第5話 初めての街
さて、目的の物を回収し終えたところで、どうしたものかと考える。
相変わらず、人が通りかかる気配は一切無い。
整備された様子も無く、見晴らしも良くない森の中で、この世界の地理に全く明るくない私は、進むべき方角も分からない状態だ。
本来なら、地道に歩いて回る以外に出口を探す方法はない。
今の私は手ぶらの状態で、この状況を打破できるようなものは何も持っていないからである。
────だが私には、魔法という武器がある。
「よっと」
掛け声と共に、軽やかに真上へと跳躍する。
やる事は単純だ。
下にいて分からないのなら、上から見てしまえばいい。
「うわあ……結構広い森だな」
身体強化を施し、魔法障壁の特性を活かして地面代わりに利用した私は、幾度かの跳躍を繰り返して上空へと到達した。
魔法と物理攻撃の両方を跳ね返すこの障壁は、頑丈な足場にもなる。
他に方法が無いでもないが、燃費としてはこの方が効率が良い。
こうして見ると、思ったより森の奥深くにいたようで、上から見ても緑色の景色が一面に広がっている。
そのまましばらくの間、先程と同じ要領で前方へ移動し続けると、ようやく終わりが見えてきた。
森を抜けた先には街道があり、かなり小さくではあるが街らしきものも遠くの方に見える。
下手に目立つと困るので、森を抜けたところで下に降り、舗装された道を歩いて進んだ。
♢
道なりに歩いた先に着いたのは、比較的大きな城郭都市だった。
街の入口である門を抜けると、石造りの家々に囲まれ、大勢の人で賑わう風景が視界に入る。
石畳の道を歩きながら、街の様子を探る私の耳に、聞き慣れた音が次々と入ってきた。
その事に、違和感を覚える。
道ゆく景色も街の人々も、どう見ても異国のものとしか考えられないのに、聞こえてくる言葉は日本語ばかり。
国どころか、世界までもが違うのに、偶然の一言で片付けていいはずがない。
────ふと、女神様の顔が頭に浮かんだ。
どうやら、元々人並外れたスペックであるこの肉体に加えて、さらに便利なオプションをつけてくれたらしい。
異国の言葉を理解できるどころか、日本語そのものとして聞き取れてしまうなんて、そんな芸当が可能な知り合いは他にいない。
よくよく考えれば、なんの事前情報も無くこの世界へ飛ばされてしまったけれど、それぐらいの温情はあるようだった。
(へえ……文字もちゃんと読めるんだ)
思わず目を引かれたのは、街の中でも一際大きい、存在感ある建物。
大きな扉の上に立て掛けられた看板には、見たことも無い文字が刻まれているが、不思議と何が書かれているのかは理解できる。
どうやらこの文字は『冒険者ギルド』と読むらしい。
ギルド。
その言葉は、前世でもよく目にした事がある。
主にはゲームやライトノベルなどで出てくる単語であった。
前世の知識を元に、さらに付け加えるなら、元々の意味は中世より近世にかけて存在した職業別組合のことである。
それらと同等のものであるのかは、ここからでは分からない。
冒険者とあるように、建物に出入りする者のほとんどは、軽度は違えど鎧に身を包み、剣や弓など何かしらの武器を携帯している。
そもそも、冒険者が職業として成立していることが興味深い。
何か面白い情報が得られるのではないかと期待した私は、出入りする人の波に紛れて中へと入ってみた。
室内は、開放感のある造りになっていた。
二階建てで吹き抜け構造になっており、天井が高く圧迫感がない。
全体がまるでオープンスペースのようで、あちこちにテーブルと椅子が設置され、冒険者達が寄り集まって楽しそうにしている。
両脇には階段が設置されていて、そこから二階へと上がれるようだ。
さらに、建物の左壁の向こうには酒場が併設されているらしく、出入り口の扉が開く度に中の喧騒が聞こえてくる。
奥の方に目をやると、弓なりにカウンターが置かれ、受付の女性が冒険者と話しているのが見えた。
話しかけてみるのもいいが、冒険者の仕事とはどういうものなのか、もう少し探ってみてからの方が良さそうだ。
そのまま、辺りをそれとなく見渡しつつ、ゆっくり右の方へと歩き出す。
右側の壁には掲示板があり、何枚もの紙が張り出されていた。
邪魔にならないようにしながら内容を確認してみると、どうやら依頼書のようだった。
種類は様々だ。
薬草の採取、護衛依頼、討伐依頼など。
体力が必要だったり、危険が伴う作業ばかり。
それらを一手に引き受けるのが、冒険者の主な仕事のようである。
私が出会った獣のような生き物が、この世界には普通に存在するのだとしたら、専門の職業ができるのもおかしくはない。
掲示板をざっと隅まで見終えると、一番右端のカウンターまで近付いていた。
見ると、冒険者と男性職員が向かい合って、何やら話し込んでいる。
その男性は、他の職員と違って制服らしいものは一切身につけず、かなりラフな格好をしている。
それだけで、普通の受付とは違う窓口である印象を受けた。
「それからこの牙と……魔石の買取も頼む」
「分かった、少し待っていろ」
取り出された品を手に取り、様々な角度から眺めてみたり、軽く指で叩いたりして、物の状態を確かめる男性職員。
その光景の中に、気になるものを見つけた。
私が森で拾った、例の光る物体と似たような代物がカウンターに出されていたのだ。
設定や大まかなストーリーは既に練ってありますが、書きながら吟味していると思った以上に時間がかかってしまいますね。