神の深底へ
「<あんなに格好つけておいて本人が死に体とは笑えないな>」
「…………」
港に戻ってくる頃にはメーアは一言も発さなくなってしまった。景気づけが自分の役目だったと言わんばかりに大声を上げて、どうやらそれが最後の気力を消し去ったらしい。
「なんかごめんな。メーアも透子に会いたい側の筈なのに無理させて」
「とりまこっからはあたいが仕切るっスね。ボスは休んでほしいッス」
「……」
担架で運ばれるボスの姿とやらに威厳は全くない。ティカ達が迎えに来なかったら車から降りる事もままならなかっただろう。ここまで重い消耗をするなら無理をしなければ良かったのにと他人事のように思う反面、あの時俺一人でキョウを殺せたかは微妙だ。ティルナさんの雨がいずれはこちらを優勢にしてくれたと思うが、それまでに俺がどれだけ死んでいたか。死んでもいい回数的な概念の数値化が不可能なのは全く残念だが、一回でも多くあった方がいいのは間違いない。
「とりあえず、ジュードさん! お疲れ様でした。何があったかは聞かないでおきますね、下っ端が立ち入る領分じゃないんで」
「こっちでは何を話すんだ? 向こうではとりあえず改めて協力の確認をしてたけど、もう十分だろ。三大組織をまとめて一人が指揮するって訳でもないし、その権限があるなら向こうで揉めてそうだ」
「全部アドリブでやる方がナンセンスッスよ。向こうは向こうで勝手にやって、うちらも勝手にやる為に打ち合わせなきゃ。とりま参加する気のある奴は全員ここに全員集まってます。ジャックさん、海図持ってきたんで、艦船の位置とか教えてくれませんか?」
「ねえ待って! よくわかんないんだけど、その人は確か夏目の体の中に居るんだよね? どうしたら向こうの景色が見えてるの?」
「<説明が面倒だな。簡単に言えば俺は寄生虫だ。海の魚にも寄生しているから状況が分かる。さあ説明は済んだ。誰かペンをよこせ>」
「ジュード様の中に寄生虫が……!?」
川箕、ニーナ、ティルナさん、ティカ、なの子、KID、レイン。作戦会議にあたっては殆どの知り合いが一堂に会している。『鴉』の一員として面識のある人間まで広げると居ない顔もちらほらあるが、そういう人間は後方支援に回されているのだろう。
「レインは公安なんだろ。警察から人員って回せないのか?」
「私はこの町に長くいる。人間災害をこの町から追放出来るとなれば協力を惜しまないが、その込み入った事情を同僚が理解するかな……キョウが死んだ以上、こちらの派閥争いについては心配するな。ただ、海に出れば邪魔はされるかもな」
「というと?」
「祀火透子の一撃でかばね町は広がり、国はこれ以上の侵食を避けるべく壁を作ったな。ここは日本の領土だが日本とは全く別の文化やルールを持ってしまっている。その壁は私達にとっては外からの悪戯な干渉を弾ける防護壁だが、外から見れば内側からの侵食を防ぐ防波堤だ。この壁の外に出たら争うしかないのは自明だろう」
「日本の軍隊って……確か専守防衛とかで」
「夏目。警察の人がここで好き放題してる時点で多分それは今更な話だよ。国防的な理由をこじつけたら出動出来るって!」
「私の国では悪者の活動が活発になったら軍と警察が協力して対応しますっ。この国では違うのですか?」
「警察はともかく、軍隊は最低限の交戦しか出来ないみたいなルールがあるんだよ。自分の国を守る為に追い払うのみみたいな……合ってるよな?」
「……近頃この国は国民感情に法律が左右されつつある。かばね町の存在が犯罪やグレーゾーンに対する嫌悪感を底上げしているのは事実だ。表立って動かないにしても、見守ってくれるとは思わない事だ。私は止められないぞ」
かばね町の中にずっといると外部の国民感情にはてんで疎くなる。俺もそうだが確信をもって発言出来る人間が全然居ない。結果的には川箕の発言が合っていると見ていいのかもしれないが、よく考えてほしい。彼女の発言は推測、或いは悲観的観測に過ぎない。外の状況を把握して発言しているのは公安のレインだけだ。
「<おい。いつまで下らない事を話しているつもりだ。出来上がったぞ>」
俺の中のジャックが語気を強めて全員を注意する。海図の本来の使い方ではないが、書き込まれた艦船のマークは俺達の想像以上に多く、ちょっとした滝壺みたいになっている。研究所に入ろうとした人間はまとめて海の藻屑になるのだ。
「<お前達の下らない話にはうんざりだ。まるでこの艦隊は簡単に突破出来るようじゃないか? 日本の横やりなど大した問題ではないだろう。あってもなくても本当にここが突破出来るのか? この量で、しかも相手は研究の主導国家だぞ。キョウも漏洩したデータを読んだだけだったが十分苦戦させられた。所内に残るデータを抜いても難敵になるのは間違いない>」
「……レイン。キョウと同僚って事なら一つ聞きたい。人間災害の技術となの子の技術には関係があるか?」
「言っている意味が分からないな。少なくとも私はつい最近まであの子供がナノマシンの集合体だと知らなかった。それが答えだ」
「<あの兵器に何の期待をしてやがる?>」
ソファの上ですやすやと眠るなの子を一瞥しながらジャックが口を尖らせる。全部俺の身体がやっているから客観的にはすごくややこしい。
「自動再生、ワンマンアーミー、疑似的な不老不死。活躍してた時代が違う訳でもないし着想は得てそうじゃないか? 科学的に人間災害を再現しようとしたって言われたら俺は納得出来る。あ、透子がファンタジーって言いたいんじゃないぞ」
「<実際ファンタジーだ。トウコは二度と作れなかったからな。と言っても『マツリビ』が協力しなかっただけともいうが>」
「だからもし近い技術なら、なの子について知らなくても同じ対策が使われるって思ったんだけど、大丈夫そうかな」
「<俺達創造物には特殊能力の都合か弱点が存在する。俺は水銀を摂取すると能力の一部が解除され、不死性を喪う。トウコは日光を浴びると力の源である因子が活性化し力を抑え込めなくなってしまう……>」
「あのさ! 前々から思ってたけどそれって別に弱点じゃないよね?」
ずっと難しい顔をして聞いていた川箕が手を上げてまで口を挟む。それは俺もずっと思っていた事だが、透子本人が嫌がっていたという意味ではあまり間違っていない。その対策で彼女は日傘を差していたのだから。
「<お前の言う通り、トウコのそれは弱点ではない。ただな、抑え込まなければこの地球上にアイツの居場所はない。俺には分かる。アイツは生まれてから一度も本気を出した事がないんだ>」
「…………」
「<話が逸れそうだから戻すが、あの兵器にそのような弱点はあるのか? ないなら使われている技術は別物だろう。だがそれとこれとは話が別だ。あの兵器一つでアメリカに勝つつもりか?>」
「何とかなるとは思わないけど、不意を突けそうじゃないか。突破するのに大事な気がしてる。俺達は艦隊を無視できないが、向こうもなの子を無視できないだろう。この戦いで注目されるのはどう考えても俺となの子の二人だ。俺達を囮に他の奴らが戦っていければ全然可能性はありそうだけど」
「ジュードさん、アメリカ舐めすぎッス。うちらが使える武装艇なんて国が保有する艦に比べりゃアヒルボートッスよ。んなモンは一家でもマーケットでも同じッス。ここまで多いともう……うちらはなの子ちゃんをどこまで通すかッスね。。ジャックさん、ジュードさんの残りの寿命は?」
「正確なところは分からんが、沢山死なれると突入した瞬間に終わりだな。それと力も使いすぎるな。研究所に入ったら終わりなんて一言も言ってないぞ。こいつらはただ表を警備してるだけだ。中にも人が居て今は下層まで突破してるかもしれない。お前の力はそこで使え」
「……ティルナさんの体質を使えば無双出来ないかな?」
「やった事ないけど、海だと体積が大きすぎて一部分しか操れなさそう……後で試してみますねー」
「……KID。お前の茶番に散々付き合ってやったんだ。少し私の頼みを聞け。情報を集める」
特に役目のないKIDを引き連れ、レインは何処かへ行ってしまった。作戦の開始までまだ時間はある。残るメンバーで考えるべきなのは―――
「俺は一人で突入するべきか?」
「<何?>」
「俺一人だけだとセキュリティを突破……いや、違うな。お前には正直に言うよ。この作戦を終えて俺が生きてる可能性は全然ない。だからせめて、川箕とニーナは連れて行きたいと思ってるんだ。透子の所に」
「ジュード様…………」
「……私も行きたくないって言ったら嘘になるけど、いいのかな」
「<その二人の安全を俺達は誰も保障しない。お前が守れよ>」
「ああ、誰一人、傷一つつけないよ」
透子が二人を守ったように。
今度は俺が、災害として。




