第4話 未知との遭遇
一気に方を付けなければならない。
私を囲むその生き物は、全部で七体。
これだけ機動力のある相手に囲まれては、一匹でも取りこぼした瞬間に人生お終いだ。
その生き物は、漆黒の毛並みを持つ獣だった。
思わず吸い込まれそうになるほどの、黒い闇。
姿形で言えば、比較的狼に近いが、その1.5倍はあろうかというほどに大きい体躯をしている。
そして、その闇の中に妖しく光る赤い目。
比喩でも何でもなく、実際に光り輝いていて、それだけで異質さを感じるほどだ。
だが、何より異質なのは、その見目に関わることではない。
────魔力だ。
通常、一介の獣には有り得ないほどの膨大な魔力が、その黒い身体からとめどなく溢れているのである。
突き刺さるような殺気にも負けない程の、どろどろとした不快さを感じるその魔力は、私の持つそれとはあまりに質が違う。
慣れていない者が直面したらならば、それだけで気を失ってしまいそうな禍々しさだ。
対する獣は、私の力量を測ろうとしているのか、こちらを窺うようにして微動だにしない。
隙を出さないよう気を引き締めてはみるものの、その様子に怖気付くでもなく、私という獲物を一息に仕留めるその瞬間を虎視淡々と狙っている。
少しの間、膠着状態が続いたが、それも束の間のことだった。
ほんの少し。
目を凝らさなければ分からないほど僅かにだが、獣が動いた。
────来る!
「グルルルアアアアアアッ!!」
勢いよく一匹が踊り出ると、それにつられて残りの獣も襲いかかってくる。
持ち前の脚力を存分に生かし、一気に距離を詰めると、真っ先に飛び出した獣の口が大きく開かれ獰猛な牙が姿を現した。
最初に飛びかかってきた時のように、噛み砕いて殺すつもりなのだろう。
でもそれは、叶わない。
突如、凄まじい勢いで風が吹き付ける。
今にも私を覆い尽くさんとする漆黒の闇たちが、突風によって弾き飛ばすように退けられた。
それは決して偶然ではない。
半ば動転していた私が、兎にも角にも近づかせるわけにはいくまいと発動した魔法だった。
そうして生まれた一瞬の隙に、ぐちゃぐちゃに崩れた思考を立て直す。
未知の生き物に出くわしただけで取り乱してしまうあたり、私にはまだまだ経験が足りないのだと実感する。
────当然と言えば、当然の話ではあった。
魔法に関する勉強は、何年もかけてずっと行い続けてきたけれど、実際に戦場に立ったことがあるのは良くも悪くも一年の間だけだ。
それも別に、ずっと前線に立って戦い続けたわけではない。
人間が相手ならば、まだ良かった。
ただの獣であったなら、ここまで取り乱すこともない。
およそ見た事のない姿と、今までに感じた事のない不快さが同時に私を襲い、平静さを失わせたのである。
でもそれももう、昔のことだ。
相手が姿勢を立て直すまでの短い合間に、私は気を取り直す。
素早くあたりを見回し、敵の位置を正確に測って、次の一手に出る。
おそらく敵は、間髪入れずに私に襲いかかるつもりだっただろう。
着地した瞬間に身体を翻し、すぐさま次の動作に移ろうとするのは見えていた。
だが、そこから先に進む事はできない。
時が止まる。
そんな錯覚を感じてしまうほどの光景。
猛り狂うようにして迫ってきていた獣は、一匹残らず動きを止めてしまう。
その刹那、闇を押し広げるように獣の身体が膨らみ、一気に弾け飛んだ。
破裂音が木霊する。
内側から勢いよく吹き飛ばされた獣の肉片が、周囲を埋めるように四散し、銃弾のように差し迫ってくるのを、既に展開していた魔法障壁で防ぎきる。
暫くして、様子が落ち着いた頃には、周りを囲っていた獣達は一様に消え去っていた。
「────これは流石に、やり過ぎたかな……」
阿鼻叫喚。
そんな言葉が似合いそうな情景だった。
辺りは、爆発した衝撃で醜く散った黒い塊で埋め尽くされている。
加わった衝撃が大きかったからか、臓器の類も激しく損傷し、原型を留めていない。
そのくせ、血の一滴も見当たらないのだから、異様な光景と言う他ないだろう。
体内の血液を気化させて爆発を引き起こしたのだから、当然の結果ではあるのだけれど。
確実性を求めるあまり過激な方法に走ってしまったのは、反省すべき事柄だった。
こうして、無残に散った死体を見ていると、酷く申し訳ない気持ちになる。
私は、心の奥底で謝罪した。
とはいえ、私も危なかった。
思い描いた通りに魔法が使えたので、こうして死なずに済んだが、計算が少しでも狂っていたら今頃どうなっていたか分からない。
生前、戦地に立たされた時には常時展開していた魔法障壁も、獣の異質さに囚われて最後に使うまですっかり忘れていた。
おかげさまで、生前と同じスペックの身体を用意してくれたことには確信が持てたけれど、それが無ければあのスピードで魔法を使うことは出来なかっただろう。
ありがとう、女神様。
その心遣いに心から感謝したい。
「……ん?何これ」
自ら作り上げた凄惨な光景を眺めている途中、肉の欠片に紛れて光り輝くものがあることに気付いた。
地面から拾い上げて見てみると、先程の獣の目を思い起こさせるような、赤い光が目に飛び込んでくる。
まるで、宝石のように美しい色合いだ。
形は不均一で、縦に長く両端が尖っている。
ごつごつとした見た目とは裏腹に、触り心地は非常に滑らかで、サイズもそれなりに大きい。
片手では覆いきれないくらいの大きさがある。
周りをよく見てみると、同じものがあちこちに散らばっていた。
その数、合計七つ。
見事に、先程の獣の数と一致している。
偶然で片付けるには、些か不自然な状況だ。
そう思える原因は他にもあった。
その赤い物体からは、大きな魔力の流れが感じられるのだ。
さしずめ、魔力の結晶といったところだろうか。
それぐらい、その大きさに見合わない量の魔力が、この中に密に込められている。
もし、これが獣の体内から出てきたのだとすれば、あの異様な魔力の正体にも説明が付く。
先程感じた不快さが全く無いのは気になるが、無関係だとは思えない。
この世界の人間に見せれば、これが果たして何なのか分かるだろうか。
何かしらの価値が見出せるものであれば、無一文である私の役には大いに立つに違いない。
そう思って、落ちていた赤い石を全て拾い集める事にした。
今着ている服にはポケットすら付いていないけれど、持ち運ぶ方法には当てがある。
結局、あの獣は何だったのかも気になるし、この石と合わせて調べれば情報も集めやすいだろう。
肝心の獣は見るも無残な姿になってしまったので、資料として持ち出すわけにはいかないのが残念ではあるけれど、それに関しては自業自得なのでしょうがない。
せめてもの弔いとして、獣の死体は余す事なく埋葬する。
慣れない人であれば、思わず躊躇ってしまうような状態のものもあったが、それに関しては問題なく処理する事ができた。
────きっとこれから先、こうした光景は何度も目にする事になるのだろう。
今見た七匹だけが特別であるとは、安易に考えない方がいい。
というのも、何だか嫌な予感がするのだ。
気の所為ならいいのだが、さっきと似たような気配があちこちで感じ取れる気がする。
もしまた囲まれたとて、同じ獣なら問題なく対処できるだろうけれど、危険なのはあの獣だけとは限らない。
何せ、ここは知らない世界だ。
私の知らない生き物が他にいたとしても、何ら不思議ではないのだから。
少なくとも今は、この森に長居するべきではないと感じた。




