31ー異界樹の活用と来る日への準備ー
僕が異世界に転生し205日が経過。本気で死活問題だった気温と湿度の問題も概ね改善されつつある。一番の功労者はレオパード部隊のメンバーだ。彼らが本気を出せばなんでも作れるのでは? と、思えなくもない。僕が死ぬ前の最先端のエアコンも真っ青な機能が搭載され、実装された魔道具エアコンのおかげで洞窟内でももう息苦しくない。しかし、魔晶湖の遺跡ダンジョン最上階にあたる湖面の遺跡エリアに移した生活設備が凄く快適で……。これはこれでいい物だ。
「確かにこの魔物の森や一部の魔境は魔素が異常な程高密度で存在しておる故に、自然環境は苛烈になりがちであるな」
「そうだな。私も長らく住んでるから完全に外の目線なんてものは持ってなかった。魔物の森は自然環境だけ見ればかなりキツいかもな。特に脆弱な人類種には死活問題レベルだろう」
「アチキら魔物の係累や聖獣、守護獣なんかの特殊な係累だけやのうて、この森に住まう野生動物はその辺の野生動物と比べたらばかなり強いんよ。それは何故か。魔物の森の魔素に生まれた時からさらされとるからや。つよなるんは必定よな」
自身の縄張り内の調査とある程度の問題の解決を終了した三太守の面々が、キンキンに冷えたビールを飲みながら庭に植えた異界樹を眺めている。
異界樹は異種独特な氣を放ち、僕の縄張りとして区分されている中央域のほとんどを、清浄な空気に変えていた。マイナスイオンかなにかの効果か知らないけど、これは僕にもよくわかっていない。とにかく過ごしやすい空気である事以外は不明だ。おかげで僕の縄張りの外での小競り合いが多発し、ペロ助が大忙しとなっている。暑すぎてへばっていたペロ助だが、異界樹が結界を拡げている範囲内ならば動きやすい事を知ってからは狩りを再開。僕と言う存在を明確に認知した魔物達は、中央域に届かない外縁の最もいい席を陣取ろうと必死なようだ。
確かにこの暑さを回避できるようなら、そりゃ必死にもなる。僕でもそう思うもの。
この異界樹なのだが、このように縄張り中央部の環境改善に一役買ってくれているだけでなく、他にも様々な恩恵があった。若木の状態ならば気が引けたが、異界樹はもはや若木の域はとうに過ぎ、魔晶湖を中心としたエリアに聳えるランドマークのようにもなってしまった。
「これはきゃつも目をつけるであろうな……」
「きゃつ?」
「いや、まあ、忘れてくれ。それよりも湖の畔の屋敷とはな。また凝った設備を作ったものだ」
「その辺は僕ではなく、ファットテール部隊のノーマル班が全力を尽くした結果ですよ。暑さからも逃げられますし、風景もいいでしょ?」
「アチキとしては異界樹じゃったか? あの樹に住み着いとるアレらが気になっておったのじゃが?」
「ああ、それは私も思っていた。いつの間に妖精族が住み着いているんだ?」
「今更じゃろ? ワシからすればもう何が起きても驚くに値せんわい」
三太守が異界樹の上の方に顔を向け、巨大に育ったその樹木の周りを飛び回る妖精族達を視界に入れる。妖精族は異界樹に咲く花から花粉と蜜を収集し、その二つを使って団子を作り出す。僕も食べてみたけど美味しかった。その団子は基本、若い妖精族の食事になる。本来なら位階の高い順に食べる食事のはずが……。僕の拠点で生産される食事の方が高品質なので、ここに住まう妖精族に関してだけは、花粉団子は若い妖精族の食事になっている。
それからここに住まう妖精族は異界樹から花粉と蜜だけを採取しているわけでは無い。異界樹の幹に小さな傷を付け、樹液を集めているのだ。最初はどうなるかと思ったけど、少量を採取後に鑑定。桜に寄っているなら染料。楓に寄っているならメープルシロップだろうと当たりをつけて採取の指示をした。その結果はどっちにも使えるという斜め上の展開だ。採取して直ぐは薄ピンク色の樹液で、かなり色も薄く甘さもほんのり。それをゆっくり煮詰めて濃縮することで、濃いピンク色のメープルシロップのような液体ができあがった。いろいろ不安だったが毒性などはなく、むしろ体にとてもいいと言うおまけつき。ちょっともったいない気もするが、この煮詰めた濃いピンク色の液体で布を染めると桜色になる。
樹液に関しての活用法はこんな感じ。それ以外となると、樹木のところどころにできる大きなコブのような物。これが実は百合のムカゴのような物で、これも採取しておいて乾燥し、粉末にすると滋養強壮に効く薬品となる。それからサクランボに似た巨大な実、ウメに似た巨大な実が生るのでそれも採取してもらうようにお願いした。
「ふむ。美味だな。しかし、食べずらい」
「サクランボか……。これはこれでいいな」
「このウメはどうするのだ?」
「今の所考えているのはウメはムラサキシソと一緒に塩漬けして保存食にしたり、ガムシロップの実の果液と焼酎と一緒に付け込んで梅酒にしようかと思ってますよ」
「梅酒? 新種の酒か!!」
「これ、ヴィエラ。お主は酒に食いつき過ぎじゃ。少しは落ち着け」
「これを期に梅酒だけじゃなくいろいろな漬け込み酒を造ろうかと思ってますよ。焼酎に果物をつけるだけでもいろいろな風味の果実酒が作れますから」
「お主も火に油ならぬ、火に酒を注いでどうするよ」
「大丈夫です。どの道、漬け込み酒はそこそこ時間がかかるので」
「うッ……。じ、時間がかかるのか」
実は熟成促成魔法陣さえ使えばすぐにできるけど、それは黙っておく。
異界樹の世話が楽しくて異界樹の根本に、ミニチュアログハウスを新造して住み着いているやつもいる。異界樹はまだまだ成長しているらしく、邪魔な枝を落としたり、適度な剪定、剥がれても問題ない樹皮をはがして素材にしていたり……。庭木職人ライフをエンジョイ中のようだ。実に楽しそうに、自分用に作ったらしい梯子を上り下りしている姿を時たま目にする。
そのキャラメル一号が落とした枝の一部から酒樽を作っていたりもする。これには僕は関与しておらず、ノーマル班とキャラメル班が好き勝手にやっているらしい。別に咎めるようなことでもないし、邪魔な枝を落として利用しているから問題ないのだろう。異界樹は元は世界樹と同系の樹木。成長が非常に早く、しっかりと手入れをすればそれだけ応えてくれる樹木だ。いろいろキメラされ過ぎててコメントに困る樹木ではあるのだけど、利益になっている内はそれで問題ないだろう。
異界樹樽で寝かし始めた発酵酒は独特な雰囲気を持っているし、新しい酒ができる予感。それから異界樹のミードと樹液酒も実はできていたりする。コレはキャラメル班のキャラ子隊員の大成果で、ブドウの皮から酵母を手に入れたらしいのだ。その酵母を加えると発酵系の作業が安定しると報告されている。何でもかんでも入れていいわけではないけど、試行錯誤はいい事だ。
「……お、ついに来ましたね」
「ん? 何が来たのだ?」
「ハルドエン帝国への報復の狼煙を上げる時ですね」
「貴殿が言っていた神族が許可を出したと言う事か」
「そうなります。今回は完膚なきまでに叩き潰す。魔物の森の恐ろしさを骨身の髄にまで体感してもらわねばなりませんから。ははははは」
「う、うむ。しかし、どうするつもりなのだ? ユウゼン殿が単騎で向かわれると言うのか?」
「それは僕の忠臣達が許してはくれませんよ。何故か僕は“王の太守”と呼ばれています。だからこそ、魔物の森の王なりの戦いをするまでです」
光の神から神託が降りた。光の神が何をしているのか知らないけど、彼が事前準備的な何かをしており僕がいきなりハルドエン帝国を再起不能になるまで叩き潰すのを抑え込もうとした。光の神は深い慈愛を持つ神だ。見た目はチャラく着飾ったホストみたいなヤツだったけど、アイツは無駄な殺しは望まなかったのだろうね。光の神と僕に依頼を出した当該神族との相談の上で、僕に確定した報復の演目を細かく指定して投げ込んで来たのだ。
僕がして良いのは“魔物の森開拓遠征軍”の壊滅まで。その後、ハルドエン帝国現皇帝と国教セルベリエ神教の総本山である神殿への警告を向ける。ここまでが僕の仕事。その後は神様達の仕事になるはずだ。僕はそれ以上触れるつもりはない。僕自身は特にハルドエン帝国とは関係が無いので、僕が私怨の矛先を向けることは無いのだ。本来なら亡くなった竜に騎士の敵討ちのため、もっと大きなダメージを与えたい人物もいるだろうけど……。神族からの通達では彼女も…彼女だからこそ反発することはない。それも考えて光の神は僕を介入させ、サンドラさんを召喚した神族とハルドエン皇帝家に加護を降ろしている神族との泥沼の戦いになることを回避した。これが事の真相なんだろう。
あくまで僕の想像だから脇の甘いところもあるだろうけど、大枠としては間違っていないと思うんだよね。大きな力を持つ者同士の争いは力の無い者も巻き込み、不毛な争いは怨嗟と共に暗い心の闇を落とす。それは根深く、重く、粘着する。まさに底なし沼の様相になっていくんだ。
「貴殿の忠臣が相当に強いことは知っておるし、貴殿が規格外なことも認める。しかしだ……。本来ならばこの問題は我が縄張りの事案。それにワシを関わらせない。それも神族の思惑と考えてよいか?」
「それはご想像にお任せします…としか言えませんね。僕にも言えないことはもちろんあるので」
「くふふ……。まさに玉虫色の言葉というヤツだな。だが、同行するだけは許してくれまいか?」
「それについてはご自由にどうぞ。そこまでは神族からの制限には含まれていません。ただし、貴女が相手側に手を出すことは貴女以上の存在が拳を振り上げることに繋がるとお考えください」
僕のこの言葉にサンドラさんは生唾を飲み、表情は蒼白その物。僕が代行するだけというのなら問題は無い。それだけならば彼女が多少暴れても何も問題はないのだ。大きな制約も無ければ、彼女を縛る物は一切ない。なのだがサンドラさんと関わりの深い神族という大きな存在が、直接的に関わって来るならば話は大きく変わる。
彼女は理解してくれたようなので、僕はそれ以上は何も言わない。
ヴィエラさんとタマモさんも事の大きさに気づいている。なので彼女達にも配慮してこの話は区切りをつけた。非常にデリケートな話だし、この世界は地球のように神族の加護が縁遠い世界ではない。この世界はそれだけの事由さえあれば、神族が手を出して来る世界なのだ。それは世界のバランスを大きく狂わせるし、神族の位階が高ければ高い程に世界に与える影響が非常に大きい。
光の神は伏せているが当該神族と、サンドラさんを生み出した神族との間で軋轢が生まれればこの世界に大きな歪が生まれる可能性がある。その当該神族と、サンドラさんの一族を生み出した“竜神”は深読みすればどちらも高位神族。間に挟まれての面倒事は御免なのである。
「ふう……。蓋を開けてみればとてつもなく面倒なことになっておったな」
「僕も深読みして考えを回しているだけですけどね」
「それにしてもだ。ワシも面倒事は御免被る。はてさて、仇敵はどのような目に遭わされる事やら……。楽しみでありながら恐ろしくもあるわい」
「のう。私も見学しても構わぬか?」
「それも制約はありませんから構わないと思いますよ」
「ならアチキもついて行こう。面白い物がみられそうだしのう」
なんだか三人の視線が怖いが、これも深入りすると面倒なので触れないでおこう。面倒事は御免なのである……。面倒ではあるが、この空気は耐え難い。なので、給仕のサテュロスに生ビールを追加でオーダー。それから野菜を嫌うヴィエラさんも居るが、これなら気に入ってくれるだろう。キンキンに冷えた生ビールに塩茹でした枝豆をボール一杯添える。生ビールと枝豆のコンボは地球でも王道だった。もっとも僕はビールの苦みがどうしても苦手だったのであまり好まなかったけど。
僕はアンブロシアのカルヴァドスをオーダー。アップル・ブランデーとも言われるお酒で、フルーティーな香りが好きで愛飲していたけど……。ここまでリンゴの香りって強かったっけ? それからもうこれはジュースの域で、酒独特のアルコール感も弱く感じる。これも異世界補正? まあ、美味しいならそれでいいけど。
「ご主人。そのお酒はどや?」
「え? いつもよりリンゴの香りが強いね」
「おお、成功やで。メル子。黄金リンゴ丸漬けカルヴァドスは正解や」
「グッドラック。でも……、そのお酒、ご主人しか飲めない。酒精が強すぎ」
僕の目の前では生ビールと枝豆コンボに感動しきりの三太守が居る。美味しいのは分かるけど、涙まで流してるし……。それがダメとは言わないけど、ちょっと気になるね。どうしよう、この状況。




