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第22章 アリスの誕生日


仕事へ向かう前。


玄関ホールでクララを見つけたウィルは足を止めた。


「クララ」


「はい」


「来週、姫の誕生日と聞いたのだが」


クララは一瞬だけ目を瞬かせ、それから穏やかに頷いた。


「えぇ、存じております」


そして、どこか嬉しそうに続ける。


「屋敷の皆も、お祝いをしたいと申しておりましたので、そろそろ旦那様へご相談しようかと思っていたところです」


ウィルは頷く。


「その日は泊まりの訓練がある。戻れない」


わずかに眉を寄せてから続けた。


「皆がしたいようにしてやってほしい」


「かしこまりました」


クララは頭を下げる。


「頼む」


そう言って立ち去ろうとしたところで、ウィルの足が止まった。


「……それから」


珍しく言葉を探すように沈黙する。


クララは急かすことなく、その続きを待った。


やがてウィルは深く息を吐く。


「何を贈ればいいのか分からない」


クララはわずかに目を細めた。


「そうですね」


少し考えてから答える。


「ネックレスなどいかがでしょうか。きっとお喜びになるかと」


ウィルはしばらく考え込み、それから頷いた。


「分かった」


そう言うと今度こそ踵を返す。


「行ってらっしゃいませ」


クララの声を背に受けながら、ウィルは屋敷を後にした。


――手配する必要があるな。


今からでは誕生日には間に合わないだろうが。


仕方がないか。


―――――――――――――――


その日はアリスの28歳の誕生日だった。


普段と変わりなく、庭での作業をすませ、いつものようにアリスは昼食の準備を手伝うため、厨房へ向かっていた。


厨房へ入ると、バラクがすでに昼食の準備を進めていた。


「あの、今日は何をお手伝いすればよろしいでしょうか」


アリスが声をかけると、バラクは手を止めて振り返った。


そして少し困ったように笑う。


「申し訳ありませんが、本日は結構です」


「え?」


アリスは目を瞬かせた。


「本日はアリス様のお誕生日ですから、手伝って頂くわけにはいきませんので」


アリスは小さく目を見開いた。


「そんな、お気遣いいただかなくても……」


思わずそう言うと、バラクは苦笑する。


「アリス様」


「はい」


「クララさんのお誕生日の時は、アリス様が祝っておられたじゃないですか」


確かに、少し前にクララの誕生日を皆で祝った。


「腕によりをかけますから、期待して待っていてください」


バラクはそう言って、自分の腕を軽く叩いた。


アリスは少しクスっと笑う。


「……楽しみです」


バラクは満足そうに頷いてから、付け加えるように続けた。


「ですので、お昼は食堂へお越しください」


「わかりました」


アリスは頷いた。


―――――――――――――――


しばらくして、クララが食事の準備が整ったと呼びに来た。


食堂へ入った瞬間、思わず足を止める。


テーブルの上には色とりどりの料理が並んでいる。


香りだけでも、いつも以上に手が込んでいることが分かった。


「どうぞ」


クララに促され、アリスは席へ着く。


その隣ではリリスが給仕の準備をしていた。


最初の一口を口に運んだ瞬間、アリスは思わず目を丸くする。


「美味しい……」


煮込み料理も、焼きたてのパンも、どれも驚くほど美味しい。


「お気に召したようで何よりです」


クララが穏やかに言った。


「はい。本当に美味しいです」


アリスは嬉しそうに微笑んだ。


食事が終わりに近づいた頃だった。


食堂の扉が開く。


最初に入ってきたのはバラクだった。


その後ろにはイメルダ、テリー、そして数名の使用人たちの姿もある。


皆で何かを運んでいた。


「え……?」


思わず立ち上がりかける。


テーブルの中央へ置かれたのは、とても大きな苺のホールケーキだった。


真っ白なクリームの上には真っ赤な苺が並び、甘い香りが広がる。


そして。


「お誕生日おめでとうございます、アリス様」


テリーが代表するようにそう告げた。


「おめでとうございます」


皆が口々に祝いの言葉を贈る。


アリスは一瞬言葉を失った。


まさかこんなふうに祝ってもらえるとは思っていなかった。


「ありがとうございます……」


ようやくそれだけを口にできた。


「こちらも皆からです」


イメルダが包みを差し出す。


アリスが開くと、中には上質な布や色とりどりの刺繍糸が入っていた。


思わず目を見開く。


どれも手芸好きのアリスには嬉しいものばかりだった。


「皆で相談して、選びました」


イメルダが少し照れくさそうに笑う。


「アリス様なら喜んでくださると思いまして」


アリスは贈り物を大切そうに抱えた。


「すごく嬉しいです。大切に使わせていただきます」


その様子を見ながら、クララが口を開く。


「アリス様」


「はい?」


「よろしければ、私たちもご一緒にケーキをいただいてもよろしいでしょうか」


アリスは目を瞬かせる。


「え……?」


クララは微笑んだ。


「以前、私の誕生日を祝っていただいた時、アリス様もご一緒にケーキを召し上がっておられましたでしょう」


「その時、とても楽しそうにしておられましたので」


アリスの表情がぱっと明るくなる。


「本当ですか。ぜひ!」


その笑顔を見て、使用人たちも自然と笑みを浮かべる。


リリスもまた、嬉しそうにその様子を見つめていた。


やがて切り分けられたケーキが配られていく。


賑やかな会話が交わされる中、アリスは笑みを浮かべた。


――こんな誕生日を迎えたのは初めてかもしれない。


アリスは目の前の苺のケーキを見つめた。

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