輪廻を返りて省みる
「お兄ちゃん、話があるの」
幾らか話がまとまった後、なの子が服の裾を引っ張りながら話しかけてきた。しかし所作とは裏腹に見た目は幼女のそれではない。製作者はそれをデストロイモードと言ったし、『鴉』の間では大人モードと呼ばれている。こちらが保有する最大戦力の都合上、保有されていた全てのなの子がこの一体に集約している。人数が多ければ工作活動には向いているが直接戦闘には不向きだ。艦船対決における十人も百人も一撃で沈没するなら大差はないとしてこうなった。俺がそうさせた。
「…………お兄ちゃん?」
「ああ……いや、何でもない。どうした?」
なの子に対する全ての権限は無事俺に移植された。かといって彼女の中からノットの記憶を消した訳ではないが、必要だからそうしているだけで納得の行かないやり口なのは今も変わらない。口では説明が難しい。なの子にとってノットというお父さんは居たがその人間には何の感情も抱けず、好意的な感情の行き先が全て俺になっていると言えばこの気持ち悪さを少しは理解出来るだろうか。
なの子はどちらかと言えば好きだ。接している時は大抵酷い目にしか遭わされていないが純粋な性格は接していて心が洗われるようではないか。だから苦手意識があるのではなくて……罪悪感。そう、それが一番ぴったりな表現。本来この立場はノットの物で、俺は必要があったから奪っただけ。別に……奪いたくなんてなかった。彼が死んでなければこんな必要は全く。
「私が沢山頑張ったらお兄ちゃんが助かるの?」
「そう……だな。戦力差をひっくり返すには奇策しかない。その奇策はお前だ。頑張ってくれ。頼りにしてるから」
「お兄ちゃんの為に頑張るの。終わったら褒めてなの」
「…………ああ」
いたたまれないとはこの事だ。どうしてこんな関係性を維持しなければならない。出来る事ならすぐにでも権限を戻してノットと一緒に眠らせてやりたいのに、透子を取り戻す為と言われたら黙るしかないのが悔しくてたまらない。感情移入しすぎている俺がおかしいのか? でも、ノットとなの子が二人で生活している瞬間の一瞬でも見ていれば気持ちは分かる筈だ。
「なの子ちゃん、悪いけどニーナちゃんと遊んであげられないかな。年長者としてさ」
「お姉様?」
「ちょっと夏目と話したい事があるから。ね?」
『鴉』は養護施設ではないが倉庫でも探せばボールの一つくらい見つかる。なの子に手を引かれて小さくなっていく菜乃子を横目に、俺は川箕と見つめ合った。真面目な話をする気なのだと思う。俺が守る事を条件に(言い方を変えれば安否に誰も干渉しない)突入する事を許されたから、その話か。
「必ずお前達の事は守る。信じてくれ」
「あ、うん。それは疑ってないよっ。ついていくってなった以上は私も精一杯自分のスキルを活かさなきゃね。今はコードの所持者だし!」
ロジック・コードは川箕が持ったままだと不都合があったから俺に移動していただけで本来は技術屋である彼女こそ持っているべき代物だ。ついてきてほしかったのはそういうもっともな理由もある。川箕よりも技術屋として上な人間は探せば居るだろうが、コードの使用権限を持つ人間は一人しか居ない。俺は除外して。
「実をいえばさ、不謹慎かもしれないけどワクワクしてる自分も居るんだ。透子ちゃんの故郷って言い方は変だけど、最先端の技術に触れられるって事でしょ? ワクワクしない方が無理でしょ! だから、そっちはありがとね!」
「そ、それを言いに来たのか?」
「うーんと、これって重要な作戦だからあんまり呑気な事言うのもあれかなって思ってたんだけど、せっかく透子ちゃんに会いに行くならなんかプレゼントとか用意したいかもなって……」
―――は?
川箕の言葉はいつも分かりやすかった記憶があるが、今度ばかりは何を言っているのかさっぱりだ。プレゼント……こんな切迫した状況で本当に呑気な発言が聞けてしまった。
「な、何を言ってるんだ?」
「だ、だから言いたくなかったんだよ! 私だけ呑気かなって思われるの嫌だったし!」
「とてつもなく呑気だぞ。お前、大丈夫か?」
「透子ちゃんがどんな状態か誰も分かってないんでしょ? 実は一人ぼっちで寂しい思いをしてる可能性ってさ……考えた事ある? 帰ろうと思ったって帰ってくる訳ないのは当然だよね。あんな事したんだし」
「……それで、プレゼントか。筋は通ってるけど」
「けど?」
俺は透子を連れ戻したら死ぬ予定だ。時間切れにはどうやったって抗えない。川箕の言いたい事も分からなくはないが、どうにも俺は乗り気になれない。それで喜ぶと分かっているならいいが、そうではないし。
「仮にプレゼントするとしてさ、何を贈ればいいんだろう。透子が一人ぼっちだったとして喜ぶプレゼント……正直思い浮かばないんだよな。なあジャック」
「<あまりにも馬鹿馬鹿しい話に付き合わないでやってる優しさがお前には分からないか。トウコの欲しい物は平穏な生活以外にないだろう>」
「……物で頼むよ。状況だったら俺が頑張って手に入れるから」
「<…………俺も思いつかない。アイツはどちらかと言えば思い出を大切にするタイプだ。例えば研究所の事は嫌いだが俺達と過ごした日々はきっと大事に思ってくれているだろうな>
「……成程な。よし川箕。俺が勝手に一人で話してるみたいに見えてたけど、良さげなプレゼントが分かったぞ」
これしかない、と思った。透子は思い出を大切にする。そして突入メンバーは俺と川箕とニーナ。最終的に俺が死ぬとしても、記憶の中の俺は永遠。いつまでも忘れたくないと彼女が思うのなら、それを叶えてやればいい。
考察も交えて伝えると、川箕は納得の行ったように頷いた。
「確かに、いいかもね。本当は自作したいけど流石にもうそんな時間は……」
「ない、な」
「オッケー! じゃあ調達してくるよ! ふふ、どうせ突入までは暇人だからねー! 好きに行動しないと!」
あれはあれで強かというか、自分の役割を良く分かっていると思う。最初は頭がどうかしたかと心配しそうになったが、おかしいのは俺だ。これ以降透子と暮らしを共にするのは川箕なのだから、ああいう考え方をしてくれた方がむしろ安心して任せられる。いつまでも俺を想起させるような辛気臭い生活なんてしてほしくない。
夏目十朗を捨ててジュードが始まったように、今度はジュードが消えて影も形もどこへやら。かばね町の亡骸その一として存在すら曖昧になるのが俺には相応しい。骨の髄まで悪党だ、好きな人を助ける為でも末路が幸せであってはならない。それは嘘になる。
―――俺も暇なんだよな。
昔、真司と下らない話をした記憶が蘇る。お互いに何の意味も含まない話だ。
『明日世界が終わるなら、今日一日は何をする?』
ずっと記憶が曖昧だ。それが常識的な範囲での忘却なのか災害の血を取り込んだ事による影響なのかも分からない。どちらにせよピンポイントに忘れている事に変わりはない。前の家は何処だった? 学校は? 俺は何処で泣いていた?
命の終わりを悟って、俺はぼんやりと空を眺めていた。作戦に動きがあれば連絡が入る。それまでは自由行動でいいし、今は誰とも喋りたくない。ジャックも空気を読んで黙ってくれている。
「真司。お前は俺を恨んでたな。正直、何で俺をあそこまで目の敵にしてたのかよく分からないよ。憎みながら友達でいるってどんな気分だった?」
その真相も、研究所に行けば分かるのだろうか。
「燕。お前の明るさが俺をいつも元気づけてくれた。もっと平和な暮らしをしたかったよな。グレーゾーンの中を生きるのは危ない事ばかりだったけど、それ以上に楽しかった。同じ体験を共有出来て」
今も、大好きだ。
「ニーナ。出会いは最悪だったかもしれないけど、目が戻らなくても君は守るべき大切な存在だ。成長を見届けられないのが残念だな」
大人になった姿を、せめて一目見られたら良かったのに。
「ผี。貴方は俺が知る中で最悪の悪党だ。話が拗れに拗れたのはどう考えても貴方が悪いけど……悪党となった今は褒めるべきなのかな。透子をここまで追い詰めたのはきっと貴方しか居ない」
彼女が居なくなったマーケットは、脅威ではなかった。
「レイン。お前の正体なんて本当は知りたくなかった。外食友達みたいな関係のままで生きたかったよ」
下心を抜きにした友人関係ってこんな感じなのかと思わせてくれた唯一の存在だ。真司との友人関係が歪だったと思えたのも彼女のお陰。会話は下手でも飯屋を選ぶセンスはあった。
「ティルナさん。本当にごめんなさい。貴方をこんな厄介にずっと付き合わせてしまって」
こんなつもりじゃなかったって、言ったとしてももう遅い。透子が普通に暮らすのと同じくらいあの姉妹には平和に生きてほしいと思っている。
「サマンタ。お前の言葉をもう疑うつもりはないよ。ずっと理由は一貫してたからな。俺が死んだら……墓は勝手に作ってくれて構わない。それでお前が死んだら一緒に入ってくれ。俺達はもっと、上手くやれたと思う」
違う形で出会いたかった。ただその一言に尽きる。透子より前に出会っていたら……華弥子より前に出会っていたら――――――そんなもしもがあり得るならば。
「ジャック」
「<ん?>」
「明日世界が終わるなら―――今日一日は何をしたい?」
「<また変な質問をしてくるな。だが答えは悩むまでもない、お前と同じさ>」
「だよな」
「<ああ、最期までな>」




