↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
通信塔の夜明け  作者: Kentarou Tou


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/9

プロローグ

プロローグ

 最初に崩れたのは、空の線だった。


 青と灰色の境目を切り裂くように、黒い影がいくつも飛び交っている。

 人の何倍もある金属の脚が、山肌を蹴って跳ぶたびに、岩肌が砕け、土煙が上がった。


 人型モビルスーツ――THA-08。


 その一機が、山頂の砲台を踏み砕いた。

 足裏の重みで鉄とコンクリートが一緒くたに潰れ、爆発が遅れて追いかけてくる。

 炎の花が、黒い装甲を一瞬だけ赤く照らした。


『前衛、突入成功。記憶転送リンク、安定範囲内』


 ノイズ混じりの声が、全周波数に流れる。

 パイロットの耳の奥で、誰か別の男の笑い声が重なった。


『楽しいか? これが“俺たち”の戦いだ』


「黙れ」


 スロットルを握る手が、汗で滑る。

 自分の声なのか、誰かの声なのか、もはや区別がつかない。


 視界の端で、味方機がひとつ爆ぜた。

 装甲片と中身が一緒に空へ飛び散り、赤い霧が風に溶ける。


 それでも脚は止まらない。

 止められない。


『後方より第七通信実験分隊、リンク強度を増加。戦死者の戦闘データ、再投入開始』


 頭の奥が、焼き付くように熱くなった。


 知らない戦場。

 知らない敵。

知らない死に方。


 無数の「最期」が、眼球の裏側に貼り付いていく。

 照準器の十字が、勝手に次の標的をなぞる。


 ――撃て。


 耳元で、知らない女の声が囁いた。


 引き金を引く。

 引かされる。


 砲塔が砕け、要塞の壁に亀裂が走る。

 中から噴き出した炎と煙の中を、別のTHA-08が突っ込んでいく。


『前進しろ』


『退け』


『ここで死ね』


『生きて帰れ』


 ヘッドセットの中で、何十人分もの命令が重なり合う。

 どれが今の上官の声で、どれが三年前に死んだ誰かの声なのか、もう分からなかった。


「……俺は」


 呟きは、コクピットの中で霧散した。


 視界の中央に、山の稜線が現れる。

 その頂に、古い通信塔が一本、突き立っていた。


 鉄骨をむき出しにした細長い塔。

 戦場の喧騒の中でも、そこからだけは妙に静かな電波の波が広がっているのが分かった。


 ――こちら、第七通信実験分隊。


 耳の奥で、聞いたことのない男の声が優しく呼びかける。


 ――我々は、まだ転送を続けている。


 次の瞬間、頭の中で何かが弾けた。

 誰かの記憶が雪崩のように押し寄せる。戦場が、家が、教室が、白い病室が、全部いっぺんに襲ってきた。


『やめろ――』


 悲鳴と共に、操縦桿がぐらりと揺れる。

 THA-08の巨体がバランスを崩し、隣の味方機にぶつかった。


 鉄と鉄がぶつかり合い、装甲が軋む。

 その衝撃で、固定されていた爆薬の束がひとつ、予定より早く起爆した。


 山の腹が、内側から裂ける。


 爆発の連鎖が、要塞の心臓部を駆け抜けた。

 砲台が、壁が、整備ヤードが、地下施設が、すべて巻き込まれて落ちていく。


 崩れ落ちる岩と鉄骨とモビルスーツ。

 粉々になった部品の一部が、空をかすめ、遠くの山肌に突き刺さった。


 その遥か上空で、通信塔だけが、まだかろうじて立っていた。


 炎と煙に包まれながら、細い影が夜空へむかって伸びている。

 その頂から、弱々しい救難信号が一本、静かに放たれた。


 誰もそれに応答する者はいない。

 少なくとも、この戦場には。


 塔の足元で、THA-08の残骸のひとつが、わずかに手を伸ばそうとした。

 砕けた関節が悲鳴を上げ、動きは途中で止まる。


 コクピットの中で、パイロットの胸はまだかすかに上下していた。

 意識の奥に、女の子の声がにじむ。


 ――お兄ちゃん。戻ってきて。


 その呼び声と共に、視界は白く塗りつぶされた。


 山に沈む爆発音の余韻だけが、いつまでも夜の空気を震わせていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。