第49章 待ち続ける想い——リリス視点
リリスは実家にある自分の部屋で、窓の外を眺めていた。
今日はエリオットと、結婚式を挙げる教会へ打ち合わせに行く予定になっている。
結婚式まで、あと一か月ほど。
もうすぐ彼が迎えに来るはずだった。
父は仕事へ出ており、母も朝から不在だ。
一人になると、どうしても別のことを考えてしまう。
――あれから半年。アリス様はどうされているのだろうか。
リリスは苦しさを吐き出すようにため息をついた。
そして自然と、あの日のことを思い出していた。
アリスがゼリアへ向かった後。
自身がトルシアを離れる数日前のことだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「アリス様が戻られるまで、こちらのお屋敷へ置いていただくわけにはまいりませんか」
思い切ってそう口にしたリリスに、クララは首を横へ振った。
「リリス」
その声音は穏やかだったが、きっぱりとした口調だった。
「ミルバーグで待っている方がいるのでしょう? 少なくとも、貴方がここにいても状況は変わりません」
――私がここにいたって、アリス様は助けられない。それでも……。
「アリス様をさしおいて、幸せになんかなれません」
絞り出すように言う。
クララはすぐには答えず、しばらくリリスを見つめていた。
やがて口を開く。
「アリス様は、貴方の幸せを何より願われているのですよ」
「分かっています……」
震える声で答える。
「だから、私を連れて行ってはくださらなかった」
ぽろりと涙がこぼれ落ちる。
「姫様は、いつもそうなんです。ご自分のことを大切にしては下さらない」
視界がにじみ、次々と涙が溢れてくる。
クララは何も言わない。
ただリリスが泣き止むのを待っていた。
しばらくして、ようやく涙が落ち着いてきた頃、クララは柔らかな口調で尋ねた。
「旦那様が、アリス様のことを諦めると思いますか」
リリスはハンカチで目元を押さえながら首を横に振る。
「いいえ」
涙声のまま答える。
「思いません」
「ですから、アリス様が戻られた時、貴方が幸せでいないと」
クララは優しく微笑んだ。
「一番悲しまれるのは、アリス様なのですよ」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢
不意に呼び鈴が鳴り、リリスははっと我に返る。
窓の外を見ると、見慣れた姿が門の前に立っていた。
エリオットだ。
リリスは立ち上がり、簡単に身だしなみを確認してから鞄を手に取ると、玄関へと向かった。
扉を開けると、騎士にしては柔らかな雰囲気の男性が笑みを浮かべていた。
「エリオット、早かったのね」
「少し休んだんだけど、思ったより早く目が覚めてしまってね」
彼は騎士をしており、今日は夜勤明けだった。
「ちゃんと休めたの?」
「それなりには」
そう答えながらも、どこか嬉しそうな表情をしている。
「それに、早く伝えたいことがあったから」
「伝えたいこと?」
リリスは首を傾げた。
エリオットは頷く。
「三か月後にゼリア国王の誕生祭があるんだ」
リリスは息を呑んだ。
「レオンハルト殿下に帯同して、僕もゼリアへ行くことになった」
そこで一度言葉を切る。
「アリス様も出席されるらしい」
リリスは目を見開いた。
「ご無事なのね……」
思わず零れた言葉に、エリオットは頷く。
ゼリアへ向かわれてから今日まで、リリスの元へアリスの情報が届くことはなかった。
だからこそ、その一言だけで胸が少し軽くなった。
「僕はお会いできる立場にはないけど」
エリオットは続ける。
「レオンハルト殿下に、ご様子を聞いてみるよ」
リリスは勢いよく頷いた。
「お願い」
その反応にエリオットは苦笑する。
「結婚式を延期しなくて良かったと思ってね」
「どうして?」
「きっとアリス様は、君の近況を聞かれる気がするから」
リリスは思わず笑った。
「そうね」
その姿は容易に想像できた。
「アリス様ならきっと……。いつも人のことばかり気にされる方だから」
そう言ってから、リリスは小さく唇を噛み締める。
かつてミルバーグの塔でアリスを護衛していたエリオットも、どこか遠くを見るような表情になった。
「アリス様がウィル殿下の元へ戻られるまでは、結婚しても手放しでは喜べないのかもしれない」
リリスは黙って頷いた。
「だけど――」
エリオットが続けようとした時だった。
「アリス様のためにも、ちゃんと幸せでいたいわ」
「そうだね」
エリオットが笑う。
リリスも自然と口元を緩める。
「いつか」
「うん?」
「いつか、二人で会いに行きましょう」
エリオットは少しだけ目を見開いた。
だがすぐに笑う。
「ああ」
二人は並んで歩き始めた。




