第118話 変装令嬢たちの反撃開始⑩――岩場の偵察、少年の憧憬
――時は遡り、約半日前。
まずは、この街を知るところからだ。
レオン・カステルは魔法騎士団たちと別れ、港街の中心街へ出向く。
市場は、夜明け近くに一度足を伸ばしたが、日が高くなり始めると魚市場が閉まり出す。
翌朝に向けて水魔法を駆使して掃除をし始めるところもある。
代わりに露店は賑わい始めた。
レオンは昨夜遅く、領主夫妻と面会してきた。
娘が誘拐されている最中だからか、彼らの顔色はひどく、なんとか平静を装っている姿が痛々しかった。
だが、少しでも凛然としようとするその姿は、頼もしくもある。
露店ばかりの道を歩くレオンの横を子どもたちが元気よく走って行った。
ここの人々は活気があり、笑顔に満ち溢れている。並ぶ商品も品数が多い。
これが専売特許と言わんばかりに、領主が買い占めを行ったり、賄賂を寄越す者にしか販売許可を出さないような意地悪領地は、ここまで活気は出ない。
もちろん、品揃えはよくならないし、街も発展しない。
遠くからどっと盛り上がる笑い声が聞こえた。
ここの街の領民は、笑顔が絶え間ない。
闇ギルドの存在や、祖国に帰れない奴隷たちが住み始めたスラム街は、少々目に余るが、ここの領主は間違いなく善人だ。
さっき会ったあの美しい青年――クロフォード・ノーエランド。
彼が甥ということらしいが、彼の貴族らしからぬ気取った感じのない真っ直ぐな生き様は、あの伯父譲りなのかもしれない。
「スラム街から見える島のことかい?」
レオンは、ここの名物、大海老の串焼きを売っている露店で、それとなく尋ねた。
明後日、闇オークションが行われるという島のことを。
「ああ、あれはなんの島なのかと思ってね」
レオンは肩をすくめた。
日に焼けた女店主は、顎に手をあて、束の間考える。
「あれだろ?
こちら側からは岩だけの島にしか見えないが、反対側に回るとすごいお屋敷が隠れていて、許可のある人間だけが上陸できるっていう島」
隣の露店から男の客人が口を挟んだ。隣の露店は、フルーツをそのまま絞った飲み物を販売していた。
「ああ、それね。
その島のことかい」
女店主は閃いたように声を上げた。
「ああ、それだ」
「どこかのお貴族様が領主様に内緒で作ったっていうやつだね」
「内緒で?
よく作れたなぁ」
「ほら、ここは漁師だけじゃなくて貿易商の大型の船がたくさん行き交うだろ?
そんな感じを装ってこっそり材木などの材料を運んだんだよ」
「なるほどね」
「あの島は気をつけたほうがいいぜ」
隣の露店の男性店主が話に加わるようにして、声を潜めた。
「なぜ?」
「あそこは、勝手に立ち入ろうとすると、魔法の銃が飛んできて抹殺されるんだよ」
「それは随分と物騒な島だな」
レオンはわざとおどけた。
「だろ? 近づかない方がいいよ」
「ふうん。
じゃあ基本、あの島には地元の人は近寄らないんだな」
レオンは顎を触りながら思う。
――それは悪党どもには都合がいい。
本来なら、自衛警察団がそんな怪しい島を領主に報告して取り締まるはずだが、数日前までの自衛警察団の上層部は賄賂を貰ったりしているせいか、それすらも黙認していた。
「けど、本当見た目は岩場の島、時々着飾ったお貴族様たちが集まって夜会を開催されてるっていう噂もあるよね?」
レオンはさりげなく話に加わる人たちの顔を見回して尋ねた。
みんな、困ったような、それでいて気まずそうに沈黙をする。
「確か、変なキラキラした仮面をつけていたよな」
やがて、男性客がぼそっと呟いた。
「仮面?」
「うん、地元の漁師たちが小遣い稼ぎであの島まで送迎しているって話を訊いたことがあってな、客人は顔がバレないようにそういう仮面をしているそうだ」
なるほど。
顔さえ分からなければ、主催者以外は招待客の素性を知らされずにすむわけか。
「もし、あの島に行きたいと行ったら、金を出せば連れて行ってもらえるか?」
レオンがそれとなく尋ねると、ますますみんなは気まずそうに顔を見合わせた。
「やめておいた方がいいぞ」
男性店主が声を潜めた。
「そうだよ、自衛警察団に逮捕されるって」
「ああ、アイツらは自分たちが仕事をしていないのを領主様にバレたくないから、余計なことしたとみなした人間をすぐケチをつけて捕まえるんだよ」
みんな必死でレオンが島に渡るのを止めた。
「そうか。そんなにここの自衛警察団は横暴なのか。
じゃあ、行くのは止めておいた方がいいな」
レオンは諦めたように装い、がっかりしたよう肩を落とした。
「ああ、悪いことは言わない。
あそこには近づかない方がいいよ」
みんなが同時に頷いた。
ここの人々は、いい人ばかりだ。
新参者に対してここまで親身に心配してくれる。
だからこそ、あの島を探らないといけない。
「ありがとう。
参考にするよ」
レオンは、海老を頬張りながら、礼を言ってその場を去った。
さて、どうしたものか。
どうやってあの島に渡ろうか。
こういう時、飛行魔法が使えるほど魔力があれば便利なのに。
領主に一度相談するか。いや、娘が誘拐されているのだ。昨夜お目通りが叶っただけでもラッキーだった。
(しかたない、第8魔法騎士団の団長に頼むしかないか……)
レオンは船着場まで歩く。
昨日の爆破騒ぎもあり、一部燃えてしまったところも見受けられる。
港の一番奥に広がる船着場には、巨大な船がいくつも並んでいた。
そこは、この街一番の上等な船着場。
昨夜の被害はなかったようだ。
船体は黒々とした木材で組まれ、甲板には積み荷を覆う帆布が幾重にも張られている。
(それにしても数が多いなぁ……)
船と船の間にはわずかな隙間しかなく、海面は重々しい船影で覆われている。
波が打ち寄せるたび、船体同士がきしむ音が低く響き、港全体が息をしているかのように揺れていた。
マストが林立し、風を受けて旗がはためく様子はまるで森のようだ。
ふだんからこんなに多いのか。
しかし、停泊している船の数に比べて、岸辺の賑わいは妙に静かだ。
商人たちが小声で商談を交わし、帳簿をめくる音だけが聞こえる。
船の数に対してそこまで賑わっていない気がした。
さらに歩いて、今度はスラム街近くの船着場に行く。
ここまで来ると、目的の岩ばかりの島がよく見える。
だが、スラム街が近いだけあって船着場に停泊しているのは質素な地元の漁師の船ばかりだ。
だからこそ、目に着く。
やけに豪華な船が一隻だけ停泊していることを。
訝しんでいると、一人の若い漁師がレオンに声をかけた。
「見ない顔だな、あんた」
「こんにちは。
昨日ここに越して来たばかりなんだ」
「そうか、ここは魚がうまい街だぞ。
気に入ってくれると嬉しいな」
男は日に焼けて肌がボロボロだが、声に幼さが残っている。
見た目よりかなり若い。
「なぁ、あの島」
レオンは目的の例の島を指差す。
「どんな島なんだ?」
「ああ、あのヤバい島ね」
男は島の方を見て、呟く。
「ヤバいって、どんなふうに?」
「貴族と闇ギルドが結託して悪さをしている島だよ。
近づかない方がいいよ」
「闇ギルド……[夜鴉盟約]って奴ら?」
「へえ。よく知っているな、そうだよ。
そいつらが気味悪い爺筆頭に、おっかないことをしてるんだ。
ほら、さっきも重たそうな麻袋を持ち込んでいたけど、あれ、絶対人だったぜ」
男は一隻だけ目立つ豪華な船を見て、顎をしゃくった。
「人を攫ったってことか?」
「じゃないのかな」
男は悠長に肩をすくめるが、レオンは背筋が凍った。
「それは通報しないと……!」
「無駄だよ。
自衛警察団に言ったらあんたが逮捕されるぜ」
ぴしゃりと男は言った。
「ここの自衛警察団は真面目に任務を行う奴もいるが、上は腐っている」
諦観の念どころか、正義を全うするはずの自衛警察団に失望している目だった。
「……じゃあ、攫われた人はどうなるんだ?」
男はじろじろとレオンを見た。
「あんた、何者?」
「え?」
「最近訪れているという魔法騎士団員ってやつ?」
真っすぐ見つめて来る男にレオンは何か不安が胸をよぎった。
「いや、あいにくそこまで魔法は使えないから、そんなご立派なもんには入れてもらえないよ」
「ふうん。そうなんだ。
なんだ、魔法騎士団の手下が調査しにきたと思ったのに。
残念」
男ははぁ、とため息をついて心底がっかりする。
「なんか知らないが、期待させて悪かったね」
「いや、全然。
こっちが勝手に期待しただけだから」
男はあどけなく笑った。
ひょっとすると、この男はまだまだ少年なんじゃないんだろうか。
「君、いくつ?」
「十七」
随分と若い。日焼けしているからよく分からなかったが、確かによく見ると、顔の輪郭にまだ幼さが残っている。
「偉いな、もう働いているのか」
「ここら辺じゃあ、十すぎたら働くのが当然だよ。
特に俺の家は親父がいないからさ」
「いない?」
「ああ、俺がガキの時、[夜鴉盟約]の奴らにリンチに遭って嬲り殺されたんだ。
そのとき、自衛警察団は何もしてくれなかった」
レオンは絶句した。
だからか、それで彼はひどく年の割に大人びて、どこか達観しているような風情があったのか。
「それは辛かったな」
レオンの心の底から出た言葉に、彼は一瞬驚いた顔をした。
「まあね。お陰で親父の漁師仲間が俺を自分の息子のように育ててくれたんだ。
これでも俺はこの年で船持ちだ」
二ッと白い歯を見せて彼は笑った。
「そうか、それは立派だ」
レオンが「それじゃあ」と言って立ち去ろうとしたその時。
「あんた、なんなら連れて行ってやろうか? あの島」
ふと彼が気まぐれのように声を掛けた。
「え? いいのか?
さっきまで散々近づかない方がいいとかアドバイスくれたのに?」
「うん。いいよ。
あんたはいい人っぽい。
その代わり、運賃はもらうぜ?」
「ああ、構わないよ」
こうしてレオンは予定通り、闇オークションが開催されるという島に近づくことが出来たのだ。
*
島に近づけば近づくほど、荒々しい岩場が広がり、波が絶え間なく打ち付けていた。
岩場は島を鎧のように覆い、容易に近づくことを許さない。
まるで島全体が屋敷を守るために造られた要塞のように見えた。
「これはこれは……上陸しにくい島だな」
レオンは島を見て呟いた。
「だろ? もう少し回り込むと一か所だけ砂浜があるんだ。
そこが唯一の船着き場」
彼の名前はヴェルという。
十七という若さだが、漁師としての船裁きはベテランの域に達していた。
「でもね、そこには常に見張りがいるから」
「銃で撃って来る奴ってことか」
「ああ、そうさ。
砂浜を越えると森があるんだ。
そこにたぶん高台みたいな見張り台があるんだと思う」
「見張りね。
[夜鴉盟約]の連中かな?」
「たぶん、そうじゃないかな」
ヴェルは肩をすくめながら、船を漕ぐ。
裏側から入るしかないか。
「ヴェル、このまま島に近づいてくれ」
「え? このまま?」
真っすぐ島に近寄っても岩場しかない。
「いい、ここを登っていく」
「は? 馬鹿じゃないのか。
登れるわけがない」
ヴェルは半分驚き、半分呆れ返った。
「大丈夫。
俺、これでも少しだけなら魔法を使えるんだ」
レオンは腕まくりをし、得意気に笑った。
潮風が吹きつける中、レオンは切り立った岩場に手を掛けた。
濡れた岩肌は滑りやすく、波が砕けるたびに飛沫が顔を打つ。
それでも彼の眼差しは揺るがず、次の足場を冷静に探りながら、確実に身体を持ち上げていく。
岩の隙間に指を食い込ませ、時にはナイフを付き立ててレオンは、滑り止めを効かせた革手袋で、岩場に挑む。筋肉が張り詰める。
背後では海が荒れ狂い、ヴェルが心配そうに見上げる。
ようやく頂上に辿り着いて、岩場に身体を持ち上げた。
どうやら、騎士団のような派手な魔力がない分、見張りの魔力探知に引っかからなかったみたいだ。
「ふう」
安堵のため息を漏らすと同時に、眼下に広がった景色に驚く。
島の中心には重厚な屋敷がそびえ立ち、その周囲を濃い森が取り巻いていた。
屋敷周辺には、多くの男たちが出入りしていた。
「ほう……」
レオンのいる反対側の位置、海岸側になるのだろう、そちらに丸太で組み立てられた簡易的な高台がある。あれがヴェルの言う見晴台か。
森の木々に隠れるようにして建っている。
侵入者がいたら、あそこから下に連絡し、攻撃する。
もしくは、長距離で飛ぶ銃があるなら、そこから攻撃する。
となると、かなり腕のいい射撃者がいるはずだ。
ここに乗り込むとしたら、まずあそこの見張り台付近にいる射撃手をなんとかしないとやられてしまう。
やがて中央の屋敷から誰かが出て来た。
侍従に囲まれた妖艶な美女とぼろぼろの布をまとった腰の曲がった杖をついた老人――。
奇妙な組み合わせだ。
老人は、彼女の従者にしては老人の恰好はみすぼらしい。
だが、初対面という感じではなく、気心の知れた距離感がある。
「あの女性は……」
レオンは彼女の顔に見覚えがあった。
――イザベラ・レクラム夫人。
老人が何か彼女に向かって言った。
それに慄くようにしてレクラム夫人がおずおずと頷いている。
彼女の方が老人に気を遣っている感じが否めない。
単純に、女主人と従者という関係ではなさそうだ。
(あの老人は何者だ?)
レオンはそっと身を乗り出して、老人を観察する。
老人は腰が曲がっているし、杖をついて歩くが、とても安定している印象を受けた。
まるで若者がわざと老人の演技をしているような、そんな感じだ。
ますます違和感のある組み合わせだな。
というより、レオンは、表情に出さないものの、内心、とても驚いていた。
まさかここでアルヴェール伯爵領地で有名な成金未亡人にお目にかかるなんて思いもよらかなかったからだ。
アルヴェール伯爵領地の聖女――。
彼女は領地内では、そう呼ばれるほどの有名人だ。
貿易商である夫が亡くなって以来、貧困層や被災地支援に力をいれる慈悲深い女性で、年間の孤児院などの寄付金も半端でない。
そのお陰か、アルヴェール伯爵領地では周辺領地に比べ、飢え死にする者は少ない。
医療用器具の相次ぐ盗難のときだって、誰よりも早く犯人を逮捕して欲しいと自衛警察団の詰所に直接訴えてきたほどだ。
「病人の治療器具が盗まれるなんて許せない」と憤っていた。
自衛警察団の中には、「なんと情け深い高尚なご婦人なんだ」と心酔する者もいたが、レオンは少々違う。
彼女は、盗難が起きた療養院すべての支援者のひとりであり、寄付金も馬鹿にならないほど多額。
こぞって体調が優れないという令嬢の話を聞きつけては、自分が支援する療養院に入院させているくらいだ。
そして、盗難に遭った医療品はほぼ[夜鴉盟約]に流れているものの、一部は彼女の手にも渡っている。
(そういえば、魔法騎士団長の彼も言っていたなぁ)
連続医療器具盗難事件のレオンの報告書を読んだと言っていたあの男の子。
クロフォード・ノーエランドの従者か何かの小柄なあの子。
あの子が大量の関連資料から、盗まれた医療器具には、盗難に遭った場合、補償金が支払われる特約を見つけ出した。
(あの大量の資料をそこまで読み込むとは……。
仕入れ業者との契約書は特に難しいのに)
レオンは苦笑した。
つまりは、高級医療器具が盗まれても療養院は、補償金が支払われるから痛くも痒くもない。
連続医療器具盗難事件は、療養院と彼女がグルで裏で糸を引いたのではないか――。
夫人が、アルヴェール伯爵領地の自衛警察団の詰所にわざわざやって来て、盗難犯を許せないだのなんだの言っていたのは、捜査の進捗情報を把握しようとしてたのかもしれない。
とはいえ、彼女をあの領地で疑っていたのはレオン含め、ごく少数。
夫人は色白、その豊かな黒髪は光を吸い込み、蒼銀の瞳は氷の刃のようにキラキラと煌めく、男を陶酔させる強烈な美貌の持ち主。
それゆえ、彼女に心酔する者が多く、あそこでは事情聴取することは敵わなかった。
だが、彼女がここにいるという事実。
見立てどおり、彼女は[夜鴉盟約]と繋がっている――。
そうレオンは直感した。
レオンは港街に戻ってから、何をすべきか、頭の中でタスク化する。
この屋敷については、港に戻ってから調べるとして……。
(問題は、あの老人が何者なのか、だ)
ゆうに七十を越えてるだろう。
そういえば、イザベラ・レクラム夫人も七十越えなんて噂がたったこともあった。
ぱっと見はまだ三十代の女盛り。
だが、上級貴族のご高齢のご貴婦人たちは、恐れるように彼女を常に遠巻きに見ていた。
触れてはいけない、とでも言うように。
(考えてみれば、俺が小さい頃もあんな感じだったよな……)
その昔、二十年前くらい。水害に遭ったレオンの故郷に、先代アルヴェール伯爵領主夫人とイザベラ・レクラム夫人が共に炊き出しに来ていた。
天使のような美しさと優しさに街の男たちはうっとりし、少しでも彼女から声をかけてもらいたくて復興活動をやけに熱心に行っていた。
それに対し、町の女たちはみんな嫉妬し、呆れ返っていたのを思い出す。
だが今、岩の上から見る彼女は、どこか剥製のような不自然な完璧さを湛えている気がしてならない。
老人は、黒い布に包まれたたくさんの箱を丁寧に運ぶよう、男たちにテキパキと指示をする。
大きな台車で屋敷に運び込まれようとする黒布に包まれた箱――。
(やけに大きな箱だなぁ……)
レオンがそう観察していると、そのうちの最も大きな箱のようなもののひとつ、布が潮風に煽られ、はらりと落ちた。
「え……」
レオンは絶句した。
首に鎖を巻かれた白竜の子ども。
まだ小さく痛々しい。恐怖に怯え、うずくまる。
透き通る骨が青白く輝いていた。
――竜?
慌てて男たちは布をかけて屋敷に運んだ。
まさか――。
竜はここ周辺諸国にはほぼ現れない。
現れるとしたら、瘴気を纏った魔物として、それこそ山岳地帯や深い森、まさに魔素が漂う「魔力漂う地」に出現するくらいだ。
レオンが茫然としているうちに、やがて森の奥から若い女性の列が歩いて来た。
皆、身なりは貧しく、薄い布のような衣服を着ている。
そして、首と手首に鉄の輪をつけられ、重たい足枷も嵌められている。
よく見ると、女性たちは異国の女ばかりで、顔立ちがとても美しい者ばかり。
(さては奴隷だな……)
レオンはあからさまに嫌悪感を露わにする。
女性たちの悲壮感溢れた表情に、憐憫の情と、ムカムカとする不快感が込み上げて来た。
間違いなくここで闇オークションが開催される。そう直感した。
*
レオンが今度は岩場を転げ落ちないように慎重に降り、ヴェルの待つ船に到着する頃にはすっかり夕方になっていた。
ヴェルはずっと岩場にうまく隠れ、レオンを待ってくれていた。
レオンは岩場を降りきって、船に到着した。
ヴェルに声をかけようとした。
だが、ヴェルは何かに気を取られ、港の方を熱心に見ていた。
なんだか港の方が騒がしい。
その視線の先を辿って、 レオンは、ぎょっとした。
巨大なクラーケンが出現しているではないか。
海のない内陸のアルヴェール伯爵領地ではお目にかかれない魔物だ。
しかも、想像以上に大きい。
そして、そのクラーケンと闘うかの如く宙を舞う魔法使いたち。
「あっ!」
レオンはその魔法使いの一人に見覚えがあった。
思わず声を上げたレオンにヴェルは肩を震わせて驚いた。
「うわぁ、びっくりした!
いつ戻って来たんだ?」
「ついさっきだよ」
一歩前へ出たレオンの視線はクラーケンと闘う魔法使いに釘付けだ。
「すごいよな、あのチビ。
他は、自衛警察団だよな?」
「そうかもな」
レオンは適当に相槌を打つ。
自衛警察団の大半は、あの高度な魔法を扱うことができない。
とりわけ飛行魔法は難易度が高い。
ただ空に浮かぶだけではなく、風の流れや温度、天候の微細な変化にまで意識を巡らせ、常に均衡を保たねばならない。
魔力の出力がわずかに過ぎれば、想定以上に遠くへ飛ばされ、逆に不足すれば浮遊すらままならない。
それは運動神経と魔力制御、そして自然への感覚を同時に研ぎ澄ませることを要求する――まさに、選ばれた者だけが到達できる領域だ。
つまり、あれは中央から応援に来た魔法騎士団員。
しかも、飛行魔法の使い手だ。
なかなかのかなりの手練れの魔法使い。
「すげぇなぁ……。
クラーケンの触手攻撃にあのチビは一度も喰らってないんだぜ。
ほかの魔法使いは遠くに飛ばされたり、海に叩きつけられているのに」
ヴェルは、自分と同じ年齢の小柄な魔法使いに感心する。
レオンはその小柄な魔法使いに見覚えがあった。
――トマだ。
そして、ついにトマが氷魔法でクラーケンに一撃を加え、倒した。
港の方でもこの闘いを見、熱狂し、小柄なトマが倒したことで大喝采が起きている。
クラーケンの巨体が海上に浮かび上がり、そして墨で汚れた海も瞬く間に、綺麗に浄化されてゆく。
「うわぁ。マジでカッコいいなぁ。
俺、アイツと友達になりてぇ」
ヴェルは年頃の男の子らしく、羨望と感動、興奮を含ませた声で目をキラキラさせた。
クラーケンは、結構厄介な魔物だとレオンは認識していた。
かなり魔力を消耗する闘いだっただろう。
そして、あのクラーケンを処理しなければ、魔素で海が「魔力漂う地」になってしまう。
「なあ、ヴェル。
あのチビと話してみたくないか?」
「え?」
ぽかんとするヴェルにレオンは不敵な笑みを浮かべた。
「俺、あの子と知り合いなんだ」




