花に嵐の未来もあるさ
「うわ! ここってば何処? 寒いな!」
「……ここは」
エレベーターを切り落としてここまで来た都合上、上へあがるにはエレベーターシャフトを頑張って上るしかない。隠し扉を探して地道に上がるという手段もあったが時間がかかりすぎる。正にそこで透子の出番、力を完全に制御出来るようになった証明として俺達三人を連れ三角飛びでシャフトを駆け抜けてくれた。俺達とまた触れ合えるようになって嬉しいのだと、移動中の彼女は笑いながら言っていた。血の毒性が消えた訳ではないが少なくとも今の俺には発揮されない。だから今度は安心して、身体を重ねられるのだと。
―――凄い、和やかだったのにぶち壊された。
この見渡す限り何もない海域は何処なのだろう。雪国と呼ぶ程ではないが肌寒いし人間どころか生物の気配も感じられない。まあこんな陸地と呼べそうな陸地もない場所で人の気配を沢山感じられたらそれはそれでおかしいが。竜宮城が近くにあるかもしれない、なんて。
「ジュード様、ここは一体何処なのでしょう?」
「俺に聞かれても困るけど……設定したのはクロウだしな」
「ここはポイント・ネモ。簡単に言うと陸地から一番遠い場所よ。まさか行き先をこんな場所に設定するなんてね。だから航行も二週間近くかかったのね」
「聞いた事ない場所だな……しかも目的が分からん」
こだわりはないが、せめて陸地を設定してほしかった。かばね町を出て行く条件を呑んだ手前、理由もなく戻ろうとは思えない。死ぬつもりで研究所にはやってきたのでこれから先の生き方なんてものはまるで考えていない。正直パッとも思いつかない。
「私にしか分からないでしょうね。ここは人の住む場所から最も離れてる地点だから……万が一私が暴走してもいいように設定したんでしょう。大体二、三〇〇〇キロも離れてたら流石に被害は出ないわ」
「ねえ透子ちゃん、この研究所にコート置き場とかないの?下でぬくぬくしてたせいで寒さマシマシで感じるんだけどっ」
「とりあえず、中に戻りましょうか」
分厚い扉を閉じ、俺達は寒さから逃げるように停電した所内へと戻った。電力は俺達の滞在分と航行完了分を合わせた量がぴったり用意されていたが妙な話だ。それじゃあまるでクロウは自分が死ぬのを含めて、自分の計画が失敗する前提で電力を確保していたという事になる。真実は過去の闇へと葬られた。最早誰も、未来を視る術は持たない。
「なんかすごいとこに来ちゃったけど、これからどうする? かばね町は……戻れないよね」
「それは……どうして?」
「お前を地上に出したくない日本とアメリカの妨害で、出発前にかばね町が攻め込まれたんだ。少なくとも日本の大半の犯罪はあの町のせいで起きてたからな、自業自得と言えばそうなんだが、今戻っても影も形もないだろうな。知り合いは全員死んでそうだ」
「避難してたらいいんだけどね……ねえ、幾らなんでも殲滅なんてしないよね? かばね町にも普通の人は居るんだよ。犯罪者はしょうがないけど……保護してるよね?」
「犯罪者と普通の人をどう見分けるの? 寝たきりとか、元々両手を挙げてる人なら逮捕で済まされるかもだけど、この町で生きていく人が何の武装も抵抗手段も持たないなんてあり得ないでしょ? 反射的でも何でも抵抗してしまったら、その時点できっと―――」
ニーナくらい幼ければ話は別だろうが、かばね町は別にネバーランドではない。住人の殆どは大人だ。年齢で見逃される人間が果たしてどれくらい居るか。制服で識別も恐らくしないだろう。そういう基準を出してしまうと今度は制服をはぎ取られる無辜の学生が被害者になってしまう。
誰もが等しく暗黙気味に『かばね町は軍隊の鎮圧に抗えない』前提を了解しているが、別に間違ってはいまい。悪党が一か所に集まってくれるならこんな容易い殲滅はない。国が手出ししなかったのは最終的に透子に潰してもらう予定だったからで、透子が存在しないなら全勢力が力を合わせてもたかが知れている。日本は島国だ、地続きの他国から援軍なんて呼べやしない。アメリカの艦隊が海域周辺をうろつくだけで完全に詰んでいる。
「助けに行きましょう!」
そこはかとなく立ち込めていた重苦しい雰囲気を、ニーナの一言が打ち破った。
「わ、悪い人も沢山いますけど、あそこは私が皆様に出会えた場所でもあります!どうにかして、助けられないでしょうか……?」
「…………透子。何とかなるかな」
「ならない、とは言えないわね。まあ知り合いが生き残っていてくれたらの話だけど、私なら政府と交渉出来る余地がある。ねえ、ずっと思っていたんだけどジュード君、みんなでまた生活するにあたってかばね町を独立させない? そうしたら二人きりの時間が沢山取れて、私が嬉しいわ」
「そ、そんな理由? や、軽んじてはないんだけど、話のスケールと目的のスケールがいまいち釣り合ってないような。独立ってどうするんだ? もう壁では囲まれてるだろ」
「かつてかばね町だった範囲の陸地を切り取って適当な場所まで運ぶのよ。そうしたら犯罪者の楽園は消えてなくなり、日本の人達もハッピーだと思わない?」
「いや、滅茶苦茶領土削られてるじゃん! まあ…………隔離措置としては正しいの、か?」
さっきは冗談で竜宮城の話をしたが、今の俺達こそ浦島太郎だ。世界情勢がどうなっているか、かばね町の行く末も分からない。ただこうして、今後の話に花を咲かせる事しか出来ていない辺りが現実を見ていないというか、透子が災害らしくあるのをやめてくれた証というか。
「でも行く場合の交通手段はどうする? 透子が海を走るか?」
「こんな何にもない場所で燃料とか無理だもんね」
「いいわよ。ちょっと調節の練習もしたいし、みんながバラバラにならない程度に早く走るわね。ふふ…………恋人が悪党のせいで私も悪くなったのかしら。今度は国盗りなんて」
「国盗りって、そんな物理的に陸地を切り離すって意味だっけ!?」
「いいのよ。無法の楽園はもう十分。これから先の人生は……君との楽園で過ごすんだから」
◇
ひゅー、ひゅー。
呼吸が苦しい。上手くいかない。息を吸おうと腹に力を込めようとしたが噴き出す血がそれを阻害した。
―――ここまで、らしいな。
やはり国家との戦争などするものではない。突如軍の兵士共が引き上げなければこのような敗北の余韻を味わう暇もなかっただろう。我が神の力を使って尚、戦力差は歴然。かばね町では組織の頭領を務めた事もあったが、そんな自分がこのザマだ。
日本の軍隊も法で雁字搦めにされているだけで動いてしまえば優秀と聞いている。生きて帰れたとして『鴉』の止まり木は既になくなっている筈だ。『鴉』だけではない、悪党達の居場所などもう何処にも残ってはいまい。
思えば我が神に助けられたあの時から、余生のような人生だった。地獄から救い出されたあの日からずっと……奇跡を過ごしていた。善行を積もうが報われなかった人生、悪の道にてようやく悔いを残さず終えられる。
「…………ぉ、……ょだ」
ああ、我が愛しき災害よ。どうか貴方の運命が血塗れた筋書きから逃れられる事を願います。
貴方の訪れぬ世界で私はいつまでも―――
「大丈夫か? ボス」
「…………ぃ?」
数時間前に送り出した顔が、地べたに転がる私を見下ろしている。あり得ない。彼は愛する神を救う為に深海へと潜った男だ。一人で出戻ってくるなど、信じたくない。
「おっと、その顔は何か勘違いしてるようだな。俺はジュードではなくジャックだ。身体を貰って自由に動けるようになったところだ。そっちは……あまり無事ではないか」
「………………」
しかしその顔は紛れもなく少年と同じだ。一体向こうで何があったのだろうか。いや、そんな事はもうどうでもいいか。
「………ぁ……ぃ……ぁぉ」
「どうせ死にかけの身体だ。生き残っていたお前の部下を全員助けてからここまで来た。遅くなってすまない。後はアンタだけなんだが……もう、手遅れか?」
「……ぅ………………ぁ」
「……もう兵士達は来ない。奴らは艇として航行した下の研究区画を追って行ったからな。向こうにはトウコも居る、心配しなくていい」
少年は私の傍に腰を下ろすと、片膝を立てて深く息を吸った。
「…………漂流する奴らを助けるのは大変だな。後の事はなの子に任せた、俺の仕事も大詰めだ。なあボス、一人で死ぬのは寂しいだろ。俺が一緒に行ってやるよ。そろそろこの身体も……タイムリミットだ」
「…………」
「悪い気はしない。元々こうなる運命の身体だ。生きてほしい奴が生きられるなら幾らでも死んでやるさ。地獄に知り合いが居てな、今からどんな思い出話をしようか考えてる。なあボス、アンタの事も話すつもりだ。多少脚色してやってもいいぞ? ん?」
「…………」
「……こちらこそ、だ。俺を拾ってくれてありがとう、メーア・透子。お前とやる悪党は―――楽しかったよ。地獄でまたやろう」




