鬼になる
西欧歴27年
無念の魂が、あまりにも天へ昇り過ぎたのか。滂沱の涙のように、雨が降りしきる。
しかし、征夷軍どもの慄きと静寂を掻き消すには、あまりにも雨粒は重く、激しい。
それでも、藤に灯った炎は中々洗い落ちない。
この俄か雨、もうじき獅子の遠吠えのような雷音と閃光が、空をつんざく。
槍ブスマにされたごんざが、幽気の如くぬるり立ち上がる。
その巨躯に含まれた膂力という膂力が膨れ上がって皮を逼迫し、突き刺さった得物の切っ先を押し返した。
心の臓辺りを抉った穴っぽこも、ご覧の通りに塞がり、ごんざは人ならぬ怪力によって全快した。
その姿、その仕業、まさに鬼。猖獗の権化。
鬼と成る。炎の胎内から、生れ落ちる。
そも、ごんざは人であったのか。
誰も知らぬ。よもやごんざが知る由もない。
いずれ。
確かに、さむらいどもの前に、鬼は仁王と立っていた。
「陣形! 囲んで討ち取れ! やはり、土蜘蛛の類いじゃ!
夜蜘蛛殺すが我ら征夷の命! 殺れ! 殺らぬか!」
さむらいどもが、ようやく我に返り、佩いた太刀を抜いて、鬼となったごんざを取り囲む。
ほぼ一斉に、直刀の切っ先が鬼へ食らいついた。
ところがぎっちょん、鋭利は貫かぬ、刺さらぬ。
一体、この鬼を包む皮は、どれほど厚く、きめ細かいのか。
恐慌の強者たちは、それでも足腰踏ん張り、刃を鬼に押し込める。のれんに腕押し。石を突いてる阿呆のごとし。
鬼の殺気が、さむらいどもの濡れた体に更なる底冷えを呼ぶ。
鬼が吠えた、とさむらい達は思った。
鬼の叫びは、目すら眩むのか、と。
そう思った途端、さむらい達は鬼を中心に、放射状に吹き飛んでいった。
鬼の図体、その二本角の頂きに、稲妻が叩きつけられたのだ。鬼を通じて太刀を伝い、さむらい達に雷が走り、まして空から降って沸いた如何槌の衝撃に、吹き飛ばされた。
途端、鬼の瞳にその雷が蟠り、妖しく光っていることを、侍大将は見た。
見てしまった。
怪物の目を見てはならぬ。
その瞳には、おのれが死臭を醸しながら、朽ちている姿しか見えていない。




