第92話 嵐の前の静けさのような
あまりに数が多く、倒す度にごろごろと地面に転がる岩は、図らずも、来た道とそうでない道とが一目で分かる程に良い道標となった。
だが、奥へ奥へと歩みを進めるにつれ、その元となるゴーレムは、一体二体とその数を徐々に減らしていく。
敵に当たるまでの間隔もあからさまに伸びていて、必ずしも一定の距離で、全く同じ数の敵が出るはずは無いとは言え、あまりにアンバランスだ。────まるで、他の場所にいたはずの敵が、一箇所に寄り集まったかのように。
その現象は、つい最近目にしたことのある景色と条件がぴったり重なるが、決して偶然などではないのだろう。
奥にあるはずのものが、手前へ。それは正に、サイラース森林で起きている問題と同様のものなのである。
「これはもう、あれだね。この先にある結果が見えてしまったやつですね」
「そうだな……口にしたくは無かったんだが、どう見ても明らかだからな」
今はもう、がらりとしている道の先を眺めながら、二人して肩を落とす。
体感時間にして、一時間かそれ以上は経ったであろうという頃、とうとうゴーレムに遭遇する確率は、三分の一も下回るかという程に減っていた。
魔物の大量発生が原因と見るには、あまりに数も分布も偏りがありすぎて、的外れだと言わざるを得ない。
つまるところ、可能性が高いと理解していながらも、一番避けたかった現実を、私達はむざむざと叩きつけられてしまったのである。
嫌なカードばかり引き当てる私を、何処ぞの誰かが破滅の魔女と称したのは、あながち嘘ではないのかもしれない。
破滅させる側ではなくとも、行く先々で問題が起こっているのは事実で、さながら疫病神のように見るには十分な要素が揃いすぎている。何とも理不尽でありながら、ここまで来ればいっそ、喜劇の一幕かと勘違いする程に。
この手の喜劇は大抵、当事者は全く笑えないのが常というものだ。人の不幸は蜜の味と言うけれど、実際に不幸になる側が甘く美味しく飲み込める訳が無い。
ただ苦いだけの泥を口に含むように、ただでさえ苦いコーヒーを殊更に煮詰めて流し込まれるかのように、ぐりぐりと胸の内を抉っていくそれは、出来る事なら一生触れずに生きていきたいとすら思えるものだと言うのに、一体私は何度それを飲み干す羽目になっただろう。
自然と重くなっていく足取りを無理矢理に動かして、明かりも届かぬ暗闇の中を延々と照らしながら突き進むと、次第に時間の感覚すら奪われていくような気になるが、そうした現状を嘲笑うかのように辺り一帯は不気味に静まり返っている。
いくら私とて、右も左も分からぬ閑散とした場所で、粛々と歩き続けるだけの時間を過ごしながら、一抹の不安も感じずに居られるわけでは無い。
まして、いつ強大な敵に巡り合うかも知れぬ状況の中、平然と過ごせる人間は限られるだろう。残念ながら、今までの人生でそれなりに過酷な経験をしてきた私でも、そこまでの図太さは持ち合わせていないようだ。
今この場にいるのが自分一人でない事に心安らぎ、一人で飛び込むような無謀な真似をせずに済んだ事に安堵しながら、自らの後ろを歩く男に目を向ける。
「だいぶ歩いたけど、体調とかは大丈夫?周りが見づらいから、疲れたでしょう」
「俺はまだ大丈夫だ。シオンこそ平気か?魔物の気配が無いようなら、一旦休憩にしても構わないが」
「そうだね、そうしようか。道が少し険しくなってきたから、あまり消耗しすぎないようにしないと危ないし」
私の言葉に彼が頷くと、ごつごつとした足元を避けるためか、来た道を少しだけ引き返すように手招きをしてきた。
その背に導かれて、ほんの一、二分程歩いた場所に腰を落ち着けると、収納していた水筒を取り出し彼に渡す。
暫くの間は、互いに言葉を発する事も無いまま過ごすだけだったが、ふとした瞬間に視線が交わったのを皮切りに、少しだけ気まずそうな表情でアルが口を開いた。
「取り敢えず、根本的な原因には大凡見当が付いたが……付いてしまったんだが」
「本音がだだ漏れだねぇ。気持ちは分からないでもないけれど」
「こればかりは、溜息の一つも吐きたくなるってものだ。覚悟して来たとは言え、正直気が重いな」
手元の水筒をゆらゆらと遊ばせながら、彼はそう言って苦々しく笑った。
弱音を吐いたと言うよりは、あと一歩前に進むための勇気を探して、ある種の気分転換がしたかっただけなのだろう。愚痴は零せど、己を悲観するような気配は感じられない。
少しばかり固まっていた空気を、二三言葉を交わしながら笑い飛ばして、気持ちが落ち着いたのを確認すると、彼が徐に尋ねてくる。
「まだ先は長そうだが、この後はどうする?この様子だと、問題の魔物に当たるまでは、もう敵に遭遇する可能性はかなり低いだろう。一旦引き返して、現状を報告する手もあると思うが」
「悩みどころだなぁ……。結局、ゴーレムにしか遭遇しなかったのも気になるし、なるべく情報を集めておきたい所ではあるんだけど」
「確かに、本来ならそれ以外の魔物も幾種類か居るらしいからな。体格が一番大きいゴーレムが寄り集まったせいで、他の場所に追いやられたのかもしれない」
調べた情報によれば、暗く狭い環境という事もあって、基本的には蝙蝠やネズミなどに似た小型の魔物が多いらしい。
この洞窟において、最も体格が大きく、頑丈な造りをしているのがゴーレムであり、危険度が最も高いのもまた、彼の魔物なのである。
だが、その特徴故にゴーレムの総数は少なく、普段は各所に点々と存在するばかりなので、力で劣る魔物達はその合間を縄張りとして生息している────というのが、資料に記述された内容だったのだが、その前提が崩れてしまったことで、自然とその縄張りも壊されてしまったに違いない。
「ただでさえ岩の塊に囲まれてる所に、余計な邪魔が入らずに済んだと思えば、有り難い限りではあるんだけど。追い出される側としては、堪ったもんじゃないよねぇ」
「あのまま放置し続けていたら、俺達も仲間入りする羽目になっていたかもしれないけどな。何処かの誰かさんが暴れまわってくれたおかげで、もう暫くの間は持ち堪えられそうだ」
「へえ、そんな風に言っちゃう?私に喧嘩でも売っているのかな?地獄のミキサー祭りに参加させてあげてもいいんだよ」
「それはやめてくれ、下手したら死にかねない。というか、お前が度々口にしてるミキサーとやらは、実物もあんなに物騒なものなのか?」
「用法要領を正しく守って使えば、便利な調理器具に過ぎない物だよ。刃物を高速回転させてるから、中に人が入ったら確実に死ぬだろうけどね」
「うん、俺が悪かった。許してくれ」
そもそも、人が丸ごと入れる程のサイズではないという事実は隠して、私は静かに微笑んだ。
くるりと相手の掌が見事にひっくり返った所で茶番は終了し、少しばかり落ち込んでいた気分も持ち直した事で、話題は振り出しに戻る。
「取り敢えず、もう少し先に進んでみよう。余力はまだあるし、出来る時に調査しておいた方が良いでしょう」
「そうだな。折角なら、今の内に中を調べ尽くして、後で情報を売り付けてやるくらいの気持ちで行こうか」
「面白そうではあるけど、どちらかと言えばそれ、悪役に回るタイプの発想だよね」
「でも好きだろう?そういうの」
「いやまあ、的外れだとまでは言わないけど……私の事を何だと思ってるの?」
ここ最近、彼には随分と、自身の為人を暴き尽くされてきたと感じていたのだが、どうやら適度な理解を通り越している嫌いがあるようだ。
時には自らの首を絞めてしまう程に、知的好奇心に溢れている自覚はあるものの、わざと人様を困らせて楽しむような姿は見せた記憶が無い。
実際にそうした行動を取るわけではなく、あくまで心持ちの問題としての話ではあるだろうが、こうもはっきりと断言されたのでは、素直に頷きにくいところがあった。
「寧ろ、つい先程までミキサー祭りがどうとか言っていた人間が、純真無垢な性格に見てもらえるとでも思うのか?」
「思わないねぇ。別に、本気で実行するつもりで言ったんじゃないけどさ」
「残念だったな、シオン。本当に心が清らかな人間は、まずそういう事を口にする発想自体が無いんだよ」
「ごもっともで。アルもなかなか言うようになったね」
いつになく軽口を叩く彼の顔を、少しばかり揶揄うように見つめてみると、予想だにしていなかったという様子で目を瞬かせた。
当の本人が思うより、些か気分が高揚していたらしい。己の浮かれぶりを漸く自覚したのか、気恥ずかしそうな表情で視線を逸らされてしまう。
「……それだけ、慣れてきたって事だろう。今更、気を遣うような間柄でもないし」
「そうだね、仲良くなれたって事なら大歓迎だよ。緊張もだいぶ解れたみたいだし、休憩して正解だったかな」
「それはそうだが、やめろ、妙ににやついた顔でこっちを見るな」
「あはは、ごめんごめん。何か、進んでそういう態度を取るのは初めてだなと思って、つい」
基本的に落ち着いた性格である彼は、出会ってから今の今まで、際立って感情を覗かせる機会が少なかった。
過去のトラウマによる嫌悪や、苛立ちからきつく当たられる経験はあっても、何かに浮き足立つような明るさはあまり見た事がない。
自分自身がトラブルメーカーである事も相まって、彼の困り顔ばかり目にしてきた身からすれば、敢えて向こうから挑発するような言葉をかけられるのは、新鮮でならないのだ。
過去に、彼と共に過ごしてきた幾人もの人間が、どのような関係性を築き上げてきたかは分からないが、少なくとも私と彼の間柄において、自らの態度が珍しいものである事を彼も自覚しているのだろう。私のこの表情が、自身の行動に起因するものであると理解してか、彼は意見を押し通すより先に、視線を逸らして黙りこくっている。
それがまるで、小さな子供を相手にしているかのようで、気付けば無意識に彼の頭上へと手が伸びていた。
「なっ……!?」
「あ、ごめん」
突然の事に驚く彼を見て、漸く自身の行動を理解する。
ほんの一瞬だけ手に触れた、柔らかな髪の印象が頭にこびりつくのを感じながら、半ば反射的に伸ばしていた右手を引っ込めた。
視線の先には、暗い洞窟の中でもぼんやりと分かる程に顔を赤らめる彼が居て、今までも時折見かけていた彼の初々しい一面が、また顔を覗かせた事が面白くて。性懲りも無く笑みが零れてしまう自分に、彼は何か言いたげな様子でくしゃりと顔を歪めたが、結局言葉は出てこないようだった。
「思ったより長居しちゃったね。だいぶ体も休まったし、そろそろ行こうか」
「……そうだな」
自ら掘り起こした穴を、どうにか埋めようとする様が垣間見られる彼を横目に、出したままにされていた水筒を片付ける。
溜まっていた疲れと鬱憤は概ね解消されて、最後の仕上げとばかりに大きく伸びをすれば、気持ちも大分上向きになった。
この道がどこに続いているのかも、目標の敵がどこに潜んでいるのかも今は分からないけれど、もう暫くの間は作業に集中できそうだ。




