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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮
第2章 出張捜査編 ―死の予言と、血晶の陰謀―

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第122話 変装令嬢たちの安らぎ【後編】――朝日の予感と紅の鼓動

 東の空が白み始める。


 闇を押し返すように、金色の朝日がゆっくりと昇り始めた。

 その光は窓の隙間から差し込み、冷え切った空気を柔らかく染めていく。



 頭がガンガンする。


 エレナは起き上がると、クロフォードが用意してくれただろう水差しを見つけて、コップに注いで飲む。


 朝日がやけに眩しくて、目が痛い。


『エレナ! 

 おはよう! 

 いい朝だな』


 小次郎の元気のいい声に、キーンと頭に激痛が走った。


「おはよう……。

 ごめん、小次郎、頭痛いから少しボリューム落として……」


 エレナはこめかみを押えた。


『おう、分かったぞ』


 小次郎はしゅんとして、小さな声で返事をした。


 どうやら昨日街で振舞われたお酒が原因で二日酔いになってしまったようだ。

 若干吐き気もする。


「うぅ……頭ガンガンする……。

 でも、整えなくちゃ」


 エレナは自己治癒魔法の詠唱を唱える。



   「命の律動よ、正しき調べを奏でよ――

   乱れし鼓動を鎮め、歪みし力を整え、

   健やかなる調和を取り戻せ。

   ――調律癒法リジェネ・ハーモニクス!」



 エレナが詠唱を終えると、彼女の周囲に淡い桃色の光が広がった。

 その光はやがて花びらの形を取り、ひらひらと舞い落ちる。


 柔らかな感触の花びらは空気に溶けるように消えながら、こめかみを締め付けていた重苦しさが薄れていく。

 最後の一枚が彼女の掌に落ちると、淡い桃色の光となって消えた。


 エレナは深く息を吸い込み、吐き出す。

 頭痛はすでに遠い記憶のように薄れた。


『エレナの魔法はやっぱりキレイだなぁ。

 俺様、好きだぞ』


 小次郎はつぶらな黒い瞳をキラキラさせてエレナを見上げた。


「ふふ、そう言ってくれてありがとう」


 エレナは嬉しくなって微笑む。

 だが、昨夜のことを糸を手繰るように記憶を辿ってみるも、一部ごそっと抜け落ちている。急に不安になって尋ねる。


「ねえ、小次郎。

 昨日クレインバール卿の聴取の後半、わたし、全然覚えていないんだけど……。

 ちゃんと説明できてた?」


『後半はいびきをかいて眠っていたぞ』


「へ⁉ ……嘘」


『嘘じゃないぞ。

 クロフォードがおんぶしてここまで運んだんだぞ』


「……!」


 エレナの頭の中にクロフォードに自分がおんぶされる姿を想像し、一気に体温が上昇した。

 体から湯気が立ち上りそうなほど、顔がカッと熱くなった。


(どうしよう、重たくなかったかな……)


 クロフォードがエレナを背負うのは、これで二度目だ。


 一度目も広い背中だと思った。

 あれだけ中性的で美しいのにびっくりするほど逞しい背中。

 内側から沸き起こる記憶に心震える。


 年月を経て、またあの背中に背負ってもらえるなんて……。


(あぁ! わたしの馬鹿! 

 全然記憶に残っていないじゃないの、何で覚えていないのよ!!)


 エレナは悶える。


(せっかくクロフォードに近づけたのに。

 ……って、わたしは変態かっ!)


 クロフォードに触れてもらえたのが嬉しくて、顔がついにやける。

 彼に触れられたところが柔らかな熱で満たされる。


 どうしよう、心の中がクロフォードへの想いでいっぱいになってしまう。

 これってわたし、思った以上にクロフォードに惹かれているってことだよね?



――人生初の恋。


 クロフォードは、彼の態度からわたしのことなんて世話のかかる妹弟子としか思っていないだろう。


(でも、想うことは自由だよね?)


 エレナは頬を赤らめたまま、慌てて身支度を整えた。

 だが、胸の奥ではまだクロフォードの背中の感触が残っているようで、鼓動が落ち着かない。


 そこへ扉を叩く音がした。


「エレナ、準備はできているか?」


 クロフォードの声だ。

 どきっと胸が高鳴った。


「は、はいっ!」


 思わず裏返った声に、小次郎が肩で不思議そうにエレナを見上げた。


『エレナ、顔が赤いぞ。

 大丈夫か?』


 頭の上に乗った小次郎はそっとエレナの額を小さな手で触る。


『うむ、熱はないようだな』


「だ、大丈夫だよ」


 エレナは深呼吸して気持ちを整えようとするが、心臓の高鳴りは収まらない。

 それでも思い切って扉を開けた。


「おはよう、クロフォード」


「おう、おはよう。

 今日も少年トマの姿だな」


 扉前に立つクロフォードはいつもと同じ笑顔を浮かべていた。

 いつもと同じだからこそ、エレナの鼓動は速まる。

 思わず視線を逸らし、顔を真っ赤にしたまま、両手で頬を覆った。



「どうした? 

 体調悪いか? 

 治癒魔法、施そうか?」


 心配そうにクロフォードはその整った顔を近づけて覗き込んだ。


「うわっ!」


 エレナは驚いて、身体を後ろに退いた。


「え、なんだよ」


 不服そうにクロフォードは口を尖らした。


「ううん、ごめん。

 ち、近い……じゃない、そのう、さっき二日酔いだったみたいで頭痛が酷くてね」


「まあ、ふだん高級ワインばかり飲んでいる令嬢が度数の高い安酒をガパガパ飲まされたんだ。

 仕方ないって。

 治癒魔法するからおいで」


 クロフォードは大きく手を広げる。


「おいでって……」


 思わず飛び込みたくなるのをぐっと堪えたエレナは、ぷいっと顔を背けた。


「大丈夫、子ども扱いしないでよ。

 ちゃんと自分の治癒魔法で対処できました」


 つんけんとした答え方をしてしまい、ハッとする。


(しまった……。

 なんて可愛げのない態度……)


 エレナが自己嫌悪に陥っていると、クロフォードが頭を撫でた。


「はいはい、悪かった悪かった」


 クロフォードは、笑いながらくしゃくしゃとエレナの髪を乱すように撫でる。

 その大きな手の骨ばった指と温かさにますます気恥ずかしさを覚え、同時に甘酸っぱい幸福感に包まれた。


「もう、わざと子ども扱いしている」


「あはは、分かった? 

 少年トマなんだからしかたないだろ?」


「ひどーい! 

 案外この恰好、動きやすいから気に入っているんだよ?」


「うん、いいんじゃない? 

 その方がエレナが中央の女官だってバレないし」


「だよね。

 これって戻っても使えないかな?」


「ああ、なるほどね。

 貴族子息の官僚の見習い侍従っていうのも最近増えているし、いけるかもしれないな。

 侍女姿よりもこっちの方が目立たない」


「よしっ、じゃあマインラート様に相談して今後もこの姿を使おう」


 クロフォードの声は低く柔らかく、まるで背中に触れたときの温もりが甘酸っぱく蘇ってくる。


 そのとき、他の仮眠室の部屋の扉が開いた。

 朝からピシッと整えた総騎士団長ルシアン・クレインバールだ。


 共に部屋から出て来たのは、モーニングコートを纏う若い侍従だ。

 藁色の短髪に灰色の瞳、まるで小型犬のような愛くるしい容姿だ。


 見透かされそうなほど、澄んだ双眸。吸い込まれそう。

 

 なんだろう、彼はとてもつかみどころのない不思議な魔力を持っていた。


 彼は目が合うと、にこっとエレナと小次郎に微笑んだ。


「おう、朝から元気だな」


 ルシアンが爽やかに二人と一匹に声をかけた。


「「おはようございます」」


 エレナとクロフォードの声が重なる。


「ふっ、朝から仲睦まじいことで」


 ルシアンは吹き出し、やれやれと首を振った。


「!」


「朝から変な想像するなよ!」


 すかさずクロフォードが顔を真っ赤にした。ルシアンはニヤニヤ笑う。


「いやぁ、若いって素晴らしいねぇ」


「クレインバール卿と俺と四つしか年齢が違わねぇくせに、なに爺臭いこと言ってんだよ」


「いやいや、二十代前半と後半じゃあ、もう考え方も肌の張り具合も違ってくるんだ」


「んだよ、それ。年上ぶりやがって」


「年上だからな、俺は」


 得意気に笑うルシアンの元に、一人の騎士が駆け寄って来た。


「ルシアン様、おはようございます。

 さっそくご報告がありますが、よろしいでしょうか?」


「スティーリン・ド・ラクロワが何か吐いたか?」


 ルシアンの声が鋭くなった。


「はい」


「そうか。時間は限られている。

 それは食事しながら聞ける話か?」


「あまりお勧めはしませんが……できなくもないと思います」


 騎士は一瞬言い淀み、含みを持って言った。


「よし、食事しながら聞こうか。

 マルスク、朝食の用意はできているか?」


 ルシアンは傍にいた侍従に声を掛けた。


「もちろんです。

 よろしければ、そちらのお二人の分も用意しておりますよ」


 マルスクという従者が、にこっとエレナとクロフォードに柔らかく微笑んだ。


「あっ、もちろん、そこの黒いの……もとい、小次郎でしたっけ? 

 彼用にも胡桃(くるみ)をご用意しておりますよ」


 マルスクはエレナの肩にいる小次郎を射抜くように見据え、小次郎はびくっとしながらも"胡桃”という単語で耳をぴくっと動かした。


『エレナ、俺様の朝ごはんもあるって!』


 小次郎はマルスクに警戒するように視線を彼から逸らさず、エレナにこそっと囁いた。

 自分用のご飯があって嬉しいのか、尻尾をブルンブルン振り回している。


「あの……改造魔法銃に込められていた弾丸の魔力石の分析、そろそろ終わっているかもしれないので、先に見に行ってもいいでしょうか?」


 エレナがおずおずして尋ねると、早くご飯が食べたい小次郎が恨めしそうにエレナを見た。


「ああ、もちろんだ。

 そういえば」


 ルシアンは思い出したように、クロフォードを見た。


「クロフォード、お前、ひとつ、魔力石をくすねてきてただろ?」


「え、あ……そうだった」


 クロフォードは、ポケットから一つの宝石を出した。

 六面体の輪郭は均整が取れており、角は鋭く、光を受けるたびに冷たい輝きを返す。


「これが、魔力石」


 エレナは恐る恐るクロフォードの手からそっと受け取った。


 色は深い紅を基調に、淡い光の筋が内部を走っている。

 まるで血管のように結晶の奥で絡み合い、光を透過すると不気味な模様を浮かび上がらせた。


 透明度は高く、内部の構造がはっきりと見えるのに、その美しさはどこか異様で、目を逸らしたくなる。

 整った結晶の形は自然の産物ではなく、意図的に作られたものだと直感させた。


「それじゃあ、ヴァービナス女官……いや、トマだったな。

 小次郎と一緒に上級職食堂へおいで。

 さっ、クロフォード、腹が減っては戦は出来ぬ。

 メシにしよう」


 ルシアンの声が廊下に爽やかに響き渡った。



『俺様、腹が減ったぞ!』


 小次郎がエレナの肩と頭を行ったり来たりして、不満を表していた。


「もう何言ってるの、使い魔は食べなくても大丈夫なんでしょ」


 エレナに冷たく指摘され、小次郎は拗ねた顔をして、頬袋を大きく膨らませて押し黙った。

 そのとおり、使い魔は魔力でできた精霊のようなものだ。食べ物を食べずに生きていける。


 エレナは、魔力石の分析魔法を施していた部屋に戻った。

 扉を開けると、むんっとした不快な熱気があって、顔をしかめた。


 ――血生臭い。

 ここで、クロフォードが侵入者である女――アマリリアナをクロフォードが拷問した。


 いくらキレイに掃除をしていても、彼女の執念めいた怨念のような血の匂いが残っている気がして、エレナはぎゅっと胸が苦しくなった。


 むすっとする小次郎は、フンっと作業机の端にぴょんぴょん飛び乗って、エレナに背を向けて座る。

 ご機嫌斜めなのを主張しているのだろう。


(もう、最近の小次郎はすぐ「お腹空いた」っていうんだから)


 リスにしては、小次郎は栄養価の高い物を少々食べ過ぎている。

 昨日のイカ(クラーケン)も然り。

 ふつう、リスはイカなんて食べない。


 だが、実際ねだってくる小次郎が可愛くて、つい食べ物を与えているのはエレナ自身。

 元を正せば小次郎が食べ物をねだるのはエレナが原因だ。


 小次郎の座る作業台の中央を見ると、分析魔法はすでに終わっていた。


「ふうん……」


 エレナはまじまじと結果を解析する。

 そして、羊皮紙を広げ、結晶に手を翳す。

 低く澄んだ声で詠唱を始める。



   「記録せよ、真実の光。

   形なき知を形ある文字へ。

   我が声に応じ、秘められし結果を顕現せよ。

   ――転写トランスクリプト!」



 詠唱が終わると同時に、結晶から淡い光が立ち昇り、羊皮紙の上に細い線となって走った。


 やがて線は文字へと変わり、分析魔法の結果が自動的に記録されていく。


 その間に、エレナはクロフォードから貰い受けた魔力石を手に取る。

 赤黒い結晶はなおも脈動し、まるで犠牲者の心臓が鼓動しているかのようで、なんとなく不気味だった。


 今度はこっちを分析してみないと。


 忘れてはいけないエレナの表業務――それは魔力石の分析である。


『エレナぁ、早くぅ~!』


 小次郎が、もう待てないと訴えるようにころころと床を転がって声を荒げた。

 

 エレナはくすっと笑った。

 そんな姿すらも可愛い。

 つい小次郎には甘くなってしまう。


「はいはい、もう食いしん坊だなぁ。

 これだけ分析魔法をかけるから。ちょっと待ってて」


『ちぇ。分かったぞぉ……』


 小次郎は、ちょこんと座ってエレナのもう一つの分析魔法が終わるまで待つことにした。


(どうか、この不気味な石の正体が、私たちの日常を壊すようなものでありませんように)


 エレナは祈るような心地で、赤黒い結晶に解析の光を注ぎ込んだ。

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