恋人なんて烏滸がましい
朝の静寂から時間が経てば、ゆっくりと街は賑わい始めた。
「料理番の手がける新感覚メニューの屋台」として、あらかじめ父たちが宣伝しておいてくれたおかげもあって、朝から珍しいもの好きな街のおじさんや若い娘さんたちが、ちらほらと様子を見にやってきていた。魔術師寮の料理番、といえば、一応ベリル王都では箔のつく職業の一つである。そこが出す目新しいメニューなら、ちょっと気になるでしょう、そうでしょう。
とりあえず試食! と、どんどんグラノーラを配りまくる。今日の目標は売上をとることじゃなくて、グラノーラを減らすことだからね。買ってくれてもくれなくてもいい。なんならお友達を連れてきて、食べてくれればそれで十分だ。ついでにお土産を買ってくれれば、御の字である。
私たちの屋台の向かいに店を構えているパン屋の奥さんには、ご挨拶に袋入りのグラノーラを持っていったら涙が出そうな勢いで感激されてしまった。聞けば、お子さんが小さいけれど、パン屋の仕事が忙しくて、毎日のごはんの用意があまりにしんどくなっていたところだったとか。そうそう、そういう人がこれを役立ててくれたらいいんですよ。文句言うだけの暇人じゃなくて。
おっと。うっかり本音が出てしまった。
特に若い女の子たちがきゃいきゃい言いながら、冷たいシャーベットをすくっているのがカワイイ。小さい子がたべて、にっこりと微笑んでくれるのも嬉しくて励みになる。
『あの、私……魔術師を目指しているんですけど! 料理番がいらっしゃるのって、魔術師は体が資本だからそれを支えるためって、聞いたことがあって……オススメの食べ物とか、あるんですか?』
そう言って話しかけてきてくれた子もいた。私の地元では『料理番』なんて仕事、誰も知らなかったけど、王都ではそんな認識なんだ、と嬉しくなる。
綺麗な青い髪の毛をおさげにしていたので、水魔法系が得意なのかな、と思いながら話を聞いた。魔術師寮でも提供しているメニューをいくつか紹介すると、目をキラキラさせてメモまでしてくれていた。いつか魔術師寮で、再会できるといいなあ。
休みなくグラノーラを配り続けて、お昼の時間を過ぎる頃には、たくさん用意したお土産袋もシャーベットも半分くらいになっていた。
魔術師たちは午前中に王宮で式典をやって、これから演舞、そして街を練り歩くパレードが待っている。この時間になってくると、今日の目玉である演舞を見に行く人が増えてくるので、街の屋台を出している人たちにとっては一旦休憩モードだ。
ただまあ――
「ねえねえ、お兄さん。お兄さんは魔術師の人?」
「お兄さんは、どんな魔法が得意なの?」
「お兄さんお兄さん、私にもグラノーラの作り方、教えてよ」
うん。
あっちの喧騒の勢いは、まだまだ収まりそうにない。
そりゃ見るからに顔が良い男性二人がこんなところにいたら、質問攻めの人だかりになることは分かりきっていたよね。
レオナルドさんは慣れた様子で軽くいなし(魔術師が街を歩けばそういう人たちもよくいるんだろう)、シリルはほぼ無視みたいな感じで対応しているけど、めげない取り巻きの女性陣がすごい。入れ替わり立ち替わり、あの手この手で質問を繰り返している。私はその間ほぼ蚊帳の外で、おじさんや子連れの対応をしたり、料理番のレシピが知りたい奥様がたへの質問に答えたり、をほそぼそとしていたわけですが。
「……しかし、すごい人気だな」
様子を見にきた商談ブースの兄も、シリルとレオナルドさんの周りを見て顔を引き攣らせていた。
「うん。おかげさまでグラノーラの売れ行きもこの通りよ」
「まあ、それはおめでとう。でも嫌じゃないの? お前は」
「嫌って? なにが?」
私がぽかん、としていると、兄が声をひそめて聞いてきた。
「あの銀髪の青い目をした彼、お前のボーイフレンドなんだろ?」
ボーイフレンド、って、誰が? 誰の……?
え、あ。
シリルのことか。
シリルのことか!!!
ぶわりと顔に血が上った。
「いや、待って、ないないない。兄さん、それは大いなる誤解だよ!」
私が慌ててぶんぶんと首を振ると、兄は心底意外そうな顔で「違うのか?」ともう一度聞いてきた。
「違うも何も! 彼は四大魔術師の家柄で、彼のお兄さんは今日の演舞で主役を張る司令官で、本人も料理番から魔術師へ引き抜きに合うような逸材だよ? 馬鹿みたいに頭が良くて料理がうまくて人のことをよく見ててカバーも上手で、海の底ほど心が広い完璧人間だよ? そんな人が私のボーイフレンドなわけないじゃん!!」
「お、おう……」
私の勢いに気圧されて、兄はタジタジになって頷いた。
料理番の中にいるとつい忘れがちだけど、彼はすごい人なんですよ。身分も、人としても。そう簡単に恋人とか、なれる相手じゃないんだから! 私が魔術師とかならまだしも。
「そんな全力で否定されるとかえって――いや、うん。なんでもないや。ところでそろそろ、お前たちも休憩にしたらどうだ。俺が店番代わってやるからさ」
「え、いいの?」
「おう。こっちも大事な商談は終わったんだ。俺と父さんは先に飯食ってきた。グラノーラはデザート代わりにもらおうと思ってな」
楽しみだったからご飯は少なめにしてきたんだ、とニコニコしている兄に、つられて私も頬が緩む。こういうところが憎めなくてつい、なんでも許してしまうんだ。
「じゃあお言葉に甘えて……シリル、レオナルドさん、魔術師寮の補給の方に呼ばれてるって」
二人にウソの用事で声をかけると、明らかに安堵した表情になった。取り巻きの皆さんには休憩についてこられても困るからね、あとは兄さん、頼んだよ。
「ゆっくりしてこい。演舞は……さすがに間に合わないかもしれないけどな」
「十分だよ! ありがとう」
本番を見ることは、さすがの私も諦めている。だからこそ、隙あらば毎日練習を覗き見していたのだ。
夕方のパレードだけ、遠目からでも拝めたらいいかな。ミーシャやスーザンの勇姿を、できれば見届けたい。それまでに、休憩から戻ってきたらもう一踏ん張り、このグラノーラを減らさなきゃ。
「助かりました、アナベルさん。今の人たち、少ししつこかったので」
輪を抜けてブースの外に出たレオナルドさんが、心なしかげっそりしている。いるよね、嫌がっているのに気づかない人たち。本当にお疲れ様である。彼はやれやれと首を振った。するとそこへ、パタパタと白い小鳥が飛んできた。
「伝令鳥だ。……ああ、呼び出しみたいです。僕は一度魔術師寮に戻ります」
「ええっ!」
せっかくの休憩なのに、休憩にならないではないか。
私の言いたいことが伝わってしまったのか、レオナルドさんは苦笑する。
「ついでですから、向こうの食堂のグラノーラの在庫が足りなければ出しておきますし、そこで他の食べものも、何かもらって食べることにしますよ。今までの僕だったら、食事抜いてでも作業していましたけど……今日のお二人を見ていたら、やっぱり食事って大事だな、と思ったので」
私たちが何かしたのだろうか。シリルと思わず顔を見合わせると、レオナルドさんが笑いながら「自覚はなさそうですね」と言った。
「食べているお客さんの顔を見ている時、シリルさんもアナベルさんも、すごく嬉しそうにしているんです。もちろん、食べた人も『美味しかった』と笑顔になっていて。僕らが守らなきゃいけないのは、そういう日常と小さな幸せなんだと、改めて感じることができました。魔術師の仕事は体が資本、なんですよね。じゃあ僕も、しっかり食べないと」
おお。
あのレオナルドさんが、食事に興味を示してくれている! これでスーザンの心配も少しは晴れるのではないだろうか。私は思わずニヤニヤしてしまう。
「じゃあ私たちは、少し休憩して先に戻ることにしますね。レオナルドさんは用事を済ませがてら、ゆっくりしてきてください」
「分かりました。では、後ほど」
レオナルドさんは胸ポケットからモノクルを出し、ちゃちゃっといじって例の扉を出現させた。その様子をまた食い入るように見つめてしまったので、彼は恥ずかしがったのか、そそくさと扉の向こうへ消えてしまった。うーん、あと3回くらいは間近で見たいな、あの魔法。
「じゃあ、俺たちも行くか」
「そうだね、どこ回ろう……か?」
いつも通りシリルに返事をしかけて、私はピタリ、と動きを止めた。
「アナベル?」
「あ? いや? ううん? なんでもない。行こ、行こう」
いや。そう。シリルと出かけることは、別に今日が初めてじゃない。なんなら休みのたびにしょっちゅう会っては街に繰り出しているし、ご飯も食べる。
だから、これはデートとか、そういうのじゃない。ちょっと周りがお祭りムードなだけで、特別なことは何もない。
兄さんが変なことを言うから、意識してしまうではないか。非常に困るんだ、そういうのは。そうでなくても彼のムダに綺麗な顔立ちのせいで、こっちはしょっちゅうドキドキしなきゃいけないんだから。災いの種を増やさないで欲しい。
私がぐるぐる考えていると、不意に右手が軽くなる。
「え」
「行くぞ」
手を取られたのだ、と気がつくまでに時間がかかった。その間にシリルはどんどん歩き始めていて、私もつられて足を動かす羽目になる。
えっと、今まで、手を繋がれたことってあったっけ。
もう何も分からなくなって、私は思考を放棄した。




