67ー南西の縄張りの交易開始ー
異世界転生後400日くらい。拠点でミニマムゴーレムの定着具合を確認していたらば、南西に縄張りを持つライゴウさんの妹であるチドリさんが拠点に姿を見せた。今年は晴れている期間が非常に長く続いたらしい。それでも降ったり止んだりが続き、ついに豪雨がやまなくなったそうだ。
ライゴウさんの縄張りでは長期間雨が降り続くことで平原が海のようになってしまう。
そして、その特殊な生態系から僕も気にしていた縄張りなのだ。その魔物の森南西部へファットテール部隊のノーマル班と共に向かう。ちなみに追加メンバーも集めてある。それにしてもこれは凄いな。雨合羽が必須だ。
「おーい! ライゴウ姉ちゃん!」
「お? ノーマル一号か。予定通りのタイミングだな。コレがこの“轟雷の平原”の本来の姿なんだぜ」
「おお……。コレは素晴らしい環境だな。ここならば存在進化した我々の力を十全に活かせるだろう」
「おん? この若い兄ちゃんは新米か?」
「いや、ちげーよ。アンタも一応は面識があるはずだぜ? コイツは黒鬼水軍の総長でブルーフィンだぞ」
「え? 前に会った時はまだピグミーセイレーンだったよな?」
僕の拠点内でも気づいてない者が居る程認知度が低いけど、出会った時はピグミーセイレーンだったブルーフィンは一気に二段階の存在進化を遂げ、クラウンセイレーンという希少種へと進化している。戦闘力も出会った当初とは雲泥の差で、今ではウチの忠臣メンバーとも打ち合う程度には強い。そのブルーフィンが組織しているのが、我が拠点の水中戦力である“黒鬼水軍”という水域戦力。やはり餅は餅屋と言う事で、水中の作戦行動に関しては彼らに勝る戦力はないんだよね。あ、例外が一人居るけど、ペロ助はいろんなことをブレイクスルーしてるから今更だよね。
それで何故彼らを連れてきたのかと言えば、単純に水中の獲物を効率的に確保すること。それから、ライゴウさんと親交のある船団の船をほぼほぼ新造するからその警備役にうってつけなのだ。
あと、ライゴウさん含めた雷虎やネコ科の魔物の皆さんは基本的に泳げないとかで、漁をするにも水中からの護衛面、魚群もしくは大物の追い込みにはブルーフィンが統率する黒鬼水軍が能力的にも適している。だから、一時的に僕の拠点から彼らを貸し出すことにしているのである。
「なるほどなー……。アタシらも水の中に落ちなくて済むなら、それに越したことはないからな! 有難いぜ!」
「僕もこの縄張りに居る水棲魔物の生態を調べたいこともあるので、ブルーフィンにはその辺りもお願いしています。僕がここに毎日来ることはできないので、新造船や改造、改修についての事案はノーマルと…」
「おう!」
「漁業と水棲魔物の生態についてはブルーフィンと…」
「よろしくお願い申し上げる」
「最後にここをライゴウさんの縄張りでの移動拠点として貸し出してもらいたいので、特別な魔道具や魔法設備なんかはこのスーパーマックスノー一号と詰めてください」
「じゃん! よろしく頼むじゃん!」
「……お前、じゃんじゃんうるさいな」
「いきなりお口チャックじゃん?」
じゃんじゃんはいつも通りだな……。
まあ、彼らは優秀なのでここは彼らに丸投げで問題ないだろう。僕は僕で急を要する所要があるので、ライゴウさんには申し訳ないがこちらに毎日来ることはできない。本当ならば僕も造船に興味があったので、そうしたいところだったのだが、そうも言ってられない問題が浮上したのだ。
ちょっとことが大きいので、無視もできないこともあって、僕はそちらに移動して待機しておく必要があるのだ。
これに関してはライゴウさんも情報は得ていたらしい。まあ、ライゴウさんも他の太守よりも頻度は低いが時折顔を見せていたからね。無きにしも非ずかな? その情報元はヴィエラさん。魔物の森の北方方面は霊幻樹の大森林があり、人類種どころか下位の魔物すら進出が難しい未開の森なのだ。そこには霊幻樹の魔力にあてられないエルフ族系の種族が大小のコロニーを構えて生活していると聞いていた。実際、世界樹の種を回収した際にエルフのコロニーでも大きな場所がその世界樹を中心に栄えていたので、しっかりと見てきている。そこに関わる面倒事が起こっているそうなのだ。
「あー、まさか大森林の引きこもり共がなんかやらかしたんか?」
「耳が早いですね。ヴィエラさんから聞いてましたか?」
「まーね。アタシだってこれでも大族の長だ。情報は重要だとは思ってるんだぞ? これまではその情報網が繋げなかっただけでな」
「ははは……。まあ、そうですね。ヴィエラさんから面倒なお話しがありまして」
「つーことは本格的に連中が何かやらかしてるのか」
「厳密にはエルフ族の一部が…ですね」
エルフ族と言うのはかなり排他主義の強い種族らしく、基本的には他種族との融和など考えない。それだけで済めば御の字というか…頭の固い部族になると、同族であるエルフ族ですら同じコロニーに住まう者でなければ排除する姿勢を見せるコロニーもある。これは小集落に多い傾向で、地球でもあったが独自の文化を持った原住民族の話は聞いたことがあるくらいだしありえなくはない。
問題はここからで、排他主義の強い集落は基本的に外界の他種族からの圧迫さえなければ自分達から争う姿勢は見せない。しかし、面倒な連中がエルフにも存在するのだ。
僕からすればあほらしい事この上ないのだが、人族至上主義という言葉があるように自種族至上主義文化はいろいろなところで散見している。それがエルフ族にも見られたと言うだけだ。違法奴隷に落されていた女性の中に、エルフ族の女性も居て彼女からも確証が得られている。その集団移入者の一人であるリッカ・ルテメさん曰く、いくらかのエルフの大コロニーには“ハイエルフ亜神説”と“エルフ族至上主義”が蔓延しているらしい。リッカ・ルテメさんはそういった風潮に嫌気がさし、コロニーを飛び出してハルドエン帝国で薬師をしながら生活していたらしいし。
「ほう? つーことはどっかの大国が動くのか。ウチからの戦力は要るかい? アンタんとこの戦力程じゃないにしろ、ウチのもそれなりには戦えるよ?」
「いや、戦力は間に合ってるよ。一国を焦土にできる程度にはね。それよりもさ、チドリさんをもう少し高頻度でこっちに寄越してくれない? この土地の魔物の素材に関しての商談をもっとしたいから」
「お? ウチの行き遅れ妹をもらってくれんの?」
「何を聞いてたんですか……。違いますよ。商売のお話しですから」
割とどうでもいい事だけど、雷槌の太守であるライゴウさんは既婚者だ。旦那さんは寡黙で真面目な職人であり戦士と言う感じ。以前の急襲作戦の際はこちらの守り手の総代表になっていたので、印象としてはかなり薄いけど割と仲良くさせてもらっている。彼もたまにお子さんたちを連れて僕の拠点に来てくれるから。それと先ほどライゴウさんが言ったように、妹のチドリさんは未婚女性である。
彼女としてはジョークのつもりだったのか知らんけど、それで妹の結婚話を持ちだすのはいただけない……。背後に現れていたチドリさんにげんこつをもらっていた。
エルフ関係の事で僕自身は動けないが、商売に関してはルオンエリアスのシュメリエさんが担当してくれるので、僕からすれば何ら問題を感じない。それに魔物の森の場合は貨幣が流通していないので、全てが物々交換だ。あまりに物量に差が出たり、希少な素材を不当に求められない限りはそれこそ誤差の範囲だと僕は思っている。
なので、シュメリエさんにも気軽に商談は受けるように話してあるしね。交換する品が有益であれば、たとえ子供であっても交易相手だ。この森の大領主の扱いであり、土地の守護でもある太守間のやり取りは円滑にしていきたい。僕は好んで争うつもりもない。円滑なやり取りと適度な距離感が円満の秘訣なのだ。
「その考え方に関してはアタシも賛成だね。……おし! そんじゃ、アタシはおたくんところのノーマル棟梁と船関連の話を始めるな!」
「わかりました。あ、その前に漁業における担当者の選出をお願いできませんか?」
「拠点の細々した調整や内政に関しましてはわたくしの担当ですので。……おっほん。また、漁業関連は立候補がありましたので、義兄のジールさんが担当となるとのことです」
「ああ……よろしく頼む」
「ジールさんが担当になってくださるならこちらも安心です。では、こちらから担当者を紹介しますね。こちらの担当者で我が拠点のセイレーン族を統括するクラウンセイレーンのブルーフィンです」
「ジール殿。我が主より紹介を受けたブルーフィンであります。なにとぞ良き程に」
無口ではあるが、無頼漢というわけではなく表情はちゃんとある御仁なので、ブルーフィンでも大丈夫だろう。それからここには来ていないので、この土地の内政と渉外を担当するチドリさんを連れて僕は、任意発動型転移陣で本拠地へ戻った。ライゴウさんの縄張りと僕の縄張りを繋ぐ任意発動型転移陣は轟雷の平原北西にある丘陵に設置。そこにライゴウさん達のような南西の民の避難所も兼ね、大規模に拠点を設営させてもらった。春の嵐は船団の皆さんでも悩みの種だったらしく、大規模な拠点の設営はとてもありがたがられたよ。
なら何故これまで作らなかったのかと言えば、ライゴウさんは縄張りの主で船団の総督であっても、その下部組織の全てが仲が良いわけではないからだったらしい。そこに僕と言う第三者が介入し、ライゴウさんが争いを避ける程の存在が協力体制で施設を造ったこと。それが重要だったとチドリさんは言う。簡単に言うと、僕と言うさらに大きな存在の関わる場所で諍いを起こせばライゴウさんの顔に泥を塗る行為になる。僕に上等切りたいならば話は別だが、ライゴウさんは情報戦は苦手なだけでバカではない。一度完膚なきまでに叩き潰された相手に牙を剥く程に愚かではないと言いたいらしいね。
「その節はバカ姉がご迷惑をおかけしました……」
「いいよ。もう済んだことだし、それなりのお仕置きはさせてもらったんだ。謝罪の品もたくさんもらったし。それじゃ、僕が居ない場合の交易関係を任せることになっているメンバーを呼んで来るから、食堂で待っていてくれるかな?」
「承りました」
そこまで時間はかからないけど、一応チドリさんはお客さんの扱いだし今日は商談と言うよりは顔合わせ。なので、サテュロス給仕班のイータにお願いしてあり、美味しい生菓子とお茶を出してもらい歓待。その間に総務室の副室長をしているシュメリエさんを呼びに、生産道の奥の上階に構えられている執務エリアに足を向けた。
いうて数分の道程だから総務室に顔を出してシュメリエさんの手が空いてれば直ぐに来てくれる程度の事だけどね。シュメリエさんには細かいタイミングは伝えてなかったけど、粗方の仕事を片付けた状態で何かの書類に軽く目を通している状態でいてくれた。この状態ならすぐに来てくれるだろう。シュメリエさんを呼ぶと、目の疲れを軽減する魔道具の眼鏡をはずし、起立して僕に一礼してくれる。丁寧なのはいいんだけど、そこまで徹底しなくてもいいんだよね……。
シュメリエさんを伴ってチドリさんの待つ食堂の一角に向かうと、チドリさんがとろけていた……。個人の好みはあると思うけど、生菓子はとてもお気に召していただけたようで、チドリさんは幸せそうに口に含んでは、紅茶との取り合わせに顔をほころばせている。
「お待たせしました。チドリさん。こちらが僕が居ない時の渉外担当のシュメリエです」
「紹介に預かりましたシュメリエにございます。以後お見知りおきのほどを」
「ご丁寧にありがとうございます。わたくしは南西に座します雷槌の太守ライゴウに選任されました渉外担当のチドリにござます。こちらこそよろしくお願いいたします」
なんかよくわからんけど、二人の視線が凄く怖い……。ちょっと僕には居ずらい空間なので、給仕とか場の監察はイータに頼んで僕は任意発動型転移陣が設置されている大部屋に向かう。皆はここを“転移の間”と呼んでいたりもする場所で、各縄張りに繋がる任意発動型転移陣を設置した小部屋と繋がる部屋だ。
僕はそこから北方方面へ転移できる転移陣の小部屋へ入り、ヴィエラさんの縄張りである“大神の縄張り”の中枢施設へ。そこからさらに移動し、大神の縄張り再北方に構えた防衛陣地へと足を運んだ。現在、いつもなら集団行動を好まないペロ助までもがここに詰めている。そのことからなんとなくわかると思うが、事は割と面倒な状態に陥っている。今後の展開は相手の選択次第と考えていいけど……。魔物の森に手を出すと言う事がどういうことか、思い知ることにならなければいいけどね。




