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第26.5章 番外編:花壇の向こう側 ―イメルダ視点―


「おはようございます」


私は客間から出てきたアリス様へ声をかけた。


「イメルダさん、おはようございます」


挨拶を返されたあと、アリス様は何かを思い出したように口を開く。


「あの……少しお時間、大丈夫ですか? お渡ししたいものがあって」


「えぇ、もちろんです」


そう答えると、アリス様は小さく頷き、再び客間へ戻っていった。


――何かしら。


首を傾げて待っていると、ほどなくして部屋から戻ってくる。


そして、そっと小さな箱を差し出された。


「あの……娘さんたちに髪飾りを作ったんです。気に入っていただけるか分からないですけれど……」


箱を開くと、中には可愛らしい花の髪飾りが二つ並んでいた。


「まぁ、可愛い」


思わず笑みがこぼれる。


「娘さんたちが喜んでくれたらと思って」


アリス様は少しだけ視線を伏せ、恥ずかしそうにはにかまれた。


「気に入らなければ、捨てていただいても大丈夫ですから」


「娘たち、絶対に喜びます。ありがとうございます、アリス様」


そう伝えると、アリス様はようやく安心したように笑みを浮かべられた。


――本当に、この方は遠慮深い。もう少し、ご自分のなさることに自信を持たれても良いのに。


初めてお会いした頃から、ずっとそう思っていた。


♢♢♢♢♢♢♢♢


アリス様に初めてお会いした時は、本当に驚いた。


黒髪に黒い瞳は確かに珍しいとは思っていたが、それよりも、噂とはまるで違っていたからだ。


もっと近寄りがたい方を想像していた。


けれど実際にお会いしたアリス様は、どこまでも普通の女性だった。


何より驚いたのは、クララさんから庭仕事を教えるよう頼まれたことだ。


王女様に庭仕事を教えることになるとは、夢にも思わなかった。


アリス様は最初のうちこそ、とても緊張されていた。


けれど少しずつ屋敷での暮らしに慣れてこられると、笑顔を見せてくださることも増えていった。


花に触れておられる時のアリス様は、本当に楽しそうで。


アリス様がお好きだという花を選ぶことが、いつしか私の密かな楽しみになっていた。


以前は花壇の手入れも、屋敷を整えるための仕事だった。


けれど今は、アリス様と一緒に作業をする時間が、とても楽しい。


ーーーーーーーーーーーーーーー


アリス様が塔へ戻られる日の朝。


荷物の積み込みを終えた頃、リリスさんがどこか浮き足立った様子で廊下を歩いていた。


「おはようございます、リリスさん」


「あ、おはようございます」


頬が緩んでいるのを見て、思わず声をかける。


「何か良いことでもあったんですか?」


リリスさんは少し迷ったあと、小声で教えてくれた。


「実は昨日、ウィル殿下がアリス様へ正式に婚約を申し込まれたんです」


「まぁ! それはよかったですね」


驚きはしたけれど、不思議ではなかった。


アリス様を屋敷へ迎え入れた時から、もしかしたらと思っていた。


旦那様が女性のお客様をこの屋敷へ迎え入れられたのは、私の知る限り初めてだったからだ。


玄関へ向かうと、旦那様は自然な仕草でアリス様の歩幅に合わせて歩いておられた。


花壇の前を通られた時、アリス様は咲き始めた花へ目を向けられた。


それに気づいた旦那様は足を止め、しばらく一緒に花壇を眺めておられる。


それだけのことなのに、お二人の間に流れる空気は、昨日までとはどこか違って見えた。


馬車へ向かわれるアリス様を見て、思わず笑みがこぼれる。


旦那様と目が合うと、アリス様は頬をほんのり赤く染め、視線をさまよわせておられた。


そんなアリス様へ向けられる旦那様の眼差しは、どこまでも温かい。


――きっと遠くない未来に、アリス様はまたこの屋敷へ戻って来られるのだろう。


今度は客人ではなく、この屋敷の奥様として。


あの花壇も、きっともっと賑やかになるのだろう。


私は、この時はそう信じていた。

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