」


 ユリウスと武官の二人、そして、エレナとレイノルドの顔がぴくりと強張った。


爆破羅ばくはら”は魔法とは無関係の火薬を使う爆弾だ。


 魔法防御壁をも貫通する大変危険な爆発兵器。

 敵国マリュード皇国が開発した武器だ。

 この国では使用が禁じられ、原料となる火薬の持ち込みすら厳しく制限されている。



「これにはまだ続きがございまして、

 一人は『もし俺たちが合格したら、その騒ぎに巻き込まれるかもしれないからその前日に日程変更しろ』と言い、

 もう一人は『むしろ爆発に巻き込まれた方が、俺たちがモグラだと魔法騎士団にバレない。だからちょうどいい』と言ってましてね。

 その後二人は揉めていたというから、察するにその決行日で揉めていたのでしょうねえ」


 剣呑な内容をマインラートは「今夜の夕飯の献立はなんだろうね」とでも話すかのような口調で穏やかに言う。



「“爆破羅”は魔法とは無関係の火薬を使う爆弾でございます。

 しかも、ただの火薬じゃないですよ。

 魔法の結界を逆手に取り、その魔力を吸い取って爆発力を倍増させる、対魔法使い用の極悪な兵器。

 防御壁すら紙切れのように引き裂くその威力は、かつてマリュード皇国が国境の砦を一夜にして更地にした際にも使われたと言われておりますしね」


(つまり、あの二人は……)


 エレナは自分が聞いた情報がとんでもないものだったと気づき、顔を青ざめた。


「ということなので、魔法騎士団さんたち」


 マインラートは扉前の武官を冷ややかに一瞥した。


「すぐにでも正門を徹底的に調べてください。

 入省式に合わせて暗殺部隊が潜入する恐れもありますしね。

 各所領の検問も強化をお忘れなきようお願いしますよ」


 そして、艶然たる笑みを浮かべた。


「これはこれは。大変貴重な情報、ありがとうございます」


 ルシアン・クレインバールも負けじと、にっこりと美しい笑顔で言う。

 だが、なんとなく不穏な怒りの魔力の衝突が見え、エレナは怯えた。


「すごいなあ、テロ予告まで気づくなんて。

 様々な魔法が使えるんだね、君は」


 そんな中、ユリウスは感嘆の声を上げた。

 その碧眼の瞳は羨望の眼差しを孕む。

 エレナは居たたまれない気分になった。

 

 なにせ、これは全部ローゼルが気づいたことだ。

 ローゼルがいなかったらここまで成果を出せなかった。


「誰からの情報であれ、そういった類の話を聞けたのは彼女の運の強さですよね、殿下」


 マインラートはエレナの後ろめたい気持ちに勘づいたように、そっとユリウスに囁く。


「ああ、もちろん。運も実力のうちっていうしね。

 これから毎年官吏登用試験には誰か紛れ込める諜報人員を送る必要があるかもしれないな。

 うん、これはなかなか興味深い報告だよ、教えてくれてありがとう」


 ユリウスはエレナに輝かしい宝石のような笑顔を浮かべた。


「で、どうですか? 彼女」

 

 マインラートはずいっとユリウスに一歩近づく。


「そうだね、推薦文も読んだけど、う〜ん……」


「このど素人丸出し感がある感じ、素敵だと思いません? 

 この子がすごい魔法使いだなんて誰も思わない。

 だからこそ殿下の右腕にふさわしいと思います」


 武官の二人の気配がピリッと電流が走ったように緊迫する。


 殿下の右腕——「影」という隠語だ。

 彼らはその隠語を知っている。


 その一方でエレナは、内心、悪気のないマインラートの「ど素人丸出し」がぐさっと思いのほか心に刺さる。

 複雑な気持ちが渦巻いて、胃の底が冷える思いをしていた。


(ど素人丸出し……。そのとおりだけど……身も蓋もない……)


 ちらっと、クロフォードが笑いをかみ殺して肩を震わせているのが見えた。


「まあ、確かに。そうだねぇ」


 ユリウスも悪気なく、素直に頷く。


「こういうとき機敏すぎる者だとついギスギスして正体がバレてしまう。

 それを考慮すると、ほどよく抜けて見える方がいいのかもね」


「でしょでしょ?」


 マインラートがはしゃぐような声を出す。


(抜けている……。

 確かに、すごいしっかりしている、なんて思ってもいない。

 けれど)


 改めて言われるといささか落ち込む。


 殿下やマインラートが言いたいことは分かっている。

 この「ど素人感丸出し」だから怪しまれないのだ。

 

 動きがそこまでキビキビしていないからこそ、傍近くにいても諜報部隊だとは思われない。

 

――つまり内偵の任務に最適。

 相手を無用に警戒させなくて済む。

 

 そうマインラートは遠回しに伝えているけれど、落ち込むのは落ち込む。


「でもさぁ、彼女、結構な美人だよ。

 そのせいで黙っていても結構目立っちゃうんじゃない? 

 僕はそれが心配だけどね」


 ユリウスはさらにさらりとエレナを「美人」と言った。

 

 エレナは目を剥いて驚いた。

 まさか十九年生きていて、皇太子殿下から「美人」と言われる日が来るなんて。

 


 かぁぁぁ、とエレナの顔が茹蛸のように真っ赤に染まる。



 これは天変地異の前触れか。

 もしくは一度貶められて持ち上げる飴と鞭なんだろうか。



「彼女の魔力量、魔法力、魔法操作技術、すべてにおいてマインラートと他推薦人が推すほどだから、僕の新しい右腕にぴったりだとは思うけど……

 ただ、美人に目がない官吏とかが目敏く見つけちゃうんじゃないかな?」



「殿下、それにはご心配及びません。

 彼女は大変人見知りなのでローブ姿で仕事をする予定ですし、魔法省の滅多に人前に出ない仕事です。

 今後今日のような魔法絡みの、特に危険な古代魔道具の案件については、

 彼女が魔法省の特別補佐官として内々に処理できる見込みです。

 

 こちらとしても堂々と仕事として彼女に頼めるので、逆に変に目を付けられることもございません」



 畳み掛けるマインラートに、ユリウスはお茶を優雅に飲みながら、逡巡する。


「じゃあ、いいんじゃない」


 ユリウスは、ティーカップをテーブルに置き、エレナに視線を真っ直ぐ投げた。




「採用」


 ユリウスが品のある笑みを浮かべた。

 エレナとクロフォードは思わず顔を見合わせ、僅かに微笑み合った。


「ありがとうございます」


 マインラートは深々と頭を下げた。


「後見人は私とクロフォードがいたします。

 殿下が留学から戻られるまで、彼女を殿下の右腕として活躍できるよう教育し続けます」


「わかったよ。そこまでマインラートが責任を持つなら僕は何も言えないよ。

 それにしても珍しいよね。クロフォードが女の子の面倒見るなんて」


 意味深にユリウスがクロフォードが見据える。口元は意地悪そうな笑みが浮かんでいた。


「え? そうですか? 俺、男女平等で面倒みてますけど」


 クロフォードは不服そうに首を捻った。


「あれぇ? そうだっけ。ふふふ、まあ、いいや。

 これでクロフォードについては少し安心だ。

 なにせ、僕の周りってみんな仕事熱心なのはいいけど、女っ気がなくて、そのままみんな独身貫きそうなんだよ。

 ね? ルシアン」


 さらに含み笑いを滲ませて、ユリウスがルシアンに話を振る。


「一応俺にも見合い話くらいありますよ。

 この前もある前侯爵夫人から話が持ち込まれましたから」


 ぼそっとルシアンが不機嫌そうに呟いた。

 エレナは内心ぎくりとした。


「へえ。すごいじゃない。

 今度こそ相手の令嬢に駆け落ちまでされて逃げられたりしないようにね」


「あれは、タイミングが悪かったんです」


「じゃあ、今度はどこのご令嬢?」


「今は言いたくありません」


「なんで? いいじゃないか? 

 もし不服なら僕の一押し令嬢を紹介しようか?」


「結構です。とにかく今は言いたくないです」


 憮然とするルシアンは、ちらりとエレナを一瞥しながら目線を外した。


「ふうん、まっ、また後日談を教えてくれ」


 ユリウスはご機嫌で立ち上がって、部屋を退出しようとする。

 が、何を思い出してか、くるりと踵を返す。

 エレナの前まで颯爽と歩み寄った。


「ごめんごめん、肝心なことを忘れてたよ。君、名前は?」


「え、っと……」


 エレナは内心「ヒィッ」と声を上げながら、キラキラ輝く笑顔のユリウスを見上げた。

 殿下の質問に答えないなんて不敬になってしまう。


(けど、けど、き、き、緊張する……)


 助け船を出してくれないかと期待して、ちらっとマインラートとクロフォードを見た。

 けれど、二人はあえて視線をエレナと合わせない。

 自分の名前くらい自分で名乗れと言っているみたいだ。

 

 そして、一番の懸念点、なんとなくエレナは、ルシアンを見る。

 彼は射るような目でエレナの様子を窺っている。


(ひぇぇぇ……)


「エ、エレナ・ヴァービナスでございます、殿下」


 内心テンパるエレナだが、覚悟を決め、精一杯敬意を示したカーテシーをする。


「ああ、ヴァービナス侯爵のところのご令嬢なんだね。

 道理で。君は夫人似なんだね。

 そのアメジストの瞳と、たれ目具合。うん、すごく可愛いよ」


 天使のような神々しい笑顔に、エレナはぶわっと顔が真っ赤になった。

 

 その様子にユリウスはぷっと噴き出して笑った。


「あはは、君は素直な子だね。

 そうだね、マインラートの提案通り、ふだんはローブで過ごした方がいい」


 ますます意味深にユリウスがクロフォードを見た。


「じゃないと、可憐な君に惚れこんでしまう貴族が出てきてしまうかもしれないからね。

 ローブあった方がクロフォードも安心して仕事に打ち込めるだろうしね」


「お、俺ですか!?」


「うん。ちゃんと面倒見て一人前にしてあげてね。

 じゃあね、エレナ・ヴァービナス嬢。また会おう」


 ますますご機嫌な表情でユリウスが手を振って部屋を出て行く。

 ルシアンではない、もう一人の武官も付き添うようにして出て行った。


「さて、んじゃあ、二人ともお疲れ様。

 今日は適当に帰っていいからね」


 マインラートも古代魔道具を持ったまま、エレナとレイノルドに声をかけて飄々と部屋を出た。

 しかもうっすら鼻歌も聞こえた。



 残されたのはエレナとレイノルド、クロフォード。

 それからエレナにとってどう接していいか未知数のルシアン・クレインバールの四人。


 重い沈黙が流れた。


 エレナは、ずっと黙っているルシアンに挙動不審になりながらちらちら見る。


(なんで彼はここに残ったの?)


 軍服に包まれた長身は、ただ立っているだけで周囲を圧する威圧感を放っていた。

 

 だが、窓から差し込む陽光に照らされた横顔は彫刻のように美しい。

 イケメン好きな祖母が見合い相手に推すのも、なんとなくわかる。


「クレインバール卿、今後ともよろしくお願いいたします!」


 突如レイノルドがルシアンの前に立ち、恭しくお辞儀をした。


「ああ。レイノルド。合格おめでとう」


 ルシアンから朗らかな笑みと気さくな言葉が溢れる。


「ありがとうございます!」


 表情の乏しいレイノルドの顔に、あどけない笑顔が広がった。


「でもレイノルドは本当に騎士じゃなくてよかったのか? 

 それだけ魔力があったら堂々と悪党と戦えるぞ」


「いえ、俺はまだまだ修行中の身。

 まずは文官の補佐官として軍部の皆様にお役に立とうと思います」


「そうか。騎士に転身したかったらいつでも言えよ。

 俺も貴殿の親父殿に口添えしておくからな」


 彫刻のような美貌に豪快な笑みが重なり、レイノルドははにかむ。


「はい、ありがとうございます!」


 二人は旧知の仲のようだ。


 そしてどうやらレイノルドは、このルシアン・クレインバール総騎士団長に憧れているらしい。

 羨望と尊敬の眼差しが半端ない。


「わ、わたし、帰っていいかな」


 クロフォードにぼそっと確認すると、クロフォードは「う〜ん」と唸る。


「とりあえず、ルシアン・クレインバール卿に一度は挨拶しておいた方がいいんじゃないか? 

 これから王宮で顔を合わせる機会も増えるだろうし、ひょっとしたら仕事だって一緒にすることもあるかもしれない。

 気まずいのは避けておいた方がいいだろう?」


「そ、そうだけど……」


 不安だ。

 とにかく、不安。

 あんな美形とまともに話すなんて無理。



「どうする? 俺、いない方が話しやすい?」


 気を遣って部屋を出て行こうとするクロフォードの服の裾をエレナは思わずつかんだ。


「いて。お願い」


 切実な表情でエレナが懇願すると、クロフォードが意外そうな顔をしてから、照れ臭そうに頬を掻く。


「まあ、そこまでエレナが言うなら……」


「初めまして。エレナ・ヴァービナス嬢」


 そのとき、よく通る声と共に、声の主ルシアンが颯爽と歩み寄ってきた。


 彼が近づくほどに圧倒的な体躯と魔力の奔流が迫り、エレナは思わず震え上がった。


「え、あ、あ、あ……」


 彼の姿は美しい彫刻のようであると同時に、まるで鋼鉄の壁だ。

 近寄りがたい桁外れの魔力と威圧感に満ちている。


「ヴァービナス嬢、改めまして、俺はルシアン・クレインバールと申します。貴女の祖母のマンスル夫人からお見合いの話があったかと思うが、貴女ももちろんその話を聞いてますよね?」


 エレナは紳士的に挨拶をするルシアンに気圧されながら何度も頷く。

 頷くのが精一杯だった。


「貴女が魔法使いと聞いて、ぜひ我が妻に、と思ったんだが。

 すでに魔法使いとして殿下に認められ、なおかつクロフォードといい仲と見た。

 これはもはや、俺は身を引くしかないな」


 ルシアン・クレインバールは爽やかにニコっと笑って、クロフォードの服の裾を摘まむエレナの指先を見下ろした。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。クレインバール卿。

 いい仲って、全然そういう意味じゃあ……」


 クロフォードがエレナより顔を真っ赤にして慌てた。


「そうか? すごく仲良さそうだと思ったが? 

 まあ、年が近い方が何かと話も合うだろう。

 しかも、初見で危険と言われている精神干渉系の魅了魔法の古代魔道具を封印できるすごい魔法使いだ。

 うちの領地夫人にはもったいなさすぎるお方だ」


「へ? 危険?」


 エレナは目をぱちくりさせ、クロフォードを見た。


「そう、あれ、実はすげえ危ない代物だったんだ」


 気まずそうにクロフォードが頬を掻いた。



「物理攻撃仕掛けてくる魔道具のほうが、封印はまだ簡単なんだ。

 けど、今回の精神干渉するような、しかも男をたぶらかす厄介な代物。

 女性しか封印できないといういわくつきだ。


 マインラート様は、自分が封印できないからエレナ嬢にあえて任せたんだよ。

 失敗したら魔道具もろとも消滅させる腹積もりだったんだったみたい。

 もちろん、どっちに転んでもいいように魔法省の許可は得ている。


 ま、結局ルビーが粉々でもあれだけ形が残っていたのはラッキーだ。

 あれくらいなら修復魔法使って直すこともできるしな」



「え? それって、要はわたし、うまくマインラート様に使われたってこと?」


「ああ。あの人、今頃一人でホクホクして各署に自慢してるぜ?

『自分がスカウトした凄い子が入るよ〜。どんな子かは秘密だけどねえ』ってね。

 なにせ殿下への御目通りも叶ったわけだし、いわば、皇族お墨付き」


「そうだろうな。

 あの御仁なら封印された魔道具を持って、自分がいかに凄い魔法使いを弟子にしたのか自慢するだろうな。

 しかも、ヴァービナス嬢の顔を晒さないという隠し玉方法で引っ張るから、あの人の敵対派閥は冷や冷やもんだろう」


 ルシアンが顎を撫でながら、磊落らいらくさを滲ませてニヤニヤ笑った。


「はへ?」


「俺もさすがにあの御仁を敵に回す勇気はない。

 今後は仕事仲間として、改めてよろしく頼むぞ。ヴァービナス嬢」


 ルシアンは誰もが見惚れる笑顔を浮かべた。


「それじゃあ」


 ルシアンは大きく手を振って、レイノルドを連れて部屋を出て行った。

 レイノルドはご丁寧に、エレナに会釈をした。

 エレナもぽかんとしたまま、なんとなく会釈し返す。


「あの、クロフォード……。

 わたしって、マインラート様に知らず知らずのうちに物凄いハードル上げられてない?」


「うん、あの人、のほほんとした顔でエレナにはかなりスパルタだぜ。

 だって、試験勉強中に気晴らしだからって、上級封印魔法を平然と教えるんだから。

 しかも、実践せず口頭説明のみ。

 あれにはさすがの俺も驚いたよ。

 でも、まあ、それでもやってのけたから結果オーライじゃん?」


「え、あ、うん、まあ、そうだけど……」


 なんかうまく丸めこまれている気がする。


 けど、実際、試験勉強よりも難しいと言われる封印魔法の方が、すんなり頭に入った。

 もし、このことをマインラートの前で言えば、より難しい魔法をエレナが余裕ないときにも平然と教えてくる、というのだろうか。


「あのな、それだけ伸びしろがあるヤツって期待されているんだ。

 とはいえ、これからもいろいろ覚悟しておいた方がいいぞ。

 あの人の無茶振り、すげぇ有名だから」


 クロフォードは頼もしいと言わんばかりに笑顔を向けるが、エレナはそれどころじゃない。


 知らず知らずのうちに、物凄い期待を背負わされている。

 その事実が、ずしりと胸にのしかかった。

 

――エレナは再び痛む胃を押さえこんだ。

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