第21話:踏み出した令嬢の決別――格の違いと美しき来訪者
マインラートの口調は愉快そうだった。
だが、その奥に潜む威圧感は消えず、ニコライは震え上がった。
ふと、唐突に何かを感じ取ったようで、マインラートが呟く。
「おや、予定よりも早いな」
エレナたちがマインラートの言っている意味が分からずぽかんとしていると、マインラートは無邪気に笑う。
「さぁて、では、皆さんお立会い。ユリウス皇太子殿下のおなぁり~」
そのとき、突如部屋の扉がばんと自然と開いた。
全員ぎょっとした。
エレナは、マインラートの“皇太子”という言葉を聞くや否や、慌てて頭を下げ、敬服のポーズを示した。
そして、高貴な香気を纏った美しい青年が爽やかな笑顔で入って来た。
「やあ、久しぶり。元王宮魔術師筆頭マインラート・ソシュール」
唐突な皇族の登場に頭が追いつかず、ニコライだけがぽかんとしていたが、それ以外全員はエレナ同様、敬服のポーズをした。
金糸の髪に碧眼、気品に満ちた美貌。
彼の存在感は凄まじい。
部屋全体がぱっと明るくなった。
「ご無沙汰しております。ユリウス殿下。
この度は留学中での一時期帰国、ありがとうございます」
マインラートが深々と膝を曲げてお辞儀をした。
「いいよ、全然。ちょうど執務のために戻ってこないといけなかったし。
タイミング的には良かったよ」
現在皇太子ユリウスは友好国に留学中だ。
期間は五年。とはいえ、皇太子にしかできない執務があるため、時々極秘帰国している。
「ああ、みんな、顔をあげていいよ」
ユリウスは寝椅子に優雅に腰かけた。
すかさず、音もなく現れた彼の側仕えの侍女たちが、お茶などの用意をし始めた。
それから、部屋には護衛なのだろうか、屈強な体格の軍服を着た大男二人が扉付近に控え立つ。
彼らはこの場の誰よりも長身で屈強で、魔力も強かった。
特に奥の短髪黒髪の男は、武官にして恐ろしいほどの玲瓏な顔立ちをして、エレナはとても驚いた。
これぞ本物の美丈夫。
領地でそう呼ばれていたニコライなど霞んで見えた。
「……おや、そこのローブの君、顔を見て話したいからフードを取ってくれるかな?」
「あっ、はい」
エレナは自分のことを言われていると気付くと、慌ててローブのフードを取った。
亜麻色の豊かな髪がさらりと肩に流れ、繊細なフレームの眼鏡の奥で、アメジストの瞳が揺れた。
たれ目がちな眼差しは柔らかく、口元の小さなホクロが微かな色香を添えていた。
ユリウスは、エレナを見ると一瞬目を見開いて、それからにっこりと笑顔を浮かべた。
そして、周りをぐるりと見て、一つのところにとまる。
一瞬、顔をしかめた。
「ねえ、マインラート。あれはなんだい?」
ユリウスが不愉快そうに、捕えられているニコライに対して顎をしゃくった。
「ああ、あれは王宮に忍び込んだ鼠です。
ちょうど魔法騎士団に突きつけようと思っていたところなんですよ」
マインラートが飄々と言う。
すると、扉付近に控えていた武官の二人がぴくりと動いて、ギロリとニコライを睨みつけた。
ニコライの肩が盛大に震えた。
「ふうん。そうか、鼠か。それは王宮の衛生管理上良くないね」
美しい所作でユリウスはお茶を飲む。
「ですよね。
しかもこの鼠、不法侵入しようとしただけじゃなく、禁止されている違法薬物を摂取しているようです。
それから、ちょっとした婦女暴行の嫌疑もありましてねえ……」
含蓄あるマインラートの台詞に、ニコライがようやく自分の状況が危ういことが理解できたらしく、歯を鳴らして震え始めた。
「そう。それはますます精神的にも衛生的管理上にもよろしくないね。
んじゃあ、ちょっと鼠さんにはご退出願おうか」
「承知いたしました」
マインラートが恭しく頭を下げ、クロフォードに目配せをした。
クロフォードは頷き、ニコライを魔法で浮き上がらせ、黒髪の武官の前に突き出す。
「クレインバール卿。
この鼠、くそ生意気ですが、いろいろ情報は持っていると思います。
徹底的によろしくお願いいたします」
「承知した」
強張った顔つきでクレインバール卿と呼ばれた黒髪の男は、軽々と野良猫のように、ニコライの首根っこをつかんで部屋の外へ引きずり出した。
外の控えていた騎士にニコライを引き渡す。
(ちょ、ちょっと待って)
エレナはぎくりとした。
黒髪の騎士をちらりと盗み見た。
(い、いまクロフォード、クレインバール卿って、言ったよね?)
クレインバール卿――ルシアン・クレインバール。
つまり、おばあ様が持って来たお見合い相手だ。
なんてことだ。冷徹なまでの造形美を誇る男。
祖母が、とんでもない美形と自分を平然とお見合いさせようとしていたことに、ある種の恐怖を覚えた。
(あわわわわ……)
エレナは心の中で震え上がった。




