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勿忘草   作者: 葉方萌生
13/13

13(終). ワスレナグサ

凉へ


 こういう時って、何から書けばいいんだろう。自分がいなくなった後に見られる手紙って、ちょっと不思議でドキドキします。

 

 凉が今この手紙を読んでいるなら、きっと手術は失敗したのでしょう。

 凉は怒ってるのかな。

 私はあなたにたくさん謝らなければならないことがあります。

 進級して凉と同じクラスになった当初、私は凉のことをそれほど意識していませんでした。名前こそ知っていたものの、あなたがどんな人かまでは知らなかった。凉も知っている通り、私は自分と家族以外の人間を信じることができなかったから。

 でも、凉と隣の席になって凉が私に試験で勝負を持ちかけてきたとき、この人は他の人とは違うと思いました。決定的だったのが、あなたに私の勉強法を知られた時。あなたはその方法を聞いて素直に「すごい」と言ってくれた。

その言葉に、私がどれだけ驚いたことでしょう。

私がおばあちゃんのために必死で勉強を始めた時から、私の周りの人たちは皆私を敬遠していたのに、あなたは違った。私に歩み寄って来てくれた。だから私は、あなたにちょっと期待したのかもしれません。

 

 私の病気は先天性で、生まれた時からずっと付き合ってきたものだから、私は健康というのがどんな状態なのか分かりません。学校へは体調がいいときに通っていて、何度も入退院を繰り返してきました。それでもここ数年は定期検査で病院に行くだけで、ちゃんと学校にも通えていたのです。

 それなのに、1か月半前。

 私は数年ぶりの発作で倒れてまた入院することになってしまいました。いつもなら、「またか」とため息をついただけだったと思います。でも、今度は違いました。余命宣告をされてしまった。医者からその言葉を聞いた時、私は目の前が真っ暗になって、もう何もかも分からなくなりました。

 自分はもう長くないんだと知った途端、夢も希望も諦めたけれど、でもやっぱり少しだけ夢が見たかった。私は今まで外で元気に走り回ったり、誰かと心を通わせて信じあったり、そういう普通のことをしたことがなかったの。

 だから私はあなたに、付き合ってほしいと言いました。

 私が生きている1か月だけでいい。1か月だけならあなたもそこまで感情移入しなくて済むから。1か月なら、私のことなんてすぐに忘れられるだろうから。

 でも、それも全部私のわがままだったの。

 1か月お付き合いしてその後すぐに忘れられるなんて、本当は思ってなかった。私がこんなことを言ったばっかりに、あなたを苦しめてしまうことも分かっていた。私のせいで、凉は背負わなくてもいい重荷を背負ってしまう。それも全部分かってたのに。

 それでも私は最後の思い出がほしかったの。

 普通の人と同じように、普通に恋をしてみたかった。その結果あなたを苦しめることになったとしても、私は自分の人生を諦められなかった。うん、やっぱり私、わがままだったね。わがままで、最低だ。

 だけど、これだけは言っておきたいです。

 私はわがままで、最低だったけれど…あなたと過ごした1か月半は本当に幸せでした。この間も言ったけれど、こんなふうに誰かを信じあうことがどれほど楽しくて幸福なことか私は初めて知ったのです。


 1か月で終わる命だと言われたのに、1か月ちゃんと生きられた。余命宣告なんてアバウトなものだと分かっていたからこんなこともあるだろうとは思っていた。でもやっぱり1か月経とうとする頃には自分でも分かるぐらいに体調がよくなかった。自分の体が思うように動かなくなって、私は怖くなった。だけど凉には心配かけたくなくて笑っていることにした。私が笑っていれば、凉も笑ってくれるから。これ以上、凉に心配かけたくなかったから。

 そして私はある決意をした。凉と別れようと。もともと1か月の約束で、これ以上一緒にいるのは凉をもっと苦しめるだけだと思って…。

 でもそんな私の自分勝手な気持ちも、きっとあなたには伝わっていたんでしょうね。あなたが病院に来る途中で事故に遭ってしまったと聞いた時、私は自分がしたことの愚かさを思い知りました。私があんなことを言わなければ、凉は事故に遭うこともなかったのに。本当にごめんなさい。


 先日、凉のお母さんに会いました。事故に遭った凉の意識が戻らなくて私がB棟にある凉の部屋に訪れた時です。

 凉のお母さんはとっても感じのいい人で、凉はこんな優しいお母さんに育てられたのだと知って私は温かい気持ちになりました。私にはもう母親がいないから、凉のことがちょっぴり羨ましくもなりました。


 私はあなたに、私のことを忘れてほしいと思ってた。

 本当に、つい最近までそう思っていたの。

 凉、私は今まで凉に1回も言えなかったことがあります。

 私は、桜田時衣は、神崎凉のことが好きです。

 ううん、私は凉のことが大好きです。

 好きです

 大好きです

 だから私を忘れてください。

 …そう言おうと思ってたの。

 でも、凉がクラスの皆と千羽鶴を持ってきてくれた時、私は決めました。もうあなたに対してこんなに悲しいことは言わない。私は私のために、自分の人生を決めたい。だから主治医の山本先生にお願いしてわすれなぐさを凉に渡すことにしたの。たとえ凉を苦しめてしまうことになったとしても、私はこう言いたいから。

 凉、私はあなたのことが世界で一番大好きです。

 だから私を、忘れないでください。

 この先なにがあっても、私と過ごした日々を忘れないでください。

 私もきっと、天国でずっとあなたのことを覚えているから。

 今まで本当にありがとう。

 ***


 時間をかけて時衣の手紙を読み終えた俺は、気づかない間にボロボロと涙を零していた。時衣が亡くなってから、ずっと泣けずに空っぽだった心が、温かいもので満たされてゆく。

「時衣っ…」

 彼女はもう、ここにはいない。

 そんなこととっくに知っていたはずなのに、手紙を読んだ途端恐ろしいほどに実感が湧いてきた。

「神崎君、時衣ちゃんは病院でずっと君の話をしていたよ。そりゃあもう本当に幸せそうに。だから君も、そんな顔せずに笑顔で時衣ちゃんに会いに行ってほしい」

 山本さんの「会いに行ってほしい」と言う言葉に、俺は手に握られた勿忘草をじっと見た。時衣の最期の置き土産を、俺は彼女に返しに行きたい。

「俺…時衣のところに行きます」

「そうかい。そうしなさい。私が車を出すよ」

「え、いいんですか?お仕事中に…」

「いいんだよ。私も、時衣ちゃんのことが大好きだからね」


 時衣が眠る場所に着いた時、彼女が本当にもうこの世にはいないということを肌で感じた。時衣が亡くなってから1か月が経つのに、俺はこの場所に初めて来た。本当は今日まで、ここに来るのが怖かったのだ。

「桜田家之墓」と刻まれたお墓のあるこの場所に来れば、彼女の死を本当に認めてしまうことになる。それが嫌でずっと躊躇っていた。

 でも、時衣がしてほしいことはそういうことじゃないと分かったから。時衣は死んでしまったけれど、俺が忘れないでいれば彼女はずっと俺と並んで歩いていてくれるんだ。今ならそう思える。

「時衣…」

 彼女のお墓に一輪の勿忘草を供えた俺は手を合わせて彼女の冥福を祈る。

 俺、お前と出会って後悔したことなんて一つもないんだ。

 お前が、俺の灰色だった世界を色づけてくれた。

 だからお前のわがままも、結局はわがままなんかじゃなかったってことだ。

 あとな、気づいていないみたいだけどお前、一度俺に好きって言っただろう? お前が眠る前、最期の言葉が「大好き」だったこと、ちゃんと分かってたぞ。


「今までありがとう。俺も、お前のことが大好きだ」


 ***

 

 そうそう、知ってた?わすれなぐさの花言葉は「私を忘れないで」だけじゃないのよ。

 ふふっ、私がそんな誰でも知ってるようなことを言うためにわすれなぐさを残したわけないでしょう。

 わすれなぐさのもう一つの花言葉。

 私が本当に伝えたかったこと、それはね―――



『真実の愛』


                   桜田時衣 


 終

  

 

今回で完結です。今まで読んでくださってありがとうございました。

もしかしたらアフターエピソードを書くかもしれません!

その時はまたよろしくお願いします♪

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