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第27章 選んだ理由――揺るがない覚悟


夜も更け、王宮の一角にある私室には、やわらかな灯りがともっていた。

暖炉の火がゆらりと揺れ、その前ではエドワード国王とナタリア王妃、そして子どもたちが穏やかな時間を過ごしている。


「おじさま、きょうはおしごと、もうおわり?」


六歳のエレナが無邪気に問いかける。


「あぁ、今日はもうお終いだ」


ウィルはいつもよりわずかに柔らかい声で答えた。


八歳のルーカスも身を乗り出す。


「また剣の稽古を見てくれる?」


「時間が合えばな」


短く答えながらも、その声音にはわずかな優しさが混じっている。


ナタリアはそのやり取りを、何も言わず見守っていた。


やがてナタリアはそっと立ち上がり、


「もう寝る時間ね。エレナ、ルーカス」


と声をかける。


子どもたちは名残惜しそうにしながらも、素直に頷いた。


「おやすみなさい、お父さま、お母さま」


「おやすみなさい、おじさま」


メイドに手を引かれ、二人は寝室へと向かう。


扉が閉まる音がした瞬間、部屋の空気がわずかに変わった。


先ほどまでの穏やかさが残りつつも、どこか張りつめたものが混じる。


エドワードがウィルに視線を向ける。


「……それで?」


その一言に、ウィルはわずかに息を整えた。


そして、迷いなく言う。


「アリス王女と結婚を考えています」


その言葉が、部屋の空気に落ちた。


「まあ……」


ナタリアが小さく声を漏らす。


エドワードはすぐには答えなかった。


ただ、弟の目をじっと見つめる。


驚きはあった。


だが、どこかで予想していたような感覚もあった。


警護のためとはいえ、王女を私邸へ招き入れた時点で、違和感はあったのだ。


あのウィルが、他人を自分の領域へ入れる。


それ自体が、これまでには考えられなかった。


ナタリアもまた、同じことを感じていた。


あのときから――もしかしたら、と。


やがてエドワードは、深く息をついた。


「……本気なのだな」


「えぇ、覚悟を決めました」


エドワードはわずかに視線を落とし、それから苦笑する。


「……そうか」


胸の内には、複雑な感情があった。


これまで結婚に興味を示さなかった弟が、ついに伴侶を選んだという安堵。


同時に、どれほど困難な道を選んだかという現実。


「重臣たち全員が反対するとは思わないが……説得するのは骨だな」


率直な言葉だった。


「お前も覚悟しておいた方がいい」


「分かっています。ですから、兄上に先に相談させていただきました」


当たり前のように返された言葉に、エドワードは小さく苦笑した。


「私にも協力しろ、ということか」


「はい」


ウィルは短く答えた。


ナタリアは、そのやり取りに思わず小さく笑みをこぼす。


「ふふ……私は、アリス様が義妹となるのは嬉しいわ」


穏やかな声だった。


「とても優しい方でしたもの」


その一言に、ウィルはわずかに視線を落とす。


エドワードはそんな弟の様子を見て、再び息をついた。


「……それに」


わずかに声の調子が変わる。


「こちらで承認が得られたとしても、ミルバーグ側が同じ判断を下すとは限らない」


現実的な問題だった。


「正直、あちらの反応は読めん」


視線を上げる。


「それでも、進むのか」


短い問いだった。


「えぇ」


ウィルは即座に答えた。


「守ると決めましたので、譲るつもりはありません」


決意に近い言葉に、エドワードはわずかに目を細めた。


そして、ゆっくりとうなずく。


「……分かった」


暖炉の火が、ゆっくりと揺れていた。


―――――――――――――――


王宮の会議室には、重臣たちが顔を揃えていた。


議題はひとつ。


ミルバーグ王国第二王女――アリス・ミルバーグとの婚姻について。


エドワード国王が口を開く。


「本日の議題は承知している通りだ。意見を聞こう」


その一言で、場が動いた。


一人の重臣が口火を切る。


「陛下、やはりこの件は慎重に扱うべきかと存じます。王弟殿下の妃となれば、いずれ王家の一員として国民の前に立つことになります」


別の重臣も頷きながら続ける。


「王女が来て間もなく、ウィル殿下が毒矢に倒れました。犯人はゼリアと判明しておりますが、それでも“不吉を呼ぶ姫”という噂が国民の間に広がっているのも事実です」


他の重臣が反論した。


「そもそも“不吉を呼ぶ姫”などという噂自体、根拠のないものです。噂だけで王族の婚姻を左右する前例を作るべきではありません。それこそ王家の示しがつかなくなります」


さらに別の重臣が口を開く。


「その噂が事実ではないと証明することもできまい」


続いて、別の重臣が静かに言葉を継ぐ。


「仮とはいえ婚約後、ミルバーグとの関係はこれまで以上に強固になりました。ゼリアへの抑止力としても一定の効果を上げている以上、国益という観点から見れば、この婚姻には十分な意義があると考えます」


反対派から再び声が上がる。


「だが、王女自身も襲撃を受けた。王族の婚姻として、あまりに不確定要素が多い」


室内に一瞬重い沈黙が落ちた。


賛成と反対は、ほぼ半々。


決定打に欠けたまま、議論は巡り続けた。


そのときだった。


「……一言よろしいでしょうか」


ウィルの低い声が落ちる。


視線が一斉に向けられる。


「負傷した件については、以前報告した通りです」


わずかに言葉を切る。


「ゼリアの罠にかかった――私の落ち度です」


誰もすぐには言葉を返さなかった。


「王女の噂とは何ら関係ありません」


はっきりと言い切る。


「むしろ、ミルバーグ王国の第二王女がこの国にいることで、ゼリアとの小競り合いは以前より減少しています」


「王女への襲撃があったこと自体、ゼリア側が王女の存在を警戒していた証拠かと」


視線を上げる。


「少なくとも、現時点で王女は不利益をもたらしてはいないと考えます」


反論は出なかった。


納得したわけではないが、否定できる材料もないまま、互いに視線を交わすだけの時間が過ぎていく。


その様子を見て、エドワードが口を開いた。


「……なるほど」


一度だけ室内を見渡す。


「意見は出揃ったようだな。では結論を出そう」


空気が引き締まる。


「婚姻の話は――進めてよい」


ざわめきが広がる。


「ただし、ミルバーグ王国側の正式な承認を得ることを前提とする」


さらに続ける。


「そのうえで、婚姻に至るまでに再び同様の事態が起きた場合、この話は白紙とする」


反対派にとっても、その条件は譲歩できる一線だった。


「……異論はあるか」


問いに対して、すぐには声が上がらない。


やがて一人が口を開き、「……異存はございません」と答え、それに続いて同様の声が重なっていった。


完全な賛同ではない。


それでも、その条件をもって異を唱える者はいなかった。


エドワードは小さくうなずく。


「この件の責任は、すべて私が負う」


はっきりと言い切ると、それで場の流れは定まった。


ウィルは何も言わなかった。


ただ一度だけ、わずかに視線を落としただけだった。


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