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それで死にたい  作者: こざかな しらす
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 昨日と同じようにがさがさとビニール袋を鳴らしながら立っていた陽子は、凪沙の顔を見るやいなや、なんだ、もう食べてたんだ、と呟いて凪沙の隣へと座った。

 当然のように椅子の向きをくるりと変えて。


「……あれ? 凪沙ちゃーん?」


 青天の霹靂、先程まで裏切られたと思っていた相手の掌が凪沙の目の前でぶんぶんと振られている。

 凪沙の右手に握られていた箸が片方、ぽろりと落ちる。陽子はそれが床に落ちてしまう前に見事な反射神経で阻止して見せた。

 そして尚も動かない凪沙の右手へと戻してやると、それを合図にしたように凪沙はぱちくりと瞬きを繰り返した。


「売店混んでてさ。分からなかったからメールしたんだけど……。どっちがいい?」


 陽子はビニール袋の中からカフェオレとオレンジジュースを取り出し、凪沙の目の前に掲げる。

 このカフェオレは、昨日陽子が飲んでいたものと同じものだ。


 四限目が終わってすぐ、陽子は売店に向かった。

 ここ最近の日本の春は、春といえども日差しは強く、あと一ヶ月もすれば何をしなくてもじんわりと汗をかく季節になる。

 陽子は食べ物の温度に拘りはないが、冬以外は冷蔵庫から出したての冷たい飲み物を好んでいた。


 当然昨日もそうで、良く冷えて結露した紙パックのカフェオレを飲んだ昼休憩の時から、明日は弁当を持って来ようと決めていた。

 それは凪沙が食べていた弁当が羨ましく思ったのもあり、お昼代を浮かせてみようと思ったのもある。

 そしてもちろん、凪沙と一緒に昼食をとるためでもあった。


 陽子は凪沙のことを別段気にかけているわけではなかった。

 ただ陽子にとって、偶然同じ年に生まれ、偶然同じクラスになり、偶然隣同士の席になったことはそれだけで仲良くする理由の一つだった。


 誰彼構わず"運命"という言葉を使うようなことはしないが、偶然が積み重なればそれは必然であり、その相手が例えどんなに無口だろうが悪そうな子だろうが、自分で接してみてから判断するというとても前向きで明るい思考だった。


 そうして幼い頃から陽子はたくさんの人と交友関係を深めていき、"明るくて優しい子"という人格を形成していった。

 人と仲良くなれるという能力は、無自覚だが人より格段に秀でた陽子の一番の才能だった。


「……今日もここで食べるなんて思わなかった。」


 凪沙は陽子の問い掛けには答えずに、一度床に落としそうになった箸をぎゅっと握る。

 その手は微かに震えていたが、陽子はそれに気が付かないまま、えっ、と少し驚いてみせた。


「お弁当持って来たよって、朝、言ったのに?」


 二つのジュースを選ばせるようにして凪沙の机の上に置くと、今朝、凪沙の目の前にちらりと見せたものと同じ、バーバリーチェックの包みを取り出して、ほら、と言う。


「それは、知ってるけど、ここで食べるとは思わなかったから。」

「ここで食べないんだったら、そんなことわざわざ言わないよ。」


 正論だ、と凪沙は思った。

 それ以上何も言えなくなったが、おかしそうに笑う陽子は言葉に詰まる凪沙を救うように次々と声を掛ける。


「凪沙ちゃんって、普段そんなにスマホ見ないタイプ?」

「……そうかも、しれない。」

「昨日のメール、見た?」

「………見たけど、その……。」


 凪沙は思わず口籠もる。

 見ていないと嘘をついてもあまり良い気分はしないだろうとは容易に推測できるし、見たのにも関わらず一言の短い返事さえしなかった凪沙に対して陽子はどう言葉を返していいのか分からないのではないかと思い、そんな自分に苛立つように前髪を弄った。


 何も知らない陽子だが、凪沙は先程まで己の醜い部分と必死になって向かい合っていたのだ。

 凪沙の頭の中は上手く整理できず、まだ混乱していた。


「あ、わかった。」


 陽子はランチクロスを広げる。

 有名なキャラクター物の可愛らしい弁当箱はいかにも陽子らしく、そんな所にまで女の子らしさが散りばめられていることに凪沙は感心する。


「そういうの、ちょっと苦手なんだね?」


 赤いウインナーをぱくりと口に入れながら、陽子は無邪気に言った。

 悟られまいとひた隠しにしていた凪沙の気持ちは、簡単に見破られてしまった。自分の世界が壊れていくような、逃げ出したいのに足が竦んで走れないような恐怖だった。


 陽子の言葉は凪沙にとってあまりにも残酷に思えて仕方がなく、その証拠に、震える右手にじっとりと汗が滲んだ。

 それでも陽子は気付かない。陽子の言葉がどれだけ凪沙の心に突き刺さっているのか、陽子は気が付かない。その無自覚さがどれだけ凪沙を苦しめているのか、気が付くわけがない。


 辛い。凪沙は一言、心の中で呟いた。


 教室の中は、そんな凪沙と陽子の会話などはなから聞く気もない、大人しい二人組の小さな談笑の声だけが支配していた。

 それでも陽子は顔色一つ変えずに一口、また一口と弁当を食べ進めていく。凪沙は自分一人だけが異空間に飛ばされてしまったかのように錯覚するほど、この状況から逃れたくて堪らなかった。


「あのさ。」


 取り残された凪沙を引き戻すような声。

 小さなうずらの卵に箸をぷつりと突き刺して口に運びながら、陽子は続ける。


「明日も一緒に食べたいな、お昼。」


 これ美味しいからこっちあげるね、と、凪沙の机にカフェオレを置き去りにした陽子は、紙パックのオレンジジュースにストローを突き刺した。

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