↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/34

王都


「勇者様ー!」

「おかえりなさい!」


ユリウスとレオンは王城へと続く道をゆっくりと進む。

かけられる声に手を振ってこたえた。


ミナも、馬車の中からその情景を笑顔で眺めている。


皆、笑っている。

子供を抱き上げる父親も、店先から身を乗り出す女性も。

こちらへ手を振りながら、涙を拭いている人もいた。


ユリウスは、振っていた手を少し高く上げた。


「……すごいな」


隣で、レオンが頷く。


城門を出た日にも、たくさんの人が見送ってくれた。

あの日は、前を向いて進むことだけで精一杯だった。


今は、一人ずつ顔が見える。


通り道の一角には、見慣れた顔が並んでいた。

学院の同級生たちだ。中心にカイルがいて、顔を真っ赤にして、こちらへ大きく手を振っている。


「カイル!」


ユリウスは一層大きく手を振った。

こちらが気づいたと分かると、カイルはその場で飛び跳ねた。


隣の同級生に肩を掴まれても、まだ何か叫んでいる。

歓声に紛れて、言葉までは聞き取れなかった。


それでも、ユリウスは笑った。



王城の前では、騎士たちが隊列を組んで待っていた。


その中に、父の姿があった。

こちらを見つめる目が潤んでいる。


ユリウスは父と目を合わせ、小さく頷いた。

父も、同じように頷き返した。



馬を下りると、足元へ花びらが落ちた。

肩にも一枚ついている。

払おうとした手を、隣から伸びた指が追い越した。


「ついてる」

「分かってるって」


レオンが取った花びらを風へ放す。

その向こうで父がこちらを見ていて、ユリウスは慌てて姿勢を正した。


今はまだ、帰還の途中だ。


グレインに続き、王城の中へ入る。

ミナも馬車から下り、二人の後ろについた。


「礼儀は教えていただきましたが、緊張します……」


小さな声が聞こえ、ユリウスは振り返った。


「俺も」

「そうなんですか?」

「そりゃ、国王の前だぞ」


ミナが少し笑う。隣でレオンも、正装の襟元へ指をかけた。


三人で長い廊下を進む。

扉の前に着くと、グレインが一度こちらを見た。


「いいな」


揃って頷く。

扉の横に立つ騎士が、ゆっくりと重い扉を開けた。



**



広間には、多くの人が集まっていた。


奥には国王が座り、そのそばに宰相と大神官が立っている。

三人の姿が見えると、静かなどよめきが広がった。


ユリウスは決められた場所まで進み、膝をつく。

隣にはレオンがいた。ミナも、教わった通りに礼を取っている。


「ユリウス・アルヴェイン。ただいま、帰還いたしました」


声が、思ったより大きく響いた。


少し遅れて、レオンもミナも名を告げる。

グレインが一行の帰還を報告すると、国王はゆっくりと頷いた。


「顔を上げよ」


ユリウスは背を伸ばした。


出立前にも、ここへ来た。

あの時は、求められる役目の大きさに、息をするだけでも精一杯だった。


今も緊張はしている。

けれど、街で見た人々の姿。友の顔。隣にいるレオン。

その存在が、ユリウスの気持ちを落ち着かせた。


「報告は受けている。魔王を討ち、その後の異変をも鎮めた。よく成し遂げた」


ユリウスは頭を下げる。


「皆が力を貸してくれました。俺一人では、戻れませんでした」


言ってから、しまったと思った。

もっと、ちゃんとした言い方があったはずだ。


けれど、国王は表情を和らげた。


「その者たちも含め、後日、改めて功績を称えよう」


視線が、ユリウスからレオンへ、そしてミナへと移る。


「今は長旅の疲れを癒すがよい。詳しい報告と褒賞の話はそれからだ」

「ありがとうございます」


もう一度、三人で頭を下げた。

国王は立ち上がるユリウスをしばらく見つめていた。


「そなたの無事を知らされる日を、余も待っていた」


その言葉に、喉が詰まる。

心配をかけた人がここにもいた。


ユリウスは深く頭を下げた。



**



広間を出てからも、すぐには城を離れられなかった。


かつての候補者たちに声をかけられ、治癒師に顔色を確かめられる。

以前世話になった神官は、ユリウスの手を包み、何度も頷いた。


「勇者殿」


声をかけられた方を見ると、魔王城でユリウスを庇った騎士がいた。


「あ、」

「ご無事で、なによりです」

「……っ、迎えに行けなくて」

「いいのです。あなたが帰ってきてくれただけで」

「はい、ありがとうございます」


お互いに強く手を握り、騎士はその場を離れた。

その後も一人に返事をしていると、また別の人が来る。


「あの、俺、まだ何かやることありますか?」


ようやく人が途切れたところで、ユリウスはグレインに尋ねた。


「ない。今日は帰れ」

「いいんですか?」

「いつまで家族を待たせるつもりだ」


その視線を追う。

廊下の向こうに、父が立っていた。


グレインが肩を叩く。


「行ってこい」

「……はい」


グレインに頭を下げ、廊下の方へ一歩進む。

父も、こちらへ歩いてきた。


近づくほど、その顔がよく見える。


小さな頃から父に剣術を教わり、できたことを母に自慢した。

褒められた顔も、失敗して励まされた声も、覚えている。


前世の記憶があっても、自分はここで育ってきたのだ。


さっきは頷けたのに、今は何を言えばいいか分からない。

父は記憶にあるより少し痩せていて、目元には疲れが残っていた。


「父上」


呼ぶと、父の足が止まった。


「……ただいま、戻りました」


肩へ手が置かれる。

次の瞬間、強く抱き寄せられた。


「おかえり」


それだけだった。


叱られるかも、とも思っていた。

なぜ報せを寄越さなかったのか、何をしていたのかと、聞かれると思っていた。

けれど、父は何も尋ねない。


背中に回った腕へ、ユリウスも手を添える。


「ごめんなさい」


言った途端、目の奥が熱くなった。


「よく、頑張った……」


父の手が、背中を一度叩いた。

それから、子供の頃のように頭へ触れる。


ユリウスは俯いたまま、しばらく動けなかった。


少し落ち着いてから顔を上げると、レオンとミナが離れたところでこちらの様子を見ていた。

ユリウスは慌てて目元を拭く。


「父上。二人にも……」


紹介しようとすると、父はすでに二人へ向き直っていた。


「息子を連れ帰って下さり、ありがとうございました」


深く下げられた頭に、ミナが慌てて両手を振る。


「あ、いえ! ユリウスさんにも、たくさん助けてもらったので!」


レオンも姿勢を正した。


「俺も、ユリウスと帰りたかったので」


父が顔を上げる。

レオンは一度ユリウスを見て、それから父へ目を戻した。


「一緒に戻れて、良かったです」


本当に嬉しそうに笑うレオンを見て、ユリウスはまた少し顔が熱くなる。

そんなに真っ直ぐ言うなよ。


父は目元を緩め、もう一度礼を言った。



**



ミナは当面、神殿に滞在することになっていた。


大神官が用意した部屋で休みながら、召喚の記録を調べるという。

帰路に書き留めたこともあるからと、抱えたリュミエラを持ち直した。


「今日は休めよ」

「分かってますよ、レオンさん」

「その返事、信用できねえな」


横から口を挟んだユリウスに、ミナが笑った。


「ユリウスさんに言われたくないです」


レオンが横で吹き出した。ユリウスは口をとがらせている。

ミナもまた笑い、それから少し表情を和らげる。


「お二人とも、おかえりなさい」


ユリウスは一瞬言葉を失った。

ミナは、まだおかえりと言ってくれる人のいる場所へ帰れていない。


そう思ったけれど、彼女がこちらの返事を待っていたから、笑って頷いた。


「ただいま」

「ああ、ただいま」


その返事に、ミナは大きく頷いた。


「また会いに行く。研究施設のことも、ちゃんとお願いしような」

「はい。楽しみにしてます」


神官に案内されていくミナを見送った。


三人でいることにも、すっかり慣れていた。

隣が少し空いた気がして、ユリウスはレオンの方へ顔を向ける。


目があった途端、胸が跳ねた。

ユリウスは声が震えそうになるのを堪えて、息を吸う。


「ただいま」

「……おかえり」


帰ってきた。


今さら、その意味を思い出した。




**



王城の入り口には、父が手配した馬車が待っていた。


父は騎士たちへ挨拶をするため、少し離れている。

ユリウスは荷物を受け取り、馬車の前で足を止めた。


レオンが、すぐそばに立っている。


魔大陸から、ずっと隣にいた。

今日も同じ部屋で休むような気がしていたのに、ここで別々に帰る。


「……お前も家に帰るんだよな」

「ああ」


当たり前の返事だった。

ユリウスは頷き、荷物の紐を握りなおす。


「そっか」

「何だよ」

「別に」


自分から切り出していいのか分からず、少し俯く。

レオンはその顔をみて、ユリウスの袖へ手を伸ばした。


「明日、空いてるか」


心臓が、一度強く鳴った。


「空いてる!」


声が大きくなって、ユリウスは慌てて口を閉じる。

レオンが笑った。


「話がある」

「……うん」


知ってる。ずっと待っていた。

帰ったら、すぐに聞くと自分でも言った。


「昼過ぎに、迎えに行く」

「分かった」


レオンの指が、袖から離れた。


その手を、今度はユリウスが掴む。

レオンが目を見開いた。


「俺も」


声が少し上ずった。


「話、あるから」


レオンは黙ってこちらを見た。

それから、手の向きを変え、ユリウスの指を握り返す。


「……ああ。聞く」


父に呼ばれるまで、二人とも手を離さなかった。


馬車が動き出す。

窓の外で、レオンが手を上げた。

ユリウスも手を振り返し、その姿が見えなくなるまで眺めていた。


向かいに座る父が、何も聞かずに笑っている。


ユリウスは窓から顔を戻した。

明日、ついに約束を守る日が来る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。